3.「悪いのは俺か? 俺なのか?」
世界征服なんて物騒な会話をするには、人気がない場所がふさわしい。俺達は少し移動して、公園の奥にある林の中にまでやってきた。
少し林の中を進むと唐突に視界が開け、見上げるような大きな岩があった。周囲は木が倒れていて、ちょっとした広場のようになっている。都合よく座れそうな倒木があったので、そこに腰掛けてお話をする事になった。
「早速ですけれど、具体的にはどうしたらいいんでしょうか? 世界征服って」
「世界征服って事は、この世の全てのボスになるってことだろ?」
輝く瞳が俺を見つめる。実は頭の片隅で世界征服なんてただの冗談かもしれない、と思っていたのだが……そんなことは無いらしい。すごく期待されていた。
今更ながら、困ったかもしれない。
親父から習った方法は"軍事力で片っ端から制圧"という身も蓋も無い方法なのだ。そんな事を正直に言ったら、この勇者に成敗されるかもしれない。争いが嫌いなヤツに対して武力で解決するなんて手法を進言したら、逆鱗に触れかねない。
……いや、何故か俺に対して妙に素直な態度をとるコヤツならば、俺が言えば本当に武力で世界を制圧してしまうのかもしれない。本人はこんなぽやぽやした雰囲気だが、手にしている聖剣は間違いなく本物。その威力は十分世界制圧可能なレベルのはずだ。
「世界を平和にするのですっ」とか言いながら聖剣振るって世界制覇。そして何時しか魔王と呼ばれるリア。そんな未来が想像できてしまう。
ニコニコしているリアの顔がちょっとだけ傾く。急に黙った俺を見て不思議がっているらしい。
言うべきか、言わざるべきか。果たして正解はどっちなんだ。
「突然頭抱えちゃってどうしたんですか? レオンさん」
「もし変な事になったら悪いのは俺か? 俺なのか?」
勇者に世界征服の方法を告白しちゃって良いものか、今更ながら悩む俺。ここでリアを更生させる事こそ世の為なのかもしれん。
どうしようかと暫く悩んだ末、結局は正直に言ってみた。
結果、勇者が手にしていた聖剣が微かに光ったかと思うと、俺の髪が二本ほど斬られた。
「うおい! 無言のままで突き刺してくるんじゃない! 暴力反対!」
木から飛び降りて、泣きそうになりながら必死に訴える。そんな俺の目の前で、リアも「え、エクちゃん? 突然どうしたのっ」と必死に金属の塊に話しかけていた。
「……何をやってるんだお前」
「んっ、この子普段はとってもいい子なのに、急に暴れだして……エクちゃんいい加減にしなさいってば」
どうやらリアは俺を成敗しようとした訳ではなく、突如暴れだした剣を必死に宥めようとしているらしい。だがちっとも成果が上がっておらず、ガクガクと揺れながら切っ先が俺に向いていた。
「ああもう、エクちゃん。レオンさんに斬りかからないで」
その聖剣は職務を全うしようとしているだけだと思う。……それにしても流石は伝説の聖剣、勝手に動くのか。しかし、猛犬エク公も主に繋がれては手出し出来まいて。かっかっか。
「……え?」
聖剣が届かない安全圏に避難していた俺の視界が真っ白に染まる。直後にとんでもない轟音が響き渡り、気付いたら近くにあったはずの大岩が粉々になっていた。
「おいお前ふざけんな! この辺り一帯を破壊する気か!?」
岩があった周囲の地面も、底が見えない程深く抉れている。聖剣のふざけた威力を目の当たりにして不覚にも背筋が寒くなった。
遠くではハトに餌をやっていたジイちゃんがひっくり返っていた。ひょっとしたら目の前のコイツこそが、世の平和を乱す元凶なのかもしれない。
「ご、ご免なさいっ。エクちゃん、こんな所で暴れちゃダメです!」
「何とかしろよ。お前持ち主だろ、どうすりゃ大人しくなるんだ」
「一度レオンさんを切らせてあげると落ち着くと思うんですけど」
「死んじまうよ! そのお願い聞いたら間違いなくあの世行きだよ!」
他に手は無いのかと詰め寄った俺の顔に向けて、またも鋭い切っ先が襲ってきた。さすがに予想できていたので避けられたが、まともに斬られたら多分死んじゃうと思う。
「そうだお前、剣から手を離せよ。そうすれば止まるんじゃないのか?」
