1.「私と一緒に旅をして欲しいのです」
どーなってんだよ。
何故俺は知らない誰かとお茶しているんだろう。
「ですからね、私と一緒に旅をして欲しいのです」
顔が隠れる程のチョコレートパフェを幸せそうにつつきながら、目の前の誰かさんが頬を染めて言う。俺の注文の品はまだなので先に食べてもらっているのだが、かなり美味しそうだ。
ちなみに俺は"ジャンボデラックススーパー"という名称の、この後に何が続くんだよと思わず言いたくなる品物を注文した。金は持っていないけれど、目の前のコレが奢ってくれるらしい。
もう一度目の前の少女をよく観察する。背の高さは俺の肩くらいで、何処となくあどけなさが残る雰囲気なので十五、六歳くらいだろうか。ちなみに俺の歳を人間に換算すると大体十七、八くらいだけど興味ない? よね。うん。
少女の容姿は恐らく可愛い部類に入ると思う。やや青がかった黒い瞳は綺麗に透き通っていて目もぱっちりしているし、透明な程の肌に添えられた鼻と口も理想っぽい形と配置ではなかろうか。真っ直ぐに伸びる艶やかな黒(だと思っていた)髪が降り注ぐ陽光を受けて青く輝いている。髪の色は黒ではなく、濃い青らしい。
服装は少しアレンジしてあるけれど、至ってシンプルな旅人の服ってやつだ。傍らに畳んである純白の外套といい、ぜんぜん汚れていないところを見ると恐らく下し立てなのだろう。妙に小奇麗でなんだか旅人らしくない。そして傍らに控えている、持ち主に全く似つかわないゴツイ剣に目が行ったところで、相手が声をかけてきた。
「あの、聞いてます?」
「実はあんまり聞いていなかった」
「……えっと、どこまで覚えてます?」
「お前が何処かに旅立ちたいとか何とか」
「殆ど全部聞いていないじゃないですかっ! しかもその内容も間違ってますっ!」
俺の気が抜けた返答に「むー」と唇を尖らせるよく知らない人。チョコついてるぞ。
「ちゃんと聞いてくださいっ。私は魔王である貴方に」
「なあ、さっきから引っかかっていたんだけどさ」
相手の形の良い眉が動く。
「何ですか?」
「とりあえず一つ目。俺は確かに魔族だけどさ、魔王じゃないんだ。魔王は俺の親父でまだピンピンしてるはずだが」
「あなたのお父様というのはあのジェノサイ王ですよね」
仮にも勇者が魔王を捕まえてお父様は無いと思う。
「……そうだけど」
「残念ながらすでに亡くなられています。もう100年も昔の事ですので私が直接見た訳ではないのですが」
脳の回転は速いほうだと思っていたがそれはどうやら悲しい思い込みのようだ。今言われた事がちっとも理解できない。
「すまん。もう一度言ってくれないか。どうも今まで変な所に居たせいで耳と脳がとろけてるらしいんだ」
「ですから、100年前に先代の魔王ジェノサイさんは亡くなっているんです。ですから、息子である貴方が魔王さんってコトになるんです」
はあ、そうですか。そう言ってもう一度相手を見る。
嘘をついているようには見えない。やるな、なかなかのポーカーフェイスだ。だが勇者が善良な市民を騙すのは良くないな。
ちっとも信じようとしない俺に向かって不思議そうに首を傾げる目の前のコレにも解る様に、丁寧に説明してやることにする。
「だって俺は少し前に親父に会ってるし。100年前に死んでたら話が全然合わないだろ」
「最後にお父様に会われたのって、新王期の何年くらいですか」
「えーと、確か1002年くらいかな。その直後にこっちに来て、大体半年位は世界を見て回っていたと思う」
そう説明したのに、どうやら全く得心がいっていないご様子。仕方ないので壁の方を指差す。
「だって今は新王期1005年だろ? そこのカレンダーにも“05”と書いてある」
つまり約3年もあの忌まわしい空間に囚われていたのか。良く気が狂わなかったな俺。
どーだ参ったかニヤリと悪者ぶった笑みを浮かべてみる。どうよ、嘘は止めて本当の事を白状しちゃいなよ。……どうしてそこで悲しそうな目をするの?
