屋内戦開始
足元の傾斜が終わった。
最後の登りを終えた一也と小夜子の前に立つのは、大きな門である。
左右には、自然の木をそのまま利用した門柱が二本だ。
門扉は内側に開かれており、二人を誘うようにキィ、と微かに揺れていた。
「門番らしき者はいないですね......わ、わわっ、一也さん、門柱の上に何かありますよ」
「気が付いてたよ。大丈夫、危害は加えてこないはずだ。ただの機械です」
「でも私達の方を向きましたよ」
怖々と小夜子が指差した先にあるのは、写映機であった。
この時代、湿板方式を使っての写真撮影が行える写映機は少数ながら存在していた。
だが、それは写真館などに保管されている物だ。間違っても、野外の門柱に取り付けられている物ではない。
"セキュリティカメラだな"
火之禍津と対峙する直前に、一也が発見した写映機と同じ形式の物だった。
その為、一也はすぐにそれが何か分かったのだが、さてどう言うべきか。少し迷った。
原理や機能まで説明するほどの余裕は無いので、とりあえず要点だけ伝えることにする。
「詳しい説明は省きます。あれは写真を撮る為の物じゃない、あれで映した景色を別の場所で見る為の物です。つまり、俺達がこの門を通過したことを」
「それって」
一也と共に門を通過しながら、小夜子も気が付いたようだ。写映機がジジッと小さな音を立て動き、二人を追う。
「そう、俺達が屋敷の敷地に踏み込んだことを、相手はまさに見ている。勘とか呪力で感知するんじゃなく、目で見るようにね」
つまり、不意討ちは不可能ということだ。
一也はぐるりと視線を巡らせた。目前に立ちはだかるは、当然ながら九留島子爵の屋敷である。
失礼な言い方になるが、秩父のような田舎にあるにしては洒落た造りに見えた。
三階立ての洋館ということくらいしか、一也には分からない。細かい様式についての知識は無い。
「あの執事とメイド以外には、使用人はいないと聞いていたけど」
「三人で住むには、ちょっと広すぎますよね。荷物が多いのかしら」
「俺らが住んでる長屋とは格が違うね」
「比較自体が無意味ですよ」
一見雑談しているように見えるが、踏み込む前の様子見だ。
油断なく、屋敷の外壁や窓、更に小さな花壇などに視線を走らせる。機械式の罠が無いとも限らないのだ。
「大丈夫そうだな」と言いながら、一也は屋敷の正面へと歩く。
正面玄関にあたるのであろう、幅の広い石段が二段、その上には黒茶色の木製の扉が備えつけられている。
ゆっくりと一也は扉の方に近付いた。だが、その足が急に止まる。
「......待てよ」
「どうかしました、一也さん?」
「扉付近に罠があるかも。あるいは開けた途端、仕掛けられた爆弾がドッカーンなんて可能性もあるよな」
一也の指摘に、小夜子は固まった。怖そうに一、二歩下がる。
見た限りは、ごくごく普通の洋風の扉である。しかし、一也の指摘はあり得るのではないか。
あの血液製の雀の罠を発見してから、二人の歩みは遅くなった。たかが二町程の距離を歩くだけで、五分はかかっただろう。
"罠を警戒していたから仕方なかったんですけど、相手に時間を与えてしまったんですよね"
九留島子爵と高城美憂の二人が先に屋敷に着いて、その後何もしないだろうか。大迎な罠は無理でも、すぐに設置出来る簡素な罠ならば。
一也がしゃがみこみ、地表にしばらく目を凝らす。
「大丈夫、とりあえず扉までは罠は無さそうです。落とし穴やワイヤーの類いは無い」
「わいやあって?」
「ん、ああ、鉄製の見えないくらい細い糸のこと。引っ掛かった瞬間、それが他の罠を起動させるきっかけになる」
「一也さんて、妙な事知っていますよね......」
少々驚きながら、小夜子は扉に近付いた。あと一歩踏み出せば、ドアノブに触れる事が出来る。
だが、それを一也が制した。
「俺は呪法による罠は分からない。けど、もし仕掛けるとしたら、やっぱりこの扉が怪しいと思う」
「ですよね。絶対通りますもんね。分かりました、ちょっと探ってみます」
一也に同意しつつ、小夜子は右の手のひらを扉に近づけた。呪法を利用した罠がどういう物であれ、何らかの仕掛けは必要となる。それを呪力を探知することで探そうというのだ。
「あった、扉の上の方です。裏に呪符が貼り付けてあります」
「どんな種類の罠か、分かります?」
「多分、扉を開けた瞬間に、呪符の中から何か飛び出してくる種類ですね。このまま解除出来ますよ」
そうは言いつつも、何故か小夜子は浮かない顔だ。
「どうかした?」
「やけに簡単に見つけられたな、と思って。普通、呪法を使う罠ってもう少し探すのに時間かかるはずなんですよ。私もそんなに詳しい訳じゃないですから」
「ああ、なるほど。小夜子さんが言いたいこと、分かった気がする」
