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32.南門の戦い

 乱暴に投げ出された細身の体躯を丸めて、フレイは静かに着地した。


「ここは……ウィクマムの南門付近ですか」


 抵抗されることはまず無いと考えていたが、どうやら相手は冷静な判断力を失ってしまっているらしい。軽く溜息をついた彼女は素早く周囲を確認する。いくつかの大きな岩が雑草に混じって顔を覗かせているが、基本的に視界を遮るものは無い。地面にも特に怪しいところは見つからない。仕掛けの類は無いようだ。


「どんな罠が待っているかと思えば、ただ距離を稼いだだけですか。無駄なことを」


 この国に自分たちを脅かす存在などいない。例え孤立しようとも何の支障もないだろう。フレイはそう考えて南門へと歩み寄った。


「ここは通行止め、なの」


 驚いたことに、門の前には侍女服を着た少女がひとり立っていた。鮮やかな赤い髪と瞳を持つ彼女が手にしているのは、東方でよく目にする武器だ。


 この国は年端もいかない少女にまで武器を持たせているのか。心中に怒りを滲ませたフレイは、金の髪を揺らして瞳を少しだけ和らげた。


「止めておきなさい。命は粗末にするものではないでしょう」


「大丈夫なの。アンタが人間なら絶対に死なない、なの」


 ……いまいち会話が噛み合わない。しかし、子供が戦場で立ち尽くしていると考えれば正常な思考ができないのも無理はない。同情と苛立ちを混ぜた感情を込めて、フレイは再度諭すように語り掛けた。

 

「私達の目的は宝玉だけ。その門を開けて王城まで案内しなさい。そうすれば無駄な血が流れないですむのだから――」


 言い終わる前に少女が剣を抜き放つ。即座に反応した彼女の目前を、赤銀の刃が通り抜けていった。


「さっさと帰ってくれないと斬っちゃうぞ、なの」


「……なかなか鋭い一閃ですが、その程度でこの"聖拳闘士"に挑むのは無謀ですよ。怪我をしても知りませんからね?」


 頑として道を譲らない相手に、呆れるように溜息をつく。哀れむような視線を投げてフレイは腕を軽く振った。



* * *



 金色の手甲が空気を切り裂く。

 

 リーチは少女に分があるが、手数は圧倒的に己のほうが多い。相手の懐に潜り込めばそれで終わりだ。そう考えたフレイは直線的に少女へと迫る。

 

 左の拳がヒットする寸前に、少女がかるく跳躍して左に避けた。さすがにこの程度で驚きはしなかったかと、さらに地を蹴って拳を向ける。額、胸元、こめかみ、腹、大腿、下腿。数え切れないほど繰り返した基本にして必殺の連撃を、休む間もなく撃ち続けた。

 

 しかし当たらない。小さな身体は無数の腕をかいくぐり、脚を狙った一撃は手にした獲物で器用に受け流される。最後に放った左の踵が辛うじて衣服の端を引っ掛けて、白いエプロンに黒焦げた線を残した。


 ……思った以上に速い。まるで猫のように軽い身のこなしだ。

 

 フレイは目の前の少女に対する危険度認識を上方修正する。自分から仕掛けた攻撃が相手に当たらないなど、滅多にあることではなかった。


「なるほど、逃げ足だけは速いですね。褒めてあげましょう、これが避けられたら」


 ふたたび長い脚が地面を蹴る。後退して一撃目を避けた少女に対し、さらに張り付くように大胆に間合いを詰めてゆく。振り切ろうとする相手に追いつき、容易に自らの間合いに飛び込んだフレイが嘲るように笑った。これで終わり――


 ――止めの一歩を踏み出すべきその瞬間。戦士としての勘が、全力でフレイの身体を後ろへと引っぱった。


「ッ!?」


 ギリギリのところで止まった頬に、火傷のような痛みが走る。

 

 不覚にもバランスを崩してよろめいてしまい、身を守る軽鎧が耳障りな音を立てた。

 

 ……傷はついていない。辛うじて無事だった。そう理解したと同時に徐々に鼓動が大きくなり、遅れて溢れてきた冷たい汗がつぅ、と頬を舐めてゆく。必要な間合いの倍以上を後退させられた彼女に向けて、小さな敵は淡々と口を開いた。


「攻撃は放つ瞬間が一番キケン、なの。そんな大振りは隙を増やしているだけ、なの」


 その言葉を聞いて理解する。拳を突き出す寸前に相手が放った一閃が自分の頬をかすめたのだ。攻撃を繰り出す直前に存在する一瞬の"溜め"を狙ったと、あの少女は事も無げに言ったのだ。


