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31.開戦

 静かな朝。昨日よりも少しだけ暖かい今日は、いよいよ例の勇者が訪れる日だ。対勇者の全権を任されている俺は、北門の前でまだ見ぬ相手についてあれこれ考えていた。


 アレジによると、パージは雷撃系の魔法を好んで使う大剣使いらしい。鈍重になりがちな重量形の武器と、速さが最大の利点である雷撃の魔法。どんな風に戦うのか楽しみにしているということは、勿論誰にも言っていない。

 

 パージを「よく出来てはいますが所詮は贋作です」と評したアレジは、仕事が溜まっているらしく既に帰ってしまった。代わりにやってきた部下がどこかに居るはずだが、暇を持て余している俺の相手はしてくれないらしい。


「それにしても、連中がいつ来るかくらい聞いておいてくれよ」


 間の抜けたことに、誰もパージ達がやってくる正確な時刻を聞いていないらしい。仕方なくこうして突っ立っていたのだけれど、それもやや退屈になった頃、北門の前に豪華な馬車がやってきた。幌に大仰に描かれているのは、聖剣を模したとされるセントアレグリーのエンブレムだ。


 最初に降りてきた人間を見て、そいつが勇者だとすぐに理解した。


 名前しか知らなかった第三勇者パージは、俺と同じくらいの体格を持つ青年だった。深い緑髪をツンツンに逆立てていて、華美ともいえる白銀の鎧の上下を身につけている。背にしている豪奢な装飾の剣はかなり大きい。手数ではなく一撃の重さを重視するらしい。


 どこにでもいるような雰囲気ではない。ぱっと見ただけで他の人間と一線を画していると感じる。油断無く周りを見えない何かで覆っているような、突っ立っているだけとは思えない隙の無さは、実力をうかがわせるに十分だった。

 

 その両脇には二人の女が二歩下がって付き従っている。一人は頭を除く全身を銀の甲冑で包んだ明るい緑髪の女。腰には真っ黒な直刃の剣を提げている。やる気なさそうに丸っこい目を半目にして、くああ、と欠伸までしていた。

 

 もう一人は、やや癖のある金の髪と勝気そうな茶色の瞳が目を引く女。両腕には髪と同じ金色の手甲が威嚇するように光っている。全身を伸縮性の高そうな黒い衣服で包み、防具は胸の辺りや腰周りなど最低限しか身に着けていない。両脚には手甲とあわせたようなデザインの防具が鈍く光を放っている。これで蹴られたら硬い岩でも砕けるだろう。


 三人の後ろには残りの従者が続々と馬車から姿を現す。御者台に乗っていた男を含めて総勢十人が勢ぞろいした。


 これはウィクマムの兵士だけじゃ絶対に無理だ。

 

 一人納得しながら観察していると、先頭に立つ男がムッとしたように顔をしかめてしまった。


「何をジロジロと見ている」


「失礼、男の勇者ってのを久しぶりに見たからさ」


 尚も観察を続けた俺に苛立ったのか、パージはすぐさま俺に右腕を突き出してきた。手にしているのは書状のようだ。


 紋章の判がついている封を解いて中を確認する。

 

 そこには、ウィクマムが日天玉を悪用しようとしていること、それが周辺国にとっていかに驚異的なものであるかということ、結論として"正義"の名の下に、ウィクマムの宝玉をセントアレグリーが"保護"するということが、やたら尊大な文章として記されていた。読むだけで疲れてしまったので全文の紹介は割愛する。


 思わず漏れた苦笑いを隠して、言い分を理解したとパージに意思表示した。


「では、宝玉の間に案内してもらおうか」


「ダメだ」


 聞き間違いようの無いほどハッキリとした返答に、空気がギシッと緊張する。やや硬さを増した声で、パージが再度問いかけてきた。


「我々に逆らう、ということか? それがこの脆弱な国の答えだと?」


「そうなるな。ついでに言えばここから先は通行止めだ。さっさと帰ってくれ」


「……やれやれ。前回の訪問でよく理解してもらえたと思っていたが、まだ説明が足りなかったようだ」


 パージが白銀の大剣を片手で引き抜く。青白く発光したか思うとその刀身に稲妻が宿った。持ち主の苛立ちを代弁するように攻撃的な音が響かせて、ぐいとその切っ先を俺に向ける。ゆっくりとした調子で、パージは再度口を開いた。


