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47.誓いの円環

 ゼウスリーナ襲来から一日が経過した。


 俺は部屋に篭って調べものをしていたのだが、太陽が最も高くなる少し前くらいにコンコンとドアがノックされた。


 今は調べものに集中したいし、何となく叩き方がアホの子っぽかったので無視しよう……と思ったら、数分もしないうちにドアノブが勝手に回ってミズホが入ってきた。どうやら合鍵でも持ってきたらしい。


「レオン、何してるの? ……ってうわ、珍しくマジメな顔してる。似合わないのに」


「うるさい。俺だってたまにはマジメになる時だってあるんだ。それと、返事していないのに勝手に開けるんじゃない」


「ねーねー、ヒマならちょっと話に付き合ってよ」


 例のごとく俺の訴えを完全に無視してミズホが肩を突付いてくる。セントアレグリーから音沙汰が無いことが気にかかっているらしく、その表情は珍しく真剣だった。


「あれから直ぐにでも新しい勇者が襲撃してくるかと思ったのに変だよね。来て欲しい訳じゃないけど、何かスッキリしないよ」


 首を捻るミズホは、先ほどまで新たな勇者襲来に備えて会議をしていたという。その顔には疲れが滲んでいて、目の下にはちょっとしたクマが見えた。あまり寝ていないのかもしれない。


 いつものふざけた言動を見ているとどうにも幼く見えるが、一国の女王としての責任感はあるらしい。耳の痛い話だ。


「あまり無理するなよ。お前が倒れたらそれこそ悪影響が出る」


「だって、何かしていないと不安になっちゃうんだもん」


「心配しすぎなんだよ。また攻めてきたとしても俺が守ってやるから安心しろって」


「……なに似合わないことを言ってるのさ、ばか」


 どうして俺が悪いみたいな空気になってるんだよ。


 不満そうに口をへの字にしていたミズホが俺の手元に視線を移す。トテトテと歩み寄ってきたかと思うと「ボクにも見せてよ」と言いながら本を奪っていった。


「それ本物だから丁寧に扱ってくれよ」


 大丈夫だよ、と適当な返事と共にミズホがページを捲る。


「これがあの"秘宝録"ってやつなんだ……あ、すごい。レオンを呼ぶ時に使った秘宝も載ってるんだね」

 

 ミズホが開いて見せたページには、楕円形の宝玉が描かれていた。この"麒麟玉"という名のアイテムは"任意の対象との縁を強化する"ものらしい。

 

 コレを使って俺を呼び出した結果どうなったかは言うまでもない。

 

「最近忘れがちだけど、お前との契約はまだ継続中なんだよな」


 召喚者(ミズホ)の願いは『ウィクマムを守れ』という曖昧なものだ。もしもセントアレグリーを滅ぼさない限り一生このままだったとしたら非常に困る。

 

「レオンを()ぶのって大変だったから、細かいルールを考えている余裕なんて無かったんだよ……そんなにボクと一緒に居るのがイヤなの?」


「んなコト言ってねーよ。俺と長い間契約状態が続くとお前に負担があるんじゃないのかって聞いてるんだ。願いが叶うまではお前でも解除できないんだろ?」


 いきなり黙ってしまったアホの子の頭を掴んで引き寄せる。こいつの体調が悪くなっている原因が、寝不足なんかじゃないかもしれないと思ったのだ。

 

 瞳の中を覗き込むように顔を近づけると、ミズホは逃げるようにそっぽを向いてしまった。

 

「……大丈夫だって。レオンが気にすることじゃないよ」


 嘘をつくならもう少しうまくやって欲しい。

 

 どうやら、悠長に構えている時間は無いらしい。

 

