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25.「嘘?」

「……だからな、この文章の内容自体には意味なんか無くて、重要なのは草書とカナの文字数なんだ」


 例えば"赤薔薇もつ"は草書3文字とカナ2文字になる。こんな風に文章を数字に置き換えると、次のようになる。


 "赤薔薇もつ貴公子の" ⇒三2 三1

 "手足胴すべては脆く" ⇒三4 一1

 "見目麗しくとも天寿天命は" ⇒三4 四1

 "刹那のみの幻のひと" ⇒二3 一3


 こうして出てきた数を表と照らし合わせると、答えが出てくるのだ。


 1234

四ABCD

三OPQR

二GHIJ

一TSTU


三2⇒P 三1⇒O

三4⇒R 一1⇒T

三4⇒R 四1⇒A

二3⇒I 一3⇒T


「という訳で、答えは"portrait"……肖像画になるんだ」


「ややこしい、なの」


 そうだよな。誰だよこんな遊びを考えたヤツは。


「イヤハヤ、お見事ですわ。殆ど迷わずにアッサリ解きなはるなんて」


「……お前、やっぱりこれの解き方知ってただろ」


 井戸の文章を偶然見つけた時も思わせぶりなことを言っていたし、材料が集まった直後から急に口数が減っていたし。俺が睨むとガイコツはカタカタと音をさせて笑った。


「不思議とこれは覚えてるんですわ。それにしても悔しいわ~」


「悔しいって、お前が作ったみたいに……もしかしてお前、ここの城主だったのか?」


 ハッキリした根拠があるわけじゃないけれど、そんな気がする。しかしガイコツは曖昧に首を振った。


「う~ん、どうなんでしょ。これはホンマに正直に言いますけど、自分に関する記憶は殆ど無いんですわ。この城についての断片的な記憶ならパッと浮かぶことがあるんやけど」


「お待たせ。お兄様、サキちゃん」


 ガイコツが首をひねっている間に二人が戻ってきた。妹の右手には例の古文書が収まっている。どうやら無事に終わったようだ。


 誇らしげに笑う妹はすぐさまサキの元へと駆けてゆく。意外にもサキは大人しく捕まった。文句を言いつつも慣れてしまったらしい。

 

 リアは「わたしは見ているだけでした」とだけ俺に言い、静かに隣に立った。普段の微笑みが消えて無表情になっているだけなのに、その横顔は沈んでいるように見えた。


「大丈夫か? なんか顔色が悪そうだけど」


「ううん、なんでもないです。のーぷろです」


 にぱっと笑って見せたリアの顔はいつも通りの笑顔だった。暫くじっと見ていたが、リアはにこにこと笑うばかりで何も言わない。……見たところ異変はないし、多分気のせいなんだろう。


「ふおおおおおおおお!? ちょっとそこのお嬢ちゃぱぱぱァ!」


 奇声を撒き散らすガイコツが五月蝿かったので反射的に頭部を掴んで引っこ抜いた。


「ちょっと!? ひとの頭を毟り取るとか勘弁してや!!」


 骨が手の中で顎をカタカタ振るわせる。こいつを黙らせるには一体どうしたらいいんだろう。ウンザリした俺をよそに、ガイコツは初めて聞くような真剣な声を出した。


「お嬢ちゃん。その薔薇ちょいと見せてくれまへんか?」


 頭のないガイコツがリアに近寄る。指すのはリアが手にしていた赤いバラだ。


「あ、ごめんなさい。綺麗だったので思わず持ってきちゃいました」


「イヤイヤ、謝らなくてもええよお嬢ちゃん。ちょいと失礼」


「お前ら普通に会話してんじゃねえよ……」

 

 隠し部屋の床に落ちていたというバラにガイコツの手が触れた途端、骨が淡く光る。薄暗い周囲をぼんやりと照らす光は、徐々に大きくなっていった。


「お、お、おおお? これは、めっちゃ気持ち良いやんけ~。おっほ~~!?」


 聞いている方が気分を悪くするような気色悪い声だった。今すぐ粉々にして止めさせたいなんて考えている間にも光は加速度的に強くなっていく。俺の手の中にあった頭部も淡い光になって、大きな光へ吸い込まれていった。

