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48.勇者と魔王の

 リアの剣の腕は相当なものだが、正直に言ってサキには劣る。剣だけで戦うとしたら恐らくサディアにも勝てないだろう。以前から感じていたことだが、リアは剣を使った戦いに向いていない。これはただの想像だけど、勇者の武器が"聖剣"だから仕方なく覚えたんじゃないだろうか。そう思わずにいられないほど、リアの魔術を扱う技量は高かった。


「お前、ひょっとしてエク公を使わないほうが強いんじゃないか……」


 さっさと首輪を壊したいのに、近づくどころか押し返されている。


 周りの空間を埋め尽くすように拳大の水弾が現れる。避けるなんて考えるのも馬鹿らしい数を片っ端から叩き落すが、結局手が足りなくなって上空に逃げるしかない。


「げ」


 逃げた先には先回りしたリアが待ち構えていた。あの逃げ道は計算の上で残されたものだったらしい。

 

 水で(かたど)った巨大な斧のような何かを正面から受け止める。とっさに火壁を展開したが、次の瞬間には弾け飛んでしまった。


「……やる気出しすぎだろ」


 戦闘開始早々だが、こんな場所でケンカを買ってしまったことを後悔していた。


 ここは湖のほとりで、リアが得意なのは水の魔術だ。触媒を無尽蔵に使えるこの環境ならリアは魔術を最大限に行使できてしまう。魔術を制御する精神力まで無限とはいかないが、目の前の勇者は見るからにやる気満々だから困る。


 俺がグチグチ言っている間もリアの攻撃は止まらない。水が様々な鳥の姿をかたどって羽根を広げ、その飛沫からさらに小さな鳥が生まれる。直線的に突っ込んできたさっきの水弾と違い、まるで生き物のように複雑な軌道を描いて襲ってきた。


「あーもう鬱陶しい!」


 地面に手を突っ込んで掴んだ土を周囲に振りまく。土煙に触れた鳥が色を変えて一斉に進む向きを変えた。


 透明な鳥と土色の鳥が激しく衝突する。殆どが相殺して落ちていったが、土色の数羽がリアへと襲い掛かった。

 

 淡々と杖を振っていたリアが息を飲む。


「こんなので死ぬなよ?」


 俺が言うと同時にズシンと重い音が響く。衝撃に煽られて大量の土が舞い、鏡のようにカルラ山を映していた湖面が激しく乱れた。


「……ちょっとやりすぎた」

 

 肌に感じていた衝撃も収まったが、大量の土煙はまだ視界を塞いでいる。念のため警戒していたがリアからの攻撃は飛んでこない。しばらくするとサアッと風が吹いて、視界を邪魔する土煙が急速に流されていった。


 さっきまで図太く魚を啄んでいた数羽の渡り鳥も既にいなくなっている。あの爆発音にはさすがに驚いたようだ。




 土煙の中から姿を現したリアは杖に体を預けて立っていた。


 それなりに痛かったた筈だが、全く気力が衰えていない。それどころかさらにやる気になっている。口を小さく動かして既に次の詠唱を紡いでいるのだから間違いない。

 

「――今のは痛かったです」


 目が()わっている。怖い。


 詠唱の終わりと共にリアが杖を振り上げる。押し上げられたように湖面の一部が盛り上がったかと思うと、勢いよく水が舞い上がった。

 

 大量の水が一点に集い形を成す。その姿を見て、口から思わず声が漏れてしまった。


「うーわ……」


 あれはドラゴンの一種だ。

 

 以前見たトカゲのような種類ではなく、ヘビのような細長い形をしていた。全身が淡い青に染まった長い胴から小さな手足がちょろっと飛び出ていて鋭いツメが伸びている。頭には二本大きな角が生えていて、生意気そうな目玉と噛まれたら痛そうな牙が俺を威嚇するように光っていた。

 

 見るからに凶暴そうなそいつが、俺を簡単に丸呑みできそうな口を開く。産声の咆哮が空気を震わせて水面を掻き乱し、大きな口から眩い光が串刺すように落ちてくる。背筋が寒くなるような威力で大地を吹き飛ばした結果、地図を書き換える必要がありそうなほど湖の形が変わっていた。


 あまりの威力にウンザリする。とても受けきれないし、そんな苦労はしたくないので直撃は避けたいところだ。


 ドラゴンが口を開く。


 容赦ない一撃が再び傍を掠め着弾し、爆風を撒き散ら――さない。


「逃がしません!」


 いきなり出現した鏡が光を受け止めて、その軌道を俺のほうへと修正してきた。


 悪態をつく暇もなく必死に回避を試みるが、リアは更に鏡の枚数をずらりと増やして俺を包囲する。おまけに反射した光線が複数に分裂するからタチが悪い。光線の数が二十くらいに分裂してからは面倒になって数えるのをやめた。


 ほとんど勘だけで避けていた俺の右足が急に動かなくなる。水でぬかるんだ大地に足がはまっていて、ご丁寧にも凍っていた。


 これで詰みだ。


 覚悟を決めた直後に強烈な衝撃が走る。肺の空気が全て吹き飛んで息が止まる。頭を覆うように腕で防御姿勢をとっていた俺の体は地面に叩きつけられて、そのまま潰れたカエルのようにうつ伏せの姿勢で固定される。

