表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/125

定期巡回 3  俺が撃ち抜く

 パチパチと空気が焼ける音が小さくなる。

 焦げた臭いが鼻をつく。

 黄昏を背景に消えてゆくのは死者の名残だ。灰色のもやが形作っていた幽霊の姿は今や一塊の塵となっていた。



 圧倒的ともいえるヘレナの魔術を目の当たりにして、一也は言葉を失っていた。

 ゲームの中でしか存在しなかった火炎を操る攻撃魔術、それがこれほど強力な物とは思ってもいなかった。

 二十を越える幽霊の群れは綺麗に全滅である。しかもこれほどの火力ながら、林立する墓石には損傷は無い。煤がついている程度だ。

 恐らく攻撃の対象物をある程度コントロール出来るのだろう。高い火力と精密さを両立させている。



「あんなにたくさんいたのに......」



 隣で小夜子が辺りを見回す。

 呪法士である彼女は霊が隠れていても察知できる。

 だがその小夜子が構えを解いているのを見ると、ヘレナの攻撃で全滅させたと考えて良さそうだ。



「西洋魔術使える人って皆あんなに凄いの?」



「ううん、違うと思いますよ。多分ヘレナさんは相当実力ある人です。でなきゃこんなに」



 一也の問いにぶんぶんと頭を振って小夜子は否定した。



「一撃でなんて、考えられないです」



 攻撃用の呪法は不得手な小夜子にしてみれば、ヘレナの魔術は想像の域を越える威力らしい。

 そう考えて一也は逆にほっとした。

 魔術を使える人間がどの程度いるのか知らないが、こんな人間兵器みたいな存在がごろごろいたら怖い。



 "いつのまにか魔術とか呪法があるってのを認めちまってるな、俺"



