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27.「どうしよう!?」

 ウィクマムの王城は、今日も騒がしかった。


「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」


「何の動物のマネですか?」


「ちがうよ!! ゆーしゃが攻めて来るんだよ! 宝玉寄越せって言ってきたんだよ! ホントなんだよ! どうしよう!?」


 目の端に涙を浮かべた女の子が、大きすぎるローブから伸びる手足を振り回して喚いている。鮮やかな紫の髪がくしゃくしゃに乱れるのも構わずに、さっきからずっと同じようなことを叫んでいた。

 

 そんな様子を前にして背の高い女性が美しい眉をひそめる。小さな花の意匠が刻まれた戦装束を纏う彼女は、空色の長い髪を揺らして息を吐いた。今日だけで五度目の溜息だった。


「ミズホ様。何度も申し上げたとおり、この国の長である貴女の決断を皆が待ち望んでおります。どうか落ち着いてください」


 肩に手を置いて真摯に語りかける女性は、切れ長の目を優しく緩めて紫の髪を丁寧に整える。しかし、ミズホはローブが破れそうな勢いのまま口を閉ざそうとしない。


「セントアレグリーの勇者が攻めてくるってなんだよ無茶だよそんなの反則だよっ! ……ひょっとして反抗したら、悪いのこちら側って事にならない?」


「ええい、どうして貴女は私の胸ばかり触るのですか!」


「なんだか落ち着くんだもん」とミズホの顔が大きな胸に埋もれる。ぐにっと形が変わるほど強く膨らみを掴まれて、ロベリアは顔を真っ赤にしながらその手を引き剥がした。


「だってさ勇者だよ? しかもあのセントアレグリーのだよ? ロベリアだって大変だって思うでしょ?」


 言いながら、ロベリアの眉間が一層厳しく寄ったことにミズホは少し怯む。それでもなお訴えようと口が動きかけたが、鋭い目がギラリンと確かに光って「ひぅっ」と身を縮ませた。


「確かにセントアレグリーともなれば、勇者の中でも特別な存在です。ある程度の無理ならば飲むのが外交的にも良策だと考えます。しかし、だからといって我が国の宝玉を差し出すとなれば話は別。断固拒否するべきです」


「それで思い切って断ったから、こんなコトになったんじゃないかぁ」


 すでに泣いている女王の姿に頭痛を感じて、ロベリアはこめかみに指をあてて目を瞑る。最近癖になっている溜息の後、何度考えてもわからない疑問が口から漏れた。


「全く、あの勇者は何を考えているのか……いえ、正しくはあの国の王ですか」



 今から一週間ほど前に、セントアレグリーの勇者一行が突然ウィクマムを訪れた。彼らは困惑するミズホ達に向かって、ウィクマムが持つ日天玉を渡すよう要求してきたのだ。


 日天玉はあらゆる命を支える大切なものだ。当然拒否したのだが、彼らはミズホ達を「危険思想の持ち主だ」と突き放し、あろうことか剣を向けてきた。ミズホを護る人間は全て一蹴され「十日後までに宝玉譲渡の手はずを整えておくように」と言い残して去っていった。



「彼らの主張はあまりにもムチャクチャです。いくらセントアレグリーの要請といえど、我が国民を守ることに勝るものなどありません。この国の長として、必ずや宝玉を守り抜くのです」


「そんなこと言ったってさ、相手はあのセントアレグリーの勇者だよ? ロベリアだってその目で見たでしょ? ドラゴンを一人で倒しちゃったとか、魔王にだって勝てるとか噂されてるけど、実際メチャクチャ強かったし。あんなの相手にボク達の力じゃ束になっても敵わないよ。広範囲殲滅魔法なんて使われたら一瞬で……あぁ」


 へなへなと床に崩れ落ちたミズホは、嘆くように両手を頭に乗せた。


「絶対に戦力が足りないよ。猫の手でも何でも借りなきゃ絶対にムリだってば」


「猫がどれだけ集まったところで、結果に何の変化も生じないと思いますが?」


 あまりにグサリと刺されたことにムッとしてミズホは唇を尖らせたが、すぐにふにゃっと悲しそうに歪んだ。こんな事で言い争っても、何の利も得られない事くらいはわかるからだ。

 

 大きな溜息をわざとらしく響かせて、注意されたって知るもんかとばかりにゴロンと床に横になる。柔らかな光沢を放つローブがくしゃくしゃになった。


「はぁ。魔王でも召喚できたらいいのに」


「ご冗談を……いくらミズホ様が召喚士の血を色濃く受け継がれたお方であるとはいえ、それは難しいかと」


 ポツリと零れた呟きは、約一名を否応無く今回の事件に巻き込んでしまうのだった。



* * *



 えーと。確か俺は、フラフラと街を見て回る二人が迷子にならないように気を配りながら、ようやく見つけた店で炭火焼肉の串を食べた。他にも"キンツバ"という名前の、やたら甘いお菓子をサキが買ってきたので一緒に食べたんだ。


