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38.「ごめんなさい」

 リアの姿が見えない。

 

 とうにパージ達の治療も終わっただろうと思ってリアの部屋を訪ねたんだけど、どうやら戻っていないらしい。どこをフラフラと歩いているんだろうと思いながらミズホ達に尋ねてみたけれど、誰も姿を見ていないという。

 

 ひょっとしてまだ治療しているのかもしれない。そう考えて別館へと進んだ俺は、その途中でやっとリアを発見した。

 

「リア。まだここにいたのか」


「……レオンさん?」


 王城とパージ達の治療に使っていた小さな別館を繋ぐ庭。その一角にある木のふもとにぽつんと座っていた。もう陽が完全に沈みそうな頃だからなのだろうか、その姿は勇者だと思えないほど弱々しく見えた。


「どうした? なにを落ち込んでるんだ」


 俺を見てその顔が少し動いたけれど、ちっとも笑みには見えない。こちらへの視線をすぐ逸らしてしまったリアは、再び貝のようになってしまった。


 何故だろう、その姿を見て何かが足りないように思えた。


 いや、もちろん普段の能天気さが欠片も無いのは見てのとおりなんだけど、そうではなくもっと根本的なところでそう感じる。言うなればリアを勇者たらしめている何か。何かが違う。


 更に注意深く観察した俺は、ようやくそれに気がついた。


「リア、お前剣は? エク公を持ってないなんて珍しいな」


「……っ」


 ビクリと震えたその体は、まるで怯える小動物のようだ。再び俺に振り返ったリアは「ごめんなさい」とつぶやいた。他にも何か言ったような気がしたけれど聞き取れたのはそれだけで、完全に陽が沈むまで声を殺したまま動こうとしなかった。



* * *



 すっかり周囲は暗くなり、肌に触れる空気が冷たくなってきた。星灯りに照らされた中でリアはようやく沈黙から脱すると、幾分マシな微笑を俺に向けてきた。


「負けちゃいました」


「……何だって?」


 話が唐突なのは今に始まった事ではないけれど、その内容に驚いた。


「サキちゃんが倒したはずの、あの鬼のひとが現れて、エクちゃんを奪って行っちゃいました」


 負けた? こいつが? おまけにエク公を奪われた?


 かなり驚いた顔をしていたのだろう。リアは困ったように笑って、「怒られちゃいますね」と言いながらゆっくりと立ち上がった。


「パージさんたち、カミル……あの鬼の人がそう名乗ったんですけど、わたしが別館に立ち入った時には、既にあの人に酷く傷つけられちゃってて。手を尽くして何とか命は取り留めることができたんですけれど……ひょっとしたら、もう目を覚ましてくれないかもしれません」


 ぽつぽつと語るリアの言葉が震えていた。まだいつもの落ち着きを欠いているせいか、話もなんだか断片的になっている。

 

 今更急かしても仕方がない。ゆっくりと深呼吸をしてもらってから、もう一度最初から話を聞いた。つまりは、こういうことだった。

 


 あの金髪の鬼がこの国の別館に現れて、パージ達を殺そうとしていたところをリアが発見した。殺そうとした理由はパージ達が"仕事"に失敗したからだという。

 

 リアはひとりで鬼と戦った。いくら離れとはいえ、そんな騒動があれば普通は誰かが気付きそうだけど、パージ達を治療するために用意した部屋が仇となって、偶然訪れたリア以外はこの事態を全く感知できなかった。

 

 結局ヤツはエク公を奪い、悠々とここから帰っていった。残されたリアはパージ達を助けるためにさっきまで力を絞って治療していた。何とか命だけは助かったけれど、傷は相当深く、もう意識が戻らないかもしれないらしい。



「……お前は? アイツにやられて怪我とかしなかったのか」


 俺の問いかけに「大丈夫です」とだけ答えて、リアはまた目を伏せてしまった。


「それじゃ、行ってきますね」


 突然どこかへ行こうとするその首をむんずと掴んで吊り上げる。くるっと俺の方を向かせて着地させた。


「びっくりしました」


「ビックリしたのは俺の方だ! 頼むから結論だけを言う癖を何とかしてくれ」


 一体こんな時間にどこへ行こうというんだよ、と尋問する俺に向かって「気になりますか?」とか言いやがったのでほっぺを掴んで横に伸ばしてやった。ぷにぷにした。


「いたひ、ひらひれふっ」


 何を言っているのか何となく解かるけれど、手触りが気に入ったので放してやらない。それにしても人間のくせに隙のない肌をしているな、と思考が逸れかけた俺の脚にリアの爪先がヒットした。


