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兄妹、出陣

 また一つ、爆発が発生した。黒煙が高々と噴きあがる。その下で、火之禍津(ヒノマガツ)が業火に崩れ落ちていく。

 威容を誇った鋼の機体も、こうなっては形無しであった。

 さしもの九留島子爵もこれで終わりだろう。

 あの高熱と爆発の衝撃を浴びれば、人の身では耐えきることは考えにくい。



「何とか勝ったか......?」



「一也さーん!」



「一也ん、大丈夫か!?」



 ぺたんと地に膝を着いた一也に、小夜子と順四朗が声をかける。

 駆け寄ってきた二人に、一也は力なく笑顔を向けた。

 少し遅れてヘレナもこちらに歩いてくるのが見えた。



「ええ、まあ。はは、何だか力が抜けちゃって」



「良かったあ、良かったあ、良かったあああ、か、一也さんが、一也さんが」



 一也の傍らで、小夜子がえぐえぐと涙ぐむ。

 どうやら無事で良かったと言いたいらしいが、次々に溢れる涙が邪魔をしているようだ。

「まあ落ち着きいな、ほれ、手巾(ハンケチ)」と順四朗が助け船を出さねば、顔が酷いことになっていただろう。



「そんでやな、自分、生きとるんやんな?」



「ちゃんと生きていますよ。一回死にましたけどね」



「そんなさらっと言われても困るんやけど......あ、そういえば時雨さんは?」



「――もう、彼女は」



 一也が気まずそうに顔を伏せたのを見て、順四朗は何となく察した。

 恐らく一也の蘇生を可能にしたのは、時雨の助力であろう。

 とりあえず後で聞けばいいと判断した時、順四朗は不意に強烈な殺気を感じた。



「なるほど、そうか、あんたらがいたわな。忘れとったわ」



「ここまでご挨拶もせず、申し訳ありませんね。特務課第三隊の方々」



「ご主人様がお世話になりましたようで」



 まだ燃えている火之禍津(ヒノマガツ)を挟んだ方向である。

 順四朗の視線の先に、男女二人が佇んでいる。

 一人はフロックコオトを羽織った長身の男。もう一人は裾の長いメイド服に身を包んだ女だ。

 男が肩で支えているのは、九留島子爵である。まだ息があるらしく、微かに漏れる苦痛の呻きが聞こえてくる。



「高城清和、そして妹の高城美憂だったな。驚いたな、火之禍津(ヒノマガツ)のあの爆発から、どうにか主人を救ったという訳か」



 ようやく合流したヘレナの指摘に対し、高城清和は何も答えない。

 だが、彼のフロックコオトにも、九留島子爵の黒っぽいスウツにも、炭と煙の跡が黒々と擦り付けられている。

 機体の爆発の寸前に飛び込み、九留島子爵を無理矢理引きずり出したというところだろう。



「わざわざお出まししてもらったが、もう勝負はついているぞ。まさかこの期に及んで抵抗はしないよな?」



「ヘレナさん、それ悪役の台詞ですよね」



「茶々を入れるなよ、小夜子君」



 ヘレナと小夜子の掛け合いに対し、高城清和は冷めた視線を投げ掛けただけだ。

「ご主人様を頼むぞ、美憂」と声をかけ、肩から九留島子爵を降ろす。そして彼は腰の鞘から剣を抜いた。

 鈍い銀色の刃がまだ燻る火之禍津(ヒノマガツ)の炎を受け、ぼうと陽炎のような淡い光を放った。



「あくまで抵抗するつもりらしいな」



「ここで退くのは馬鹿でしょう。そちらで戦えそうなのは、奥村警部補と紅藤巡査だけと見た。しかも紅藤巡査には既に式神は無い」



「何をっ」



 ヘレナと清和の応酬に、小夜子が割って入る。既に棍は抜かれ、その華奢な手に握られていた。

 その場の緊張感がじりじりと高まる。

 順四朗が狂桜(くるいざくら)の柄に手をやる。

 確かに清和が言った通り、ヘレナと一也は戦闘不能と考えた方がいいだろう。ならば、ここは自分の出番だ。



 この時、一也は迷っていた。

 雷帝弾(バレットオブトール)の影響で、魔銃はまたしばらく使えない。

 ならばM4カービン改を使うべきなのだが、一度死んだ時に放り出してしまったのか、手元には無い。

 右手、約六間ほど離れた藪が不自然に乱れている(一間=約1.8メートル)。多分あの中だろう。



 "拾いに走るか? だが下手に刺激するのもやばいか"



