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桜舞い散る空の下

 夜明けと共に起きたからといって、別にやることがあるわけでもない。

 場所取り用のござに寝転がり、ただひたすらに時間を潰す。時折、一也は懐に手をやる。

 かさ、と軽い音を立てた物が指に触れた。それを取り出し、見るとも無しに眺める。



 "神頼み以外の何物でもないけどさ"



 色々考えてはみたが、これくらいしか思いつかなかった。

 あとは小夜子の力さえ借りれば、一也のやろうとしている事はとりあえず出来る。

 これに意味があるのか無いのかは、それはまた別問題である。



 それをまた懐に戻してから、一也はごろりと仰向けになった。

 夜の気配はあらかた消えて、清浄な朝の空気が辺りを満たしている。

 風に散った桜の花びらがさらりと飛んできて、視界の片隅を掠めていく。それはとても穏やかで、静かな時間であった。



 "皆、早く来ないかな"



 約束の時間にはまだ早い。

 場所取りも楽じゃないなと思いながら、一也はふわ、と欠伸(あくび)をした。

 穏やかな春の気配に、眠気が解けて消えていった。







 日が高くなると共に、この隅田川沿いの地にも人が増え始めた。誰がいつ試みたのかは分からないが、河川敷きにはずらりと桜の木が植えられている。

 満開の桜並木は壮観の一言であり、古来より花見が春の一大娯楽になっているのも頷ける。



「今日は儂らまで誘ってもろうて、ありがたいことやのう」



「うむ、たまには研究室から離れるのも悪くないな。あの部屋の空気はどうにも埃臭くて、体に悪い」



 谷警部が人の良さそうな顔を綻ばせると、伊澤博士がしたり顔で頷く。確かにこの二人が屋外で活発に動く姿は、想像し難い。



「伊澤博士の部屋が汚いのは、自業自得だろう。あんなかび臭い書物が積んであっては、空気が滞って当たり前だろうが」



「そうは言うがね、ヘレナ君。手に取れる場所に書物がないと、どうにも落ち着かないのだ。いわば私は心身の健康を削って、日夜研究に打ち込んでいるのだよ。分かるかね、そこの小さい呪法士?」



「だから小さいは余計ですって、何回も言ってるじゃないですかあ! 蹴っ飛ばされたいんですかっ」



 いきなり話を振られ、小夜子が目を剥いた。

 もはやお約束といった感もあり、一也らは慣れた物である。

「警察の方って面白い方が多いのですねえ」と高坂弥生が微笑むが、それを誰も否定はしない。



「あ、そうだ、紹介が遅れました。長屋の隣人の高坂弥生さんと、その弟さんの弥吉君です」



 一也が二人を促すと、弥生と弥吉がぺこりと頭を下げる。それに真っ先に反応したのは順四朗であった。長身を折り曲げ、二人に丁寧に挨拶をする。



「今日はよろしゅう。一也んと小夜ちゃんがいつもお世話になってるようで。己が同僚の奥村順四朗、こちらが第三隊のヘレナ・アイゼンマイヤーですわ。勤務中やないから、肩書きは無しな」



