28.「軍議のお時間です」
「わたしの格好、防御力5だって言われちゃいました」
サキが尋ねると、リアはそう告白して細い肩を落とした。
周囲を見れば、彼女が男女問わず視線を集めているのは明らかなのに。本当に気付いていないのか、意味のないものだと考えているのか。サキには良くわからない。
リアは綺麗だ。主に連れられて出会った貴族や王族を含めても、同年代で彼女ほど容姿が整った女性をサキは知らない。好みの問題ではあるのだけれど。
「レオンはリアっちが欲しかった言葉が分かっていないだけだと思う、なの」
どうあれ、悲しい顔を見るのは好きじゃない。自分を救ってくれた彼らにはいつでも笑っていて欲しい。それがサキの正直な気持ちだった。
迷子を勇気付けるように手を握ったサキは、ちょうど目に入った看板を指してリアに伺いを立てる。同意を得たことを確認して、並んでお店に入っていった。
* * *
「わ。サキちゃんコレにしませんか? 期間限定の妖精フルーツセットの、ドラゴンクラス」
「ん、おいしそうなの」
「限定ってところが良いですよねっ」
あれこれ比べながら相談していた彼女たちは、ここの幻のメニューに照準を定めた。どれだけの分量があるのか判らないから一般人は恐くて注文できない、というシロモノなのだが、この二人にそんなことは関係ない。心なしかオロオロしている女給さんが、いかにも心配している様子でご注文を繰りかえした。
「で、ではお客様、期間限定の妖精フルーツセットのど、ドラゴンクラスをお一つでよろしいですか?」
「わたしも、なの」
すかさず訂正するサキに、女給さんの口が間違いなく引きつった。
「お、お客様? 当店のドラゴンクラスは、十人以上の団体様が利用されるパーティー専用ですので、お一つでも多いかと……」
「だいじょぶです。お金ならちゃんと持っていますから」
いえそういうコトではなくてですね、と食い下がる女給さんと意味のない応酬が続く。どこまでも平行線から動かない状況を見かねたのか、責任者らしき人物が一礼して話に加わってきた。
「失礼ながら、当店のドラゴンクラスは無謀かと。今まで個人でこれをお食べになった方はいらっしゃいません。ましてや、お嬢様方のような細身の女性が食べきれる量ではございませんので」
頑として譲らない店側に、リアが「じゃあこうしましょう」と手をぽんと打った。
「とりあえず一つ注文しますね。それで足りなかったらまた注文しますから」
「……結構です。もし二つ目が必要なら、それは私共からのサービスといたしましょう。お代はお一つ分で結構です」
「わぁ。ありがとうございますっ」
「決してご無理をなさらぬように」
胸を撫で下ろした女給さんは、その後三十分も経たない内に二皿目を運ぶことになった。
「もう少し足りない位で止めたほうが、身体に良いみたいですしね」
「腹八分、なの」
しれっと言い残して二人は店を後にした。
「ありがとう、サキちゃん」
「おいしかった、なの」
二人は仲良く夜道を歩いていく。すっかり忘れていたレオンのことを思い出したのは、暖かなベッドで目を覚ました翌日のことだった。
* * *
悪夢的な出会いから一日が経過した。
ミズホの私室に連れ込まれた俺は、現在ひどい目に遭わされていた。
部屋には呪われそうな怪しげな人形や古文書が所狭しと並んでいる。明るい日差しに照らされているので陰鬱な雰囲気はないが、なんだかシュールな光景だ。微かに甘い香りが残る丸いクッションに座らされた俺は、正面に座るミズホから真剣な眼差しを向けられてていた。
「お手っ!」
「ふざけんなよ?」
アホの子が大真面目に掌を突き出してくるのだ。さっきからずっとこんな責め苦を受け続けて俺は不幸だ、と声を大にして主張しているが効果はゼロ。そろそろ泣きたいが、泣いてもこの苦しみから解放されないのが辛いところだ。
「ほら、お手! よしよし、わたしがご主人様だよー」
……どうやら俺がやるまで続ける気らしい。噛み付いてやろうか、と思うのと同時に、思考が犬っぽくなってきた自分に軽くショックを受けた。
ミズホが俺を使役できた理由は"王族秘伝のアイテム"とやらを使ったからだという。国の一大事に用いる切り札だという怪しい品だが、その効果は身をもって証明してしまった。一旦契約が成立してしまえば召喚者の願いを全うするまで効果が持続するから、もう開き直るしかない。
