表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/125

生者と死者の闘争

 異常な事態に、一也の神経は麻痺しかけていた。

 九留島子爵を発見したと思ったら、彼は死体にすがりついていた。

 そして一也が何も出来ない内に、その死体は動き出し、あろうことか九留島子爵を手にかけたのである。



 死体が動くくらいなら、と言っては語弊があるが、今までに経験した事が無いではない。

 無縁仏として葬られていた死体が、何かの拍子で動き出す。そして夜な夜な墓場からさ迷い出て、生者を襲う。

 第三隊に入隊してから、何回かそうした事件は接してきたし、自ら葬ったこともある。



 "けど、こいつはどこか違う!"



 視覚から飛び込む情景は、そんな過去の経験を吹き飛ばした。

 幾つか通常と異なる要素はある。

 事件の重要人物が目の前で葬られたこと。動き出した死体は、恐らくその重要人物の近しい者であること。死蝋化により、見た目は生きた人間に近いこと。屋敷の地下にある鍾乳洞という、非日常な空間での出来事であること。

 それらが渾然一体となり、一也の冷静さを奪っていた。



 そして何より、千鶴子が醸し出す雰囲気が違った。妙に生々しいというか、明確な殺意が剥き出しなのである。

 


 長い着物の裾を引き摺りながら、千鶴子が一也の方に踏み出した。

 黄色く濁った目はぎらぎらと輝き、今しがた九留島子爵の血を啜った口は真紅に染まっている。

 だが、蘇った死体に特有の動きのぎこちなさが無い。

 視力もまともにあるらしく、きっちりと一也に焦点を合わせている。



 まずい。九留島子爵一人を葬って満足、とはいかない類いらしい。それならば、こちらも黙っているのは愚策だろう。



「生き返って早々悪いが」



 幸い、この地下通路はさほど広くは無い。効くかどうかは分からないが、当てるだけならば。



「さっさとあの世に帰れよ!」



 構えたM4カービン改を撃ちまくった。

 一也の予想通り、千鶴子は避ける術が無かった。着物の上からとはいえ、秒間20発の連射を浴びせられたのだ。

 痛覚が残っているのか、形容し難い叫び声をあげてのたうち回っている。



 墓石の材質としても使われる御影石には、聖性が宿ると言われている。弾丸となっても、多少はそれが残っていたのかもしれない。



 "追撃、いや、ここは"



 駄目だ。

 いくら痛手は与えても、M4カービン改では殺しきるまでは無理だろう。

 踵を返す。躊躇いなく、一也は逃走を選択した。

 恐らく、そろそろ魔銃のクーリングタイムが経過する頃合いだ。

 地上階まで撤退し、再使用が可能になった魔銃に切り替える。そこで勝負をつければいい。




******




 松明で照らし出された階段を、二段飛ばしで駆け上がる。息が切れそうになるが、足を気力で動かした。

 追いかけてくる足音は無い。蘇生したばかりの死体である、運動能力が生前並みには回復しきっていないのか。

 あるいは、状況把握能力が一也が予想していたよりは低いのか。



 "いずれにせよ、魔銃さえ使えれば"



 恐怖感と戦いながらも、一也には自信の拠り所があった。石段を駆け上がりつつ、ひたすら地上を目指す。





 この時、三嶋一也は一つ判断ミスを犯していた。

 千鶴子がすぐには自分を追ってこない理由を、蘇生直後の硬直あるいは不完全な運動能力の回復と判断していた点がそれである。

 これまでの経験からの延長線上、そう考えたのは無理からぬことではある。

 だが、もし一也が逃走しつつも、千鶴子を監視する手段を持っていたとしたら、彼は何を感じただろうか。



 暗い地下通路に残されたのは、正確には千鶴子だけではなかったのだから。





 シュウシュウと生臭い息を漏らしつつ、千鶴子は呻いていた。

 目の前にいた初老の男を葬った後、目をつけたまでは良かった。しかし、無様にも銃で撃退されるとは思わなかった。

 奇妙な形の銃であったが、とにかくあれが銃であることは分かる。

 薄ぼんやりとした意識でも、何故かあれは銃であると確信出来た。



 自分の周囲を見下ろすと、先ほどあの男が撃った弾丸が転がっていた。

 用心しながら指先で摘まむ。何かの石で出来ているらしい。

 小さな弾丸は堅く、綺麗な球形に磨かれている。

 弾丸とは鉛で作られていると聞いたことはあったが、このような種類もあるのだろうか。



 グルル、グルルル



 喉から唸り声が漏れた。撃たれた箇所が痛む。

 あのまま撃たれ続けたら、どうなっていただろうか。既に腐り果てた脳味噌の奥で、恐怖と怒りが沸いた。

 許せぬ。必ず仕返しをしてやる。

 だが、このまま追いかけても、また撃たれるだけだろう。そう思うと、躊躇いも沸いた。

 足が止まると共に、微かな疑問がそれに続く。



 また撃たれるだけ?