「Guten tag、失礼、こんにちは、お二人。ヘレナ・アイゼンマイヤーです。今日はお忙しい中お越しいただき、感謝します」



 順四朗に続いて、ヘレナが二人に挨拶を終えた。

 外国人が珍しいのか、弥生も弥吉もやや緊張気味である。

 それでも好奇心に負けたのか、弥吉が恐る恐るといった様子で口を開いた。



「あの、日本語凄く上手だからびっくりしました。えっと、異国の人ですよね。髪の色とか目の色、黒くないし」



「うん。欧州という地域を知っているか、少年。日本とは大陸を挟んで反対にある国々の総称でね。私はその中の独逸(ドイツ)という国から来たんだよ」



「隊長の家系は、欧州の名門なんや。欧州一位の誉れも高いねん」



 ヘレナの説明を、順四朗がやや膨らませる。単純に弥吉を驚かせたかったのだが、弥吉は疑わしそうであった。



「嘘だあ、欧州一位の人が日本になんか来る訳ないよー」



「これ、弥吉。そんなこと言っちゃ駄目よ。すいません、ヘレナさん。子供の云うことなので、どうか大目に見てもらえませんか」



「だって姉ちゃん、欧州一位だよ? 欧州って広いんでしょ? こんな身近に一位の人がいるなんて、おかしいよ」



 実に子供らしい素直な反応ではある。

 だが、ヘレナのプライドに少々障ったことも確かであった。

 なるほど、アイゼンマイヤー家は名門ではあるが、欧州一位ではない。

 だが、子供に一言に否定されるのも面白くなかったのだ。



 今日のヘレナは、白い羅紗のシャツに黒のロングスカアトという清楚と言って良い服装である。

 だが服装の印象に反して、その顔に浮かぶ笑みはどこか迫力があった。



「ははは、何を言っているんだ、弥吉君。私は正真正銘の欧州一位なんだよ!」



「えっ、本当に? お姉さんが欧州一位さんなの?」



「ああ。いやあ、危うく今年は欧州三位になりかけたんだけども......今年も一位だったよ」



 自信満々のヘレナの態度に、弥吉はすっかり騙されてしまったようである。着物の袖を握りしめながら、目を輝かせている。



「あの、三嶋さん。本当にヘレナさんて欧州一位さんなんです?」



「え、ええ、勿論! ですよね、順四朗さん!?」



「あ、あったり前やん! なあ、小夜ちゃん!?」



「あ、あ、当たり前じゃないですか! ヘレナさんは欧州一位ですよ、ええ!」



 弥生にひそひそと聞かれ、一也は肯定するしかない。話を振られた順四朗と小夜子も、一様に口裏を合わせる。

 無論、三人ともそんなことは知らない。

 知らないが、上司を裏切る事も出来ない。苦しいところだ。



 そしてその間にも、ヘレナと弥吉の会話は進んでいく。



「凄いんだね、ヘレナさん! ねえ、どうやったら欧州一位になれるの!?」



「うーん、どう説明したらいいかな。そう、例えばここに欧州五位がいるとするよね?」



「うん」



「しかし、そいつが欧州五位だったとしても、私は欧州一位なんだよ。南米の主婦層の辺りじゃ、私を欧州八位だなんて言っている者もいるらしいが、とんでもない! 私は一位なんだよ」