「確かにそうかも知れないですけど、手が固まっちゃって離れないんですっ」
持ち主から切り離せば大人しくなるかもしれない、と思ったのだが、どうやらアレは呪いの剣並みに性質が悪いらしい。仕方がないので少々手荒な方法を取ることになった。
* * *
聖剣は持ち主の体勢などお構いなしに、無秩序な機動で暴れまわっている。持ち手と一体でない分だけ動きの鋭さはないが、全く意味不明の機動を描く為動きが読めない。
とにかく、避けてばかりでは埒が明かない。道具に振り回されている未熟者に向かって手ごろな木の枝を投げてみた。
枝がリーチ内に侵入した途端、聖剣が反応する。ただ一閃しただけにしか見えなかったのに、木の枝は跡形も無いほどにバラバラになってしまった。
「うーわ……」
まともに斬られたらどうなるか分からない。一瞬逃げてしまおうかと思ったが、こんなことで逃げたらいい笑いものだ。
「大人しくしていろよ、リア」
狙うのは聖剣を握る手元。そこを強めに叩いて離させてやる。リアが頷くのを確認して、覚悟を決めて突っ込んだ。
「うおっ」
惜しいところまで近づけたのだが、慣性を無視したような動きで阻止されてしまう。斬られそうになりながら、何とか刀身の腹を両手で掴むのが精一杯だった。
そのまま強引に引き離そうとしたが、どれだけ力を入れても聖剣はビクともしない。冷や汗をかきながら力比べをしている間に、俺の腕が早々に悲鳴をあげだした。
「このっ。負けるかっ、折角この世界に復帰できたんだ」
俺はまだ何もやっていないんだ。復帰してからやった事といえば、変な勇者と話した事と、馬鹿みたいに大きなアイスを食った事だけ。こんな状態で死んだら情けなくて涙が出てくる。
……しかし、このままだとジリ貧だ。細心の注意を払って後ろに飛びのくと、俺は周囲に散らばる岩の破片に手を伸ばした。
「おーい、リア」
「はいっ、どうしました?」
「当たりそうになったら避けろよ」
はい? と目を丸くした勇者を尻目に、さっきバラバラになった岩の破片を手に取る。思い切り振りかぶると、そのまま破片を投げつけた。
「きゃっ! レ、レオンさん!?」
身を竦ませたリアとは違い、剣が正確な動きで破片を打ち落としていく。それを確認した俺はやや大きめの塊を手にした。リアの顔が少しだけ引きつる。
「あ、あの、ひょっとして」
「頑張れ」
異論は受け付けない。そもそも持ち主がちゃんと猛犬を繋いでおかないからこんな目に遭うんだ。リアの訴える目を無視して、先程と同じように岩を投げつける。しかしその後がちょっとだけ違う。リアの目の前に迫った岩が、迎撃される前に五つほどに割れた。
リアの四肢と頭を狙うように綺麗に分かれた岩だが、当然聖剣も黙っていない。僅かな速度の差を見切って両足、両手を狙う岩を打ち落とし、最後に頭を襲う岩を打ち落とした。
「ったく、手間掛けさせやがって」
カシャン、と澄んだ音を立てて聖剣が地面に落ちた。
……動かないな、よし。これで剣が勝手に動いたらどうしようかと思った。
「大丈夫か?」
「あ……え、どうなったんですか、今」
「岩に気を取られている隙を狙ったんだよ」
剣がどう動くか予め解ってさえいれば隙を狙う事も簡単だ。聖剣がリアの頭を守るように動くことが解っていたので、そこを狙って叩き落としてやったのだ。
ぱたり、と地面にへたり込むリア。
「どうした? 俯いて。ひょっとして腕、痛かったか?」
それともまさか、ホントに俺を撃破する算段が崩れてがっかりしてるとか。
「よかった、ほんとに良かったですっ」
「おいおい、どうしてお前が泣きそうになってるんだよ」
「嬉しいんですっ」
もう、と膨れた頬がすぐに笑顔に変わった。
* * *
「それで、あの、先ほどレオンさんが言いかけた征服のやり方についてなんですけれど」
「あ、ああ、アレな」
今の乱闘騒ぎに乗じて有耶無耶にしてしまおうと思っていたのにやっぱり覚えていやがった。こうなったら仕方が無い、適当な事を言って誤魔化そう。でないとまたあの剣が暴れだして俺の命が危ない気がする。
「あー、実は、この世界には人間を裏から支配する悪いヤツがいるんだ。そいつのせいで今この世の中に争いが絶えない。そいつを探し出し、やっつけちまえば良いんだ。そうすれば世界はお前の思うままになる……気がする」
