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定期巡回 1

 サバイバルゲームの装備は多岐に渡る。

 主装備たるトイガンは勿論、目を保護するゴーグル、頭部を保護するキャップ、あるいは顔全体を保護する目出し帽、換えの弾丸をストックしたマガジン、電動式のトイガンならばバッテリーも必要だ。

 こうしたツール以外にもBB弾の着弾のダメージを和らげるベストも含めたバトルドレスユニット――BDUという戦闘服一式、それに足元はコンバットブーツを身に着ける。

 装備の強度はともかく、見た目は本物の兵士とほぼ同じようになるのだ。



 初心者ならば下はジーンズやスニーカーでもプレイするし、そこからスタートするので別に恥ずかしいことでは無い。

 どんな趣味にも共通するが、のめり込む程により多くの、より高度な装備やツールが欲しくなる。そしてマニアともなれば集めること自体が趣味と化す。いうなれば収集狂である。



 自宅の専用スペースにこれでもかとばかりに自分の趣味のグッズを集め、家族から白い目で見られるという話は珍しくは無い。

 こればかりは個人の欲と周囲に対する気遣いとのバランスとしか言い様がなく、最適解に対する答えなど場合によって違うのだ。



 さて、こうしたあらゆるツールが揃っているケースというのは、選択肢が多すぎるという意味で実際使う時には迷いを生じさせるものだが。



「ほとんど選ぶ余地も無し、か」



 畳に座り銃の整備や点検を進める一也は、一旦手を止めて自分の持つ僅かな装備を眺めるのであった。




******



 

 一也と小夜子がダメ元で頼んだ第三隊の任務の見学は、意外にあっさり認められた。拍子抜けするくらいに容易く受け入れられた後、三日後に来るよう言われた二人はその日はまっすぐ宿へと帰ったのである。

 ヘレナと順四朗が行う定期巡回に同行し、実際の業務の内容を肌で感じることで特務課第三隊に対する理解を深められる。

 そしてそれは裏を返せば、ヘレナと順四朗の方も一也と小夜子の適性を試すことが出来るということだった。

 いわば、お互いにより踏み込んで理解を試みる形になったと言える。



 そして、さしたる問題もなく時は三日を数え、あと半時間もすれば宿を出る――その前に。



 三嶋一也は装備の点検に余念が無いという次第であった。

 実家にそこまで大量にトイガンを集めているわけでは無い。愛用している電動アサルトライフルのM4カービンがほぼレギュラーであり、あとは中古で買ったハンドガンがあるだけだった。

 とは言うものの、トリップした時に身に着けていた装備しか無いというのは、事実上他の選択肢が無いことを指す。


 "全く選ぶ余地がないってのは、寂しいもんだなあ"


 うーん、と一也は唸る。

 こだわりは少ない方だが、まるで選べないとなると話は別だ。

 これでもBDUやゴーグルのスペアだって持っていた。その日の戦況を想定してマガジンの数を変更したりもしていたのだ。

 


 だが今はそうした選ぶ楽しみという物は無く、有るもの全てを総動員せねばならない。

 実弾を放つ魔銃を運良く手にしたとは言え、どんな性能なのかも今一つ分かっていない。おまけに残弾をいつ補充出来るかというあても無いのである。

 一也が心もと無く感じたとしても、無理は無かった。



 "ただ、救いが無いわけじゃないが"



 魔銃とM4カービンの手入れを終え一息つく。一也の視線はM4カービンのバッテリーに注がれていた。

 電動アサルトライフルはバッテリーが空になれば撃てないが、充電の手段については何とか目処がついたのである。

 アーク灯と呼ばれる白熱灯に似た電灯が街路に灯り、また店によっては電気による看板もあった。

 すぐにバッテリーの充電に使えるかはともかく、その点については期待はもてそうである。



 "最低限、魔銃用に銃弾と火薬、M4カービン用に電気の確保はしないと先が思いやられるな"