 その後、リアが「装備を整えたい」と言うから付き合ったのだが、結局買ったのは防御力がなさそうな普通の衣服のみ。「良家のお嬢様のようです!」と店員に褒められて清楚な白い上下一式とニーソックスを買ったリアは、嬉しそうに俺に感想を求めてきた。

 

「……防御力は5ってところだな」


 これは一般的な全身甲冑の防御力を100とした場合の数値だ。ちなみに、そこらの厚着した熟女の方が数値的には高かったりする。

 

 俺の冷静な分析に、なぜかリアは頬を膨らませてサキの所へ行ってしまった。あんなふわふわしたスカートだとメイドさん以上に戦いにくそうなのに、何を考えてるんだか。羽根を模したようなデザインが確かにちょっと可愛いけどさ。


 ……いかん、話が逸れた。


 そんなふうに俺達はあまり元気のない街を探検して「そろそろ宿に戻るか」と二人に意見を求めた所までは覚えている……のだけど。

 

 そのあたりで突然俺の視界が切り替わったのだ。

 

 

 

 ここは一体どこなんだろう。


「あわわわわわわわわわわわわっ」


 目の前にはリアくらいの背格好の男……じゃなくて女がいた。短く鮮やかな紫の髪と快活そうな目を見て最初は男かと思ったが、感じる雰囲気が間違いなくそれとは違う。恐らくリアとほぼ同年齢だと思われる変な女が、ぶかぶかローブを皺にしながら腰を抜かしていた。

 

 女の額やや上辺りには一角獣のツノらしきものが生えている。変わったヤツだなと思ったが、よく見たらアクセサリとして装着しているらしい。


 一度声をかけたのだが、まともな答えが返ってこない。仕方がないので周りをぐるりと見渡した。


 まるで貴族が住むような立派な部屋だった。舞踏会でも開けそうな広い部屋の床には、巨大な魔方陣が描かれている。それを見て何となく状況が掴めてきた。どうやら俺はコレに引っ張られたらしい。


「ほ、ホントに召喚できちゃった?」


 ということは、()んだのはこの女なのか。だとしたらお世辞抜きに大した腕だ。まさか俺が強制的に人の元に召ばれるとは思わなかった。


「お前、誰だ?」


「あ、えと、ボク――」

 

 言いかけたところでコンコンと乾いたノックが響く。返事を待たずに登場したのは、空色の髪が目を引く背の高い女だった。


「ミズホ様、間もなく軍議の――」


 女が驚いたように蒼い目を見開く。そして床に描かれた魔方陣を見て、何かを確信したようだった。

 

「ミズホ様、まさか」


「どーだっ!! すっごいだろ本当に召んじゃったよ!? うわーボクってひょっとして天才かもしんないよね、っていうか、天才じゃないとこんな事できないよね!?」


「やかましい」


 うるさい女の頬を摘んで黙らせると「うにぃっ」と鳴いて目に角を立てた。


「うぅっ、なにすんのさ」


「全く……失礼いたしました。この娘は少々変わっておりまして」


「うっわ! ロベリア酷いよその言い方は! 仮にもボクは一国の女王様だよ!?」


「だったらもう少し落ち着きというものを思い出してください。アホの子だと思われますよ」


「いいの? そんなコト言っちゃって。それ以上言うとボク泣くからね?」

 

 喧しい会話を聞いている限り、この二人は主従関係にあるのだろう。だがロベリアがミズホを敬っているようには見えない。どちらかと言えばウンザリしている様子だ。主がいつもこんな調子で騒いでいるからだろうか。だとしたら同情してしまう。

 

 ずいぶんと様になっている溜め息をついてから、ロベリアが俺の正面に立った。


「失礼ですが、貴方は一体何者なのでしょうか?」


 また召喚したのかと言いたげなロベリアの様子を見る限り、ミズホが何者かを召びつける展開は初めてではなさそうだ。ここは正直に答えよう。そしてさっさと帰ろうぞ。


「俺はただの旅人ってやつだ。気がついたらここに強制連行されていたんだよ」


「違うって! 何言っているのさ。キミは魔王でしょ、まおー」


 うるっさい! 今それを認めると間違いなく厄介な展開になる流れだろコレ。


 あまりに喧しいのでもう一度頬をつねってやろうとしたのだが、ミズホはぴょんと後ろに逃げていってしまった。


「ふふん。そう何度も同じ手を食らうボクじゃにぁう!?」


「ミズホ様。少し黙りやがれです」


 ロベリアがミズホの首を摘む。鼻先をくっ付けるようにして鋭く笑う様がかなり怖かったらしく、ミズホが口を押さえてコクコクと頷いた。

 

「……俺からも聞きたいんだけど。ここは一体どこなんだ?」

 

 やっと俺のターンになったと思って質問したのだが、ロベリアと呼ばれた女は何故か答えない。代わりに、微かに険のある表情で一歩引き下がった。


「その前に、もう一度確認させてください。あなたは本当にその、ただの人間、なのですか?」


 何か感じるものがあったのか、ロベリアは俺の申告を信用していない様子だった。銀髪もちょっと尖った耳も、珍しい個性ってことで納得してくれないだろうか。

 

