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ex2-1.語り部の男

 時は少しだけ戻り、レオン達がパージらを撃退した直後の頃。

 

 文字通り祖国へ叩き返されていた従者たちは、とある一室で声を震わせていた。


「……なるほど? で、その情けない姿を衆目にさらしながら、尻尾を巻いてここまで退散してきたと」


 呆れるようにそう言ったのは、セントアレグリーの宝玉を司る"語り部"アウグスト。自らの威光を誇示するかのように纏う豪奢な装束は、彼の持つ絶大な力を雄弁に物語っていた。


「も、申し訳ございません。ですが、ウィクマムの兵士はどれだけ攻撃しても立ち上がるのです。明らかに異常な光景でして――」


「もういい。ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ(・・・・・・・・・)


 まるで玉座のような椅子にだらしなく座っているが、その眼光は誰よりも鋭い。組んだ足をまた組み替えて、あごをクイと動かして退席を促した。

 

 その前に跪いていた七人は神妙な面持ちのまま静かに立ち上がる。深々と礼をするその顔はみな一様に青褪めていた。この先に待つ運命がどのようなものなのかを、正しく認識しているのだろう。


 震えながら部屋を後にする従者らを見送った後、彼は改めて嘆きのため息を吐いた。


「罪なき相手に力を振るう事など耐えられない、なんて寝ぼけたことを抜かすから、それらしい言い訳を与えてやったというのに。まさかあんな小国に負けるほど脆弱だったとは、流石の私も想像の埒外だ」


「申し訳ございません。ですが、事前に調べた情報と大きく異なる戦力が存在していたことは事実です。ミズホの身柄を拘束すれば如何様にもできましたが、守護者は相当の力を持っているようで」


 アウグストは隣に控えていた死神のような男を鬱陶しそうに睨み「役立たず(パージ)はどうした」と乱暴に言葉を投げつけた。


「レオンと名乗る男に敗れ、恐らくは死んだか拘束されています。フレイ、クラリスも同様の状況にあると思われます」


 報告を聞いて体が小刻みに揺れる。まるで出来の良い冗談を聞いたようにその揺れは徐々に大きくなり、やがて「くくく」という声が周囲に漏れた。死神が小さく息を呑み、能面のような顔に冷や汗を浮かべている。頬を流れたそれが顎を伝ってポタンと床に垂れた。


「"嘘から出たまこと"とはよく言ったものだ。しかし俄かには信じられんな。本当に"本物"だと? カミル」


「ああ。魔王も勇者もホンモノさ。嘘なのは貴方が唱える"正義"くらいだよ」


 反対側に控えていた金の鬼が肯定した途端、アウグストが声を上げて笑った。目尻に深い皺ができるほど顔を歪めて、喉の奥が見えるほどに口を開ける。やがて目がスウッと冷たくなって、カミルが手にしている物へと視線を移した。


「……そりゃいい。ホンモノか。その古臭い本にでも書いてあったか?」


「まあ、そんなところだよ。宝玉を集めるのに使えるアイテムでも載っていないかと手に入れてみたのだけれど、コレには想像以上の情報が詰まっていてね」


「贋作でもか? 真作はもう返却したと言っていたが」


「流石に本物をいつまでも抱えている訳にもいかないからね。この本に載っている秘宝には"本物と同一の贋作を作る秘宝"なんてものもあるんだよ。それで作ったこのニセモノは"その秘宝が今どこに存在するのか"まで、本物のようにちゃんと教えてくれる。残念ながら既に消失してしまったものが多いのだけれどね」


 例えば、とカミルが指し示した頁には、この国のシンボルともいえる聖剣と世界地図が描かれていた。ある一点を指すように光が明滅している。縮尺が大きいので細部までは分からないが、それがどの国であるかは十分に読み取ることができた。


