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7.「こんな所で何やってんだよお前ら……」

 全くもって不本意なのだが、俺は結局「一度王様を見てみましょう」と主張して止まない勇者を止められずにハイグレイ王国に連行されていた。俺とリア、そしてサキが加わって3人となった俺達は、美味しそうな匂いを漂わせている出店でちょっと買い物をしている所だ。


「んまい」


 いま俺が食べている、トロトロになるまで煮込まれた肉や野菜を穀物の生地で包んだ食べ物は"ピロタン"という。この国の名物らしいのだが結構おいしい。他にも色々魅惑的な匂いをさせている屋台が多いので、いつか全部制覇してやろうと思っている。


 王様見学に来ている俺達だがこんな楽しみでもないとやってられない。どうして俺まで実行犯に選ばれたのか未だに納得出来ないし。というかおかしいだろ。


「リアっち。アイスクリームお待たせ、なの」


「わっ、すごく長いです」


 クリームだけで30センチはあるアイスを片手にうっとりする勇者は、いつの間にか随分サキと仲良くなっている。別にいいんだけどさ。


「おいしいですっ」


「なの」


 お前らどんだけ甘いもの好きなんだよ。


「レオンさんも良かったらどうですか? とっても美味しいですよ」


「子供じゃあるまいし、大人はそんなもの喜んで食わねーよ」


「レオンも私達とそんなに年齢違わないと思うの」


 1000年単位で俺のほうが年上だっての。人間換算なら近いかもしれないけど。




* * *




 これじゃまるで子守じゃねーか。


 きゃいきゃい騒ぐ黒っぽいのと赤っぽいのを他人行儀に眺めながら、俺は改めて街をぐるっと見渡した。この国も一見すると平和だ。人通りが多く市場は活気付いているし、とてもこれから争いの火種になろうとする国には思えなかった。

 

 サキから聞いた話だとこの国の人口は1万人ほど。かつては魔物討伐の拠点として多くの冒険者、傭兵が集まる大きなギルド(組合)も存在していたらしいが、魔物の脅威がほぼ去った今は既に解散した後だという。少し興味があったのでギルド跡地に行ってみたのだが、今は武器・防具を扱う店に変わっていた。他よりも一際大きなレンガ造りの建物の内部は、この国の工匠が持ち寄った作品で溢れていた。

 

「……持ち運ぶのが面倒なんだよな。」


 いつまでも武器のひとつも持たないでいると、この間みたいな情けない目に遭うかもしれないのだが……どうも惹かれる品物が見当たらない。俺は両親の良くわからない教育方針によって武器防具の類を持つことを禁じられたまま育ったので、下手に武器に頼ると余計に弱くなるかもしれないし。


 何の付加効果もない装飾品を楽しそうに見て回っている2人を放置して店の外に出た俺は、他の面白そうなものを求めて回る事にした。


「……お?」


 何気なく覗き込んだ路地の先にも、レンガ造りの建物が林のように立ち並んでいる。だがどこか感じる気配が違っていた。一本道を逸れただけの空間には、同じ街とは思えない湿った空気が流れていた。


 どうせリア達は暫く店を見て回ると言っていたし、サキがいれば迷子にもならないだろう。どこか懐かしい雰囲気に惹かれた俺は、そちらの方へと足を向けてみた。



* * *



 染みが奇妙な模様を描く木の戸を押す。油の切れた甲高い、しかし懐かしい響きが俺を迎えてくれた。その場にいる4割が燻らせている煙草と7割が遠慮なく出す罵声に似た大声、そして全員が手にする様々な酒の香りが力の限り大人の遊び場を主張している。1000年経とうがこういう場所は変わらない。お子様なあいつ等と違う、大人な闇の帝王には相応しい世界だ。


 まずは酒でも飲もうかな。酒は良いよね、嫌なことを忘れさせてくれる。


 カウンターに座り指を立てる。言葉無く俺の手に収まったのは黄金色をしたキツイやつだった。無言の勧めに応じて一気にあおる。


 喉を通るなんともいえない熱さ。呼吸するだけで噎せ返るような、


「げほっ。」


 これ、が俺、の悩みを、ゴホッ 忘れ、させて ゴホッ くれる。


「お客さん、無理すんなよ」


 何コレ強すぎだよ。

 