どうしよう、我ながらあまりにいい加減すぎる。こんな出鱈目いくらなんでも流石に信じないだろうし、他にそれっぽい出鱈目を考えないと……と焦っていたのだが、どうやら俺の与太話を信じちゃったらしい。
これからの旅の行方が、だんだん心配になってきた。
* * *
「それにしても、先程は本当にごめんなさい。二度とあんな失礼なことしないように、エクちゃんにはきつーく言っておきますから」
俺がこれからの旅の行方を憂いている最中、リアはどこかへ唐突に消えたかと思ったら、すぐに座布団を抱えて戻ってきた。
何を始めるつもりだと不思議がる俺をよそに、リアは座布団の一つを地面に置く。そしてその上にエク公を垂直に立てた。
リアが手を離しても、バランス思いっきり無視して立っている。呆れている間にリアが同じように座布団を敷いて正座した。
「レオンさんもどうぞ」
リアはにっこり笑って俺の足元に座布団を敷いてくれた。何か抗い辛い雰囲気なので、おとなしく従う。何が始まるんだ? と頭の中をクエスチョンマークで埋め尽くした俺の目の前で、リアは聖剣に声をかけはじめた。
「……というわけで、ね、エクちゃん。この人は魔王だけど私の大切な師匠なの」
「いつの間に師匠認定されてたんだ」
「もう、茶茶を入れないでくださいっ」
思わず口をついた呟きがリアの邪魔をしてしまったらしく、怒られてしまった。
でも剣に言い聞かせるって、俺は軽く封印するとかそういうのを想像してたんだけど。
『しかし……』
そう、しかしいくらなんでも、本当にこうやってお話するなんざお前は三歳児か。
……ところで、今「しかし……」って言ったやつは誰なんだろう。周囲を一応確認するが、やっぱり誰もいないので首を傾げる。
「もう、エクちゃん頭固いよ。この魔王さんは一緒に世界を平和にする手伝いをしてくれるんだから」
『魔王と行動を共にするなど、私には到底理解が出来かねます』
ですよねー。誰だか知らないが、その反応はごもっともだ。何だかこの世界に復帰してから初めてまともなヤツと喋った気がする。
「……だからさ、誰の? 今の声」
「エクちゃんの声です」
リアの答えに黙考すること暫し。俺にひとつの答えが浮かんだ。
「……あ。ひょっとして腹話術か? お前上手いな。そうだあれ出来る? 時間差のやつ」
『こんなふざけた男と馴れ合うなど、できません』
まさかの罵倒にちょっとショックだが、本当に上手い。全くリアの唇が動いてないのだ。
「だから違いますってば」
せっかく褒めているのに、リアは唇を尖らせて否定する。隠さなくったっていいじゃないか。それならそれで考えがあるぞ、と背後に回る。不思議そうに背中越しに見上げてくるリアに後ろから抱きついた。
「えぅ!?」
そのままリアの口を手でそっと覆ってやる。これで腹話術はできないだろう。どうだ、さっさと認め――
『貴様ッ! わが主に手を出すとは許せん! その穢れた手を離せッ!!』
「……え?」
「むーむー」
苦しそうに顔を振っていたリアに謝る。思わず力が篭っていたらしい。
「ぷはっ、ど、どうしたんですか? いやべつに嫌だったという訳じゃなくって、でもいきなりでちょっとびっくりしたというか、あのその」
「喋るの? アレ」
主人を人質にされたと思っているのか、聖剣エクスガリオンは座布団の上でピョンピョン飛び跳ねて怒りを主張している。
「ああ、はい。エクちゃんとは時々こうやってお話しながらお茶を飲んだりします」
「飲むんだ。そうなんだ」
怒り狂うエク公に向かい降参の意をもって、俺は両手を上げた。
再び話し合いが始まって、ようやくエク公の方が折れた。
リアが「言うこと聞かないなら、ここでエクちゃんを捨てちゃいますからね!」と宣言したからだ。ものすごい問題発言だった気がするが、俺も自分の身は可愛い。黙っておこう。
『ふん。我が主に変なことをしたら、たたっ斬ってやるからな』
そんな素敵な捨て台詞を残して、ようやく大人しくなったのだった。
……どうしよう。こいつらとの旅が今後どうなるのか、非常に心配になってきた。