 何となく決まりが悪くなった。

 これはこの世界が歴史から外れた物なのか。あるいは歴史上実は存在していた物が、教科書から抹殺されたのか。

 だがそれを判断する材料は一也の手元には無い。そして今はまだ考える時でも無かった。



「やっぱ隊長すごいっすわ。己が一匹一匹相手にしていたら、どれだけ時間かかったやら」



「相性の問題だろう。一対一ならお前の剣術の方が手っ取り早い」



 順四朗に答えつつ、ヘレナが墓石の一つに近づく。

 どうやら煤が付いたのを気にしているようだ。「汚したままではまずいな。拭き掃除だけして帰ろう」と言いつつ、こちらに戻ってくる。どうやら後片付けをして終わりらしい。



「俺らも手伝いま――」



 一也の申し出はその途中でいきなりぶったぎられた。



「全員伏せろっ!」



 ヘレナの叫びが響く。

 それに弾かれたように順四朗が一也と小夜子の頭を抑え、二人を地面にしゃがませた。

 抗う暇も無い。何だ、と問う暇も無い。

 だが――自分の頭上から鈍い衝突のような音が聞こえ、それが一也の危機感を煽った。

 グシャン! と車か何かがぶつかったような、そんな感じだ。



「うっは、こりゃまたえらいオマケがついてきおったわ」



 しゃがんだ二人の前にさっと回り込みつつ、順四朗が呟く。

 制服姿の彼の背中越しに、ヘレナが左手を天にかざしている姿が見えた。

 その頭上に白く輝くのは盾のような物だ。

 先程ヘレナが一也と小夜子の回りに展開した白い膜、恐らく防御の魔術の一種なのだろうが、それにも似ている。



 それが展開されていること、先程の強烈な衝突音から容易に推測出来るのは。



「敵がまだいるってことか......」



「そ、そうみたいですね」



 頭をまだ順四朗に抑えつけられているせいか、もごもごとくぐもった声で小夜子が答える。「あ、悪いね、けどあれ見てみ」と順四朗があごをしゃくる。

 一也はそれに素直に釣られた。立ち並ぶ墓石の先、墓地をも越えた更にその先に、夕陽に照らされた荒川の水面が見える。



 赤く染まった広い水面は、普段なら自然の豊かさを感じさせるだろう。

 だが今、一也の目に映ったのはそんなものではない。

 二町近い距離――凡そ200メートルか――を経てでも、それの大まかなサイズくらいは分かる。分からないのがおかしいくらいの存在感があった。



 もっとも近い生き物は魚、だろうか。

 鯉に似た造りの顔と開いた筒型の口が目を惹く。そこからずいと鱗に覆われた胴体が伸び、ぬめりと水中に没している。

 水の中までは分からないが、だが。そのサイズは目に見える範囲だけでも六、七メートルは越えている。

 くわっと口を開いたその頭部だけでも一メートルは優にある。

 胴回りはずんぐりしており、神社などに生える巨木を思わせた。



 茫然と未知の巨大生物に一也が気を取られている内に、またもや衝撃が四人を襲う。

 体を倒し、ヘレナが展開した魔術による盾に隠れた。

 その半透明の防御の要越しに見えるは衝撃の正体。びちゃっと重い音を立てて、盾を濡らすそれは。



「水弾だな。ただし重量級の」



「触れたらやばそうやな」



 ヘレナが舌打ちし、順四朗が顔をしかめる。

 はっと気づいた一也が辺りを見ると、自分達を襲ってきた二発以外にも小規模の攻撃はあったらしい。

 煤で汚れた墓石の幾つかが水びたしになり、周りの土が抉れている。



 ヘレナが守ってくれなかったらと思うとゾッとした。

 あの長距離から水を操り攻撃を仕掛けてくるとは、ただの魚のわけがない。緊迫感を一気に増したヘレナと順四朗の様子からも、それは明らかだ。



 小夜子が隣で立ち上がる。まずいと思ったか、袖から抜き放った式神三体を迷いもせずにばらまいた。

 その間にも三度目の攻撃が四人に襲いかかる。

「屍妖魚が――まさかこんな時にな!」と毒づきながらヘレナが盾でそれを防ぐが、弾かれた水がジャッと不穏な音を立てる。

 まともに当たれば打撃のダメージだけでなく、何かしらの汚染効果でもありそうだった。



「し、屍妖魚って何ですか!?」



「見ての通り、水を操る魚や。でかいし遠い間合いから一方的に――おおっと!」



 一也の質問に答えつつ、順四朗が刀を閃かせる。ヘレナの盾では弾き切れなかった水弾の一つを捌いたのだ。

 すぐにヘレナが盾を拡大するが、それは更なる負担の増加に繋がる。



「水死体とか食べちゃう魚で、川の災厄みたいな物! 一也さん、ほら真ん中に!」



「分かった!」



 小夜子の指示にとりあえず従う。未だ敵の正体もよく分からずパニック寸前ではあるが、自分の狼狽えが集団の綻びになり得ることくらいは分かる。それはまずい。



 どう倒す。

 あるいはどう切り抜ける。

 現状、その案を構築するには知識も経験も一也には無かった。



「面倒なのに絡まれたな......」



 ヘレナの声はこれまで聞いたこともないくらい、研ぎ澄まされていた。

 刃のように引き締まった視線が走り、やや間を置いて射出される水弾を捕捉する。

 盾の防御は余裕を持って間に合い、水滴が周りを濡らすに終わった。そうした攻防が何回か続く。



 長期戦になる覚悟、雰囲気がじわじわとその場を支配し始めた。




******




 ヘレナは考察する。屍妖魚の攻撃の合間に。

 怒涛の連弾というわけでもなく、その程度の隙はあった。現在の自分達の状況と相手の性質を噛み合わせ、最善手を考える。



 絶望的なわけではない。

 たまにこちらの防御を掻い潜る攻撃はあるものの、基本的にはヘレナの盾で間に合う。

 防ぎ漏らした水弾は、順四朗が叩き落としている。

 紅藤小夜子の放った式神もまた守りについており、この三重の防御があれば大丈夫という確信はあった。



 だが、それだけだ。

 川岸を歩く人間や家畜を狙い、漁船を襲う屍妖魚は見つけたら倒しておきたい怪異の一つだ。

 喰らった死体の骨肉を組成した鱗はそれなりに防御力があるとはいえ、ヘレナは自分の攻撃魔術ならば貫ける自信があった。炎之番人(ブランネンヴェルター)以上の攻撃魔術も使えるし、そこには問題はない。問題は――



「――距離、守りに入っているこの体勢、一撃で仕留めるのが非常に困難ということにある」



 自分の考えを早口で述べつつ、ヘレナは防御を続ける。

 順四朗はともかく、次第に落ち着きを取り戻した三嶋一也と紅藤小夜子の姿に安心し、また同時に申し訳ないと思った。

 安全圏から見学してもらうはずの定期巡回の予定が、全く安全ではなくなってしまった。まだ彼らは非戦闘員なのにだ。

 やむ得ないとはいえ、それがヘレナのプライドを刺激する。

 国民を守るという警察官のプライドを。



「一撃でって、あ、もしかしてすぐに水の中に逃げてしまうとか」



「正解だよ。獰猛ではあるが所詮は魚だ。危険を悟った瞬間に逃亡を選択する。こっちがそれ以上の戦闘を回避するだけならそれでもいい。だが、逃げた屍妖魚の被害にあう人がまた出る訳だ」