 どんな代物かと思ってボトルを見たら骸骨マークが付いていた。殺す気か。


「じゃあタバコでも()むかい? お客さん」


「……ああ、それじゃ貰おうかな」


 タバコは良い。肺に溜めた煙をゆっくりと吐けば胸の内につかえたモノまで吐き出させてくれる。そう、いらぬことに悩ませられている俺にはタバコこそ必要だ。マスターに合図すると差し出した指に葉巻を挿してくれた。渋い音をさせてマスターの手が石を擦る。果物の香りがする洒落たその煙を肺一杯に吸い込んでケホッ、ケホケホゲホッ。


「お客さん、コレ飲みな」


「げほっ、ああ、ありがとう。」


 強面からは全く想像できないマスターの細やかな心配りにちょっと感動する。やっぱり俺にお似合いなのは手の中のホットミルク――


「じゃねえよ! 誰がミルクの似合うお子様だよ!」


「はっはっは、そう怒るなよ。イイ男が台無しじゃないか」


 そんな平べったい声で言われてもちっとも嬉しくない。やや乱暴に飲み干した俺が次はどこへ行こうかと考えていたら、マスターがまた俺に話しかけてきた。


「お客さん、オトナなら向こうでひと勝負してきたらどうだい?」


「勝負?」


「良い暇つぶしになると思うぜ。帰りにどうなってるかは保障できないけどな」





 マスターに礼を告げて奥のテーブルに向かうと、刺す様な緊張感がまた一段と強くなった。無言でカードを切るディーラーと時折巻き起こる歓声と悲鳴。一瞬にして一月の稼ぎが消えたかと思えば一年分の稼ぎが舞い込んでくるここは、時の流れすら歪んでいるようだった。


「ちょっと遊んでやるか」


 不敵な笑みを浮かべて席に付いた俺の目の前で、ディーラーが恭しく頭を下げた。


 ブラックジャックは1から11まであるカードの数を足して21に近い方が勝ちというシンプルなゲームだ。ディーラーと一対一で勝負し、勝てば掛け金に応じてチップが支払われる。

 

 最も強いのは21なのだが、22以上になってしまうと"バースト"となって無条件で負けになってしまう。また、同じ21でもエースと10を組み合わせた"ブラックジャック"が成立した場合はそちらが優先される。単純だけど結構奥深いゲームだ。


 手持ちのチップは500。どんと10倍、いや100倍にしてやろう。愚民どもよ、魔王の実力に恐れ平伏すが良いわ。わはははは。


「残念、バーストですねお客様」


 えっ。


 けしからんディーラーを睨むが涼しい顔で受け流された。……まあいい、初戦はツイてなかったが慌てる必要は無いさ。たった100枚チップを巻き上げたからってイイ気になってんじゃねーぞちくしょう。


「18だ!」


「19です」


「どうだ、20だ!」


「残念、わたくしは21です」


「なん、だと……」


 無常な宣告と共に没収されてゆくチップの山。くそ、流れが悪いのかちっとも勝てない。これではただのカモだ。残り200枚のチップを見ながら続行するか暫し迷う。


 だがこんな事で逃げ出したらそれこそ笑いものだ。絶対に勝ってやる、ぎゃふんと言わせてやるっ。


「掛け金は200だ」


 ディーラーの眉が小さく動く。完全なポーカーフェイスの相手が初めて見せた小さな表情だった。






「どうぞ。」


 伏せて配られたカードはハートの6とスペードの8。合計14しかないので俺は迷わず3枚目を要求した。


「……む」


 新たなカードはクラブの3だったのでこれで計17だ。21を超えたらバーストになり無条件で負けになってしまうこのゲームでは、とにかくバーストこそ警戒しなくてはならない。ディーラーと1対1の勝負なのだ。相手がバーストしていれば例え17でも勝てる。


 しかしディーラーのアップカードはキング。そしてそのままスタンドしているということは、最低でも17ということ。自信ありげに俺を見下ろす目からして、きっとそれ以上の手が入っている。