「そうだぞ? 今はやんごとなき理由から、世界中を引っ張りまわされている最中だ」


「違うって!! 本当だよロベリア、ボクちゃんと成功したんだから!!」


 ミズホの真剣な瞳を見た途端、ロベリア表情がハッキリと硬くなる。同時にこの部屋が不穏な空気に支配されたのをヒシヒシと感じた。


「おいおい、本当に俺が魔王だなんて思うのか?」


「ミズホ様はこの国の女王にして、最も優れた召喚士でもあらせられます。ミズホ様が成功したと仰れば、間違いはありません。……正直に言えば、とても魔王などとは思えないほど迫力や怖さがありませんが」


 なんだか凄く傷ついた。


 しかし、こんな時こそ冷静にならねばならないんだ。ここから無事に帰れるかどうかが運命の分かれ目のような気がするから。


「落ち着いてくれ。千歩譲って俺が魔王だったとしても、別に何もしない――」


 俺の熱弁は完全に無視され、辺りを漂う魔力が一点に集中して一気に弾けた。


「落ち着けって言ってるだろ!」


 容赦なくぶっ飛ばされる氷弾のせいで、部屋の調度品が乾いた音を立てながら崩れてゆく。出来る限り相殺しながら訴えるが一向に止む気配はない。


《来れ氷の精、紡げ破壊のワルツ……》


 ロベリアが大きく両手を天に掲げ、百は余裕で超える氷の槍が顕現した。一つ一つが人間の腕ほどもあるので、まともに当たったらきっと痛い。そんな悲劇を回避しようとあれこれ訴えたが、悲しい事に全部無駄だった。


「いい加減にしろよ! 人を呼びつけておいてこの仕打ちはあんまりだ!」


「ロベリア! 頑張れー!」


「てめえ!? 後で覚えてろよ!」


 何故俺が出会う人間は話を聞かないヤツが多いんだ。答えはわからないが、いい加減鬱陶しくなったので黙らせてしまおう。


 攻撃に移る直前、ロべリアが浅く息を吸う。詠唱完了から発動するまでの僅かな時間が、魔術が抱える最大の弱点だ。このタイミングで集中を乱されると、それだけで自らの魔力が暴れて制御不能となる。結果は見ての通りだ。


「!? う……ぁ……」


 ロベリアの額をトン、と叩いた途端に硬直したように動きが止まる。やがて体から空気が抜けたように吐息が漏れ、細い腰が砕けてぺたんと床にへたり込んだ。


 槍が詠唱者の異変に合わせて消えてゆく。ロベリアの動作が速かったので余裕は無かったが、狙い通り止められてホッとした。軽い興奮状態にある相手にこれ以上説得しても無駄っぽいので、しばらく眠ってもらうことにした。



* * *



「ごめんなさいは?」


「ほ、ほへんははひ」


 全ての元凶のほっぺをぐりぐりと抓ってやる。うっすら涙が浮かんだ頃にぱっと離すと、ミズホは赤くなった頬に両手を当ててのたうち回った。

 

「ううぅ。乙女の柔肌を何だと思ってるのさ」


「自業自得ってヤツだ。さて、それじゃ俺は帰るからな」


 もう夜も遅くなって、そろそろ就寝時間になろうという頃だ。早く帰らないと宿の夕食が処分されてしまっているかもしれない。それは何としても阻止せねば……しかしこんな時間に食べると太っちまうかな、うーん。


「待ってよ! お願い、ボク達に力を貸して欲しいんだ!」


 部屋を出ようとした俺にミズホが飛びついてきた。抱くように俺の腕を掴んで、全体重をかけて床に引きずり倒そうとしている。まるで木の上で生活する小動物みたいなヤツだ。大して重くないので無駄な行動だけど。


「ヤダ」


「頼むよ! 本当にボク達困ってるんだってば!!」


 さっきまでとは違いかなり必死な表情で「お願いだって!」と食い下がってくる。どう考えても厄介ごとの予感しかしないのだけど……話くらいは聞いてやろうか、と思ったのが間違いだった。


「ぐあッ?!」


 痛い! もの凄く痛い!! 割れるような、なんて言葉じゃ全く足りないくらいに頭が痛い!!!


 ただの頭痛を百倍にして爆発させたような痛さ……まさか、召喚の主には逆らえないという隷属の呪いか? バカな、俺がこんなアホの子に支配されるわけ――


「おーねーがーいー! ボク達を助けてよーー!」


 ――めちゃくちゃに痛い! 洒落にならないくらいに痛い!!


「痛いっての! やめろっておい止めろ! 解かったから! 言うこと聞くから!!」


「ホント!?」


 ぱあっとミズホの顔が輝いてピタリと痛みが止んだ。……助かった。無意識かどうか知らないが、完璧にコントロールしているみたいだ。


「ああ、だからまずは落ち着け。お前が興奮すると、俺にとんでもない悲劇がっ痛ああああ!」


「ホントだ」


「お前ぶっ殺すぞ!? って痛いから止めろ! 遊ぶなっ!」


 というわけでまあ、そういうわけだ。同情するなら呪いを解いてくれ。

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