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43.日天玉と聖痕

「あれー、レオン様。本をお読みになってるんですか。お出かけにならないんです?」


 俺は部屋の端っこで膝を抱えて座っていた。

 

 今はテンションの高いお前と付き合うような気分じゃないんだ。ほっといてくれ。そんな意思を込めて背を向けて、冷たい壁に右耳をこすりつける。窓からの強い風で捲れてしまった本を慌てて押さえた俺は、侵入者とは目を合わせずに、しおりを挟んだページを開きなおした。


「大丈夫ですよー、レオン様の愛に性別なんて関係ないってわかってますから」

 

「違うっつってんだろ!」

 

「あはは、わかってますってば。レオン様」


 猫なで声のサディアがぴとっと背中にくっついてくる。振り払うのも面倒だったので、無視してそのまま話を続けた。


「ゼウスリーナに釘を刺されて行きづらくなったんだよ」


 別にこっそり様子をうかがうくらい問題ないと思うけれど、もしもそこで厄介ごとに巻き込まれたら直ぐさまアイツが飛んできそうだからさ。


 まーそうですよねー、とサディアが圧し掛かるようにさらに体重を預けてきた。耳に吐息がかかっているのは絶対にワザとだと思う。


「さすがに今すぐ行くのはちょっと拙いんだ。面倒を押し付けて悪いけれど、その間フェリンの面倒を見ていてくれないか」


「はーい。それで、レオン様は何をご覧になっているんですか? ……ふむふむ。この世界の歴史、ですか?」


 今更だけど、一度ちゃんとこの世界のことを調べる必要があると思ったのだ。

 

 リアは『勇者として数多くの魔物を倒した』と言っていた。しかしフェリンが調べた限りそんな記録は残っていないという。この食い違いが生じた原因は何なのだろう。リアが嘘をついていたという説が一番もっともらしいのだけれど、俺にはリアがそんな嘘をついたとは思えなかった。だから自分の手で一度調べてみようと思ったのだ。


 フェリンからリアの過去について聞いた時から調査を始めていたのだけれど、まだ大した成果は上がっていない。一人でうんうん唸っているのも飽きてきたので、サディアにも話に付き合ってもらおう。




 まず、この世界と魔王の関係について確認してみる。


「少なくともこの本に記述がある100年間では、魔王がこの世界を襲ったなんて記録は見当たらないんだよな」


 これは当然だろう。俺はつい最近出てくるまでずっと閉じ込められていたし、オヤジは死んでいるのだから。

  

 ミズホに聞いてみたのだが、魔物の親玉として魔王の存在自体は知られているものの、誰もその姿を見たことが無いということで、御伽噺の住人扱いになっているという。


 この世界には今も魔物が生息しているし、その存在が人間たちに認識されてもいる。しかしその力は弱く、行動範囲は人里離れた山奥や洞窟の奥などかなり狭い。よって現在は大した脅威とは捉えられていない。だからなのか、魔王もそんな扱いらしい。




 これだけを聞くと、この世界は魔物の脅威に長らく晒されていないように思える。しかし過去を調べてみると、魔王とは関係なくこの世界に魔物の大群が出現したという記録が残っている。この本では"百鬼夜行"と表現されている現象で、星の配置が特定の条件を満たすと発生するらしい。


「一番新しい百鬼夜行は五年前に起きました。恐らくですけれど、この世界と魔界を繋ぐ"道"が発生しているのかもしれませんねー。魔界は広大ですから少々の数が減ったところで気付きませんけれど、何度か天界から文句が飛んできたことがありますから」


 出現した魔物は結構な数だったらしく、世界各地で魔物の討伐が行われた。各国の勇者が協力して対抗したという記録が残されている。『勇者として数多くの魔物を倒した』というリアは、これに参加していたのだと思っていた。


 人間の平均寿命はせいぜい六十年ほどだ。魔物を相手にできるほど成熟する為には、早熟な固体でも生後十年以上はかかる。それを考えると五年前の百鬼夜行でリアが勇者として活躍したと考えるのが普通だ……と思ったんだけど。