 躊躇いがあった。結局、じりじりと藪の方へと近づくくらいしか出来ない。



 ボン、と壊れた機体が音を立てた。火の粉が舞い、第三隊と高城兄妹の間の空間を流れていく。

 美憂の肩を借りつつ、九留島子爵が一也の方を向いた。こめかみの辺りを切ったのか、だらりと血が顔の側面を流れている。

 だが、あれだけの爆発に巻き込まれたことを考えれば、奇跡的な軽傷であった。



「おのれ、銃士めが。よくも私の火之禍津(ヒノマガツ)を」



「ご主人様、今はご自重くださいまし。お屋敷まで退きましょう、私がお供します」



 呻く九留島子爵に囁きながら、美憂が左手をすぅと持ち上げた。

 それが合図であったのか、彼女の前方の地面がじわりと持ち上がる。

 いや、それは本当に地面なのか。

 土の色ではなく、もっと赤く染まっている。

 それに土にしては、この水気を含んだぴちゃぴちゃという音は――違う。



「血液呪法"忌霧(いみきり)"!」



 美憂の呪法による効果、それは広範囲に及ぶ暗い赤い液体の煙幕だった。

 土に含ませた血液を、血液自体を操ることで持ち上げ、一気に振るうことで土くれごと霧散させる。

 血液という性質上、液体のままでは投擲しづらい欠点を補う為に編み出した呪法である。



 細かく土に含ませた血が空中で弾け、辺り一帯を赤い霧に覆う――はずであった。



「呪法"氷輪(ひょうりん)"!」



 それを防いだのは、小夜子の唱えた呪法である。

 いつぞやの機会に、屍妖魚を捕縛した氷の輪を作り出す呪法だ。

 青白い氷の輪が五、六個生み出され、それが空中で血の霧を凍てつかせる。



 恐らく体内に吸い込めば、何らかの被害はあろう。

 それを未然に食い止め、しかも視界の悪化も最小限に限定させた。

 しかし、その赤く凍りついた血液がかしゃん、と軽い音を立てて砕け散る。



「その首貰うぞ、ヘレナ・アイゼンマイヤー!」



 霧の残滓を突破して、高城清和が突進してきたのだ。恐らく美憂の呪法は最初から目眩ましが目的か。

 小夜子に防がれたとはいえ、少しは血の霧も残っている。それに期待しての攻撃だった。



 停滞していた局面が一気に動く。

 フロックコオトで赤い霧氷を払い、清和が迫る。負傷で動きが鈍ったヘレナを狙い、必殺の長剣が唸りをあげた。

 だが、届かない。



「手負い狙うて満足ってのは、ちょいと情けないわな?」



「ちっ!」



 金属音が余韻を残す。

 長剣の一撃を弾いたのは、割って入った奥村順四朗の狂桜(くるいざくら)であった。刃が倍の重さはありそうな長剣を、抜刀術で見事に制する。

「はよ行け! 逃げられるで!」と一也と小夜子を叱咤しながら、順四朗はヘレナを庇うように前へ出た。



 その言葉に弾かれるように、一也が動いた。

 先程目をつけた藪を探れば、果たしてM4カービン改が埋もれていた。

 愛着溢れる銃を手にしてから、小夜子と共に前を向く。



「九留島子爵は!?」



「あのメイドさんと一緒にいます、あっちですよ!」



 小夜子の言う通り、山腹の緩い坂道を行く人影が二つ。間違いない、九留島子爵と高城美憂だ。

 最初から逃走するつもりだったのだろう。清和は二人を逃がす為の布石か。



 "あれが九留島子爵の屋敷か"



 一也は二人の行く先を見た。

 ここから四町超の辺りに、大きな屋敷が見えた。今まで木立が邪魔で見え辛かったが、ここからならば視界に入った。

 逃す手は無い。「頼みます!」と順四朗に叫び、走り始める。

 怪我を負ったヘレナは、無言で頷いている。行けということらしい。



 "相手は怪我人連れているんだ、絶対逃がすかよ"



