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50.指輪

 目を開くと、そこは戦場だった。

 

 目の前でリアとカミルが対峙している。清潔そうなベッドが並んでいる部屋の床には大きな血溜まりができていて、パージたちが蹲っている。

 

 ――これは、リアの記憶?

 

 どうしてそんなものを見ているのか理由はよくわからない。口を開けて突っ立っている俺は、二人からは見えていないらしい。



 聖剣と長槍が激しく打ち合う甲高い音が周囲を飛び交い、床板が悲鳴を上げるように軋む。数十度目の打ち合いを経ても決着の姿が見えてこないことにリアの顔が少しだけ歪んだ。


 部屋中に気分が悪くなるような空気が渦巻いている。ここは既にウィクマムの一部から切り取られ、得体の知れない魔境に変貌していた。


 視界が不自然に揺らいで定まらない。それがこの不思議な空間のせいなのか、鬼が何らかの術を行使しているのか。どちらにしてもリアには不都合な状況だった。


 エク公と会話したのか、首をわずかに縦に動かしたリアが聖剣を水平に掲げる。刀身が燐光のように輝くと、リアの身体に纏わり付いていた瘴気が不快なにおいを残して散ってゆく。身を捻って聖剣を構えたリアはグッと奥歯を噛み締めた。


 敵意を剥き出しにしたリアが軸足を踏み込んで床が軋む。竜巻のように鋭く円を描いて聖剣が光を撒き散らすと、まるで光の突風が吹き荒れたかのように部屋中に満ちていた瘴気が浄化されていく。

 

 優雅さすら感じるその一連の動作を、カミルは感心したように眺めていた。


「素晴らしいね。普通なら瘴気の存在に気付く前に蝕まれ、気付いたとしても何もできずにただ恐怖に泣き喚くだけなのに。コイツらはそうして無様に消えたよ」


 足蹴にされて、主を守れなかった金の手甲が乾いた音を立てる。微動だにしないフレイの腕は奇妙な角度に曲がっていた。


「さて、やる気になっている所で悪いけれど、僕はキミを殺しに来た訳じゃないんだ。話を聞いてもらえるかな?」


「黙れと言ったはずです。貴方と交わす言葉など――」


「キラノという名に心当たりは? 無いのならそれでも構わないけどね」


 その一言は、どんな強大な魔法よりも強くリアを揺さぶった。


 沈黙を肯定と見なすに十分な時間が経ってから、カミルは気取った風に両手を広げて背を向けた。


「昔々、美しい水の都を誇る国に麗しい姫君がいた。水上都市国家ウンディネアの至宝と(うた)われた彼女は幸せな日々を送っていたが、ある日を境に忽然と姿を消した。なぜなら彼女はあろうことか聖痕をその身に受け、勇者として世に旅立つことになったから。そんな彼女の傍に常に控え、最後の日まで支え続けた従者の名が――キラノというんだけどね?」


 芝居がかった口調で、カミルは確信を持ったように問いかけた。


「もしも彼女が今も生きているとしたら?」


「そんなこと、ある訳が無いでしょうッ!!」


 得体の知れない敵と向き合っていることを忘れてしまったかのように無防備に叫ぶ。剣の切先が震える程激しく感情を剥き出したリアがそれでも動けなかったのは、鬼の言葉に救いを見出してしまったからだ。


「普通ならば不可能なことに違いない。世界屈指の癒し手であるキミ自身がよくよく解っているだろうけれど、そんな不可能すら可能に変えてしまうチカラを、キミはつい最近目の当たりにしたんじゃないのかい?」


 死線を悠々と越えてくる鬼に向かって、手にした剣を振るうことができない。


「僕の主であるアウグストが持つ"語り部"のチカラと日天玉が揃えば、キミを彼女に逢わせてやるコトもできるんだけどね。どうだい、話を聞いてくれる気になったかな?」


 耳元で囁かれたそんな言葉を、リアは振り払えなかった。



* * *



 姫君のエスコートを気取ったカミルが扉を開けると、そこは既にウィクマムではなかった。

 