 

 ガイコツは全員の視線を釘付けにしたまま白い光を撒き散らす。目を明けていられないほどに眩い光の中で、骨のシルエットが急に太くなっていく。破裂音が一度だけ響いて光が霧散した。


「赤薔薇持つ貴公子って、こういう事かよ……」


「いや~、まさかこの姿に戻れるなんて思わんかったですわ」


 太陽を直接見た後のように目が痛い。そんな俺の前で、肖像画の男が笑みを浮かべていた。



* * *



 エドガーと名乗った男は、生前の記憶も思い出したらしい。俺達に無理やり握手を求めながら上機嫌で語りだした。

 

「ワイは錬金術者として結構色々な分野に手を出していたんですけどな、特に進んでいたのが生物についての研究やったんですわ」


 錬金術師として一部では有名だったらしく、周辺国の有力者と取引しながら得た資金を元に研究に没頭していた。水を生み出す生物は水源が乏しい地域に破格の値段で売れ、巨大化した生物は様々な国から引く手数多だったという。

 

「ま、兵力としては正直微妙だったんやけど。この城の堀にいるミズゴショウって見た? 今もちゃんと生きてるのはアレくらいなんですわ」

 

 それらはあくまで過程で生まれた偶然の産物に過ぎなかったらしい。

 

「ワイの目標は生の永続……有体に言えば永遠の命ってヤツやね」


「まさかその実験の結果、おまえ自身がガイコツになっても生きていたってのか?」


「そ~なんですわ。いや~、やっぱり肉体はどうしても朽ち果てる運命から逃げられないみたいや。魂だけ残してもやっぱりムリやった」


「でも、今はちゃんと元の姿に戻れていますよね。研究は完成したのではないですか?」


「イヤイヤ。これは裏ワザというか、ズルというか。すぐ消える幻なんですわ。……少し待っててください兄さん。渡したい物があるんです」


 もうあまり時間がない、と笑ったエドガーは背を向けて歩き出した。



* * *



「……結局何なんだよコレ」


 帰ってきた部屋のベッドに寝転びながら、指に光る銀細工の輪を眺める。見た目も手触りも普通だし魔力も感じない。どこからみても、俺には普通のアクセサリとしか思えなかった。これをエドガーは「大切に持っててください。きっと兄さんの助けになりますから」ともったいぶった言い回しをしながら押し付けてきたのだ。

 

 特に悪意のようなものは感じなかったので指に嵌めてみたのだけど……指から抜けなくなる、なんて古典的なトラップもなかった。炎を模したような意匠がなかなか好みなので、このまま使っても良いかもしれない。

 

 結局あいつは俺に指輪を手渡した後、ただのガイコツに戻ってしまった。リアが持ってきた赤い薔薇は黒く変色し、二度と戻ることはなかった。




「お兄様」


 開いていた扉への静かなノックと共に妹が部屋に入ってくる。古文書をこれから母親に渡しにいくのだろう。



 結局、俺はフェリンに正直に話すことにした。今まで行方不明だったのは異世界に閉じ込められていたからだということ。リアが助けてくれたこと。リアの目的はこの世界を平和にしたいということ。リアのお願いを聞く形で旅に同行していること。そしてサキと同行するに至るまでの簡単な経緯を、全部白状した。


 本気で怒られることを覚悟していたけれど、フェリンの感情は怒りなんて次元を超えてしまったらしい。呆れたように笑った妹は「お兄様らしいわ」とだけ言って、それ以上俺を詰るようなことはしなかった。外見も性格も随分変わったけれど、兄に甘いところは変わっていないようで嬉しい限りだ。

 

