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ヨメコイン -Yome coin-

作者: 冴野一期

 「ヨメコイン」-Yome coin-


 概要としては〝仮想上の人間を買うことのできる通貨〟である。


 発祥の由来は、二○○九年に「中本哲史」と呼ばれる正体不明のプログラマーが運用を開始した仮想通貨「ビットコイン(Bitcoin)」から、着想を得たと言われている。


 「ビットコイン」とは、ネット上の仮想通貨である。現実には存在しない貨幣のことであり、世界経済がいかなる状況に変動しても、コイン自体の『最大値』が絶対的に定められている。そのことから従来の「インフレ」に関する影響を、直接には受け難いとされていた。

 「ビットコイン」は、二○一三年ごろより、世界的にその存在が認知されはじめ、実際の店舗や銀行窓口でも利用されるケースが増えてきた。

 それに伴い「1ビットコイン」の〝現実的金銭価値〟も上昇し、株式市場では「ビットコイン」の世界的な平均値が明示される様にもなった。


 ――さて。ここまでは、現実の話である。


 目に見えないオカネ、あるいはそういった「データ群」が、現実の「質量ある現実的数値に等しい価値」と認められ、あるいは上書きされた事を示す事例だった。


 ――さて。ここからは、ただの妄想の与太話である。


 *


 『 仮想次元〝人体肖像〟取引法案 』


 概要として、二次元のキャラクターは、三次元に在る人間と同様に『人権』を持つ様になった。それに伴い、これまでの『キャラクターの肖像・著作権』という概念は撤廃された。主な変更点は以下である。


 1.あらゆる企業・団体は『キャラクターの肖像権』を〝得られない〟。


 2.『キャラクターの肖像権』を第一に有するのは、

   それを描いた絵描き、およびイラストレーター〝のみ〟である。


 3.前述の肖像権を持つ者(イラストレーター等)を『親(甲)』と呼び、

  【人権を持ったキャラクター】らを『子(乙)』と呼ぶ。

   親は原則として、肖像権に関する〝あらゆる権利〟を有す。

   これは、子が親に逆らえない、という事に等しい。


 4.項目3にて記した【人権を持ったキャラクター】に

   『ヨメ契約(〝二次婚〟)』を望む現実人間(丙)は、

   子の親(甲)に『結納金』を支払うことで、結婚することが可能である。

   結納金とは、仮想通貨である Youme Coin (ヨメコイン)を指す。


 5.双方が、合意した額の結納金を支払い、受け取った後、

   甲と丙が、それぞれDNA認証を記した同意書を交わすことにより、

   乙と丙による『ヨメ契約』が成立したものとする。


 5.この同意書を役所に届け出た場合、

   乙は丙に嫁いだとみなされる。この時点で二人は『一等親の親族』となる。


 6.丙は、仮想世界上の乙との二次婚約に限り、重婚を許可される。

   しかし、乙はその限りではない。


 7.甲は、乙が丙以外の現実人間に『不当に占拠されている』あるいは

  『利用されている』と感じた場合、事案をまとめ裁判を起こすことが許される。

   この権利は、甲と同様、丙も持つ。


 *


 日本は今日も平和だった。

 ほんと、例のクソみたいな法案通しやがった議員は死ね。

 現代、ストレートな表現を使わない弁護士は一人としていない。

 実際、どうにかこうにか、小規模の事務所に採用された私は、さっそく先輩たちから「例のオタクが来たぞ。一人でやれ」と押し付けられた。


 西暦二○三四年。

 二次元絡みの法律案件は、現在絶好調だ。

 日本の産業としても『二次元メディア』は、もはや国内を潤すにも、外貨を取得するにも重要な産業の一つになった。

 国も赤字負債が続き、消費税を十二パーセントまで引きあげても、一向に景気はよくならない事態になってから、やっと本腰をあげた。

 その名も『第二次ハイパーメディアクリエイター育成計画』である。

 チョーカッチョイイ(笑)な事業を、こいよベネット! プライドなんか捨ててかかってこいよ! とばかり推し進めたものの、反面、法の整備がまったく追いついていなかった。私たちはルールを作った。運用は下々の者に任せる。いつものことである。

