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26.「戦ってみたくないですか?」

 勇者リア。

 

 何を血迷ったのか魔王を仲間にして世界を歩く変なヤツだ。

 

 トラブルを発見したら即座に頭から突っ込んでいく。そして俺は引っ張られる。今回のイベントも、始まりはそんな感じだった。俺の言葉も聞かずに突っ込みやがったのだ。

 

 千人以上の兵士で埋め尽くされた、戦場のど真ん中に。


「ああもうっ、よくわかんないですけど戦争なんてしちゃ駄目ですってば!!」


「誰も聞いてないな……ん? リア、よく見てみろ。ひょっとして――」


「もうっ!!」


 俺の声はどうやっても聞こえないらしい。リアは大真面目に声を張り上げ続けていた。



 話は少しだけ遡る。


 ハイグレイの周辺国に楽しそうなイベントがないか調べたけれど、結局大した情報は集まらなかった。さて次はどちらへ進もうかと悩んでいたが、そもそも情報がないので決めようがない。そこで厳正なるくじ引きの結果、北へと進む事になった。

 

 移動手段として、ラインハルトのじいさんが"ラグビーク"という乗り物を貸してくれた。これは人の背の三倍程度の高さを浮遊しながら進むので、揺れが少なく馬車と比べて非常に快適だ。一見ただの絨毯にしか見えないが、サキは器用に運転している。楽しそうなのでその内やり方を教えてもらおうと思っている。


 森林や山を避けつつ三日ほど進むと、国境にもなっている大きな河が見えてくる。これを越えた先にある"ウィクマム"という小国が次の目的地となる国だ。どんな国なのかよく知らないけれど、深く考えても仕方がない。リアと一緒にいると、どこへ行こうとトラブルと遭遇するような気がするから。

 

 そんな俺の予感は見事に的中した。

 

 河を越えた先には広大な平原があったのだが、そこで千人以上の人間が互いに刃を向けてハッスルしていたのだ。



 予想外の光景に最初は面食らっていたリアだが、やがて初心を思い出したらしい。準備運動もそこそこに立ち上がると「せーの」と勢いをつけて飛び降りようとした。


「勝手に止めちゃっていい、なの?」

 

「……え?」


 サキの疑問にリアの足が止まる。


 この戦いにどんな意味があるのか、俺たちで勝手に判断しようにも情報はゼロなのだ。


 どちらかに非があるのか、どちらにも正当な理由があるのか、それすらも解らない。いくらなんでもこんな状態で首を突っ込むなんて暴走しすぎだと思う。


 だから冷静になろうぜとリアの袖を引っぱった。


「うー」


「唸るなよ……」


 飛び込みは一旦踏み止まったのだが、未練がましくウロウロするリアに付き合わされること暫し。徐々に倒れる兵士の姿が目立つようになると、とうとうリアは我慢の限界に達した。


「傷ついて倒れていくのを黙って見ているだけなんて、私にはできませんっ」


 とか言いながら戦場に突っ込みやがった。当然のように俺まで引っ張られた。




 そして現在に至る。


 どちらにも属さない俺達は、両軍から攻撃される最悪な状態になっていた。

 

 リアは無謀にも「やめてください!」と叫んでいるが、完全に無視されていた。だからって昏倒させて止めさせようとするのは良いのだろうか。


 暴走勇者は絶妙な力加減で気絶の山を築いてゆく。呆れ顔で見ている俺にもひっきりなしに攻撃が来るが、そんな事よりもリアに向かって「全軍中お前が撃破数トップ独走中だ」と教えてあげた方がいいかもしれない。


 現在二位のサキも深く考えるのは止めたらしく、向かってくる相手を楽しそうに撫で斬りまくっている。二人を中心に気絶の山が見る間に大きくなっていった。


 ちなみに、どんな心境の変化なのかサキはメイドさんの格好のままだ。「ちゃんと戦いやすいようにつくってある、なの」と言っていたが、戦場のど真ん中に立つにはかなり不適切な格好だと思う。ちらちらと覗く白い脚に相手の動きが止まるので、これはこれでアリなのかもしれないけれど。




 暫くして、ようやく指揮官クラスが異常を察したらしい。合図らしき大砲がずどんと響いて兵士の動きが止まった。


「……あれ?」


 リアがきょとんとした目で辺りを見回して、呆れた顔をしている俺の視線とぶつかる。


「よく見てみろよ。これは多分演習だ」

 

 両軍の旗が色違いってだけで殆ど同じだし、兵士の剣は刃が潰されている。さっきから俺が何度も指摘しようとしたのに話を聞かなかったけどさ。


「え? どうして?」


 こんな馬鹿らしい事がキッカケで、俺達はまたしても厄介事と関わることになった。



* * *



 俺達は、当初の予定より一時間ほど遅れた頃にウィクマムに到着した。


 この国は平原の只中にあり、岩を積み重ねた高い城壁に囲まれている。南側の門で入国審査が行われていたが、俺たちの審査は拍子抜けするほど簡単だった。どうやら演習での騒ぎが既に伝わっていたらしい。妙に腰の低い門番は、愛想笑いを浮かべて俺たちを迎え入れてくれた。


 既に傾きかけている陽の光に染められて、国全体が鮮やかな赤みを帯びている。木材の建物が目立つ町並みは素朴でノンビリした印象だ。

 

 人口の規模はハイグレイの三分の一程度。小国とはいえ数千人は暮らしているはずなのに、主要道路は人通りが少なく閑散としている。チラホラと見える住人はなぜか一様に不安げな様子だった。