「その本には、強制的に契約を解除できるようなアイテムは載ってないのか?」


「たぶんだけど載ってないよ。ボク召喚の契約については結構詳しいつもりだけど、そんな方法があるなんて聞いたこともないし」


 まるで大した問題じゃないと言いたげな口ぶりだった。この状態が続けばどうなるか知らない訳じゃないだろうに。


「だからボクのことを気にする必要なんてないんだってば。この国を守れるなら安いと思うもん」

 

「……お前はもう部屋に戻れ。時間があるなら休んでいた方が良いって」


「それくらいで治るなら、とっくにそうしてるよ。ついでだから言っちゃうけど、この前みたいにレオンと血の交換をしても無駄だからね」


 時間稼ぎもできないらしい。俺はわざとらしく嘆息してミズホから本を奪い返すと、探し物の続きに取りかかった。




 この秘宝録には多種多様なアイテムが載っている。本物と同一の贋作が作れる"フォールの筆"や誰でも自在に空を飛べる"天使の翼"など、手に入れられれば相当便利だろうと思われるようなものから、俺がよく知っている聖剣エク公やサキの刀"朧姫"など武器についても網羅している。


 それぞれのアイテムの概要を読み飛ばしてページをめくっていく。紙の擦れる音だけがしばらく続くなか、全体の半分ほど進んだところで指が止まった。


「……あった」


 在るかもしれないと思っていた物を見つけて思わず声が出る。


 "誓いの円環"。これを使えば、どんな相手も絶対に約束を守るという秘宝だ。


 挿絵には少し趣味の悪い首飾りが二つ描かれている。禍々しい黒魔石を加工しているらしいが、まともな感覚の持ち主ならば敬遠するようなデザインだった。


 軽く首の骨を鳴らしてから、詳細に目を通してみる。



 この首飾りを使って交わした約束は絶対に守らなければならない。

 約束の数は、自分と相手それぞれ一つまで。

 相手との約束を果たすまで首飾りは外れない。

 相手との約束を果たした時点で首飾りを自由に着脱できるようになる。

 相手が約束を果たす、もしくは果たせないことが確定した場合、すぐにわかるようになっている。

 約束を果たせなかった場合、罰として相手の要求を一つ受け入れなければならない。

 首飾りを装着した時点から約束に関わる内容を他言できないようになる。



「……使い方を間違ったらとんでもない事になりそうだな」


 信用できない相手と重要な約束を交わしたい時に便利かもしれないが、約束を守れなかった場合どんな罰ゲームでも拒否できないというのは怖い。大観衆の前でミズホに「お手!」と要求されたらと思うとゾッとする。


「あー、なるほど。リアちゃんが出て行った理由がコレじゃないかって思ってるんだ?」


「サディアから聞く限り、誰かに監禁されているわけでもないらしいからな」


「そうなんだ。確か、この本ってアイテムの所在がわかる様になってるんだよね」


 俺の肩ごしに本を覗いていたミズホはまたも俺から本を奪ってページを捲る。そして「ん?」と首をかしげた。

 

「ひとつはセントアレグリーに在って、もう一つが……変な所に在るんだけど」


 何かの間違いかな、と呟く。もう一つの点は"カルラ山"という山の付近で明滅していた。



 * * *



 秘宝録を約束の場所に隠した俺は、あれからすぐにウィクマムを出た。

 

 ラグビークという絨毯みたいな乗り物を使い北へと進む。サキから勝手に借りているのでバレたら後で怒られるかもしれない。誰にも言わずに出てきたので、ミズホあたりに後で文句を言われるかもしれない。

 

 ちょっとした思い付きでの行動だったので、わざわざ言うほどのことでもないし。そんな無駄な言い訳をしている俺とは関係なく、絨毯は順調に走っていく。




 リアと別れたすぐ後、俺の部屋に一つの置き土産があった。

 

 てのひらにすっぽり入る程度の丸い形の物体で、簡単な地図が表示されている。リアと出会って間もない頃に知った"コンパス"という道具だ。

 