 いかに破壊力があろうとも、その機構上常に物資を消費するのが銃という武器だ。

 サバゲー部に入部してから、その事は部長の中西にイヤというほど注意されたものである。

 ふと中西を初めとするサバゲー部の面々を思い出してしまい、少しの間だけ一也は感傷に浸った。



 壁に背をもたせかけ、カラリと軽い音を鳴らす格子窓を開ける。

 窓から見える風景は自分が生きていた平成(あの頃)とは違い、まだまだ西洋列国に遅れをとったままの明治の街並みであった。

 カタリカタリという乗り合い馬車の走る音が響き、その音の方に首を曲げる。どこの誰とも知らぬ一組の男女が、仲睦まじい様子で馬車を走らせ去ってゆく。



 一抹の寂寥を覚えつつ、一也は畳から腰を上げた。そろそろ行かねばならない時刻だ。




******




 窓から射し込む陽光は僅かに橙色を帯びている。

 一也は手を庇のようにかざし、日差しを遮った。

 薄暗い馬車の中には彼の他に小夜子、ヘレナ、順四朗の三人が座っている。時折、小夜子と順四朗が喋る以外は皆黙ったままだ。

 ヘレナは合流した時に二、三言葉を交わしただけで、乗車してからは腕組みして目を閉じていた。



 約束していた上野寛永寺前で一也と小夜子は拾ってもらい、第三隊の二人と合流した。

 順四朗の説明によると、この西洋風の四人乗り馬車は隊員の足でもあり、かつ荷物運搬用でもあるらしい。

 事実、座席の後部に車のトランクにも似た荷物置き場があったので、今は一也の銃二挺と小夜子の棍はそこに置かれている。



 警視庁の嘱託らしい老人が馭者を務めるこの馬車を、二頭の馬が引いていく。

 乗り心地には配慮されているらしく、一也が懸念した程の揺れは無かった。座席に敷かれたクッションもまだ新しいのか分厚い。



 方向から考えて北へと向かっているのは分かる。

 だが肝心の目的地については、順四朗からは「着いた時のお楽しみや」と教えてもらえなかった。

 上野から北となれば――山手線で考えるならば鶯谷、駒込から池袋といったところだが、もしそうであるならとっくに着いているだろう。

 感覚的にではあるが、馬車に乗ってから三十分ほど乗っているのだ。それでもまだ着く気配は無い。



「一也さん、落ち着いて下さいよ」



 そんなに苛々していたように見えたのだろうか。小夜子にたしなめられ、一也は「ごめん」と謝った。



「しゃあないで。行き先に何があるかもしれんもの。むしろ己から見たら――」



 順四朗の視線が小夜子に向く。



「紅藤さんが落ち着き過ぎやわ。怪異妖物に慣れとるん?」



「全く見たことないわけじゃ無いので......それに今日は皆さんがいますから」



 僅かに小夜子の声の調子が変わる。安心感と寂しさが混じったような微妙な声だった。



「うん、まあ今日は三嶋君も紅藤さんも見てるだけでええし。けど何ぞ言いたげやね」



「一也さんには話したと思いますが、私、村で唯一の呪法士だったんですよ。だから、十歳くらいから一人で怪異妖物の類いを処理してました」



「ああ、そういえば」



 一也は口を挟んだ。そうだ、小夜子の母がそんなことを言っていた気がする。あれは一也が野犬退治の協力を渋っていた時だったか。

 西日を横顔に受けつつ、小夜子は頷く。特徴的なサイドテールが馬車の揺れで跳ねた。



「四人もいたら何だって出来る気しますよ」



「そう言われたら頑張るしかないやね。まして自分よりうんと年下の子に言われたらね」



 順四朗が苦笑する。一也と小夜子はちらりと互いに視線を交わす。



「全く仕事とは関係無いですが、聞いてもいいですか?」



「奥村さん、おいくつなんですの?」



 二人の問いに順四朗は「今年で二十六歳になるから――三嶋君より七歳上、紅藤さんより十歳上やな。うわっ、差二桁とかへこむわあ」と微妙な表情になった。続いてぼやくように呟く。



「たまに実家帰ったらさ、親にな、あんたまだ結婚せえへんの、嫁も貰わんとぷらぷらしおってからにって言われる歳やからねえ......結構辛いで?」



 実感のこもった口調、そして情けなさそうに眉毛を下げた表情はこれから仕事に挑もうかという警察官のそれには見えない。

 小夜子が「親に詰められたら厳しいですよね」と相槌を打つと「そやねん。己、名前の通り四男でな。兄弟の中で結婚してへんのあとは己だけやねん」と順四朗が答えた。



 "二十六歳でも言われるんだな"



 一也は軽く気の毒になった。

 時代の違いからくる常識のずれはまだまだ修正が必用なようだ。そして別件で気になっていることを聞いてみる。



「奥村さん、つかぬことを伺いますが?」



「何なん、己が答えられることやったらええよ」



 目を閉じたままのヘレナを気にしつつ、一也は声を潜めた。

 多分彼女は寝ているのだろう。時折スゥスゥと小さな寝息が聞こえる。



「ヘレナさん、何歳なんですか? あと、何で日本語あんなに上手いんです?」



「あー、確か二十歳やったかな。隊長してるのに若いやろ? 異国の人だからもっと年上に見られるって本人嘆いてるけど」



「......ちょっとびっくりしました」



「もう少し上かなあ、と私も思ってました」



 漠然と二十代半ばかと予想していたのだが、どうやら小夜子も一也と似たような予想をしていたらしい。



「あと、日本語の件は己も詳しくは知らんのよ。日本には外務省からの依頼で来たらしいから、それで勉強したんちゃうかな。もし二人が第三隊に入ったら聞いてみたらいいんちゃう」