「うん!」



「考えてみれば、十七位から始めさせられたのだよ」



「そうなんだ」



 弥吉相手に真剣に語るヘレナに、伊澤博士と谷警部は戸惑っているようであった。

 だが第三隊の三人の視線により、余計な事は言うまいと決めたようだ。

 無言の承諾に対し、三人は心の中で拍手した。



 そしてその間にも、ヘレナと弥吉の会話は続いていく。



「あの頃が一番辛かった......よく十二位の奴に苛められていたよ」



「へぇ」



「その頃いつも九位の家に泊まっていたよ」



「苦労していたんだね。欧州一位さん、僕と握手してくれる?」



「勿論だ、頑張るのだよ」



「してくれたんだね!」



 弥吉の満面の笑みに、ヘレナは調子に乗ったらしい。首だけ曲げて、背後へと呼び掛ける。



「順四朗!」



「は、はいっ!?」



「私は去年は欧州何位だった?」



「欧州一位です」



「今年は何位だい?」



「欧州、一位です」



「......よしんば私が、欧州二位だったとしたら?」



「......欧州、一位です」



 順四朗の苦渋の答えが、その場を沈黙に染め上げる。え、というように、弥吉はヘレナを見上げた。



「二位じゃないの、それ?」



「――何だ?」



「う、ううん、何でもない! 欧州一位さん、僕も欧州一位になれるかな!?」



「はっはっはっは。そうだな、私のような立派な大人になったら、なれるかもしれないぞ」



 どこが立派な大人なのだろうか。真実を突いた子供を眼光一つで黙らせ、仮初めの欧州一位を維持する大人が言える台詞ではない。

 キラキラとした弥吉の瞳が眩しく、一也は罪悪感に駆られて目を伏せるしかなかった。




******




 場所取りで疲れた体に、程よく酔いが回っている。

 泥酔というにはまだ遠い、けれどもほろ酔いというには少々深い。

 春の花見酒と洒落こみながら、三嶋一也はふと顔を上げた。



「あー、春も終わりかなあ」



「そうかもしれませんねー」



 自分の左側から相槌を打つ声がした。

 ちらりと見ると、サイドテールをいじる紅藤小夜子の横顔が見えた。

 今日の着物は、落ち着いた藤色である。そのせいか、普段より少し大人びて見えた。



「ヘレナさん、楽しそうにしてるね」



「欧州一位の響きが気に入ったんでしょうねー」



「平和だなあ」



「平和ですねえ」



 どこかしら遠い目をして、一也は話す。多分、小夜子も同じような目をしているだろう。

 一際大きな桜の木の下に、二人は腰掛けている。視線の先で、ヘレナらがまだ杯を重ねていた。



 "いつまでもこんな時間が続けばいいのに"



 さらさらと、風が桜を揺らす。その度に、花びらが散っていく。終わり間際の桜である。その散り際の美しさが、何故か一也の胸を打つ。



 "けど、そんな訳にはいかないんだよな"



 全て話すと決めたから。全て打ち明けると約束したから。

 だから、皆から離れて、一也と小夜子は二人で座っているのだ。

 ふぅと息を吐き、一也は桜の幹に背をもたせかける。



「話してもいい?」



「いいですよ」



 即答。小夜子の返事には、迷いの欠片も無かった。

 その目はただ真っ直ぐ前を向き、隅田川の流れを見ている。



「そっか。じゃあ話すよ。そうだなあ、何から話せばいいかなあ」



 打ち明けると決めてから、何度も何度も練習したのに。

 こう言おうと決めていたのに。

 いざ小夜子を前にすると、そんな事前準備は全て吹っ飛んでしまった。



「未来っていう言葉、知ってる?」



 だから、不意に頭に浮かんだ言葉で切り出した。



「え?」



 きょとんとした顔になった小夜子に対して、一也はゆっくりと話し始める。




*******




 何度も何度も、噛んで含めるように。



 ゆっくりとゆっくりと、これまでの人生を振り返りながら。



 一也は、全てを包み隠さずに打ち明けていく。

 小夜子は、それにじっと耳を傾けた。




******




「はあ、何て言ったらいいのか迷いますね」



 小さな溜め息をつきながら、紅藤小夜子は眉をひそめた。

 その手は所在なさげに、足元の草の葉をいじっている。



「そうだよな。いきなりこんな突拍子も無いこと信じてくれって言われても、困るよな」



 空を仰ぎながら、三嶋一也はぽつりと言う。

 隠し事をしているというわだかまりは消えたけれども、これからどうしようかという新たな心配が胸の中に生まれた。



「未来、って言うんですね。今、この時から先の時代を」



「そう、さっき話した通りね」



「それで、一也さんは、本当は今から百四十年近い未来の人なんですか。だから、私が知らないようなことも知っているんですね」



「ああ。全部を覚えている訳じゃないけど、この時代はこうだった、こういう物があったってことを学校で教えてくれるんだ」



「ふぅん、学校って未来にもあるんですねー。羨ましいです、私、学校行く機会無かったですから」



「ああ、吉祥寺村には無かったんだな」



 ぽつぽつと、二人は言葉を重ねていく。けれども、一也は小夜子の顔を見る事は出来なかった。



「恐く、ないんですか?」



「え?」



「その、俺がこの時代、つまり明治時代の人間じゃなくて、もっと先の時代の人間だって知っても」



「恐くなんかないですよ」



 それが強がりやはったりでないことは、声の響きで分かった。ゆるゆると、一也は小夜子の方へと視線を向ける。少女の顔は明るかった。



「だって、一也さんは一也さんじゃないですか。えっと、私がいらいらしたり、不機嫌になっていたのは」



「なっていたのは」



「一也さんが何か私に隠し事をしているんだなって、そう思ったからです。一也さんの言動や仕草が何か変だなあって感じていたんですけど、その原因が分からなかったからですよ」