 この道具最大の特徴は、離れた相手の現在地がわかることだ。コンパスは固有の番号を持っているのだが、その番号を互いに登録していれば簡単に位置を特定できるのだ。


 発見したコンパスに登録された番号を確認してみると、一つだけあった。


 その番号は"20050105"。確か、リアが持っていたコンパスがこんな番号だったはずだ。

 

 俺はひょっとして、と思いながらコンパスに登録相手の位置表示を命じた。しかし、コンパスを発見した当時から今まで一度も反応が無かった。




「相手が地図の表示範囲外に居るとダメってのは不便だよな」


 表示の縮尺を変えることである程度の距離までは表示できるが、ウィクマムから馬車で三日以上離れているセントアレグリーなどは遠すぎて全く表示されないのだ。


 文句を言ったところでやる気を出してくれる訳もなく、コンパスは今も淡々と地図だけを表示し続けていた。


「……ん?」


 目の錯覚かと思いながらコンパスをじっと見る。地図上に光が明滅した気がしたのだ。

 

 俺が移動するにしたがって、コンパスに表示される地図も刻々と変わる。今はカルラ山の端が表示されていたのだけど――


「お」


 勘違いかと思ったがやっぱり間違いない。地図上の北端、カルラ山の麓付近で光が明滅していた。光はゆっくりとした速度で西にある湖へ向かっている。これがリアだと確信を持った俺は、進路を北西へと変更した。



* * *



 風を切って進み、湖の東端にたどり着いたところで絨毯を降りた。

 

 コンパスにはやや縦長い円形の湖と、その東端に現在地を示す三角形が表示されている。さっき見つけた光はここからほぼ真東の位置で明滅している。縮尺を小さくするとゆっくりとこちらに近づいてきているのが確認できた。


 何気なく湖に目を向けると、渡り鳥らしき群れがエサを探して水面に嘴を突っ込んでいた。周囲は静かで、鳥が立てた小さな水音がほんの微かに聞こえる程度だ。鳥から逃げようとした魚が勢いよく飛んで、鏡のような水面が僅かに波立った。湖周辺は草原が広がっていて、近くに見えるカルラ山以外に障害物のようなものは見えない。


 のどかな光景を眺めながら数分ほど待っていると、俺の目にも小さな影がこちらに向かってくるのが見えてきた。白いローブ姿の魔術使いとその横にいる幼い印象の男。二人は暫くしてこちらに気付いたのか、僅かに歩む方向を変えた。


「……ひょっとして、お待たせしちゃいましたか?」


 白ローブがちょこんとお辞儀をしてからフードを脱ぐ。少し懐かしく感じる顔を俺に向けて、リアは少し笑ってみせた。隣に控える男が俺を警戒するように睨み付けてくるが無視しておこう。楽しい話をするような雰囲気でもなさそうだ。

 

「ずいぶん遅いから様子を見に来たんだけどな。友達には会えたのか」


 端的にそう問いかけた俺に対し、リアは唇を固く結ぶ。隣にいる男を片手で制してこちらへと歩み寄ってきて、手にした杖を両手で水平に握り締めた。


「遅くなったのはごめんなさい。他に方法が無いことは判っていたのに、どうしても決心がつかなかったんです」


 リアは一旦口を閉じて地面に目を落とした。苦しげに眉根を寄せたまま十秒ほど固まってから俺に視線を戻して、やっぱりすぐに視線を外した。

 

 リアが何を言おうとしているのか想像がついているので、ちょっとじれったい。そんな心理が外に漏れてしまったのか、リアは少し慌てた様子で杖を強く握りなおした。そして断崖から飛び降りる前のように息を吸って、覚悟を決めたように強い視線を俺に向けてきた。


「私はこれから貴方に挑み、貴方を倒したいと思います」


「ふーん」


 そんな適当な返事をしながら目の前まで歩いていく。俺の反応が予想外だったのか、リアはぽかんと不思議そうな顔をしていた。その隙に白いローブに手をかけて、思い切り胸元を開いた。


