2.「もう勘弁してください、ホントに」
店を出たご機嫌な勇者と退治された魔王が並んで歩く。
「凄かったですね~じゃんぼでらっくすすーぱー」
その言葉に反応して、また俺の腹が嫌な感じに悲鳴を上げた。
俺はいま勇者の策略にまんまと乗られて大ピンチです。
「わたしお財布忘れちゃった」との衝撃のカミングアウトをしてくれた勇者。呆然とした俺の目に飛び込んできた食事代がタダになるとの張り紙。その条件が目の前の山を制覇することだった。
……だってさ、勇者と魔王が二人で食い逃げなんてカッコ悪すぎるだろ?
「また食べましょうねあれ」
「二度と食うか!」
巨人族専用って書いとけ。
「椅子に座る俺の頭より高いアイスの山だぞ? あんなもの誰が食うってんだよ」
「わたしまだまだいけますよ?」
半分以上食いやがった異次元胃袋の持ち主が、余裕の笑みを浮かべている。
「甘いものは別腹ですっ」と言い切ったコイツの胃袋は、あの白い世界に通じていたに違いない。だって明らかに胃袋の体積と食べた量に矛盾がある。それくらいの量を平気で食べやがったのだ。
そしてまた悲鳴を上げる俺の体。
ぐっ、これ以上この話題を引っ張っるのは精神的にも拙い。強引だが話を変えよう。運良く休めそうな公園を見つけた俺は、ふらふらになりながらベンチを目指した。
* * *
「ああ、いい天気ですねー」
「そうだなー」
「こんな陽気だと甘いものが食べたくなってきませんか?」
「もう勘弁してください、ホントに」
賑やかな街の中心から少し離れた公園で、ベンチに座って語らう勇者と魔王。
俺は未だに半信半疑だった。実はこうやってのほほんと駄弁っている事こそが、俺を陥れる罠だったりしないかと。いま斬りかかられたら確実にやられる自信あるもんな。そもそも勇者がこんな小娘ってのが怪しい。裏で操ってる"真の勇者"とか出てこねーだろうな。
「わ、わたし本物ですってば」
「心を読むなっ」
ひょっとして、何か読心魔法でも使ってるのかもしれん。今からでもやっぱ一緒に行くの止める。えへ、とか誤魔化して逃げようかな。
「そんな。ひどいです」
「だから心を読むなっての!」
「うぅ、ごめんなさい。こんなコト他の人とは一切無かったんですけれど、なぜか魔王さんの考えている事って解っちゃう気がするんですよね」
何となくにしては、嫌過ぎるほど正確なんですけど。
「きっと私と魔王さんが出会うのは運命だったと思うんです」
ああそうだろうさ、でも間違ってもこんな形ではない気がする。……って何故アナタはそんなに頬を染めて嬉しそうにしてるんだ。変なヤツだ。
それにしても、と街を見渡す。輝く緑が眩しい公園では、子供から老人までがその光を浴びて皆一様に笑顔だ。なんというか、絵に描いたような平和な風景だ。
「なあ。こうやって見る限り、この世界はとっても平和っぽいんですけど」
爺ちゃんと孫が白い鳩に餌やってるよ。
「そうですね」
とても優しい顔で、相槌を打つ。誰かが嬉しそうにしている姿を見ることこそが、こいつは嬉しいのかもしれない。まだ殆ど何も知らない相手だが、そんな気がした。
「確かにこの街は平和です。でも遠くの国では、今でも人が死ぬ争いが繰り返されているんです」
命を奪い合うなんてとても悲しいことだから、どうしてもそんな悲劇をなくしたい。そう呟く顔は確かに勇者っぽかった。ちょっと感心する。
「なあ勇者。お前さ、」
「リアです」
「ん?」
「最初にすること決めました。私のことリアって呼んで下さい」
「いや、話に繋がりが全く無いですね。何でそんな怒っているんだお前」
「私にはリアっていう名前があるからですっ。私も魔王さんのこと名前で呼びますからっ」
「……まあ、いいけど。俺の名前は――」
言いかけたところでハッとした。
「呪いか? 呪いでも使う気なんだろ。名前書くだけで相手を殺せる魔導書とか」
サクッ
「さく? ってぎゃあああああっ!!!」
流れるような動きで伸びてきた聖剣が、俺の額に浅く刺さった。
「酷いですっ。わたしそんなことしませんっ」
「酷いのはお前だばかちん勇者! どこの世界に魔王刺す勇者が」
いるな。勇者なら皆やってるっぽい。
なんだ、そうか。そういえば当たり前だよな……と納得したら、何だか白い世界が見えてきた。
「っ大変っ! どうして額から血を流して!? 今治しますから!」
「何でお前がビックリしてんだよ! というかお前のその台詞が白々しいのは気のせいだよな? ……って、痛いっ!? いででででででで! やめろ、やめてくださいっ。魔族に聖なる波動は駄目だから止めて!」
「あ、元気になりましたね。よかったー」
目の前の笑顔が何故か怖い。……お前、やっぱり怒っているのか。
「さあ、教えてください。貴方のお名前は、何とおっしゃるのですか?」
考えてみれば、自分だけ名乗らないのも失礼な話だよな。何となく会話の流れが怒涛過ぎてタイミングを失っただけだし、言わない理由なんて無いんだけど、……何故か改めて聞かれると緊張するのは何故だろう。自分の事ながら解らない。
「ダメ、ですか?」
俺が黙ったのを拒否と捉えたリアの顔がしょんぼりと曇る。さっきから思っていたけどその顔は反則だ。
「レオンだ。よろしくな、リア」
「はい! 改めて宜しくお願いしますレオンさん」
ぱあっと晴れる表情は、まるで頭上に広がる気まぐれな空みたいだ。
これからどうなるかは分からない。でも一応、俺がここの世界にやってきた建前は"世界征服"だから渡りに船と言えなくもないし。どうせ他にやることも無いんだ。暫く付き合ってみるもの悪くない……よな?
「ではっ、張り切って世界征服やってみましょ~、おー!」
「お、おお……」
このノリはどうかと思うけど。