ピンときた。一也は扉を一歩引いて眺めてみる。
「今発見した呪符はこちらを油断させる為に、わざと発見しやすくしているってことか。つまり本命がある」
「はい、もっと巧妙に隠されているはずです」
先程から更に慎重に、小夜子は扉を調べた。持ち上げた手のひらに呪力を集中させ、ゆっくりと這うような速度で動かす。
隅から隅まで調べたところ、小夜子は一ヶ所を指差した。扉の左下の一角だ。
「罠の種類は同じですけど、ここにもありました。ほとんど扉と同化していたので、あると疑ってかからないと分からないくらい――それほど巧妙に設置されています」
「予想的中だな」
「これ以上は無いはずです。二ヶ所同時に解除しますよ」
小夜子が両手を大きく広げる。
右手は扉の上部、左手は扉の左下だ。
背後から見ると、扉に貼り付いているように見えなくもない。少しばかり、おかしな格好であった。
だが唇から漏れる鋭い呼吸音は、そんな格好とは裏腹の真剣さを伝える。
シッと小さく息を吐く音が一つ、それで終わりであった。
一也には分からなかったが、小夜子が躊躇わずにドアノブに手をかけたので素早く扉に駆け寄る。
「それじゃ開けますよ」
「了解」
小夜子が素早くドアノブを回し、一也が扉を肩で押し込んだ。バタンと扉は大きな音を立てて、内側に開く。
明るい屋外から急に暗い室内へ。二人は姿勢を低くして、左右に散った。
窓からの陽光が、ふわりと舞った埃を浮かび上がらせる。
扉を開けざまの奇襲は無かった。
だが、一也は安心しなかった。
玄関の幅、凡そ五間。十分な広さがある玄関である。
右側に展開しつつも、一也の視線は正面に釘付けだ。
「ようこそいらっしゃいまし、銃士殿に呪法士さん。遅かったですわね、けれど罠には引っ掛からなかったようで何より」
このような屋敷によくある造りの通り、大きな階段が正面に設置されていた。
そこには様式美のように暗い赤色の絨毯が敷かれており、佇む一人の少女がいる。
僅かに癖のある肩までの髪を払いながら、少女は階段を一つ降りた。
「おかげでこの世にいられる時間が延びたんだ、感謝してくれよ」
M4カービン改を構え、三嶋一也が少女を見据える。
「もう逃がしはしないですよ。九留島子爵はどこです、高城美憂?」
そして紅藤小夜子もまた、少女――高城美憂と向き合った。
黒いメイド服、その上を覆う白いフリルの着いたエプロンが、美憂の小柄な体格に良く似合っている。
そして、この殺気溢れる空間でそのメイド服が似合うということ自体が、とてつもなく違和感を生じさせた。
「教える訳ありませんでしょう。ご自分でお探しあそばせ。もっとも、この私から」
長いスカートの裾から、美憂が片刃のナイフを取り出した。革の鞘を投げ捨てると、それを右手に構える。
幾分大ぶりの作りであり、十分な殺傷力がありそうに見えた。
「生き残ることが出来たら、の話ですけどね?」
言葉の応酬はそこで途切れた。
互い、もはやぶつかるしか道は無いことは自明だ。誰が幕を切って落とすかだけの話だ。
ごく短い静寂が終わりを告げる。
口火を切ったのは、一也のM4カービン改であった。
「悪いが容赦しねえぜ」といきなりフルオートでの連射を浴びせる。
服装からしても、かわしきるだけの敏捷性は無いように見える。もし左右に跳んだとしても、全ての弾幕からは避けきれまい。
「紅帷子!」
「何っ!?」
だが、届かない。
美憂は最初から回避など考えていなかったらしい。
彼女の足元から真っ赤な血が吹き上がる。それは逆流する真紅の壁となり、一也の撃った御影石製の弾丸を食い止めた。
いや、むしろ血の流れに弾丸が食われたという表現が近い。
"半自律防御か!"
一也は戦慄を覚えた。
確かに美憂は呪法を唱えはしたが、それ以上の事はしていない。
しかし、真っ赤な血液による防御は、的確に弾丸の嵐を止めている。
二秒程引き金を引いていたから、恐らく40発は撃ち込んでいる。
けれども全く当たっていない。
「こちらの番ですわね。行きます、"血潮之鞭"!」
「させない、"空壁"!」
美憂の逆襲を、小夜子の呪法"空壁"が食い止める。
血液を細く鋭く形成し、まさに鞭の如く二人に振るってきたが、それを強固な空気の守りが阻む。
じゅう、と何か弾けるような、焦げるような音がした。その音が消えるより早く、美憂が一也に向かって突進する。
「直接いただきます!」
「させるかよ!」
一也の反応も速い。
狙いを定める暇が無いと見るや、M4カービン改の銃口近辺を握り、まるで槌のように薙ぎ払う。
頑丈な銃床が美憂を襲うが、メイド服の少女は表情一つ変えずにそれをナイフで受け止めた。ギャリリリと摩擦音が響く。
"やる、このメイド!"