「今一度問う。我々の提案を受け入れないのならばどうなるか、貴公は理解しているのか?」


 交渉の席で抜刀する阿呆がつらつらと御託を吐く。俺が呆れたような顔をしていたせいだろうか。その顔が徐々に険のある表情になってきた。


「何を笑っている」


「ここで素直に宝玉を渡したら、どの道この国はおしまいだ。そんなことも知らないのか?」


「無論知っている。だから今日まで民をこの国から避難させる猶予をくれてやったつもりだったのだがな。この国の女王はよほど王の座に縋り付きたいらしい」


「ミズホはお前らの勝手な言い分で国を潰すようなバカじゃないってことだ。突然住む国を奪われた人間はどうなる? それもお前らが面倒見るつもりだったのか?」


「……世の平和のためには多少の犠牲はつきものだ。このような小さな国、無くなろうが大した影響などありはしない。命があるだけでもありがたいと思え」


 なにそれ。本気で言ってるんだろうか。思わず少しだけ顔が歪んだ俺を見て、パージは嘲るように溜息をつき、大剣をざっくりと地面に突き立てた。


「日天玉の力は絶大だ。邪な意思を持つ者が手にすることは許されない。少々手荒だが必要悪というものだ」

 

「この国にそんな大それたコトをする意思なんて無いって言ってるだろ?」

 

「口では何とでも言える。悪党の言葉に耳を貸すつもりはない」


 ……いかん、さっさと殴りたくなってきたけど、あと一つだけ質問しておこう。


「色々言うけどさ、お前らはこの国の宝玉を奪いたいだけなんじゃないのか? 悪党はどっちだ――」


 剣を取ったパージの体が沈み前傾する。腕を引き絞り切っ先を俺に定める。腹に響く低い音と共に大地を蹴り、引き絞った腕を開放する。


 ジジ、と音がして、帯電した剣が俺の胸に突き立った。


「――既に貴様の魂は、善悪の判断ができないレベルにまで汚染されているようだ。よって、この私が浄化してやろう」


 何とか穏便に済ませられないかと考えていた時間が馬鹿らしくなった。ここまで清々しいくらいに剣を向けられたら、もう笑うしかない。


「面白い。やってみろ」


 不審気に眉をひそめたパージが腕を引こうとするが動かない。当然だ。剣先は俺が手で掴んで押さえつけているのだから。


「遠慮は要らない。正義の力ってヤツを見せてみろよ」


「……貴様はあまりにも、愚かだ」


 ま、それは否定しない。お前には負けるけどな。


「その愚か者の罠に、お前ら全員が嵌ってるんだよ」


 ちょいちょいと指で地面を指す。連中が釣られて土に視線を落とした瞬間、九人の身体が淡く光を帯びた。全員の顔に緊張が走るがもう遅い。ふわりと浮いた身体が徐々に上ってゆき、程なく一斉に光となって空に消えていった。

 

 成功を確認して剣先を放してやると、パージは醜く表情を歪めて歯を剥いた。


「貴様……何の真似だ」


 一人残されたこのボンクラに、ゆっくりと丁寧に、聞き漏らしが無いように教えてやろう。


「ここからは、楽しい楽しい強制敗北イベントだ。存分に堪能していってくれ」


「ほざけッ!!」


 帯電した白銀の剣が俺の眉間に鋭く迫る。上体を傾けながら左へと避けた俺に対し、パージはクルッとコマのように身体を回転させて横薙ぎに一閃する。鋭く空気を切り裂く音を残しながら、同時に放たれた雷撃が石垣に激しく当たった。


《集え雷光、穿て敵を。雷の槍!》


 隙無く呪文詠唱を終える手際は流石に大国の勇者を名乗るだけある。詠唱途中で邪魔するのは常套手段なのだが間に合わず、黙ってやり過ごさざるを得ない。


 直進する雷撃を右へと避けた俺に、間髪入れずに鋭い突きが襲いかかる。俺がどう避けるか理解しているかのように鋭く迫る剣の先端は、完璧に避けたつもりだった俺の髪を僅かに散らした。


「ふん、ちょろちょろと……次は外さない。命乞いなら今の内だ」


 相手の寝言に笑いがこみ上げてくる。パラパラと石垣から降ってくる小石の一つをキャッチして、ピンと親指で弾いた。


「誰が命乞いするって?」


 無意識の内に邪な笑みが漏れてしまったかもしれない。こんな顔、とてもリアたちには見せられないだろう。

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