 薄暗い室内にある明かりは燭台に宿る炎の揺らめきだけで、壁には窓が一つも無い。空気の湿り具合や耳慣れない音の響きがここを地下室だと示している。部屋の中央にある黒曜石の台座には、セントアレグリーを示す銀細工のエンブレムが設えられていた。


 台座には何かが置かれているようだが、白い布が覆い被さっているので正体はわからない。ここに連れてきた意図を尋ねたリアに背を向けて、カミルはそっと布に手をかけた。


「存分に確かめるといい。これが、君が今なお旅を続ける理由なのだからね」


 ふわりと白い布が取り払われる。いかなる不測の事態にも即応できるように緊張していたリアだが、その姿を一目見た瞬間に小さく息を呑み、身体が震えた。


「キ……ラノ……」


 台座には、リアよりも少しだけ背が小さい女の子の像が立っていた。ふんわりしたショートカットの髪と少しサキに似た顔立ち、身に着けているエプロンドレスや小さな傷が付いている可愛らしい靴など、細部に至るまでがあまりにも精緻にできていた。


「痛ましい出来事だったと聞いているよ。魔物の脅威から世界を救った勇者を出迎えた悲劇。それはかつて世界中の吟遊詩人が歌っていたほどだ。暴走したある国の宝玉が巻き起こした目も眩むばかりの大発光が全てを静止させた。美しい景観を誇る都市も、そこに暮らす人々も、国中を網目のように駆け抜けてゆく水の流れさえも、一瞬で全てが時を止めた」


 まるで歌劇のように芝居がかった台詞が地下室に響く。


「キミも、彼女がいなければ同じ運命を辿っていた筈だ」


 カミルが静かに歩み寄っても、リアはピクリとも動かない。


「こんな姿になってしまった彼女たちを、救いたかったのだろう?」


 沈黙は長い間続いた。カミルはリアの瞳を覗き込むようにして待っている。返答を促すことなどしないで、揺れ動く心の動きを楽しむように薄い笑みを張り付かせている。


 そして、蜀台の蝋がすっかり形を変えるほど長い沈黙の後、リアは小さく頷いた。



 * * *



 気がつくと周囲は真っ暗だった。

 

 さっきまで見ていたのは、やっぱりリアの記憶なのだろうか。どうしてそんな物が俺の頭に流れてきたのか良くわからないけれど。

 

「――さん、もしもーし」


 ……ところで、ここはどこなんだ。

 

 確か俺はリアに会いに行って、アイツもろとも固まったと思ったら突然刺されて、完全に頭にきたから殴ってやろうと思ったら今度は金髪の鬼と黒髪の男に襲われて――


 ――ひょっとして俺、死んだのか。

 

 当たり前だが死んだ経験なんて無いから良くわからない。ただ周囲は真っ暗で氷水のように冷たい。だけど身体は少しも震えたりしない。どうにも不思議な感覚だ。


「もしもーし。あれ、返事がないなァ」


 だれかの声が聞こえる。そういえば昔こんなことがあった気がするな。あの時は真っ白な世界だったけど、今度は真っ暗な世界で似たようなことが起きているのか。確かあの時は振り返ったらリアが居たんだっけ。


 今度も振り返ったら、あのよく笑う顔があるのかもしれない。


 そんなことを真面目に考えている自分がおかしくて少し笑う。ナイフを深々と刺し込まれて生きている人間なんているわけがないのに。


 こんな時にまで最初に思い出すのがリアのことだなんて、俺は相当あれに毒されてしまっていたらしい。そんなことを思いながら振り返ると、そこにいたのは真っ白い骨のバケモノだった。


「もー、兄さん。聞こえてるなら返事してくださいよ、ってギャアア!?」


 ……しまった。反射的に壊してしまった。

 