 ならば、あの時何故、あの男は撃ち続けなかったのか?



 弾切れだろうか。

 否、そのような感じではなかった。

 あの男は余裕を持って銃を下ろした。そして倒れた自分を放置して、そのまま逃げ出したのだ。

 追撃をかけるならば、絶好の好機であったのは間違いない。

 ならば、何故か。



 殺しきるだけの自信がなかったのか。あるいは、自分には分からない負傷を抱えていたのか。

 千鶴子はゆっくりと首を巡らせる。

 湿った土の匂いを吸うと、肺が動いたことが分かる。振り返れば、自分が半分同化していた石灰の壁があった。

 単純にこのような場所を嫌悪しただけか、とも思う。

 どちらにせよ、すぐに後を追うのは賢明ではない。

 何せ空腹であった。一口血を啜ったくらいでは、到底耐えきれない。



 イ......イィアアアァ......ヴァウ



 不明瞭な声が千鶴子の口から迸る。

 視線の先には、灰色の髪を振り乱して倒れた男の体があった。先程、自分が命を奪った男の死体だ。

 喉からの出血はそろそろ止まりつつあるが、体自体はまだ暖かい。餓えを満たすには十分だろう。



 乱暴に男の髪を掴み、持ち上げる。

 その首筋にかじりつく。ぷつん、と血管が切れる音が聴こえた。何処かで見覚えがある顔だ、とふと思ったが、暖かい血の感触にそんな些細な事は忘れてしまった。

 肉を噛みちぎり、咀嚼する。一口ごとに力が戻ってくることを感じた。



 ゴリ、ゴリと重い音が響き、クチャ、クチャとも、ピシャ、ピシャともとれる水っぽい音がそれに重なった。

 目を背けたくなる宴が、地下通路で展開されてゆく。




******




 階段を上りきる。

 背中を伝う冷や汗が気持ち悪い。だが、それよりもあの気持ちの悪い空間から、日の当たる場所へと戻ったことにホッとする。

 まだ足音がしないことを確認してから、手始めに部屋のカーテンを乱暴に開けた。

 死霊や幽霊という類いは、日光には弱い。まず自分にとって有利な環境を作る。



 "これだけじゃ足りないか"



 屋内を向いた方はともかく、屋外を向いた窓硝子は土埃が付着している。

 透過光が弱いと判断し、一也はM4カービン改の銃床で窓を殴りつけた。二、三回叩きつけると、あっけなく窓硝子は割れた。

 階段を上りきってから、ここまで恐らく一分少々か。千鶴子が追いついてもおかしくないが、まだ足音は無い。



 "武器を交換するだけの暇はある"



 魔銃の銃身(バレル)は十分に冷えている。一発くらいならば、特殊弾は問題なく撃てるだろう。

 部屋の入り口の方にM4を置き、素早く魔銃のセーフティを解除した。

 あの重い鉄の扉が一番見えやすい位置へと退く。

 階段を上がってきたら、あの扉を跨ぐしかない。そこを狙えば問題は無いだろう。



 "攻撃の暇も与えねえ。一発で終わりだ"



 開け放したカーテン、そして自分が割った窓から春の陽射しが差し込む。

 暗い地下通路に慣れた目では、この明るさに対処出来ない。

 それでなくても、ただでさえ太陽光は苦手にしている筈だ。

 ならば階段を上がり、足が止まったそこを仕留める。



 呼吸が落ち着いてきた。指先が引き金と同調する。

 今までの狙撃と比べれば、距離は笑える程に短い。部屋の端から端、約八間程度か(一間=約1.8メートル)。

 狙撃というよりは普通の射撃に過ぎない。

 油断しなければ、間違いなく一也なら当てられる。



 "どのみちここしか通る道は無い。確実に仕留める"



 部屋の入り口近辺に身を隠しながら、ぴたりと狙いを定めた。

 待つ忍耐力があれば、勝てる。逆にこれを外せばまずい。

 黒鉄腕(くろがねかいな)雷帝弾(バレットオブトール)の二つにほぼ全ての呪力を使用した。

 この装填されている霊殺弾を発動させたら、もう呪力は残っていないだろう。



 "あと一口しか水が入ってないコップみたいなもんだ、今の俺は"



 だから、必中の状況を作り出した。ここで決める為に。





 時計は持っていない。時間の経過は分からない。だが、遅い。

 魔銃を構えたまま一也は待機していたが、千鶴子が現れる気配は無い。

 じりじりと焦燥感が募る。

 地上に這い出てくる気は無いのか。

 それならば、順四朗や小夜子を呼んできた方が。



 "いや、駄目だ。ここを空けた途端、奴は来る気がする"



 一也の後を追ってくるだけならまだしも、この部屋から屋外に出てしまったらどうしようもない。

 三峰山の木々の中に消えた相手を追うのは、途方もなく骨である。

 順四朗と小夜子が来ないのは、高城兄妹に倒されてしまったからか。

 いや、あの二人に限ってはそれは無いと信じたい。



 "ヘレナさんは重傷だ、当てには出来ない"