 はい。とにかくまずは、生産数を稼ごうとしたわけだ。

 『二次元』の商品だから、専用の仮想通貨を作れば、貨幣そのものを生産する総数も減って、コスト削減にもなるよね美味しい。というスーパー重箱の隅を連打するような論法を織り交ぜることで、我が国はたいへんえらいことになった。

 平たく言えば、すでに機能しているか怪しかった『著作権』が、縦横無尽にグレーゾーンを覆い尽くし、まっくろくろすけに染まり、HP1の状態で瀕死状態であったところに、完全無欠のクリティカルヒットを受けて息絶えた。死んだ。

 

 そこで無理やり登場したのが

 『 仮想次元〝人体肖像〟取引法案 』だ。

 

 少年に、大人と同様の刑罰を負わせることで、凶悪な少年犯罪も減りますよね。

 という論法と同じで、勝手に他人のキャラクターを使ってお金儲けをしたら、無期懲役、最悪の場合は死刑もありえますよ。というレベルへ、ホップ、ステップを除いて、強引に月まで飛べるぐらいに、ぶっとばして五段ジャンプした。

 結果、全国の弁護士事務所の下へ、意味不明の案件が押し寄せた。

 我々は死にかけていた。

 大手から小規模なところまで、ほぼすべてが、連日この『仮想人権法案』に関する事例に、地球の公転速度並みに振り回されているわけだ。


「あのぉ、僕の話きいてますかぁ?」

「はい、聞いていますよ。ですからね」

 私の心身は疲れはてていた。ここ数日、まともに寝てない。

「ですからねっ! 僕の〝リシア〟さんが、見知らぬどこぞの男が小遣い稼ぎのために作った同人誌で、あられもない姿を晒してると言っているんですよっ!」

「えぇと……。まずは落ち着いてお話を聞かせていただけますか?」

「はぁ!? アンタなに悠長なこと言ってるんだ! 僕のヨメが! 今もどこぞの男たちの自慰行為の、いやっ、れっきとした仮想世界の中で寝取られている最中であるというのですよっ! これは言わば、れっきとした誘拐事件であると言えるだろう!」

 しんどい。まずは語尾を統一してください。

 想いながら、顔には変わらず笑顔が張り付いていた。「お気持ちは大変わかります。ですからどうか、まずは落ち着いてくださいね」と、柳に罵詈雑言を受け流す形で、まずはひたすらに肯定の言葉を繰り返すのみだった。

 そしてデスクの上には、黒髪の女性があられもない姿で、あぁ平たく言えばエロい格好で、男たちの慰みものになっているA3サイズのカラーコピーをさっきから延々と見せられ続けて、ほんと、もう泣きたい。

「なんだなんだ! アンタってやつぁ! ほんと呑気な人だなぁ! 主人公が新必殺技を習得するのに、週刊連載で丸一ヶ月かけるぐらいにスローペース過ぎんだろ! いい加減に話すすめろしろよ! アンケート出さねぇぞコラ!」

 何の話だよ。

「わかります。お気持ちは大変わかります。ですからまずは、」

「わかってねぇよ! いいからはやくエロ二次創作をした、いやっ、俺のリシアたんを誘拐して監禁してまわしやがった最低最悪のゲス野郎、あるいは女かもしれんけどなっ! とにかくそいつを逮捕しろっつってんだよカス弁護士ッ!」

 なんでそこまで言われにゃいかんのよ。

 というか仮にも、初対面の人間によくもそこまで言えますね。

 思っても仕方がない。仕方がないことなのだけど、お腹の底に、どよんどよん、黒いものが溜まっていくのを自覚しながら、応接室の事務机の上に堂々と開かれた『成人向けの同人誌』のロコツな性描写を見つめていた。

 私は「人生こんなはずじゃなかったよね……」と呟きかけた。

 弁護士というと、もっとこう、とにかくカッチョイイ姿を想像していた。

 ほら、法の番人。とかいうと、いかにもカッチョイイじゃないですか。


 ちなみに同期で入った二人は、同じような案件を回されて、研修のうちに潰れた。しかも一人はかなり育ちがよろしいお嬢様な娘で『あんなひどい事、まず発想自体が浮かばなかった!』と、しくしく泣いて鬱ってやめた。