 密かに楽しみにしていた出店もほとんどない。個人的にはかなり残念な国だ。




「勧誘されちゃいました」


 リアは演習に突っ込んだことを謝罪しに行っていたのだが、帰ってくるなり突然そんなことを報告してきた。


「勧誘されたって、まさか兵士に?」


「はい。『ぜひ我が国の力になって欲しい』と言われちゃいまして」


「リアっちはそれを引き受けた、なの?」


「まだ返事はしていないです。突然の話ですし、私だけの問題ではないですから」


 ビックリした。今までのパターン通りに即座に飛びつくと思ったのに。

 

 ……そうか。そうだよな、いくらお前でも学習はするものなんだよな。演習に突っ込んだ事は忘れてやるから、別の場所に行かないか。この国は出店も少なくて退屈しそうなんだ。


 そう主張した俺に向かって、リアは珍しく真剣な表情で俺に詰め寄った。


「レオンさん」


 がっしと肩を掴もうとして目測を誤ったらしく、腕を掴まれた。


「是非ともレオンさんの力を借りたいのです。レオンさん以上の適任なんて、世界中を探してもいないんです」


「俺が適任? 一体何をさせようってんだ」


「勇者との対決ですっ!」


 ……突然お前は何を言い出すんだ。何かの冗談のつもりか?


 困った。ボケがあまりにも前衛的すぎて理解できない。そう思い再度確認したところ、相手が勇者だというのはどうやら本当らしい。


 訳がわからん。


「その勇者ってお前じゃないだろ? 勇者って何人もいるものなのか?」


「そーです」


「そーなのかよ! 勇者って一人じゃないのかよ!?」


「そもそもここで言う"勇者"とは、国がそれぞれ勝手に基準を設けて認めた人物に与える称号です。勿論わたしはちゃんと聖痕を受けた勇者ですけど、王様に認められただけの"なんちゃって勇者"が多数存在するのです」


 本気で憤慨した様子で勇者の実像をレポートするリアは、眉根の角度が更に吊り上がっている。


「信じられない事ですが、自分で勝手に勇者だと名乗っている人まで存在するみたいなんですよっ。こんなことだから最近の勇者は質が落ちた、なんて言われちゃうんです」


 そんなこと言われてるんだ。


 魔王城近辺に来る勇者なんて滅多にいない。だから俺は勇者は一人きりだとばかり思っていたのだが、実はあっちこっちに存在するらしい。何だかありがたみが薄れる話だ。


「……それで? 俺にはまだ事情が飲みこめないんだけど。この話はスカウトされた話と繋がるのか?」


「この国の人たちが戦おうとしている相手が、勇者なんです」


「はい?」

 

 俺には未だ話が見えない。

 

 しかし前以上の厄介事になるという予感に、背筋がちょっとだけ寒くなった。



* * *



 全ての勇者には所属する国がある。国の全面的な支援のもと、自国を脅かす存在に対抗するために選ばれた最高の戦士を、"勇者"とよんでいるらしい。


 ということは、国の数だけ勇者が存在する事になる。しかしサキの国にはそれっぽいのが居なかったじゃないかと聞いてみたら「何年も前から空席、なの」という答えが返ってきた。その辺りはけっこう適当らしい。


 このように例外はあるが、基本的に勇者は一国に一人任命される。そして自然と国の間でのランク付けが存在する。ランクの強さは絶対的ではないものの、国の人口と豊かさがそのまま比例しているらしい。


 人が多いほど高い才能が生まれやすく、環境が整うほどその才能を開花させやすい、ということなのだろう。



 そしていま俺達の話題になった勇者は、"セントアレグリー"という王国所属のヤツだ。


 セントアレグリー王国は"勇者の国"とも言われる有名な大国であり、伝説の勇者として名高いアレキザイドの出身国としても知られている。


 世界に最も多くの勇者を送り出してきたこの国は、正義の名の下に人々を苦しめる存在を排除してきた。世界的にもその権威は大きく国の規模も世界最高クラス。必然的に世界の物事の中心に位置している国だという。ランク的には最上級と言って差し支えないだろう。



 そんな立派な国の勇者とこの国が何故戦う事になったのか。それは、俺もよく知ることになった日天玉が関係しているらしい。


「この国の日天玉をセントアレグリーに譲渡せよ、と言ってきたらしいんです」


 それは無茶な相談じゃないだろうか。国の命を支えている心臓を寄越せと言っている様なものだろうに。


「当然断ったみたいなんですけど、そうしたら力ずくで……と」


 話を聞いた限りでは、彼らが宝玉を奪おうとする理由はまだ不明らしい。色々と交渉したらしいが全て無駄に終わり、結局戦うことになってしまったという。


 なんともタイミングの悪い時に立ち寄ってしまったみたいだ。住民の元気が無い理由はこれなんだろう。"正義の国"の勇者と対立するとなれば、戸惑いもするだろうし。


「まさか……相手は大国の勇者だから、あの程度の兵士じゃ束になっても敵わず無駄に死ぬだけだ。それなら代わりにそいつを懲らしめてやろう……とか考えたわけじゃないよな? な?」


「大正解です!」


 思わず顔を手で覆ってしまった。


「まだ向こうが悪いと確定した訳じゃないだろ。それに、この国の未来がどうなろうと大して興味も無いんですけど」


 さっさと次へ行こうぜと言いたい俺に一言、悪魔の囁きが。


「戦ってみたくないですか?」


「ん?」


「勇者とです。レオンさん言っていましたよね、勇者と魔王は戦う宿命にあるって」


 ……まあ、勇者との対決っていう響きには、確かに惹かれるものがあるような気がするけどさ。


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