「あんまりバカにしていると死んじゃうぞ、なの」


 赤銀の切っ先をフレイの眉間に向けて、少女が不敵な笑みを浮かべている。


 あと僅かでも前に踏み出せば斬られていた、という現実。不覚にも震えそうになった膝を懸命の叱咤で黙らせて、フレイは敵を強く睨みつけた。




「……もう、痛い目じゃ済まないと思いなさい」


 その言葉に、相手が僅かに苦笑した。気のせいだったかもしれない一瞬の表情の変化に、フレイの感情が激しく軋む。胸の前で右の拳を左手で包み、自らを鼓舞するように詠唱した。


《猛れ、風よ。我の鎧となれ、全てを薙ぎ払え! 極旋風!》


 凛とした声が響き、大気の匂いが変わる。フレイを中心に大気が吸い込まれるように集まってゆく。術者を守るように生まれたつむじ風はさらに周囲の大気を吸い込んで、すぐに竜巻のように大きく成長した。

 

 中心に位置するフレイが一歩進むと、それに従うように旋風も前へと動く。風の障壁に触れたすべてが暴力的に従わされ、天空から地面へと叩き落される。巻き込まれた土埃が周囲に降り注ぎ、視界が悪化していった。


「これでそのか細い武器は届かない。願いなさい――自分の命が消えないことを」


 フレイはその四肢をぐっと縮め、前傾姿勢のまま静止する。ひとつ大きく息を吸った彼女は、その足で獣のように地を抉った。

 

 残像を生むほどのスピードは、容易に相手までの距離をゼロにした。

 

 迎え撃つように振り下ろされた一太刀を受け止めた、と同時に荒々しい暴風が敵を叩く。小さな体がぐらりと揺られて隙が生まれる。目ざとく反応したフレイがさらに詰め寄ると、相手は弾かれたように右後方へ飛んだ。

 

 即座に拳を向ける。敵の反応速度は確かに凄まじいが、旋風の加護を得た身体は相手と比べても格段に速い。加えて、吹き荒れる風は相手に体勢を整えることを許さない。風が敵を捕らえた瞬間勝負は決まるだろう。


 ほんの僅かに遅れた右脚が岩を砕く。飛び散った拳大の破片を暴風が捕えた瞬間、荒々しかった風がさらに激しく吹き荒れた。


「貴女にも、もうすぐ同じ目に遭わせてあげますよ」


 天空へと巻き上げられ、そのまま見えなくなった破片を尻目に薄く笑う。

 

 

 時間にして数分もない激しい攻防の末、ついにその時は訪れた。


「っ!」


 フレイの左腕が小さな体を掠めた刹那、相手が痛そうに片目を閉じた。吹き荒れる砂粒が目に入り、一瞬動きが鈍った体を、暴風がついに捕まえた。


「そこまでですねッ!」


 相手の身体が僅かに浮き自由を失う。見せ付けるように右脚を高く持ち上げて、フレイは歓喜の笑みを浮かべた。全力を込めた一撃を叩きつければ良くて骨折、悪ければ死ぬ。少なくとも戦闘不能に陥ることは間違いない。

 

 フレイは勝利を確信して右脚を振りぬいて――見事に空振りした。


「な、」


 渾身の力を込めて叩き付けたハズなのに、肉を叩く感触が、骨を砕く感触が得られない。フレイの瞳がみるみるうちに困惑の色に染まってゆく。驚きを隠せないでいる彼女の目の前で、相手の姿が幻のように溶けて赤い霧となった。


「なんですって……」


 振り抜いた脚を地に下ろして、半ば呆然とその姿を目で追う。赤い霧は吹き荒れる風など無いかのように揺らめいて、赤銀の刃へと姿を変えていった。


「残念でした、なの」


 研ぎ澄まされた殺気に全身を撃ち抜かれて、フレイはカクンと一歩後退させられた。


 無様に放心していた自分を斬るチャンスは幾らでもあったのに、背後を取った敵はそれを見逃した。この事実を冷静に捉え、相手の力量を認めてフレイは慎重になるべきだった。しかし、幾多の戦場で英雄と並び称えられたプライドを優先させてしまった彼女は、愚直に正面から向かってしまった。


「バイバイ、なの」


 敵の構えが変わっていたことに気付いた時には、全てが遅かった。



* * *



 愛刀を鞘に収め、ぽんぽんと労うように手を当てる。ふぅっ、と大きく息を吐いたサキは、微かに首を傾げて困ったような顔をした。

 

「気絶させちゃった、なの」


 よく考えれば相手を追い返すだけで良かったのに、つい()ってしまった。風を纏ったフレイが想像以上の難敵だったので、そこまで気が回らなかったのだ。


「ま、いいか。なの」

 

 こうなってしまえば当分は目を覚まさない。誰かに運ぶのを手伝ってもらえばいいと考えて、サキは南門を後にした。

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