5.「こらこら、どこへ行くんだ」
「で、こいつらは結局何者なんだ?」
目の前には気絶した狼藉者6名が転がっている。狙われたのは俺が魔王だからかと思っていたが、よく考えたら誰も俺(魔王)が出てきた事を知らない筈なのに、いきなり襲い掛かられるのもおかしな話だ。ひょっとしてただの山賊だろうか。
『山賊にしては高等な魔術師が揃い過ぎている。恐らくは高位の主を守る近衛兵といったところだろうな』
「随分と具体的な推測だな? あと唐突に喋るんじゃないよビックリするだろ」
『ふん、貴様は知らんだろうがローブにエンブレムが刺繍されている。これはラインハルト卿のものだ』
さっきの小競り合いのせいか、さらにボロくなったローブを指して言う。誰だそのなんとか卿ってやつは。
「ラインハルト卿といえば、長きに渡ってハイグレイ王国に仕えている名士です。でもエクちゃん、どうして卿の近衛兵さん達がこんな場所に居るの?」
誰もその問いに答えを持たない。
そもそも俺は関係無い面倒事に首を突っ込みたくないので、そんなクエスチョンは後回しでもいいと思う。問題は、どうしたらこのふざけた森から脱出できるかって事だろう。
「ところで、肝心の結界は解けたのか?」
リアが首を振る。やはり俺と同じ意見だった。まだ森の雰囲気は変わっておらず、方向感覚が狂うような気持ち悪さはまだ続いている。
『こやつらを倒しても結界が解かれないところを見ると、術者は他に存在するという事だろう。この森を出るのなら、何れにせよその者に会わねばなるまい』
そうなるよな。まったく厄介な事だ。
「ところでその術者ってのは何処にいるんだ」
『……知らん』
肝心な時に役に立たないなお前。
* * *
「ところでさ、近衛兵がここに居るって事は、こいつらが守っている主もこの森に居るって事だよな?」
「近衛兵が主の傍を離れることは考えにくいですから、そうだと思います。どうしてこの森に居るのかは解りませんけど……」
どんな理由か知らないが、近衛兵はラインハルトをこの森の何処かに匿っている……のだとしたら、俺達がこいつらに襲われたのは、主を襲う敵だと勘違いされたからなのかもしれない。ただの迷子なのに。
「……あれ? この森に要人を匿っているのなら、どうして侵入者が森から出られないような結界敷いたんだろうな」
連中がラインハルトをこの森の何処かに匿っていたとしよう。
それを誰にも知られたくないというのなら、人避けの結界を使えば良いと思うのだが。そうすりゃ俺達も迷い込まずに済んだのに、この森にかけられているのは恐らく幻覚と封印の結界だ。
『ふん。この森は大きな街道の近くにある。近道にもならない森など、普通誰も近づかぬ。狩に適する獲物にも乏しいしな。』
この森に近づくのは敵である可能性が高いから、追い払うのではなく罠にかけて始末すると? 情報を持ち帰らせない為に? 何か物騒な話だなおい。
「うーん、結界の狙いがどうであれ、術者さんに会って誤解を解かない事にはここから出られそうにないですよね。どうやって探しましょうか。この人達は当分目を覚ましそうにないですし」
少々脱線した話を元に戻すが、衛兵達は未だに気を失ってだらしなく寝そべっていた。
叩き起こしたところで口を割るようなやつらじゃなさそうだ。手荒な真似は絶対にリアが許さないだろうし、そうなると他のモノに尋ねるしかない。
「それなんだけどさ、良い方法思いついた」
ごそごそと気絶連中のポケットを探る。こんな森の中でウロウロしている連中だ。持っていてもおかしくないと思う。……よし、あった。
「おいリア、これ見てくれないか」
思った通りに見つかったコンパスを、リアに向かってポイっと投げた。
ゴツっ
「痛いですっ」
お前、運動神経切れてんのか?