「奥村さんは知りたくは無いんですか?」



 あまり興味なさげに答える順四朗に一也は問う。返答は簡潔だった。



「あんまり。本人にとって嫌な事情あるかもやし、首突っ込みたくないねん」



 会話の対象となっている当のヘレナは微動だにしない。腕組みをしたまま寝ている姿は、陶器の人形のようにも見える。

 つかの間の休息を続ける上司にちらと目を向けて、奥村順四朗は「誰かてそんなもんとちゃう? 人生って山あり谷ありやからな」と呟いた。




******




 夕闇が徐々に深くなっていく中、四人を乗せた馬車は上野から鶯谷、駒込、十条と通過していった。

 さほど速くは無いが徒歩とは雲泥の差である。結局馬車が止まったのは、上野を出てから約一時間余りが経過した頃であった。

 振動の停止を感じたためか、ヘレナが目を覚ます。



「着いたか?」



「そうすね。岩淵ですわ」



 順四朗が答える。

 岩淵と聞いても、一也には今一つピンと来なかったが、小夜子が「あれ、荒川ですよね」と言うのを聞いて思い出した。

 赤羽の近くだ。昔は東京の北の玄関口と呼ばれ、埼玉県とは荒川を挟んで向かい合う地域である。



「ああ。私も初めて来るから詳しくは無いが、資料によればな」



「ここが今日の定期巡回の場所ですか」



 ヘレナに続いて一也は馬車を降りた。続いて順四朗と小夜子も降りてくる。

 周囲を見渡した一也の目に飛び込んで来たのは、いわゆる農村の風景であった。畑の合間にぽつりぽつりと数本の木が生えており、それが何故か侘しさを誘う。

 赤く色づいた空の下に目を向ければ、ゆっくりと流れる荒川が見えた。土嚢を積み上げた簡素な――この時代では目一杯の灌漑工事なのだが――堤防が河原から競り上がっている。



「確認しておくぞ。三嶋君と紅藤さんは見学だ。よっぽどの危険が無い限りは手を出すなよ」



「「はい」」



「よし。それでは今日の定期巡回の対象だが......墓地(グラープ)だ」



 聞き慣れない単語に見学の二人が戸惑う。

 順四朗が「墓や、墓。荒川の決壊なんかに巻き込まれた人足の墓がな、この近くにあるねん」と助け船を出してくれなければ、ポカーンとしたまんまだったろう。



「奥村さん、独逸語分かるんですか。すげー」



「分からへんよ。今日行くところ知ってたから、あ、そうか、って思っただけや」



「中々発音が難しくてな。ゆっくりならハカと言えるんだが、つい独逸語を使いたくなるんだ」



「ぐらあぷって何って、私思っちゃいましたよ」



 四人が口々に話しつつ、馬車から自分達の荷物を下ろす。

 第三隊に渡された地図によれば、目指す墓地はここから二町(二町は約218メートル)ほど、川の方に歩いた所にあるらしい。

 洪水があったら流されてしまうのではと一也は思ったが、農家の近くに墓があるというのが何となく忌避されたのだろうか。



「これまでのところ、大きな被害は出ていないらしい。体の弱い子供や老人が迷い出たゆーれいに出会って、腰を抜かすくらいだ」



「幽霊な、隊長」



「......うん。とはいえ、熱を出して寝込む者も中にはいるらしいので、ちょっと掃除しようということになった」



 順四朗の訂正を受けつつ、ヘレナが説明を終える。

 その頃には既に目的地の墓地に着いていた。

 川の氾濫を考慮してなのか、十段ほどの石段が組まれている。川を多少は見下ろすような形で墓地が広がっているようだ。

 苔むした階段を慎重に踏みながら、四人は墓地へと踏み込んだ。



 一也のコンバットブーツが砂利を噛む。ザリ、という音がやけに耳障りであった。

 墓場など元より好きな場所であるはずが無いが、ヘレナの説明の後では殊更不気味に思えて仕方が無い。



 辺りは暗い。日はまだ残り、夕日の赤が斜めに墓地を照らしているが――それが血の色に見えて余計に気持ちが悪かった。

 無縁仏が多いのだろうか、ごく小さな墓石が殆どだ。

 誰かが供えたらしき春の花が一輪、寂しい風になぶられ揺れている。



「では――」



 最初に動いたのはやはり、ヘレナ・アイゼンマイヤー。


「――つつがなく遂行しようか」



 彼女は右手をゆっくりと差し出した。

 黒い革手袋に包まれた右手が夕闇に映える。

 一也の目には、それがこれから行われる暗闘の合図にも見えた。

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