「そう、だったんだ」



「ええ、そうだったんです」



 きっぱりと断言してから、小夜子は座り直した。すぅと息を整えてから、再び口を開く。



「何でしょう、こう、聞いてみて安心したって言ったら変ですけれど、ああ、やっぱり安心したのかな。胸の中でごろごろしていた物が取れたような、そんな感じです」



「......驚かないんですね」



「驚いてますよ? けど、ああなるほどって頷けちゃうから、驚いていないように見えるだけですよ」



「まあ、そりゃ驚くよな」



「はい。ところで一也さん」


 

 不意に、小夜子の声が真剣な調子を帯びた。とくんと一也の心臓が高鳴る。



「何か」



「一也さんは、元の時代に戻りたいんですよね。ご家族にもお会いしたくて、今、その方法を探していらっしゃるんですよね」



「そう、それは前に中西――さんにも話した通りだ。こっちの生活にも慣れはしたけれど、やっぱり思い出があるから」



「......ですよね」



 どうしても小夜子の返事も重くなる。

 未来という物がどんな物か分からない為、酷く遠く、例えば外国に自分が一人ぽつんと佇む状況を想定してみた。

 周りは知らない人ばかり、何をどうすればいいのかも分からない。

 それがどれほど不安なのかは、容易に察することは出来る。



 "一也さんの場合は言葉が通じる分だけ、まだ救いがあったのでしょうけど"



 だが、果たしてそうだろうか。

 単に外国にいるというだけならば、とにかく日本を目指せば何とかなりそうだ。

 だが時代が違うというのは、自分の努力だけではどうしようもない事なのではないか。



 "そんな不安を抱えていたのに"



 あの時、一也は小夜子を助けてくれて。



 一生をあの小さな村で終えるんだろうなと諦めていた自分を、東京まで連れてきてくれて。



 ずっと(そば)にいてくれたのだ。



 しみじみとそんなことを考えていると、不意に一也が呟いた。



「悪かった」



「え、何で謝るんですか、一也さん」



「今まで黙っていたこと。本当の事言わずに、今までいたこと」



 本当の事を言えば、どうなるか分からなかった。

 故郷も無い、戸籍も無い。人手不足の第三隊だから何とか潜り込めたものの、根無し草状態には変わりは無い。

 自分が何者なのか問われることが怖かった。



 周囲からの視線が変わりそうで、言えなかった。



「だから、今まで黙ってきたんだ。けれど、隠し続けるのも疲れちゃってさ」



「頑張ってきたんですね、一也さん」



「そうだなあ、頑張ってきていないとは流石に言えないな。一回死んだし」



 冗談めかしながら、一也は自分の左胸に手を当てる。

 シャツの上からでも、確かな鼓動が分かる。

 時雨のお陰で、まだ自分はこうして生きている。

 だからこそ、この人生を大事にする義務がある。



 また桜がはらはらと散り、それに合わせるかのように小夜子の声が聞こえてきた。



「決めました、私。一也さんが元の時代に戻れるよう、お手伝いします」



「えっ? それって、俺にいなくなって欲しいってこと?」



「そんな訳ないでしょお! 一也さんがいなくなったら、嫌に決まってるじゃないですかっ!」



 思いきり怒鳴られ、一也は身を竦めた。ふーっと怒りの溜め息をつきつつ、小夜子は額に手を当てる。



「私、一也さんには借りがありますから。野犬から助けてもらったっていう、大きな借りがありますから。だから、それを返すんですよ」



「ああ、なるほど......」



「それにですね、一也さんが元の時代に戻れたとしても、二度と会えないかどうかなんて分からないですよね。だから、別にいなくなってほしいとか、そういうのは全然無いですからね!」