「やっぱり"勇者リア"の名前は見当たりませんでしたよ。ちなみにこの騒動を治めた最大の功労者は、セントアレグリーの現国王にして筆頭勇者であるアレクロードです」


「記録にアイツの名前が見当たらないのは、名前を変えていたから、か?」


 この記録に肖像画は載っていない。"リア"という名前ではなく別の名前を名乗っていた、もしくはリアという名前が偽名である……そんな可能性もあるかもしれない。

 

「どうしてそんな事をしたんですか?」


 しかし、サディアが言うとおり偽名を名乗る理由が分からないし証明もできない。俺を欺くため等こじつけの理由を挙げることはできても、証拠を出せといわれたらお手上げだ。


「その前の百鬼夜行は……二十年も前になるのか」


「あの子の外見はどう見ても十代ですからねー。二十年前となると生まれているかどうかも怪しい頃です。それでもひょっとしたらと思って詳しく調べてみたのですけれど」


 結果は同じだった、と。

 

 俺もあるだけの資料をミズホから借りてみたが、やはり結果は同じだった。


 その前の百鬼夜行となると、もう百年近く遡らなければならない。しょぼしょぼする目を軽く揉んで天井を仰ぐ。こんなに苦労をするのなら、アイツの首根っこを摘んで真相を白状させる方がどれだけ楽だろう。


「ふっふっふー」


 眉間に皺を寄せたまま固まっていた俺の背後でサディアが笑う。


「ところでレオン様。ご指示いただいた件についてのご報告があるのですけど」


「日天玉についての調査か? もう終わったのか」


 サディアは俺が思っていた以上に有能だ。妹の面倒を見る傍らで俺の依頼もちゃんとこなしてくれる。それを正直に言うと絶対に調子に乗るので黙っているけれど、サディアは「わかってますよー」と言いたげな顔をしていた。


「なかなか興味深い話を見つけることができたんですよー」


 これ以上同じ事を考えていても進みそうにない。気分転換のつもりで、サディアの報告を聞くことにした。



* * *



 日天玉とは各国の心臓として祀られている宝玉である。

 魔力を際限なく発散し続ける"命の息吹"と呼ばれる現象を起こしている。

 もしも日天玉が失われた場合、その影響下にある国は大地が枯れ、生命の維持ができなくなる。

 日天玉を壊せば一つだけどんな願いも叶うという伝説がある。

 "語り部"と呼称される存在だけが日天玉を自在に制御する術を持つ。

 "語り部"は非常に希少な存在である。



 淀みない報告が耳に入ってくる。これらは既に知っている内容なので口を挟むことはしなかった。


「日天玉がどのようにしてつくられるのかは、調べた範囲では分かりませんでした。人間界の通説は神がこの世界に与えた神聖な魔法石だという曖昧なものです」


 少々退屈そうな顔をしていたのかもしれない。俺に向かって「ちゃんと聞いてくださいよー」と拗ねたような声を上げたサディアが「面白い話はこれからですから」と詰め寄ってきた。


「日天玉は勇者の体と同化していて、その力の源となっているという説があるんです。古来より勇者は非常にしぶとく殺しにくい厄介者として有名ですが、どうやらその理由がこの日天玉なんだそうで」


 曰く、日天玉を体内に宿すことで得られる恩恵は絶大らしい。中でも無限に近い魔力と不死を想起させるほどの生命力はその代表的なものだという。

 

 確かに過去(俺が閉じ込められるよりもずっと前の時代)が示すとおり、勇者は敗れても何度となく立ち上がる。そして終には魔王を倒してしまうのだ。明らかにただの人間とは一線を画しているので、体内に日天玉が宿っているという説には説得力があるかもしれない。「ほとんどゾンビですよねー」というサディアの例えはちょっと悪いけど、それくらいしぶといというのは本当だ。