 もう少し粘るか、と思った時であった。



 ずるり、という音が聞こえた。小さな、小さな音ではあったが、確かにそれは一也の耳に届いた。

 足音、いや、何かを引き摺るような。着物の裾かと気がつく。

 千鶴子が着ていたのは、時代劇で見るような裾の長い着物であった。



 "来たな"



 弛みかけていた緊張感が、再び張り詰める。

 またずるり、という音がした。たん、という足音も聞こえてきた。

 徐々に強く、そして速く。

 窓から斜めに射し込む日光が、部屋の埃を浮かび上がらせる。

 その埃の舞う中を通して、一也の目は地下へと繋がる鉄扉を中心に据えていた。



 ず、と今までとは違う音が、地下から響いてきた。

 重い音、こう、何か袋を引きずった時にこんな音がするのではないかと思った瞬間だった。



 いきなり黒っぽい大きな塊が、ぶん投げられた。

 鉄の扉の内側にぶち当たったそれは、一度床で弾んでから転がる。

 地下通路からだ、と一也は気がつくが、目が反射的に投げつけられた塊を追う。追ってしまった。



「っ、九留島子爵の......首っ」



 頬や首の肉がむしりとられ、白い骨を露出させている。

 生前の彼の面影はほとんど見受けられない。

 無惨極まりない生首は、かっての彼の居室にごとんと転がった。



 僅かな間ではあるが、注意力がそちらへと逸れる。

 それが陽動だと気がついた時、同時に敵の術中にはまったと知らされる。

 鉄の扉の向こう、千鶴子が姿を現していた。その右手が開かれ、一也の方を向いている。

 標的を先に捉えたのは、あろうことか向こうの方だったのだ。



 急に一也の視界が真っ黒に染まる。

 割れた窓から日光が射し込んでいたはずなのに、闇が光を駆逐していく。

 千鶴子の姿が闇に溶け込み、一也は標的を見失った。

 こんな能力まであるのか、と驚いたのが、そんな暇すら敵は与えてくれない。



 ジャッ、という形容し難い音が、闇の中から迫る。恐怖に駆られ一也は飛び退いたが、そもそも相手がどこか分からないのだ。

 背中が壁に当たった。横へ逃げようとするが、いきなり強烈な力で腹をぶん殴られた。

 別の意味で視界が真っ暗になる。

 ひぃ、というような細い息が喉から漏れた。



 "何て腕力だ"



 そう思った瞬間には、喉を掴まれた。

 闇を通して、自分を壁に押し付けている千鶴子が見えた。ニィ、と人間のようでいながら、人間ではない笑いを浮かべ、甦った死体がその両手で一也を絞め上げる。

 首の気道が押し潰されそうになり、激痛が走る。

 引き剥がそうと必死で蹴りをぶちこむ。だが、こうまで密着されては威力半減であった。



「て、めぇ......!」



 もがく。何とかこの死の拘束を解こうとする。既に魔銃は取り落としており、素手という絶望的な状況で。

 だが、腕力の差は歴然だった。

 女の細腕とはとても思えない剛力で、千鶴子は一也を絞め上げる。助けを呼ぶことすら出来ない。

 大きく見開いた一也の目に、千鶴子が大きく開けた口が映る。

 赤い血がべたりと貼り付いた白い歯が、嫌に印象に残った。



 "やべえ、殺られ"



 首を絞められ、視界が再び闇に閉ざされかける。飛びかけた意識の中、払いのけようとした自分の手からも力が抜けた。

 勝利を確信したのだろうか、千鶴子がゆっくりとその口を一也の首筋に近付けてきた。



「おい、お前」



 その時闇の中を貫いたのは、誰の声か。ギ、と奇声を発しながら、千鶴子が窓の方を向く。



「誰の許可を得て」



 急速に闇が晴れていく。

 再び響いた声に恐れをなしたかのように。窓硝子が割れた。

 一也が割った後も桟に残っていた硝子が、きらきらと砕けて散る。

 そしてそれに続いて、何者かが窓から飛び込んできた。

 長い金色の髪に、陽光を反射させ。特徴的な青緑色の眼を、怒りに燃え上がらせて。

 そんな人間を、一也は一人しか知らない。



 華麗に床に着地して、唯一動く右拳を自然に構えていた。

 紛れも無くそれは、特務課第三隊隊長たるヘレナ・アイゼンマイヤーの姿であった。

 肩で息をしていても、あちこち破れた制服姿であっても、その背から立ち上る気迫は些かも衰えていない。



「私の部下に手を出しているんだ、さっさと放せ!」



 怒声と共に、ヘレナが突進する。

 重傷を負っているとは思えぬ高速の踏み込みに、千鶴子の反応が遅れた。

 突然の乱入者に戸惑ったのか、あるいは部屋に射し込んだ陽光に怯んだのか。

 一也を手放して防御しようとするが、間に合わない。



 そしてヘレナの渾身の右拳が、千鶴子の顔面に炸裂した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