だがしかし。
「もー、言うことを聞いてよ。ちゃんとしないと、わたしの身体――」
「うるっさい! 何がお手だ、俺はペットなんかじゃねえよ」
そこまで開き直りきったら大事なものを失っちまう。魔王がお手なんてしたら空前絶後のビックリな光景だし、末代までの大恥になることも確定だ。
そんな感じで心の底から困っていた時だっただけに、このタイミングで現れたロベリアが女神に見えた。
「ミズホ様、軍議のお時間です」
「ほら女王様。大切な用事なんだろ? さっさと行ってこいよ」
「えー、あとちょっとなんだよ」
何がだよ。
「魔王レオン。あなたもご同行願います」
「俺も? 別に必要ないだろ」
「今回の作戦にはあなたの存在が不可欠ですから。余計な混乱を招かない為にも顔合わせをしてもらうつもりです。勇者襲来まで日がありません。少々長引く事になると思いますので、そのつもりでお願いします」
女神に見えてもこのロベリアは基本的にそっけない。どうやら王女の有事以外はこんなテンションが基本のようだ。ツイと顔を俺から離してまだ諦めないアホの子を促しにかかる。
「ちんちんっ」
「するかっ!!」
勘弁してくれ、本当に。
* * *
「……というのが、私どもの提案する作戦です。えー、しかし、勇者達が見せた力を考えると勝算は、えー、かなり厳しいものと、えー、お考えください」
どよ~んと沈んだ雰囲気が漂う会議室では、およそ十名が不景気な顔を突き合わせていた。同じような格好で、同じような渋面をして、同じような溜息をついている。前回の訪問で見せつけられた力がよほど衝撃的だったらしく、楽観視する意見はゼロ。
「だーいじょーぶっ!」
そんな暗黒チックな雰囲気の中、空気の読めない女王は晴れやかな笑みで周りを見回した。
「ボクがものすっごいのを召んじゃったからさ! ね、レオン」
手招きされるままにミズホの横に並ぶ。魔王だといきなり紹介されて、周囲は一様にぽかんとしていた。予想はしていたけれどまるで信用されていないみたいだ。
「また悪戯に得体の知れないものを呼びつけたのですか? 危険だからあれほどお控えくださいと念を押したというのに。えー、いくら腕が立つからといって、あの勇者を相手にできるとは、えー……」
「う、勝手に呼んだのは悪かったよ。でもさクロ大臣、レオンが強いってのは確かだよ。だってロベリアがあっさりやられちゃったんだよ?」
「はい。私には手も足も出ませんでした。セントアレグリーの勇者を退けられるのは、彼を置いて他にはいません」
普段ミズホの世話をしているロベリアだが、本当の肩書きは将星だ。この国最強だという彼女の言葉が十分な威力を持っていたようで、それ以上追求されることはなくなった。代わりに周囲から恐れるような視線を感じたけど、そんなのは気にしないに限る。
「俺としても隷属の呪いを解くために協力するしかないんだ。この話はこれくらいにして、相手のことを教えてくれ」
「そだね。じゃあクロ大臣、皆には確認になるけどもう一度お願いね」
「御意。……えー、勇者一行の総勢は、前回とおなじ十人だと思われます」
相手はたった十人。一国を相手とするにはあまりにも少ないが、各々が相当の力を持っているのだろう。溢れ出る汗を拭いながら説明してくれた内容によると、その中でも特に"第三勇者パージ"ってやつが一番強いらしい。
「第三勇者?」
なんだそれ。勇者に番号がついているなんて聞いたことがないぞ。
そんな俺の疑問に、クロちゃんは汗を拭いつつ教えてくれた。聞くところによると結構常識的な話らしい。
「えー、セントアレグリーだけは複数の勇者を命名しておりますから。我々が相手をしなければならないのは、えー、セントアレグリー第三位の勇者なのです」
彼らはセントアレグリー国王の命令を受けて各地を巡り、様々な問題を解決する。その実績により席次が決まっているらしい。勇者は十位まで存在するらしいので、三位のパージは結構強い勇者ってことなのだろうか。
「今の勇者ってのは、軍隊の一部みたいなものなんだな」
世界中の希望を背に仇なす魔物を滅し、ついには敵の親玉を打ち倒して世界に平和を取り戻す――勇者とはそういう存在だと思っていた。少なくとも、俺が千年も閉じ込められる前まではそうだったのに。