 ものすごい悲鳴のせいで、周囲にいた水鳥が一斉に逃げていった。


「な、な、な、な……」


 たぶん「なにするんですか!」とでも言いたのだろうけど口が動いていない。後ろにいる子供がものすごい目で睨んでくるけれどどうでもいい。目的は、リアの白い首に絡みついている首飾りだ。


 あの日、リアがなぜひとりで出て行ったのか。その理由があの鬼にあるかもしれないとは思っていたけど、どうやら正解だったらしい。気付くのが遅かったけれど。


「趣味の悪いアクセサリだな。カミル(あの鬼)からのプレゼントか?」


 リアは答えない。


 恐らく、約束の内容を他言してはならないというルールに引っかかっているのだろう。それでも困りきった表情のせいでバレバレだけれど。


 まだ口をパクパクしているリアの胸元に手を伸ばして首輪に触れると、顔をまっ赤にしていたリアが鋭く身体を翻して、俺の手が届かない距離まで逃げてしまった。


「惜しい」


「何をするんですか! これが切れてしまったら――」


「――大切なお友達を失うかもしれない、か?」


 これも正解みたいだ。目を丸くするリアが面白くて、つい笑いそうになってしまう。


 首飾りとリアの様子から、事情が大体見えてきた。


 あの鬼に負けたリアは首飾りを強制的に着けさせられ、俺と戦う羽目になった。俺を倒せなければ"お友達"が酷い目に遭う、といったところか。


 いや、ひょっとしたら負けたのではなく、お友達の存在を盾にされて抵抗できなかったのかもしれない。


 あの日のリアの姿を思い出すと、闘ったにしてはケガどころか衣服の乱れも目立っていなかった。本当に鬼と闘って負けたとしても、リアならもっとボロボロになるまで頑張ってしまうはずなのに。


 どちらにせよ、ここまでは予想の範疇だ。

 

 問題はここから。この状況を解決するにはどうすればいいだろう。

 

 生憎サディアにはフェリンを任せているから使えない。ウィクマムから黙って出てきたからサキにも頼れない。まさかミズホやロベリアに頼るわけにもいかず、やっぱり自分で何とかするしかない。


 こっそりと溜息をつく。面倒な問題を運んできたリアは、まだ顔を赤くしながらぷんすか怒っていた。


「レオンさんはいじわるです」


「別に良いだろ。たいして大きくもない胸を触ったわけじゃないし」


 リアの眉の角度が一気に三段階ほど厳しくなる。


「と、とにかく! わたしはこれからレオンさんと戦いますから!」


「イヤだよ面倒くさい」


「わがままを言わないで下さいっ!」


「我侭を言ってるのはどっちだよ」

 

「……うー、空気を読んで下さいよ」


 お前にそんな台詞を言われる日が来るとは思わなかった。

 

 呆れると共に、口が思わず笑みの形になってしまう。リアが俺を殺したいと思っているなんて、少しでも本気にしていた自分がアホらしくなった。


 こいつは、俺と出会ったときから何も変わっちゃいない。


「そんなに俺と戦いたいのかよ」


 こくこくと頷く勇者。その目は大いに真剣だ。

 

 俺は俺のやり方でこの面倒ごとを片付けたいと思っているし、リアにはリアの思惑があるのだろう。俺が何を言ったところでガンコなこいつが意見を曲げるとは思えない。


 俺はワザとらしく思案するそぶりを見せて、リアに一つ提案をした。


「わかった、相手をしてやるよ。ただし俺はその首輪を壊したらさっさと逃げるからな」


 お前のやり方で友達を守りたいなら、俺をねじ伏せてみろ。そう暗に告げる。


「……わかりました。戦ってもらえるならそれで良いです」


 リアが両手で持っている重そうな杖がしゃらん、と鳴る。

 

 俺が言いたいことを理解したリアは、神妙な顔で頷いた。

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