 無残にバラバラになってしまったが間違いない。どこからどう見ても、フェリンたちと秘宝録を探しに行ったときに出会ったあのガイコツだ。

 

「お前、こんな所で何してるんだ」


「出会い頭にヒトをバラバラにしといて第一声がそれでっか!?」


 どうでもいいコトで怒っているガイコツは、あの時のようにブルブルと体を震わせながら身体を組み上げていく。ものの十秒ほどで元通りの骨になって「ふー」と深い溜息を吐きやがった。


 エドガー(こう呼べとしつこく言われた)の話によると、俺はいま精神だけが起きている状態らしい。エク公に刺されたのは夢かもしれないと思っていたけれど、間違いなく現実だったわけだ。

 

 エドガーは、こうして会えたのは俺が指輪を着けていたからだと言った。

 

「指輪って、お前が押し付けてきたアレか?」


「そーでっせ。肉体はダメでも精神を残すことは可能やから。その指輪に魂と愛情をタップリと込めたワイは、あれ以来いつでも兄さんのお傍に控えていたんですわ」


 衝撃の告白だった。

 

「……まさか、お前ずっと俺の行動を見てたのか?」


 昼も夜も全てを監視されていたのだとしたら、俺はコイツを殺さなければならない。

 

 とにかく、まずやるべきは指輪を外すことだ。害がないと安心していたのは大間違いだったらしい――

 

「って、あれ!? 何で外れないんだよ!」

 

 指が痛くなるくらい引っ張っているのに、左の中指をがっちりとくわえた指輪はまるで動かない。試しにはめてみた時は簡単に着脱できたのに。

 

「用心深い兄さんの性格を考慮して、寝てるうちにしっかり指と同化したんですわ」

 

 ということらしい。幾星霜を経ようとも絶対にコイツを消滅させてやろうと心に固く誓った。


「……それで? 俺が死んだから嬉々として出てきたってのか? お前の迎えなんてお断りだぞ」


「違いますって。こんなお喋りをしている場合じゃありませんのや。早くあのお嬢ちゃんを助けないとマズイから頑張って兄さんを起こしてたんですやんか」


「助けるだって? あのな、アイツはお前と違って人間なんだ。胸元をザックリ抉られて生きてるわけなんて無いだろうが」


 改めて言葉にするとどうしようもない感情が溢れてくる。ガイコツの相手をするのも億劫なくらいだ。

 

 俺は完全に不貞腐れていた。しかし、エドガーの声は真剣だった。


「兄さんも知ってると思いますけど、日天玉を身体に宿した人間は"勇者"として使命を背負うと同時に絶大な生命力を手に入れます。不老不死に最も近い存在としてワイも昔から注目していたんですけどな」


「不老不死? 勇者だって普通の人間のように年老いて死ぬんだろ?」


「それは勇者に与えられた使命を果たした場合ですわ。使命を果たした勇者は力を失いますが、裏を返せば、何らかの理由でそれができないでいる勇者はいつまでたっても力を失わないんです。戦える身体を維持する為に肉体の老化は止まったままですし、死にたくても死ねないくらい生命力が強いんですわ。だから胸を刺されたくらいじゃ死にません。これは絶対に保障しまっせ」


 生きている。アイツはまだ生きているのか。

 

「ほんとう、か?」


「ほんまですって。でも、例外があるんですわ。いくら不死身でも宝玉を体から摘出されてしまうとアウトなんです」


 そういえば、あの連中は「リアにはあとひとつ大切な仕事が残っている」と言っていた。宝玉を摘出する手段があるのなら……仕事とは、リアの体から宝玉を取り出すことを指しているのかもしれない。


 連中が狙っていたのはウィクマムの宝玉ではなく、リアの体の中に眠っているものだったのか。


「だったら……だったら、こんな所でお前なんかと時間を潰している場合じゃない」


「兄さん、その通りですけど、その言い方は酷いでっせ……」


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