 

 体の表面が固く凍ってしまって動かせない。

 

 そんな間抜けな格好の俺に、水鏡群の中で暴れていた残りが一斉に降り注いだ。



 * * *



「ハァっ、ハァっ……」


 新しく造られた池の縁で、杖に体重を預けるように寄りかかり立っていたリアが崩れ落ちるように膝をつく。


 息は乱れ、杖を握る手が微かに震えていた。池の底に沈んだ俺を探す様子はどこか虚ろで、誰にともなく何かを呟いている。

 

 いったい何を言っているんだろう。かすかに聞こえたのは「キラノ」と「約束」という言葉だけで、うまく聞き取れなかった。


「レオンさん……?」


 少しだけリアの声が大きくなる。俺の名を呼びながら泣いてしまいそうな声を出している。まさか俺が死んだとでも思っているんじゃないだろうな。


 俺はいま、お前の背後の地面から這い出てきているんだけど。


「容赦ないな、お前」


「きゃああああああああああっ!?」


 所々が泥で汚れたローブの肩辺りを掴む。リアが意図に気付いて身を捩るがもう遅い。重心を崩してふらつく脚を捉えて、リアに覆いかぶさるようにして一緒に地面に倒れ込んだ。


 リアの杖が悲鳴を上げるようにシャラン、と鳴る。


 新しく誕生した池の上空にいた龍の姿が崩れ、水へと還ってゆく。ザアッと通り雨のように降り注ぐ水滴が地面に吸い込まれていく。小降りになるまでそう時間はかからなかったが、そのあいだ俺の下で雨宿りしていたリアは思いっきり目を見開いて固まっていた。

 

 ……どうした? ビックリしすぎて石化でもしたか? 

 

 よくわからなくて理由を探していたら、いきなりリアの顔が真っ赤になった。


「ああああああ、あのっ、てててて手がっ」


「手?」


 リアの手は肩の高さにあるけれど特に変わった所なんて見つからない。よく解らないので聞き返そうとしたところで、リアの胸元にある趣味の悪い首飾りがジャラっと音を立てた。


「えっ、あの、これは私も好きで着けている訳じゃなくて……ってそうじゃなくてですねっ!」


 そういえばさっきから自分の左手が妙にやわらかい物を掴んでいることに気付く。


「……これ?」


 こくこくと僅かに動く頭でアピールするリア。


「アレだな、お前のって意外に小さくな――痛い!」


 細腕に似合わない剛拳が額に決まり崩れ落ちる俺。覆い被さられたリアが顔をさらに真っ赤にしながらジタバタもがくが、体格差が大きいせいで逃げられないようだ。やがて観念したのかリアは眼を瞑って、ついと顔を背けてしまった。


「悪かったってば。そんなに怒るなよ」


「……別に怒ってないです。あの攻撃が全然効いていなかったからびっくりしただけです」


「いや相当痛かったんだけど。もしも今お前がエク公を持っていたら死んでいたかもな」


 聖剣の扱いが下手だろうと、動けないまま聖剣に心臓を刺されたら生きている自信はない。


 横目で俺に視線を向けていたリアがまたそっぽを向く。「なあ、」と改めて問いかけようとしたら、リアは俺の口を塞ぐように言った。


「やっぱり貴方はすごいです。私ではとても敵いません」


「……そうだな。さっさとその趣味が悪い首飾りを壊すぞ」


 逃げるように横を向いていたリアの顔がこちらを向く。地面にくっついていた腕を動かして、俺の胸元へと伸びてくる。


「リア?」


 弱々しく震える細い指を目にした途端、なぜか嫌な予感がした。


「考えが甘すぎました。貴方は魔王。私のような人間が勝とうだなんて、そんな考えじゃこの結果も当然ですよね」


 俺のことを名前で呼ばないリアの瞳から温度が消えていく。

 

 ――そうだ、早く首飾りを壊さないと。

 

 正体がわからない不安を感じながら、さっさと終わらせようと手を伸ば――せない。


 リアから溢れ出た魔力が一気に空間を支配する。冷気が皮膚に張り付いて凍り、ただのまばたきすらひどく重く感じるようになる。そして何より、まだ僅かに降り注いでいた雨粒が目の前で静止している(・・・・・・・・・・)

 

 いつの間にかリアを中心にして大地が全て白く染まっていた。淡い濃淡がついていて何かの模様が生まれている。

 

 これは――


《――嘆きの川(コキュートス)


 空間凍結呪文だ。それも術者本人を中心に見境なく全てが静止してゆく。

 

 既に侵食が進み固まってしまった四肢はどれだけ動こうとも震えもしない。成す術もなく互いの侵食が首元まで到達して、一切の音が消える。


 このまま、少しだけ待っていてください。


 時が止まってゆく世界でリアの唇がそう動いて、俺たちはそのまま凍りついた。

 

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