「なるほど、確かにウィクマムを指しているな」


 便利なものだ、と感心するように頷いたアウグストが首をひねる。


「完璧な贋作が作れるのならば、宝玉を増やすことも可能ではないのか?」


「それができるのなら、とうの昔にやっているよ」


 違いない、と頷いてニヤリと笑う。心を映していないその表情にカミルも似たような笑みを返している。暫く無言で視線を交差させていたが突然「ぷっ」とふきだして「何事もそう簡単にはいかないか」と納得したように頷いた。


「そ、それで、これからどう致しましょう。他の勇者たちを送り込む準備は既に始めております。生きていればですが、パージらの救出も同時にできるかと」


「救出? そんなものは不要だ。ヤツらが通用しないことはもう実証されている。そんな役立たずを飼っておく理由なんて無いだろう」


 ラピリッツの言葉を即座に切り捨てて顎に手を当てる。丁寧に整えられている短い顎髭をいじりながら薄く笑って、カミルの方へと視線を戻した。


「ずいぶんと悪そうな顔をしているな?」


「貴方には負けるけれどね。実は、あの勇者について面白い情報を掴んだんだ。貧弱な手駒に頭を痛めるよりは楽しいと思うよ」


「……いいだろう、お前に任せよう。ついでに役立たず(パージ)共の始末もしておけ」


 アウグストは指を動かしてカミルを呼び寄せ、若干嫌そうな顔をした相手の耳に口を寄せる。一分にも満たない間に交わされたやり取りの後、鬼は「御意に」とだけ答えて恭しく一礼をしてみせた。

 

「ハイグレイでのような間抜けな失敗をしてくれるなよ?」


「もう少し手荒なマネが許されていたら、間違いなく宝玉を献上できた筈なんだけどね」


「覚醒前とはいえ、貴重な"語り部"を殺すのは少々惜しいからな。あのカエルが失敗したおかげで配下にし損ねたが」


 一瞬だけ渋い顔になったアウグストが「まあいい、行け」とぞんざいに手を振る。カミルは何も言わずに背を向けて、そのまま静かにこの空間から姿を消した。




「ときに、ラピリッツ」


「は」


「どうしてお前はここにいる?」


「……どうして、とは」


「お前の居場所はここじゃないだろう? パージ共々仲良く失敗したお前が、どうしてここにいるんだと聞いてるんだがな?」


 言葉と共に顔面をガッチリと掴む。必死に抵抗する死神は骨のような手を動かすが、まるで無駄だった。ジタバタと動いていた体が一度大きく痙攣し、青い顔からさらに血を抜いたような顔にいくつものシワが走る。


「ギっ……お、お待ちくださいッ」


 手足もまるで老人のように干からびてゆく。血走った目のまわりは大きく落ち窪み、せわしなく暴れていた眼球の動きがだんだん鈍くなってゆく。何かを言いかけたラピリッツの頭蓋骨から乾いた音が発生して、弱々しく動いていた体から完全に力が抜けおちた。


「寂しがらなくてもいい。もうすぐ仲間がたくさんそちらに行くからな」


 答える者のいない空間でアウグストは一人笑う。だらんと軟体動物のようになったゴミを床に投げ捨てて、それを発火させた。

 

「なかなか、筋書きどおりには行かないものだな」


 不快な臭いごと燃やし尽くすように猛る炎を眺めながら、愉快そうに呟く。


 兄を失った時点で心が折れたと考えていたが、結局ウィクマムの女王はパージの言葉もラピリッツの言葉も受け入れなかった。絶望的な状況に冷静な判断力を失い、まず間違いなくこちらの言いなりになって宝玉を差し出すと考えていたのに。


「望外の幸運を得て、気力を取り戻したというわけか」


 パチンと指を鳴らすと周囲に霧のような白い煙が立ち込めた。燃え尽きたゴミの残りを飲み込んで渦を巻き、徐々に色をつけていく。やがて動きを終えた煙の中には、ひとりの少女の姿が浮かび上がっていた。


「宝玉を手に入れるついでに"飼う"のも良いかもしれないな」


 中空に浮かぶその姿を嘗め回すように鑑賞する。澄んだ瞳を覗きこんでいた男は「楽しみだ」と唇をつり上げて部屋を後にした。

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