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21.「それではお気をつけて」

 件の城は、ハイグレイから馬車で7日以上かかる遠方にあるらしい。

 

 らしい、というのは俺が実際にその道を踏破した訳ではないからだ。フェリンが虚空から取り出した姿見を抜けると、目の前には荒んだ城がそびえていた。

 

 四角く切り取られた白石を積み重ねて造られた城壁は、風雨や雑草に侵食されてボロボロになっている。本来の持ち主が放棄してから、既に長い年月が経っているのだろう。

 

 城の大きさは、ハイグレイと比べるとかなり小さい。外見は城だが、ここはどこの国にも属していないという。

 

 後ろを振り返ると、ここがかなり高い山の上だということがわかる。周囲は視界がよく、遠くまで曲がりくねった細長い道がよく見えた。路は荒れ放題になっているので、律儀に歩くとかなり骨が折れるだろう。

 

 久しぶりにコンパスを手に取る。中心の三角のまわりには灰色で示された山しかない。コンパスは詳細な地図として使うには少々無理がある。細かい地形を把握するのなら、ちゃんとした地図の方が良いらしい。


「この城には、バケモノが出るという噂があるの。周辺の住民はみな恐れているみたいで、誰も近づかないらしいわ。わざわざこんな場所に遊びに来るのはわたし達くらいよ」


 逆を言えば、こんな不毛の地をウロウロしているヤツはこの城に用がある可能性が高いともいえる。絶対ではないけれど。


「ここへ続く道の中腹あたりで、緑髪のオーガが目撃されていたわ。周辺に棲む動物たちによると、おぼつかない足取りでまっすぐ城へと歩いていったようよ」


 フェリンが使役する使い魔は、種族が違う相手でも意思疎通ができる。数十体がチームを組んで捜索するので、その目から逃れることはかなり難しい。


 それでも、この城の主に関する情報は無いに等しい状態だ。使い魔は現在の情報を集めるのは得意だが、証人がいないほど過去に関する情報はさすがに無理なようだ。



 改めて城の方へ目を向ける。


 周囲は堀で囲まれていて、濁った水が溜まっていた。俺達から水面までかなり落差がある。人間の背の5倍以上はあるだろう。

 

「……大きな生物の気配がしますね」


 何かに気付いたリアが、近くに落ちていた石を掴んでぽいと投げ入れた。

 

「うお、デカイな」


 ぽちゃん、と音を立てた途端に水面から巨大な口が出現した。石を周囲の水ごと飲み込んだ後、水飛沫を上げてすぐに沈んでいった。

 

「あれは多分ミズゴショウ、っていう生き物なの。あんな大きいヤツは見たこと無いけど、なの」


 サキがそう解説してくれた。余談だが、サキはフェリンの強い希望によりここでもメイドさんの姿だ。妹の暴走を何とかして欲しいと訴えられたけど、期待に応えるのは多分無理だ。すまん。


 ……話が逸れた。ミズゴショウ、だったっけ。


 魚の体に手足が生えているような姿を持つ水棲生物だが、サキの話によると大きくても大人の背丈の倍程度。しかし今見えた口の大きさからして、あのバケモノは明らかにその3倍以上はあった。

 

 見た目どおりの獰猛な性格らしいので、あまり関わり合いになりたくない相手だ。

 

 堀の幅はミズゴショウの倍以上はあるが、跳ね橋は完全に破壊されている。こんな状態ではとても使えないだろう。


 そんな俺の考えを読み取ったのか、フェリンは木の葉を一つ手に取りふっと息を吹きかけた。緑の葉がすぐさま巨大に膨れ上がり、瞬く間に緑色の橋が架かる。


「これで文句ないかしら?」


 相変わらず気の利く妹だ。


 先頭に立ってツカツカと橋を渡る姿は、どこか母親を思わせる。俺が居ない間ずっと補佐をしていたおかげで、身のこなしまで似たのだろうか。あの母親が二人に増えたと思うとゾッとする。


 辿りついた城門は幅が狭く、三人が横に並んだら窮屈に感じる程だった。上部には城主のものと思われる紋章が掲げられていた。

 

 紋章には珍しく、齧られた様々な果実の絵が並んでいる。リアもサキも、こんな紋章は見たことがないと言っていた。



* * *



「うーわ……こりゃ酷いな」


 城内は予想通りに荒れ放題だった。赤かった筈の絨毯は埃で白く変色しているし、至るところに蜘蛛の巣が張り巡らされている。俺たちの足音に驚いたのか、城に住み着いていた小さなネズミが「チチッ」と鳴きながら穴に潜り込んでいった。床もボロボロで、少しの衝撃でも崩れてしまいそうだ。


「さて、それでは手分けをしましょうか。こんなに人数が居るんだもの、ゾロゾロと固まっていても効率が悪いだけだわ」


 いまは白昼を少し過ぎた頃。


 光源は薄汚れた窓しかない。城内は昼間だというのに薄暗く、カビ臭い空気はひんやり冷たい。捜索に手間取って日が沈めばさらに面倒になるだろう。確かに手分けした方が良さそうだ。

 

 外から見た限り、この城は3階まで見えたので丁度いい。


「それじゃ地上階は任せる」


「私たちですか? レオンさんはどうします?」


「俺は地下だな。ホラ、ここに階段が見える」


 床には少し色が違う一角があった。誰かが破壊したのか一部が欠けていて、その隙間の先に階段が見えるのだ。


「……いいわ。わたしはこの階を、サキちゃんは2階を、リアさんは3階をお願いするわ。それでいいかしら?」


「了解、なの」


「わかりました。緑のオーガさんを見つければいいんですね?」


「ええ。体格に似合わず素早い相手なので、くれぐれも気をつけて下さい。あと、他にも色々と出るかもしれませんので油断は禁物ですよ?」


「出る?」


 ネズミとか?


「古城で出ると言えば、決まっているじゃないですかお兄様。争いに敗れた無念が宿るゴーストの類です」


「……おばけ、なの?」


 サキの声が少し細くなった気がした。どことなく、小さな体がさらに小さくなっている。

 

「あれ、ひょっとしてお前そういうの苦手だった?」


「そ、そんなことない、なの」


 なんてわかりやすい反応なんだ。

 

 サキはふるふると首を振って否定したがっている様子だが、きっと誰もその言葉を信じていない。


「大丈夫よサキちゃん、わたしが助けてあげるから……それよりもお兄様? もしも隠れてサボタージュしたらどうなるか、わかるわよね?」


「俺がそんな不誠実な男に見えるか?」


「見えるわよ」


 間髪無く答える妹がちょっと怖い。昔はこんな風に噛み付く姿なんて想像もできなかったのに。時の流れってのは残酷だ。

 

「そうそう、もし発見したら適当に弱らせて捕獲してくださいね。古文書の所在を聞かなければいけませんので」


 フェリンは虚空を掴むように手を握る。ゆっくりと開くと、掌に黄色い宝石が4つ並んでいた。

 

「これはダイヤと呼ばれる鉱石の一種。わたしが少々細工しておいたから、これを使えば簡単に捕獲できるはずよ」


 一定以上衰弱した相手に触れさせれば、それで捕獲できるらしい。


「探索が終わったら、この中央階段前に集合しましょう。それではお気をつけて」

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