「大昔ならいざ知らず、今の世で勇者に求められるのは自国を守ることですから」
聞こえないように呟いたつもりだが、後ろのロベリアにだけは聞こえていたらしい。悲しい事に、俺が憧れる勇者像はもう影も無いみたいだ。あのリアを見た時点で半分以上諦めていたけどさ。
「……そう言えば、この国の勇者は? いないのか?」
ふと浮かんだ疑問を口にした途端、楽天的に笑っていたミズホの顔から色が消えた。
「――死んじゃったよ」
呟くような声が部屋の隅々まで響いて、ざわついていた空気が一気に凍った。
「わが国の勇者マジークは、前回の通告の際に見せしめとして彼らに殺されました。既に事態は不可避な状況にまで進んでいます。ですから我々は、こうして貴方に縋るしかないのです。情けない話ではありますが……」
……勇者が勇者を殺すのか。どうなってるんだ今の"勇者"ってのは。"正義の国"が聞いて呆れる暴れっぷりだ。
「その他のメンバーは? 今回相手する勇者はパージだけなのか」
「はい。しかしその他のメンバーも勇者の従者だけあって、精鋭ぞろいであることは間違いありません。特に"魔剣術士"クラリスと"聖拳闘士"フレイは並みの勇者を凌ぐほど高名です」
強力な魔法剣を得意とするクラリスと、大地を砕く破壊力を秘めた拳を持つフレイ。ロベリアが挙げたこの二人は結構な有名人らしく、勇者と共に色々と伝説を残しているらしい。ドラゴンを倒したとかモンスターを数百体なぎ倒したとかあるらしいが、具体的な紹介は割愛する。要は、勇者を含めたこの三人が中心的なメンバーだということだ。
俺は暫く考えてから、周囲で黙っている連中に質問を投げかけた。
「この主要メンバー三人を除いた残りと、お前らの軍で戦ったらどうなる?」
「……そうですね、残りの七人に広域殲滅呪文を使えるという情報は無いですから、それが正しければ、持ちこたえる事は可能だと思います。」
暫く無言が続いたが、結局答えてくれたのはロベリアだった。どうやらこの中でちゃんと状況を把握しているのは彼女だけらしい。
それにしても、勇者がいない条件ですら持ち堪えるのが精一杯なのか。相手が強いのかウィクマムが弱すぎるのか知らんが、どちらにせよ嫌な話を聞いてしまった。
「しかし無茶です。パージ、クラリス、フレイの3人を相手にするとなると、例えドラゴンでも倒されてしまうと聞きます。いくらなんでもそれは作戦とは呼べません」
確かに、複数を同時に相手するのは厄介だ。一国の軍隊を脅かすほどの手練らしいし、侮ったら痛い目を見させられるかもしれない。というワケで、元々の首謀者にも働かせよう。
「俺だけじゃない。連れにも手伝わせるつもりだ」
この国に来た時と立場が逆になったけど、リアとサキならばきっと大丈夫だ。問題は誰に誰をぶつけるかということになるけど、それは後で考えればいいだろう。
「とにかくその三人は俺たちで何とかする。残りは多分ここの軍で迎え撃ってもらう事になると思うけれど、それでいいか?」
「いいよ。でもあの三人は本当にヤバイよ! 別格だよ? それでもいいの?」
「ああ。さっさと願いを叶えて、この忌々しい呪いから開放されたいからな」
「ずっとここに居てくれても良いんだよ? ん?」
「力いっぱいお断りだ。アホの子に付き従う趣味は無いからな」
「そんなこと言わないでさ。ほらほら、今ならロベリアのおっぱいだって揉み放題だよ?」
「誰が揉ませ放題ですか! どんな痴女ですかわたしは! ……ってだから胸を掴んで引っ張らないで下さいミズホ様!!」
ズダンと机を叩きつけて叫ぶ女将星の胸がぷるん、とゆれる。視線を感じた彼女が光よりも早く胸を隠しながら、何故か俺の顔を思い切り睨みつけてきた。
「……そんなに揉みたいですか?」
別に俺は何も言っていないんですけど。
「もー。レオンったらエロエロなんだから。胸だけじゃ足りないの? だったらロベリアと子供とかちゅッ!? ……にゅぅ」
見事な裏拳が顎に決まってアホの子が一足先に退場した。
加害者が反逆罪に問われても仕方ないような吹っ飛び方だったが、その場にいた全員が目を逸らしているので、どうやら良くある光景らしい。
ロベリアはふー、ふー、と息を荒げて、熟れた果実のようになりながら俺を睨む。
「……やはり魔王とは危険な存在です、わ、私の身体なんてそんな――」
だから俺は何も言っていないんだってば。