 ベッドに座る俺にゆっくりと歩み寄った妹がニコっと笑う。


「どうし――」


 唐突にフェリンが俺の口を塞いだ。


「んっ……」と微かに漏れる吐息を感じる。両手で頬を挟んだまま、愛おしむように何度も俺の口を吸いながら、倒れこむように体を預けてくる。くちゅ、と水気のある音をさせて何度も口中を確認してから、満足そうな顔が離れていった。

 

 つう、と銀糸が落ちる。ちろりと赤い舌を出したフェリンは悪戯っぽく笑ってみせた。


「……ウソは言っていないみたいね?」


「誤魔化そうとして悪かったと思ってるよ」


「世界征服宣言が出任せだったなんて。お母様が知ったら何て言うかしらね」


 どうだろう。恐ろしくて考えたくもない。

 

 ……でも俺に「世界征服してこい」と言った意図が未だに解らないんだよな。今更そんな事しても面倒ばかりでメリットなんて無いハズなのに。


 親父だって自分が人間の世界へ侵攻したことはなかったはずだ。せめて死ぬ前に意図だけでも聞いておけば良かった。もう遅いけどさ。


「……本当に一緒に来ないの?」


「自殺する趣味は無いって言っただろ」


 嘆息したフェリンは、それ以上食い下がらなかった。「またお仕事をお願いに来るからよろしくね」と告げて立ち上がり背を向ける。虚空から姿見を取り出して床に置くと、鏡面が水面のように波打った。



「お兄様。これは忠告だけど、あのリアって女にはもう近づかない方が良いわよ」


「そんなこと言われてもな。お前が勇者を嫌ってるのは知ってるけどさ」


「大嫌いよ。奇麗事ばかり並べていい気になっているだけじゃない。虫唾が走るわ」


 ひどい言い草だ。昔よりも勇者嫌いが強くなっているのかもしれない。再びツカツカと歩み寄ってきたフェリンは俺に顔をぐいと近づけた。100%の不満顔だ。

 

「恩があるとはいえ、あんな女の言葉にほだされるだなんて……お兄様の好みが子供だとは知らなかったわ」


 人のことを幼女好きみたいに言うんじゃない。一応魔王なのに変なあだ名がついたらどうするんだ。


「サキのことは好きなんだろ? 同じ人間なんだし、大きな違いがあるとは思わないけどな」


「サキちゃんは可愛いもの。外見はもちろん、心もね。彼女からはお兄様への恭順の意しか読み取れなかったわ」


 フェリンは直に触れた相手の思考を覗くことができる。相手が警戒していると難しいという制限はあるが、物理的に強く接触すれば強引に読めてしまう。フェリンは甘えるようにさらに顔を近づけてきた。


「サキちゃんの唇、ぷにぷにだったなー。ねえお兄様、ちょっとだけで良いから貸してくれない?」


「ダメ」


「いじわる。お兄様って独占欲強かったのね」


 だから、そういう問題じゃないっての。

 

「……あまりお母様を待たせられないからもう行くけど。本当に気をつけてね、お兄様」

 眼前にあるフェリンの不満げな顔が一転して曇る。昔の俺がいつも見ていた、本当に俺のことを心配しているときの顔だった。


「サキちゃんと違って、あの女はお兄様に嘘をついているわ」


「嘘?」


「正確には、本当のことを言っていないと表現したほうが近いかしら。あの女が本当に望んでいるのは、この世の平和なんかじゃない気がするの」


 直接触れたわけじゃないから、ハッキリとは言えないけれど。そう言った妹はもう一度「気をつけてね」と繰り返して鏡の中へと吸い込まれていった。空気に溶けるように輪郭が薄くなり、完全に透明になる。無事に戻っていったようだ。

 

 コンコン


 ドアがノックされる。ベッドから立ち上がってノブを捻ると、リアがいつもの柔らかい笑顔のまま立っていた。

 

「そろそろお夕食の時間ですよ。一緒に行きませんか?」


「ああ、わかった」


 今日はご馳走みたいですよ、と嬉しそうに笑っている。


 フェリンにあんなことを言われたからだろうか。その笑顔が、少しだけ造り物のように見えた。

読んでくださってありがとう御座います。今回で2章終了になります。

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