 私も慣れてきたとはいえ、むしろその「慣れてきた」事が悲しい。人間の尊厳だかなんだかが、毎日ゴリゴリと摩耗されていく……。

「ほんと弁護士ってそこそこ頭がいいからって、人を上から見下しやがってよー」

「申し訳ございません」と頭を下げると、四十歳を超えた依頼人はチッと舌打ちして、わざわざ音を立てるようにしてお茶を飲んだ。――言葉を挟む。

「依頼人様の【ヨメ】であられる〝リシア〟様ですけど」

「なんだよ?」

「……〝捜査資料〟としてお持ちいただいた、こちらの同人誌のキャラクターは〝リシァ〟なんですよね」

「そうだよ、リシアさんだよ。結納金に三百万コインも払ったんだ」

「違います。リシァなんです」

「だから、何度も言ってるだろ。リシアって」

「違いますって。ですからその〝ァ〟が、この同人誌では〝小文字〟なんですよ」

「おいィ! アンタふざけんなよぉ!」

 ふざけとりません。私は大真面目です。

「髪とか、衣装とか、外見とか、デザインとか。どう見たって俺の嫁じゃねーかよ!」

「えぇ、お気持ちはわかるんですが。しかしですね。まだ法の修正案が追いついていない状況でして……。○や●、いわゆる伏字や、行為の最中の擬音を被せて名前を読めなくするといった場合は、外見的特徴が多数一致すれば、あなたの嫁であると認められる場合もあるんですが〝大文字小文字〟あるいは〝アー〟などの伸ばしを意味する棒線というのは、実際の人名にも関係してくるので、非常に微妙なところでして……」

「あ、アホかぁっ! んなのどう考えったって、言い逃れ用の屁理屈だろうがよぉ!」

 ですよねー。しかし、ルールはルール。

 そう。こうなった原因は、肝心の著作権は穴ぼこだらけ。という概要そのままで。

 細かいことは任せる、と投げっぱなしジャーマンにて新生された、ツギハギだらけの『二次元ヨメ法』が加わったせいで、もう、誰も何も「わけがわからないよ……」という状況が生まれてしまっていた。

「どう考えたって俺の嫁を〝リシア〟って表記にしたら罪に問われるのがわかってっから〝リシァ〟なんて小文字にしたに決まってんだろ! とっとと慰謝料よこせやオラァ!」

「いえ、お気持ちは分かりますが、わたしに請求されても困るんですよ……。まずは、これが、えー、十八禁同人誌に描かれた女性キャラクターが、あなたの『ヨメ』という事を証明しないとですね……」

「重犯罪も込みだから、五千万は軽いって聞いたぞ! っつーか、俺がこの嫁を買うのにいくら『ヨメコイン』払ったと思ってんだモルア!」

 話聞いてください。聞いて。聞け。ゴルァ。

「当時はリシアたんの出る『ラブラブ☆シャイーン』はアニメ化も絶好調でなぁ! DVDは万単位で売れてたんだぞ! 特に六話がめっちゃ泣けて、七話での伏線回収が神なんだよォ!」

「しらねーよ。……失礼しました。そうですねぇ。とりあえず……」

「これが落ち着いていられるか! 語らせろ! バカやろう! 俺は語るぞ! なにせ俺はアニメ化する前からこの監督には目をつけてたんだ! わかってんのか!?」

 帰れ。帰って。ほんと帰ってください。つーか、死ね。

 なんでこう、オタクって人種は、語りたがりなのよ。

「だが最終回は、ちょっとな。俺がアドバイザーをしてやっていたら、完璧だった」

 あぁ、ほら、また話が逸れてきた……。

 頭が痛い。わたしはもう聞き流すように、ですよね、わかります、はい、あなたは悪くありません。そうですね、無敵キャンセルからの前弱P+Kで起き上がり怯みからの二択攻めなんですねわかります。と、ひたすら適当に相槌をうっていた。

 そして今日も、私のMPは限りなく失われていく。


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