「……これ、どうするんですか? 人のもの取っちゃうのは駄目ですよ」
「借りるだけ。なあ、そのコンパス使えば主の居場所が解からないか?」
はっとするリアの顔。慌ててコンパスをいじり始めると、すぐに答えが返ってきた。
「ありました、ここから北西約5キロの地点に複数の人が固まっているようです」
ビンゴ。
「その位置をお前のコンパスに移せるか? よし、それじゃ行くか」
* * *
あちこちから飛び出る枝葉や青々と茂る草を適当に払いながら、俺が先頭になって森を歩いてゆく。さっきまで先頭をリアに任せていたのだが、良く見たら全然違う方向に進んでいやがったのだ。
「おのれはワザとやってんのか?」
「うーん、不思議です。確かにこっちだと……ひょっとして!!」
これはもしかしてコンパスすら結界に惑わされているのでは! と戦慄するリアの手からブツを奪い取ること20分。目的地はもう目前だった。
ただ黙って歩くのに飽きた俺は「そういえばさ」、と話を振った。
「さっきの話だけどさ」
「なんですか?」
「敵を皆閉じ込めちまえば、確かに森の中の情報は出て行かないだろうけどさ。敵からすれば放った刺客が何人も同じ森で帰って来ないとなれば、この森にターゲットが居ることがバレちまうんじゃないのか」
「もう既にそうなっているのだと思います。あの人たちの格好を見ても、私達と遭うまでに相当の数と闘っていたみたいですから」
こいつ時々中身変わるんじゃ? と思うくらいにまともな事言ってる。
それにしても居場所がもう分かっていて、でも追っ手を何度放っても返り討ちにされる。そんな相手に懲りずに追っ手を差し向け続けるなんて、随分ノンビリした追っ手だよな。
…………?
「いたっ……もうレオンさん。急に止まらないで下さいよっ」
鼻を押さえて抗議するリアからもっと文句が出てくるかと思っていたが、その前に俺同じ事を感じたらしい。視線が俺と同じ方を向く。ほんの少し、砂粒よりも小さなパチパチという音が聞こえるのだ。恐らくは――俺は空を見て確信する。
上空がみるみるうちに煙で覆われていくのだ。
「わ。な、なんですかレオンさん。急に引っ張るなんて」
「決まってる。急ぐぞ、火の手が早すぎる。ったく、よりによってこんなタイミングで火遊びとか最悪だ」
さっきの近衛兵との小競り合いで発生したような小火とは訳が違う。明らかに森を焼失させる目的が見えるような燃え広がり方だった。
信じられないと呟くリアの瞳。気持ちは解からないでも無いが間違いない。微かに流れてくる魔力の残滓をコイツも感じたのだろう、悲しそうに眉根を寄せた。
ひょっとしたら放火犯はラインハルトってヤツを狙っている人物かもしれない。探したい相手が森に潜み出てこないのならば、森自体を消してしまえば良いのだから。
……まあ、放火犯がどんなヤツかなんて、今考えることじゃない。どんどん昇ってゆく煙が青空を灰色へと塗り替えてゆく様を見る限り、ここも遠くない内に火が回ってくるだろう。その前に目的人物に会ってさっさと結界解かせてこんな森脱出すれば良いんだ。ほら行くぞ。
しかし、勇者の決断は違った。くるりと踵を返すと真っ直ぐに煙の立ち昇る方へと進んでゆく。
俺の手を握ったまま。
「こらこら、どこへ行くんだ」
「火を消しに、に決まっているじゃないですか。急げばまだ間に合います!」
そうですかご苦労様です流石は勇者偉いぞ勇者。でも何故俺の手を握っている?
「レオンさんが居ないと迷っちゃうじゃないですか」
「知らねえよ! 自信満々に何を言っているんだお前」
ったく、こいつの頭がどういう構造しているのか本気で調べてみたい気分だ。
結局リアが引っ張るままに引きずられて行く俺。放っておいたら後味悪いっつーか、森の中で迷子になられたら探すのが面倒だしさ。
こらこら、そっちじゃないこっちだ。
…………。
生木の燃える臭いが強くなり、熱源が近づく。深紅の炎が近づく者を威圧する。地獄と化した範囲は既に視界に収まりきらないほどに膨れ上がっていた。
「うーわ……」
見ただけでゲンナリするほどの光景だった。コレを消すの? 本当に?
