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37.闇色の瞳

 コツ、コツ、コツ、コツン。


 薄暗い廊下をひとり歩いていると、嫌な感情に支配されそうになる。ただでさえちょっと落ち込んでいるのに。何かを振り切るように歩みを速めたリアは、扉に到着する直前に鍵を取り出した。やや乱雑に鍵穴に突っ込んで回すと、重い手応えと共に錠が解けた音が響く。身の丈倍以上の扉をぐっと力を込めて押し開くと、一転して眩しい陽の光が満ちる庭が目の前に現れた。

 

 澄んだ空気を思いきり肺に満たして、ゆっくりと吐いてゆく。リアは数度それを繰り返してから両手を頬に当てた。


「うん、だいじょうぶ。笑顔でいなきゃね」


 これからパージ達の治療に行くのだ。目を覚ました時に暗い顔を見せたら相手を不安にさせてしまう。少し硬くなっていた自分の頬が元に戻ったことを確認してから、裏庭の奥にある白石の建物へと歩みだした。


 治療の経過は今のところ順調だ。重症を負ったパージはまだまだ時間が必要だけれど、それでも確実に回復している。完治までの目処もそろそろ立ちそうだ。

 

 自分たちで怪我させておいて、それを治してお礼を言われるのは変だけれど、だからといってこのまま何もしないよりはずっと良いと思から。


「"奇麗事ばかり並べていい気になっているだけ"なんて言われちゃうのも、仕方ないかもしれないね」


 誰に言うでもなく、小さな口からぽつりと零れる。


 結局、力を振るうことしかできなかった。他人の争いに首を突っ込んで止めようとしているくせに、自分はひとを傷つけている。いま自分のやっていることが正しいのかどうかも判らなくなってしまいそうだ。こんな事で目的に達することができるのか――


『――随分と辛そうな顔をしていますね、我が主』


「……あー、びっくりした。もうエクちゃん、いきなり声をかけないでよ」


 左手に持つ聖剣に向けて、リアの口が少し尖る。


 普段は直接頭の中に語りかけてくるので、声を聞いたのは結構久しぶりだ。ついでに言うと、こんな風に声を掛けてくるときは決まって良くない事が起こるという負の法則が存在する。エクスガリオンはいつも真っ向から否定しているのだが、毎回見事に良くない状況に放り込まれるのだからもう間違いない、とリアは思っている。


「どうしたの? いつものアレ?」


『失礼な、私は地震の直前に暴れだす魚ではない』


「そんなコト言ってないってば。で、エクちゃん。今度はどんな悪い事が起きるの?」


 ムッとした雰囲気が伝わってくる。どうやらご立腹のようだ。


『……まあいいです。それよりも我が主、いつまで魔王の様子を見続けるつもりなのですか? 今までにも好機は生じていたはずですが』


 途端に足が止まる。そろぉ~っと辺りをうかがうように視線を巡らしたリアの顔が非難するような色になった。


「やめてよエクちゃん。今だって誰かが視てるかもしれないんだよ?」


『心配ありません。周囲にそれらしきものを察知できません』


「だからって、こんな時にそんなコトを言わないで。もしも耳に入ったらどうするの」


『……やはり魔王は、あの時に打ち倒すべきだったのです』


 聖剣から責めるような気配が伝わってくる。相変わらず魔王のことを嫌っているらしい。もう、と嘆息したリアは聖剣をなだめるように握りなおした。

 

「まだそんなコト言っているの? あの時にちゃんとお話したじゃない」


『魔王と行動を共にすることに利点を見出せません。この国が襲撃されたのも、あの魔王が存在するからではないのですか?』


 リアがぐっと鞘を掴む手に力を込めて発言を拒む。暫くは双方無言のままだったが、やがて折れたのは聖剣の方だった。


『……わかりました。何よりも使命を果たすことを優先するのでしたね』


「――黙って」


『しかし、このままでは貴女はいつまでも』


「お願いエクちゃん。黙ってて」


 再び歩みを始めた彼女が白い建物に向かう。静かな声に押されて聖剣の追求はもう聞こえてこない。微かな光を帯びた鉄の扉に手を翳したリアは、そのまま時を止めたように静止した。