"銃士の癖に接近戦も中々!"
無言、だが一瞬だけ交わした視線は雄弁であった。
衝撃を流しながら、美憂はそこから更に間合いを詰めようとした。
それを小夜子が棍で阻止する。容赦なく突きこまれた一撃に、さしもの美憂も退くしかなかった。
「流石強者と名高い第三隊、大した物ですわ」
「よく言うぜ、こっちは二対一だっつーのに」
「最近のメイドさんて、戦闘もこなすんですね。勉強になります」
迎え討つ者、攻める者が言葉を交わす。
一見ここまでは互角、だが実のところどうか。
M4カービン改のグリップを再び握りながら、一也は瞬時に思考を巡らせた。
"俺の魔銃、そして小夜子さんの式神が使えないのが痛すぎるな。いつもの9mm弾なら、あの血の防御も貫けるかもしれないけど――今はまだ使えない"
武装のハンディキャップがかなり不利に働いている。
しかし、それでも美憂は強い。あの血液を操る奇妙な呪法のみならず、ナイフを使った接近戦までこなす。引き出しが多い。
どうするか迷っていると、不意に小夜子が話しかけてきた。
「一也さん、ここは私が引き受けます。一也さんは九留島子爵を探して下さい」
「待った、そもそもどっちに逃げたかも分からないんだけど」
一也が小夜子に小声で答えた通り、九留島子爵の所在が分からない。
この玄関ホオルからは、左右の廊下、そして正面の階段と三つの選択肢がある。
あの男はどちらに消えたのか。
「何をこそこそとお喋りしてるんです?」
暇を与えまいと、美憂が再び血液の鞭を振るう。
それを再度"空壁"で防ぎながら、小夜子は右の廊下を指した。
「あっちです。ほら、絨毯に血痕があります」
「俺には見えないけど、信じるよ」
室内が薄暗いせいもあり、赤い絨毯に付着した血痕など容易には見えない。
だが、一也は小夜子を信用することにした。ならば、後はここをどう切り抜けるかが問題だ。
右へ大袈裟に跳びながら、M4カービン改を連射する。またあの血液による半自律防御が、連弾を叩き落とす。
一也はそのままホオルから廊下へとぐるりと回りこむ。防御を解いた美憂の顔は、幾分険しくなっているように見える。
"小夜子さんの言う通り、こっちらしいな!"
一也は確信する。
小夜子には見えたという血痕の存在、そして今の美憂の反応。
二つを重ねれば、九留島子爵は右側の廊下へと逃走したと考えて良さそうだ。
「廊下はちゃんとお掃除しないといけないんじゃないですか! 血が染みたら絨毯駄目になっちゃいますよ?」
「......一々勘に触りますね、余計なお世話ですわっ」
恐らく美憂は気がついたのだろう。小夜子が自分を試したことに。
小夜子はわざと血痕の存在をちらつかせ、かつ自分がそれに気がついていると示した。
美憂が反射的に動揺してしまったことで、小夜子の推測には裏付けが出来たも同然だった。
「行かせはしませんよ、銃士殿!」
「邪魔させるもんですかっ!」
「頼むぜ、小夜子さん!」
小夜子を信じて、一也はその場からの離脱を選択した。
思い切って美憂に背を向け、廊下へと向かう。
小夜子がその無防備な背中を守るように、美憂の前に立ち塞がる。
「ならば二人まとめてです、"血潮之牢獄"!」
「凍り付け、"氷輪"!」
美憂の呪法により、血液が床から柱のように沸き立った。高さ七尺、その数凡そ十本。
けれども、小夜子の作った五つの氷の輪がそれらを迎撃する。
殺到する十本の赤い柱を、青白い結晶が捉えて封殺していった。霜柱と化した血液は自らの重みに耐えかねてへし折れ――それでも。
"駄目、一本は抜けてくる!"
間に合わないとみるや、小夜子は棍を振るった。肩口に迫った柱を何とかそれで落とす。赤い血潮が飛び散った。
「お見事。けれどもいつまで耐えきれますか?」
美憂は余裕の笑みを浮かべ、小夜子は無言でその顔を睨み付けた。
一也は既に走り去っている。美憂に追わせるわけにはいかない。
「一也さんの邪魔は......絶対にさせないですよ!」