「何をするんだよ」


「ほれはわらひのせりふでふっ!」


 ほんのり紅くなった頬を撫でながら目を吊り上げている。その端にうっすら浮かんでいる涙を見るに、相当痛かったらしい。


「で、これからどこへ行くつもりなんだ」


 こういう時は話を変えてしまうに限る。まだなにか言い足りなさそうだったが、どうやら俺の目論見は成功したらしかった。


「……これから行くのは、セントアレグリーです」


「一人で? 何の目的で行くか知らないけどさ、いくらなんでも危険じゃないか? エク公だって無いんだろ?」


「そんなことは関係ないです。例え死んじゃったって、それは私が弱いからいけないんです」


 そんなことを言う。自信がある訳ではなく、自らの命を露ほども大切に思っていない顔。何を考えているのか知らないが、自暴自棄になっているとしか思えなかった。


「やめとけって。一人じゃホントにどうなるか解からないだろ」


「だいじょぶです。のーぷろです。エクちゃんがいなくても何とかなりますよ」


「本当にか?」


 目の前にあるほっそりとした腕を取る。それは見た目どおりに細くて柔らかくて、とても戦えそうな強さを感じない。


「んっ、何をするんですか、放してくださいっ」


 ジタバタもがくリアだが、少しも俺の腕を振り解けそうになかった。


「むこうに行って何をするのか知らないけどさ、こんなんじゃとても無事に帰って来れないだろ」


「力だけが全てじゃないですよ。これでも色々と経験してますから」


「じゃあ、俺の腕を振り解いてみろよ。どんな手を使ったっていい、魔術でも何でも全力で撃ってみろ」


「……」


「どうした? 心配は要らない、撃てよ。……それとも、それすら出来ないのか?」


 十秒待った。答えはない。じっと俯いたまま動こうとしない。俺が腕を開放すると、たらんと垂れた腕が静かにリアの腿を叩いた。


「今のお前に無茶する力があるとは思えない。どうしてセントアレグリーへ行こうとするんだ。何をやろうとしているんだよ」


 答えはない。俺は嘆息して、また腕を取ろうとした。


「イヤです」


 パッと飛び退いたリアが頭を振る。どうしても理由を話そうとしないので、なんだか腹がたってきた。俺はもう一度手を伸ばす。左後方に逃げたリアがそのまま背中を見せて行こうとして、地面から顔を出していた木の根につまづいた。


「わわっ!」


 反射的にその腕を取って引き寄せる。驚くほどその体は軽く、ほとんど力を入れなくても簡単に腕の中へと収まった。

 

 ばつの悪そうな顔をしたリアと目が合う。


「こんな時でもお前はのほほんとしているんだな」


「あ、はは。の、のーぷろですよ」


「やかましい」


 ったく。説得力ゼロだ。


「わたしがドジを踏んじゃうのはいつもの事ですし」


 リアは「ふふっ」と笑って、まるで出来の悪い教え子に対して諭すように首を振る。


「落ち着いてくださいレオンさん。そもそもわたしは、セントアレグリーに行って喧嘩しちゃおうなんて思っていませんってば」


 抱きかかえる格好になっていた俺の胸をそっと押してくる。支えが必要ないことを主張するように、リアは自分の足でしっかりと立ってみせた。


「実は、ちょっと昔のお友達に会ってこようと思ったんです」


「友達?」


 そりゃあ友達の一人や二人は居るだろうけれど、どうしてこんなタイミングで? エク公を失った今、そんなことをしている場合じゃないと思うのは俺のお節介なのだろうか。


「はい。そんなわけで、これから行ってきますね。二、三日もすれば終わるはずですから、全く心配ないです」


 本当に今から行くつもりだったのか、と呆れた俺に「心配してくれるんですか?」なんて的外れなことを悪戯っぽく言う。その顔を見て、無理に引き止めるのは本当にお節介らしいことを悟った。


「……こんな時に、わたしだけ抜けてしまってごめんなさい」


「そうだな。お前がいないとアホの子の相手をするのが大変そうだ」


 リアは少しだけ困ったように笑ってから背を向けた。転移魔法の詠唱が微かに漏れ聞こえ、淡い光が術者を包む。


「それではレオンさん、さようなら」


 小さな破裂音と共に光が弾け、その姿が掻き消える。転移は問題なく成功したようだ。


「アイツらしいといえば、らしいけどさ」


 友達ってどんなヤツなんだろう。アイツの友達なんだからそうとうヘンなヤツなんだろうな。そんなどうでも良いことを思いながら、俺もその場を後にした。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。今回で三章終了です。

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