 どうしました、と直接頭の中に尋ねてきた聖剣にただ首を振って答える。その額には冷たい汗が浮いていた。


 この建物には封印処理をしている。回復したパージ達に再び暴れられては元も子もないので、可能な限りの厳重さで封じたつもりだ。つまり、この建物は外部と隔絶された空間だということ。この扉の向こうには三人しかいない……筈だ。


 慎重に封印を解き、右手で聖剣の柄を握る。左手でノブを回したまま叩きつけるように扉を開けて中に飛び込んだ。


「……なに、これ」


 リアを迎えたのはむせ返るような匂いと、ぶちまけられた赤い鮮血。その中に蹲るのは間違いなくセントアレグリーの勇者たち。真ん中にいるのはパージだ。その体が――ひどい。これは。

 

 目の前の光景に意識を奪われていた彼女の背後で、ガチャリと扉が閉まる音がした。


「やあ、いらっしゃい。勇者リア」


 怖気が全身を嘗め回した。あれだけ気を張っていたのに全く気付けなかったという驚きと、背中に絡みつくような視線に、最大限の警戒が必要だと直感した。

 

 固まった身体を何とか動かして背後を振り返る。


 鮮やかな金の頭髪と闇のような瞳を持つその姿を目にした途端、リアの胸の奥がさらに冷えてゆく。


「あなたは――」


「覚えていてくれたんだ。嬉しいよ」


 まるで友達を迎え入れるような笑みを浮かべていたのは、サキに倒されたはずの鬼だった。



* * *



 困った困った、見つかってしまったと鬼が笑う。


 まるでパンを落としてしまったからケーキでも買おうか、というくらいの気楽さで。


「そうそう、まだ名乗っていなかったね。ボクの名はカミル。これからよろしくね(・・・・・・・・・)?」


 あの守護天使は元気かい? という問いかけには答えない。リアの視線が一層鋭く相手を射抜いた。


「……あなたが彼らをこんな目に遭わせたのですか?」


「やっていないと言って信じてくれるのであれば、そうしたいけどね。キミを相手にするのは少々骨が折れそうだ」


「何の為に、こんな酷いコトを……命を奪おうとをするんですか」


「酷い? 失敗した愚か者に罰を与える事は悪じゃない、むしろこれは優しさだよ。ロクに仕事も出来ない屑は生きているだけで罪だからね。それなのに自分で消えることさえ出来ないでいた彼等の引き際を手伝ってやったのさ」


 薄く笑った鬼が、うつ伏せに倒れているフレイの腕をコツ、と足先で蹴る。片腕にだけ残っていた手甲はひどく歪んで血に染まっていた。ギリ、と歯を鳴らした相手の様子などまるで介さず、楽しげに語るその口は止まらない。


「それに命を奪う事に関してならそちらの方が何十倍も優秀だよ。キミは過去に魔物という魔物をその手で葬り去った素晴らしい殺戮者だ。おっと、勘違いしないで。弾劾しようというつもりは微塵も無いんだ。いいものだよね、肉を裂く感触や骨を砕く何ともいえない快感は。キミはどんな時にもっとも興奮するの? やっぱり喉を――」


「――やめなさい。それ以上あなたの話を聞くのは不快です」


 楽しげに説く鬼は、進行を遮られて一瞬顔をしかめたが、すぐにクックと喉で笑った。


「そんな顔もできるんだ。いいね、そっちの方が僕は好みだよ」


「わたしは貴方のことが嫌いです」


 ぴしゃりと取り合わない態度に対し、金の鬼は嬉しそうに目を細める。

 

 リアは粘度の上がった視線を不快そうに受け流して、手にした聖剣を強く強く握り締めた。


「……まあいい、そんなどうでもいい話よりも、今はもっと楽しい事がしたいよね?」


 鬼が虚空から取り出した獲物――身長を超える長槍だ――を頭上に構えた瞬間、勇者は全力で一歩を踏み出した。

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