「ちょっと安心したよ、それ聞いて。積極的に追い出しにかかっているのかと」



「一也さんて、賢いのに馬鹿ですよね」



 はっきりと言い切られ、一也はきまりが悪そうな顔になる。もっとも、この時の小夜子の気持ちを知っていれば、また違った表情になっただろう。

 とりあえず小夜子が落ち着いている点は、一也にとっては助かった。混乱して騒がれでもしたら、面倒くさいことになっていたのは間違いない。



「一也さんの秘密、知っちゃいましたね」



「他の人に言わないでくれると助かるんだけど」



「言わないですよ。だって、私しか知らないから意味があるんですもの」



 くすと笑って、小夜子は立ち上がろうとした。その時、不意に思い出す。



「一也さん、私に何か頼みたいことがあるって言ってませんでしたっけ? 昨日、場所取りに行く前に」



「おっと、そうだったな。これなんだけど」



 立ち上がり、一也は懐から何かを取り出す。

 かさ、と軽い音を立てたそれは、一通の封筒であった。水を通さぬよう加工された白い和紙に、黒い筆文字が踊っている。

 小夜子はその封筒を手に取った。目は自然と筆文字を追う。



「三嶋哲矢、三嶋和子、三嶋次晴、で読み方合ってますよね。これ、一也さんの」



「父さんと母さん、それに弟の名前。何かさ、笑われそうだけど、手紙書いたんだ。俺が今何しているかって、どんな風に生きているかってことを、何とか伝えたくて」



 花見の日に話すと小夜子に約束してから、一也は自分がしたいことを考えた。

 どんなことをしても、無意味かもしれない。

 ひょっとしたら、この先永遠に平成(げんだい)には帰れず、この明治時代で終わるかもしれない。

 けれども、気がつけば筆を握っていたのである。



「手紙なんか書いたって届く訳無いって、自分でも思う。けど、俺自身がそこで諦めたら、何にも起きない。奇跡ってのは信じる者にしか来てくれない。だから、小夜子さんの呪法で」



 その時、一也が見せた表情を、小夜子は一生忘れないだろう。

 それは何とも言えない悲しさを含みながらも、踏み越えていくだけの明るさを持った顔だった。

 自分自身に向き合い、覚悟を決めた人間の顔だった。



「こいつを、空の彼方へ飛ばしてほしい。きっと、届くはずだから」



「一也さん......」



 断ることなど有り得ない。

 一度頷き、小夜子は自分の右手の人指し指に歯を立てた。

 一也が止める間もなく、ごく浅い傷からじわりと血が滲む。

 そのまま、小夜子は封筒の表をなぞった。



「筆が無いから、代わりにこれでやります。呪法士の血ですから、いつもより強力な式神になりますよ!」



 小夜子は鮮やかに指を踊らせ、封筒に言依仮名(ことしろがな)を記していった。

 白い表面に赤い文字を浮かび上がらせ、封筒に仮初めの命が吹き込まれる。



「よし、上出来。お願い、一也さんのご家族の下へ飛んでいって」



「頼む」



 二人の必死の願いが、一つに重なる。

 一也の想いが込められた封筒が、小夜子の想いによってふわりと浮かび上がる。

 春の最後を彩るかのように、一際盛大に桜が散ってゆく。

 薄桃色がかった白い花びらは、見上げた空を可憐に染めた。



「行け。そのまま行ってくれ」



 その一言に全てを託しながら、一也は大きく手を振った。それに応えるかのように、一也の視界の中で封筒は小さくなってゆく。白い軌跡を描きながら、ゆっくりと、だが確実に。



 春の陽に桜吹雪を透かし、一也と小夜子は天を仰いだ。

 いつしか白い封筒は、空の青へと消えて見えなくなった。

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