 もう一枚引くしかない。このムッツリは間違いなく余裕の面だ。ディーラーに指を掻き込むような動作を見せて、次のカードを要求した。


 ちょっとどきどきする。さて、勝負――


 引いたのは、ハートのエース。


「……また微妙なの引いたよ」


 エースは1か11として扱える。11だとバーストなのでこの場合無条件で1となり合計18だ。どうしよう、後一枚引くとなれば候補は1~3までしか無いのでバースト率はかなり高い。でも、


「もう一枚だ」


 俺の勘が叫んでいる。ディーラーは絶対に18以上の手で待っている、行け! と。


 勝負だ。手の内に滑り込んできたカードに手を置き目を瞑った。



 深呼吸。



 もう一回深呼吸。緊張感に滲む汗すら心地良い。神よ、俺に祝福を!


 音を立ててめくった最後のカードは。

 

 ダイヤの3。


 震えた。21だ。今俺は大人の階段を一歩昇った気さえする。勝ち誇った顔で残る4枚を叩きつけてやった。さあチップを寄越すがいい!


「21だ!」


「ブラックジャックです」


 うん、あれだ。良く考えたら祈る相手を間違えた。





* * *





 がっくりと肩を落とす俺の背後でにわかに歓声が巻き起こった。どうやら大勝ちしているヤツがいるらしく、青くなったディーラーがダラダラ流れる汗を拭っている。それを見つめる背中は二つ。小柄ながら自身に満ち溢れた指裁きでチップを積み上げてゆく様は、まさしく勝負師の姿だった。


 あれだよ。あんなふうにカッコよくこの世界を渡り歩きたかったんだ。


「見学しようっと」


 軽めのドリンクを頼んでから近づいてみると、やっぱりかなり小柄な二人組みだった。肩までの艶のある黒髪と赤く長い髪を尻尾のように縛って流した女二人。傍らには不釣合いなほどの剣が主を見守っていた。


 ゲームはポーカーだった。二人の対面に座る客との勝負らしい。


 対戦相手はかなり負けが込んでいる様子。その表情は険しく、スキンヘッドに走る青筋がぴくぴく動いてこれでもかと威嚇する。しかし手前の二人組は全然気にしていない。二人で仲良く


「これいらない、なの」


「そうですね、じゃあこれ切っちゃいましょう」


 とかのたまって手札を切った。


 ………………。


 ……落ち着こう。冷静になれ。Be coolだ。


 そんなワケない。アイツらはまだまだこんな世界とは無縁なお子様なのだ。そもそも、やつらは幸せそうに馬鹿でかいアイスクリームを頬張っていたではないか。そんなあいつ等がこんなところに出没するハズが無いっていうか絶対に門前払い食らうだろ。年齢制限とかそれ以前に見た目で。


 そうか、世の中には同じ様なヤツが3人は居るという。そうに違いない、きっと名前は全然違


「リアっちまた勝った、なの」


「サキちゃんのおかげですっ」


 ……。どうやら間違いないらしい。

 

「あ、レオンさん!」


「やっほー、なの」


「こんな所で何やってんだよお前ら……」


 俺の姿を見てぱっと嬉しそうな顔をしたリアは、何故かサキと二人で座っていた長椅子の真ん中に座るようお願いしてきた。そして何やらこそこそと耳打ちされる。


「実は私たち、レオンさんの妹だと説明してここに入れてもらったんです。ですから、少しの間だけ話を合わせてもらえませんか?」


「お願いおにいちゃん、なの」


 全然似てないだろ俺達。


 呆気に取られた俺を見て了承したと勘違いしたのか、二人はじゃれ付くように腕を絡めてきた。途端に射抜くような視線があらゆる方向から突き刺さる。……え、なんで?

 

「ニイチャン、両手に花なんて羨ましいねえ? ハッハッハッ」


 ちっとも笑っていない声で睨んでくる野次馬の男。良く見ると周りのギャラリーのうち殆どの男が似たような視線を送ってくれていた。


「きゃっ、お兄ちゃん怖いですっ」


「なのっ」


 お前らそんなキャラじゃなかっただろ!?