「だから出来れば倒したいというわけですか」



 納得いったという顔で一也が頷いた。その目が川を向く。

 何発目かの水弾を防いだ盾越しに、水面を跳ねる屍妖魚を睨む。




******




 思わぬ危機に動揺した一也だが、事態がそこまで最悪では無いと分かった為、今は落ち着いている。

 考えるだけの情報は与えられた。それを組み立てる。



 ヘレナの話からすれば、屍妖魚が先手を取りこちらが守勢に回っているのが厄介らしい。

 自分だけならともかく、ヘレナは四人全員に加えて墓地すらも守る気でいる。流石にこれでは攻めに転じる機会が難しい。

 魔術の発動に必要なのは――多分、魔力自体と呪文の詠唱だろう。前者はともかく、守りから攻めに切り替える為の後者を成立出来ないのだ。



 "奥村さんは接近戦専門、小夜子さんは攻撃呪法は苦手とくれば――俺しかいないか"



 多分、囲んで袋叩きに出来れば、そこまで苦労せずに倒せる相手だと推測する。

 相手が仕掛けたこの状況下ではそれが不可能であり、逃亡すら許さないとまでなると――遠距離からの狙撃、しかも相手の防御を貫き一気に致命傷を与えうるだけのそれが必要だった。



 ヘレナは持久戦に耐え抜き、相手がへばったところを狙い逆襲するつもりかもしれない。

 だがそれが可能だったとしても時間もかかるし、直に夜になる。視界が悪くなればそれだけ取り逃す確率も上がる。



 やるならば今。

 屍妖魚がわざわざ陸にいる自分達を狙った理由は分からないが、餌と思われていい気はしない。

 将来起こりうる民衆の被害は別にしても、私的な憤りが一也を突き動かす。



「俺がやります。この距離から狙い撃つ」



「な、に?」



「ここからかいな? 無理とちゃう?」



「一也さん、本気ですか?」



 三人の問いに言葉ではなく行動で答える。

 M4カービンを地面に置き、魔銃のセーフティを解除した。

 マガジンに収まった弾丸は全部で六発だ。一発で必ず当てる自信はさすがに無いが、オートモードで全弾吐き出せば何とかやれるのではないか、と考えた。



 自分の考えを手短に説明しつつ、ゆっくりと前に出た。

 その分だけ屍妖魚の水弾に晒されるリスクが上がるが、そこはもう、ヘレナの盾を信用するしかない。



 視界――良くは無い。

 まだ夕焼けが残るとはいえ、じわりと暗闇が忍び寄る。

 狙撃にはギリギリと言ったところだ。



 距離――遠い、だが狙えなくは無い。

 サバイバルゲームで静止した敵チームに狙撃を成功させた時は、100メートルを僅かに超えた距離からだったか。

 あの時は借り物の長距離専用のスナイパーライフルだったが、今は違う。

 有効射程距離の点で魔銃の性能を過信するわけではないが、恐らくこの距離ならば届くだろう。そういう構造になっているのは分かるし、試し撃ちの時に遠距離狙撃はやれるという感触は得ていた。



 勿論遠いことは遠い。だが的がかなり大きい為、何とかなるはずだ。急所狙いの一撃に絞るとなると厳しいが――ぎりぎりいけるか。



 狙撃対象の安定――これは最悪だった。

 屍妖魚は荒川の水面を落ち着きなく動いている。頭をもたげ、身を捻り、時には意味もなく跳ねたりもする。

 水蛇にも似た長い胴体に幻惑されることもある。



 "ちっ、姿勢が安定しねえ。これじゃ命中率は下がる"



 不規則な動きに合わせるため、どうしても構える魔銃の銃口がぶれる。

 肩、腕を連動させて安定させても、標的自体が動くのではやはりきつい。

 リアサイトを通して屍妖魚を捕捉するが、一也の視線は左右に動くことを余儀なくされた。



 一人では無理と判断し、小夜子に声をかけた。

 水弾がまた飛んできたが、それをまたもやヘレナの盾が防ぐ。

 今のうちに何とかしなくてはならない。



「小夜子さん、奴の動き止められるかな。長い時間で無くていい」



「ちょっと待って......ああ、動くからですね。それなら式神を媒介にして、はい、少しなら出来るかな」



 ホッとする。補助の呪法はある程度知っている小夜子ならば、と期待したのは無駄にはならなかった。

 一也の短い説明の後一つ頷き、小夜子は三体の式神を宙に舞わせた。

 空の色に溶け込むように気配を消した式神が、ゆるりと弧を描いて川の方に飛ぶ。屍妖魚が気がついた気配は無い。



 ――よし、ならば後は呪術の発動に合わせて。



「狙い撃ってやるさ」



 深呼吸を一つ吐き出しながら、一也は再度狙いを定めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