やっぱり止めないか、とリアに訴えようとしたんだけど、やる気がハンパない勇者は既に水の魔術を唱えたのか大量の水をぶちまけて消火活動を開始していた。
「レオンさんはそっちからお願いします!」
……と言われても。俺水魔法はあんまり得意じゃないんだよな。
どうしたものか。かといってボケッと立っているだけってのは情けない。 あ、そうだ。
俺はたまたま手にしていたコンパスを見る。都合の良いことに、近くに青い表示があったのだ。あまり大きそうな川じゃないけど、コレを使おう。
ところで、世界征服するっていう当初の目的を忘れていないかお前。
* * *
大体30分も経過しただろうか。
ぶつくさ言いながらも消火作業は順調に進んだ。既に燃え残る面積は三分の一以下にまで進み、俺達が進んだ後には水浸しになった木が焦げた体を並べている。随分と見晴らしが良くなった視界の先にはおお、紛れも無くさっきまで居たパレット・ハイロードと、何やら物騒な連中。
「げ、何か変なものまで見つけちまった」
灰色のローブを纏ったのが3人、これまた灰色の甲冑をつけたのが5人。向こうも俺達を見つけたのか真っ直ぐこっちに向かって走ってきた。
「がっはっは、とうとう見つけたぜ」
この妙に偉そうな男がリーダーなんだろうか。スキンヘッドがトレードマークらしいその男は、ニヤニヤ笑いがこんなに似合うヤツも珍しいってくらいにヤラシイ笑みを向けてきた。その髪型すごく似合ってるね。
「おら観念しろ、ここにラインハルト卿が居るコトは割れてんだ。」
何がそんなに嬉しいのか知らないが、男のニヤニヤ笑いにますます磨きが掛かる。
「いや、俺達も探してたんだけど」
俺の言い分を聞いておいて間髪いれずに大笑いしやがるタコ親父。
「バッカかお前、お前ら森の中に居ただろ? ならアイツを守る兵士だろうが」
その2つをイコールで強引に結ぶお前こそがきっとバカだ。
「いや、ホントだって。パレットって街からハイグレイ王国に行こうとして道に迷っちまってさ」
「ウソつくんじゃねえよ! あんな一本道で迷う馬鹿がどこに居るってんだよ」
いまそこで消火作業しています。
今度は取り巻き連中まで加わって爆笑しやがった。あくまで紳士的対応に努める俺だが、堪忍袋の緒が音を立てて軋みだした。
消しちゃおっかな。こいつらなら全員相手にしても多分10秒も要らない。……でもそんな事したらきっと怒るよなアイツ。一応平和を愛する勇者だし。
俺がどうすべきか迷っている間に、消火作業を終えた防火隊長が駆けつけてきた。
「どうしたんですかレオンさん。この方達はお友達ですか?」
これから消そうかと。
「おーおーちっこいガキだな。こんなのに守られてんのかラインハルト卿ってのは」
再び起こる爆笑。その光景を見て、リアの顔が理解の色になった。
「やっちゃいましょう」
「マジッスか!?」
こいつに堪忍袋は無いらしい。
いやでもさ、仮にも勇者が一般人に暴行事件は拙いんじゃ。
「懲らしめてやるだけです。いいんです。おっけーです。ノープロです」
最後のはノープロブレムの略らしい。業界用語(?)に詳しい勇者が手ごろな枝を拾った。ぶぶんと軽く具合を確かめるリアに、
「おいおいおい。おチビちゃん本気かよ、俺そんな趣味無いんだけどな」
さらに油が注がれる。うわ、リアの顔がものすっごい笑顔だ。
「なあおチビちゃん、悪いことは言わ」
キレた。
俺でも一瞬見失いかける程の動作は、相手からすれば消えたリアが突然目の前に出現したように見えただろう。鼻先1ミリに突きつけられた枝がタコ男を全身金縛りにかけた。
「あなた失礼ですっ、私おチビちゃんじゃありませんっ」
あの言葉が地雷だったらしい、以後絶対に気をつけよう。
寸止めなしでアレやられたらマジで洒落にならないと思う。
――――――ん?
呆然の取り巻きが見守る中、自分の背後に生じた気配に気付けたのは偶然だった。
避けられたのは、ただの幸運だった。