 ぎゅっと腕を抱きしめられて、小さな膨らみが両側から押し付けられる。周りからの視線がさらに倍ほど厳しくなったせいで非常に居心地が悪い。


 テーブルを見ると、二人が飲んだと思われる果実酒のコップが半分ほど残っていた。ひょっとして二人とも酔っ払っているのかもしれない。たったコップ半分なのに。


「オイオイお前ら! いつまで対戦相手を放置してイチャイチャしてやがるんだ!!!」


「きゃー」


「きゃー、なのっ」


 もう止めてくれ。そのうち呪い殺されそうな視線になってきた。




* * *




 ようやく勝負が再開し、俺達の前にカードが5枚配られる。……信じられないが、二人の前には大量のチップがうず高く積まれていた。それに引き換え相手側には申し訳程度の小山。大勢は明らかだった。


「ツーペアだ」


「スリーカードですっ」


 勝った。


「スリーカードだ!」


「フラッシュなの」


 勝った。


「どうだ!フルハウスだ!」


「フォーカードですっ」


 また勝った。


 なんなんだこの鬼のようなツキは。


「ぐ、ぬぬぬぬぬぬぬうう」


 もはや相手は真っ赤を通り越して浅黒い。気のせいかどこかで見たことのある強面と相俟ってかなりの迫力、どうりでディーラーまで青くなる訳だ。


 しかしそんな威嚇もこの二人には全く通用していない。なんせ相手を見てもいない。二人で仲良く談笑しながらデタラメにカードを捨てている。どれくらいデタラメかというと、まず"55777"と配られたカードから5を一枚だけ捨ててしまう。そして7をもう1枚引いてくるのだ。


 これはさっきフォーカードでフルハウスに勝った時の手札だ。相手の手札は"AAKKK"のフルハウスだったので確かにあのまま"55777"で勝負すれば負けていた。だが相手の手札が見えていない状況で、フルハウスを崩す気になど誰がなるか。こいつらどんな思考回路しているんだよ。


 普通じゃないってのは薄々気がついていたけどさ。


「クソッタレ! 次だ次だ!」


 強面の怒鳴り声のせいで更に青くなってゆくディーラーから新たに配られたカードは、スペードの12とハートの345。強運は未だ継続中らしく、最初からストレートが成立していた。


「どれを交換しましょうか」


 おいおいおい。


「この3ついらない、なの」


 しれっとノータイムで捨てられるハートの345。


 おいおいおいおいおいこら。




 シュッ


 …………ん?




 微かな気配を感じて対戦相手へ目をやると、なにやらくねくねと不穏な動きをしている。非常に気味が悪い姿だ。

 

「…………。」

 

 男はくっくっく、と悪い笑みを浮かべてカードを凝視している。ついでに言えば、その直前にディーラーから何かが渡った所もばっちり目撃してしまった。平たく言えばイカサマだ。よほど良い手札を仕込んだのか男は歯をむき出して笑いを浮かべながら有り金全部を積み上げていく。


「……おにいちゃん? どうした、なの?」


 まだそれ続いてるのな。


 怪訝な顔の俺を見てサキが首を傾げていた。……こんな勝負で負けるのも馬鹿らしいし、教えておいてやろう。


「あいつがイカサマを仕込んだのを見たんだよ。悪いことは言わないからここは降りておけ」


「ヤなの」


 即答だった。


「勝負で逃げるのは私の一番嫌いなこと、なの」


 サキの赤い瞳が好戦的に光る。ちょっと待て、と止めようとしたけど遅かった。


「勝負なの」


「バカが、食らいやがれ! キングのフォーカードだ!」


 おおお、と沸くギャラリーと勝利を確信して大笑いするスキンヘッド。面白くない光景だがさすがにこれに勝つのは無理だろう。引き際を知らぬとは所詮お子様はこの程度だったか、と思ってたのに。


「ふっ、なの」


 ぱたりと倒したその手札は、スペードの12345。


 勝っちゃったよ。




 泡を吹いてひっくり返ったディーラーと赤を通り越して白くなったスキンヘッド。もう終わりと見たのか颯爽と席を立つ2人組み。


 すっかり氷が溶けて不味くなったカクテルを飲んで思う。


 これは多分悪い夢だ。

今回も読んでくださってありがとうございます。


※お酒とタバコは二十歳を過ぎてから、でお願いします。(念のため)

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