「そんな圧倒的な生命力を誇る勇者ですが、それでも何らかの理由で死亡してしまいます。そうなると遺体は消滅して宝玉だけが残されるんだそうです」


「何らかの理由ってのは、例えば?」


「最も平和的な理由としては老衰です。役目を終えた勇者は日天玉の恩恵を失い、一般人と同じように老いて死亡するんです。悲惨な原因のほうですが、代表格は体が再起不能な状態にまで破壊されることですね。こちらはあまり人間が残した記録には残っていません。ま、人間からしたら気分悪くなっちゃいますからねー」


 どこからか紙とペンを取り出したサディアが器用に絵を描いてゆく。アザのような色合いのそれは幾つかの同心円で構成されていて何となく目を思わせた。俺がリアの体に見たものと、非常によく似ていた。


「宝玉が宿っている人間の体にはこんなアザが出現するんです。これは勇者の証でもあり、百年以上昔はこれを持つ人間しか勇者とは呼ばれなかったんですよー。近年はあちこちで勇者を名乗る人間がいるので混乱しちゃいますけど、調べた限りでは聖痕を持つ人間はいません。みんな名ばかりのニセモノです」


 報告は以上です、とサディアの口が止まった。




 リアの体には確かに聖痕があるし、内在する魔力も相当なものだ。アイツが宝玉を宿した存在である可能性は高い。


 リアの体内には日天玉が存在する。


 これが正しいとしたら、あの話はどうなる?


「んー……」


 何かが解かりそうな、もう答えが手の中にあるような予感がするのに上手くカタチにできない。モヤモヤとした感覚が気持ち悪くて頭を掻き毟るけれど、そんな事をしても結局は無駄だった。


「……今はここまでにするか」


 ひとつ大きな伸びをすると全身に血が巡っていくのがわかる。ずいぶんと長い間同じ体勢を続けていたようだ。


「それにしてもよく調べたな。どこにこんな情報があったんだ?」


「ハイグレイですよー」


 そういえば確かあの子供王は"語り部"だったっけ。


「あの王様ってまだちっちゃいですよね。カワイイから思わず悪戯しそうになっちゃいました。あ、レオン様達によろしくって言われてます」


 小生意気そうな子供とそのお目付け役の顔が思い浮かぶ。ちょっと前まで面倒ごとに巻き込まれていたのが一昔前の事のようだ。今はあいつら仲良くやっているのだろうか。


「後ろにいるお目付け役を二、三日無効化するのに手を貸して欲しいそうです」


 大変仲良くやっているみたいだ。


「……それで、肝心のことを聞いていなかったな。リアはどうしてるんだ。お前なら今何をやってるのかくらい確認できただろ」


 リアの過去も気になるけど、アイツが今何を考えているのかを調べる方が大事だ。ぼんやりして対応が遅れると、俺にどでかい火の粉が降ってくるかもしれないから。


「えーと、今はセントアレグリーの勇者候補生と二人で行動しています。甘いものを食べたり仲良く買い物をしたりして過ごしてますね」


 なにやってんだアイツ。ひょっとして休日を思い切り満喫しているのか。

 

 俺の心のうちを見透かしたように笑うサディアが「とっても仲が良さそうでしたよ」と要らない情報を付け加えたけれど、特にコメントをしようとは思わない。

 

「ちなみに相手は男の子です」


「……ふーん」


 だから何だ。何だってんだ。


「そんなに顔を引きつらせないで下さいよー、っていにゃん! そのグリグリはホントに痛いですってば! ごめんなさいぃ」

 

「当然、アイツらの目的まで詳しく調べたんだろうな?」


 途端にサディアが目を逸らす。わかり易すぎる態度に無言のまま圧力をかけると「冷静に聞いてくださいよー」と前置きしてから口を割った。


「実はですね、彼女たちの狙いはレオン様の命かもしれないんです」


 それを聞いた時にどんな顔をしていたのか、自分でも分からない。

 

 サディアは「失礼しました」と一方的にこの話を終わらせて、さっさと姿を消してしまった。



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