 ビブラム底のコンバットブーツで、山道を踏み締める。だが呪力を一気に使ったせいか、体が重い。

 共に走り出した小夜子が「大丈夫ですか?」と気遣わしげな顔をする。

 正直きつい、けれどもここが正念場だ。

 あの屋敷に何があるのか知らないが、相手はあの狂気の科学者たる九留島子爵である。

 最低でも火器の一つや二つは備えがあるだろう。



「弱音吐いてる場合じゃないんだ。息を吹き返す暇なんか与えてたまるか」



「――ですね」



 一つ頷き、小夜子も駆ける。

 だが、嫌な予感に急に足を止めた。式神を失ったとはいえ、小夜子の感覚は鈍っていない。頭の中で警報が鳴り響く。

 さほど傾斜はきつくない山道だ。

 だが、頭上を覆うような松の枝から――じわりと染みるような赤い気配が。



「一也さん、撃って!」



「えっ、うわっ!?」



 小夜子の指示に反応し、一也は反射的にM4カービン改を撃ち込む。

 フルオートで放った弾丸が、斜め上から降り注いだ何かを叩き落とす。秒間20発の連弾が、ぺきんぺきんという音を撒き散らした。



「何だ、これ?」



 訳も分からずに撃ち落とした後で、一也は地面に視線をやった。

 多数の赤い小さな物体が、ぬたりと蠢いている。

 大人の握り拳くらいの大きさしかない。全体的に丸いが、微妙に羽根らしき物が生えている。

 それらが凡そ三十余りも落ちているのは、正直気持ち悪かった。



「呪法で血液を固めた代物です。雀に似せて作ったようですね。足止めが目当てだとは思いますけど」



「設置型の罠か、厄介だな」



 小夜子の説明に、一也は軽く眉を潜めた。

 どうやら相手は呪法の媒介に血液を使っているようだ。しかも直接ぶつけてくるだけではなく、このように術者がいなくても発動させることも出来るらしい。



「くそ、あとほんの少しなのに」



 屋敷までは残り二町というところか。平地ならば、この武装でも五十秒余りで走りきれる距離だ。いくら山間部とはいえ、目と鼻の先と言っていい。

 だが、今のように美憂が罠を仕掛けている可能性がある。一気に行くのは無謀だった。



「焦ったら術中にはまります、ここは堪えましょう」



「仕方ないか」



「元々地の利は彼らにありますから。急いで罠に引っ掛かるよりは、慎重にです」



 小夜子の提案はもっともである。ここで足止めを食らい負傷すれば、元も子も無い。



「分かった。探知頼みます。俺も出来る限り注意する」



「はい。あの、ところで一也さん」



「何?」



 辺りを伺いながら、小夜子が声をかけてきた。その顔ははにかむような笑いを浮かべている。



「......戻ってきてくれたんですね」



「何とかね。時雨さんが命をくれた」



 一也の静かな返事を、小夜子は無言で受け止めた。二人は再び坂を歩き始める。決着は屋敷でつけるしかなさそうであった。




******




 数合切り結んだ後、順四朗と清和は間合いを離した。

 順四朗の手には一振りの日本刀、対峙する清和の手には一振りの長剣がある。

 それぞれの手法で鍛造された武器同士は、ただ鈍く光るのみ。

 未だ互いの血は吸ってはいない。



「やっぱ相当やりおるなあ、あんた。いい腕しとるわ」



「お褒めに預り光栄ですね」



「真っ当な主人に仕えたら、結構エエとこまで評価してもらえたやろうにな。ま、これは帝都でも話したけど」



「そうですね。私の事情に口を挟んで欲しくはありません」



 下段に構える清和の視線が、順四朗の後方へと移る。

 やや青紫がった独特の目に映るは、左腕をぶらりと下げたヘレナの姿だ。

 順四朗もその視線に気がついた。



「気になるん? 心配無用や、隊長は手ぇ出さへんよ。二対一なんて無粋な真似せんわ」



「それもありますが、それよりは取り逃がしたと思いましてね。あそこで仕留めておきたかった」



「そない簡単に殺らせへんよ。隊長倒されたら、己らがたがたやからな」



 ゆらりと順四朗が間合いを詰めた。背後でヘレナが動いた気配を感じる。

 清和は動かない。

 その視界に順四朗とヘレナ両者を捉えているのだろうに、彼はただ順四朗のみを標的としているようであった。



「ここで己ら二人を釘付けにして、一也んと小夜ちゃんは屋敷内で迎撃......そういう訳でもなさそうやな」



 順四朗が一歩間合いを詰めた。構えは正眼、基本の基本だ。どう相手が動こうが、それに対応出来る自信はある。



「可能ならばそうしたかったが、貴方が相手では無理と判断したのでね。隊長殿には、勝手に行っていただいても結構です」



「こない言うてますけど?」



「なら、遠慮なくそうさせてもらうとするさ。私を庇ったままでは、お前も不自由だろうからな」



 順四朗に答えつつ、ヘレナの声は清和にも向けられていた。

 じりじりとその場を離れても、剣を構えた執事に動く様子は無い。

 それを確認して、ヘレナは木々の向こうに身を隠す。

 一也と小夜子が通った山道とは、また違う山道で屋敷へ向かう腹積もりらしい。



 後に残されたのは、剣を向け合う男二人。

 ようやく火勢が衰えた火之禍津(ヒノマガツ)の残骸だけが、二人を見守る無口な観客となっていた。

 残った石炭と鋼、そして機体の各部位に使われていたらしい木材が焦げ付いた異臭を放っている。



「さて、ここに残るは二人のみ」



「せやなあ」



 清和と順四朗の間の空気が張り詰めた。互いの間合いは、既に二間を切っている。



「互い庇う相手もおらず、全く気にすることも無し」



「完全に同意するで」



「故に」



 先に動いたのは、高城清和の方であった。

 一足飛びに間合いを詰める。

 地を掠めるような位置から、長剣の切っ先が順四朗目掛けて振り上げられる。



「――存分に斬り合える!」



「せやなあ!」



 即座に反応し、順四朗は体を咄嗟に開いた。

 正眼の構えから刃を落とし、下から迫る長剣を受ける。返す刀を横に払う。

 これを清和は体捌きでかわした。



「やるやん」



「そちらも」



 恐怖と戦慄、そしてそれを上回る戦意が二人を動かす。刀と剣が交錯し、金属音が山間に響いた。

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