「あの……今は新王期2005年です。本当です、信じてください」
「にせん、ごねん?」
「2005年です」
「本当に? せんごねんじゃなくて?」
「違いますよ、にせんごねんです」
「はっはっは。まさか。いくらなんでも1000年は無いっしょ」
確かに俺はあの真っ白な世界に長い間閉じ込められていた。でも自分の感覚ではせいぜい数年。おまけしたって10年も居なかった筈だ。時を忘れるほど愉しい世界では断じてなかったぞちっくしょう。
現実を認めない俺に対して勇者様は「あ」と呟いてから何やら俺に差し出した。
月間誌"極上スウィーツ"の5月号だった。
ほう、確かにこれは美味そうだな。む、目の前のパフェの絵もこれに載ってるぞ。ここは有名な店なのだろうか。そうだ、さっき頼んだのにちっともこない"ジャンボデラックススーパー"も載ってないかな。どんなシロモノだあれ。
「違いますっ。年のところを見てくださいよっ」
……わかってるさ。イマイチ勇気が出なかったけっすよははは、と白い歯を見せながら確認したそれは、何度見ても2005年5月号だった。
「うぇえええええええ!!!?」
久しぶりに絶叫したかもしれない。喉がちょっと痛くなるくらい叫んでしまった。
「あの、魔王さん……」
はっ。
我を取り戻した俺は、周りからの視線に気まずい思いをしながら着席する。いい加減真面目に今の状況を考えよう。
長い間閉じ込められていると思っていたが、まさか1000年も閉じ込められていたとは思わなかった。そんなに長いこと一人遊びを続けていられるなんてある意味ショックだ。俺はひょっとして一人で遊ぶことがものすごく楽しかったのかもしれない。
「あの、大丈夫ですか? そんなにがっくり下を向いて……気分が悪いようでしたらこの剣を翳せば」
「何やって……ぐはァ!?」
むしろ病んでいるのは心の方だったが、勇者が剣を掲げた直後から本当に気分が悪くなったので慌てて止めさせる。
「?」
ヤバイ。それヤバイよ聖剣の類だ。何て名前の剣かは知らないけど、さっきから感じている軽い頭痛はコイツのせいなのか。
「??」
「いや、可愛く小首を傾げてもらっても駄目だ」
「治りませんか?」
「むしろ悪化した。よく考えてみろって。魔族に聖剣向けるのって死刑宣告だ」
わたしは平気なんだけどな、と不思議そうに剣と俺を見る。
「それはお前が勇者だから……ってそうだ気になる事その2。いいか?」
「あ、はいどうぞ」
ようやく収めてくれた天敵にほっとしつつ水を飲む。つーかまだかよご注文の品は。
「あー、なんだ。さっきから当たり前のように話しているが」
「はい」
「キミってゆーしゃ?」
「はい♪」
いやいやいやいや。だって俺が見た勇者ってやつは男というかオッサンだし、パーティの中には確かに女がいたけれど、魔法使いっぽかった。そもそも女の子って勇者になれるの? 御伽噺にもそのパターンは無かったな。
「本当ですってば。……まだまだ未熟者ですけれど」
おもむろに服に手をかけ始める女の子。……突然何を始めるんだお前。
「なんだか目つきが怖いです……」
「気にするな。んで、何をしてるんだ」
「……んしょっと。ほら、ここに聖痕があるでしょう? これ勇者の証なんですよ」
目の前で衣服を脱ぎ始めた時はどうなるかと思ったが、見せたかったのは体にあるアザの様なものらしい。胸と右肩の間のちょっと際どい場所にそれはあった。
「おー、確かに見たことあるぞそれ、親父に魔王としての帝王学とかを叩き込まれた時に見た記憶が。」
「ね? これで信じてもらえました?」
頬を赤く染めて言われるとこっちまで恥ずかしいやんか。早く服着なさい。
こほん。
目の前のこの子が勇者だってのはまあ認めるとしよう。親父が死んじまった事は確認できないけれど、話を合わせてみても良いだろう。しかし、そうなると気になる事その3が当然出てくる。
「俺は魔王らしい」
「はい」
「キミは勇者だと」
「そのとおりです」
「一番最初にキミ何て言ったか覚えてるか?」
「『私と一緒に旅をして欲しいのです』ですけれど」
正解。一字一句完璧だ。
……これはあれか、1000年後の世界で流行しているジョークなのか。
「?」
小首を傾げて説明を要求する不思議ちゃんはどうやら大真面目に言っているらしい。
「あのな、どこの世界に勇者と魔王が一緒に旅する世界があるんだよ?」
「え、そんなに変ですか?」
不思議そうな顔をする俺を見て、不思議そうな顔をする勇者。
こめかみを押さえながら一つの考えに辿り着く。
もしや、この娘は魔王が世界征服という悪行をする存在だってことを解かっていないのかもしれない。よく考えると親父は100年前に逝っちまったらしく、この勇者は魔王というものを見た事が無い筈だ。どんな教育をされたのか知らないが、勘違いしている可能性はあるかもしれない。
ここは現実を突きつけてやろう。
勇者の使命は世界平和であり、魔王の目的は世界征服だ。一緒に居られる理由がない。大方こののほほんは魔王の目的を慈善事業とでも勘違いしているんだろう。現実を知ってショックを受けるかも知れないが、ここはハッキリ言っておくべきだな。
コップに残った半分ほどの水を一気に飲む。うし、作戦はこうだ。
勇者の使命は? → 世界平和 → 魔王の目的は? → おおかた慈善事業とでも思っている → すかさず突っ込む → お勉強タイム → じゃあ私達敵だったのね → ふはははは → 完璧。
一つ問題があるとすればツッコミをどのように遂行するかだが、そこは己の感性に委ねよう。ぶっつけでGOだ。
「あなたのお仕事はなんですか?」
「立派な勇者になることです」
にこやかに笑いながら自称勇者が返事をする。
「では、その立派な勇者のお仕事はなんですか?」
「世界を平和にすることです」
はいよくできました。では問題です! ジャジャン!
「勇者の仕事とは世界を平和にすること、で・す・が。魔王の仕事とは一体何!? さあ答えを張り切ってどうぞ!」
「世界征服です」
「知ってんのかよお前! なんだよそれ!」
俺馬鹿みたいじゃねえかよ。
二度目の絶叫に周りの目が再び集中する。ああいかんいかん周りの人に迷惑かけちゃ駄目だってよく言うよねゴメンナサイ。
「常識ですよねっ」
両手を軽く挙げて喜ぶヤツの目の前で頭を抱えて蹲る俺。
困った。知ってる上で俺と一緒に旅する企画を持ち込んで来やがりますか。目の前の生物はひょっとしてあんぽんたんなのかもしれない。そういうのはちょっと。
「失礼なこと言わないでくださいよっ」
「人の心を読むんじゃないっ」
ああもう、ここまで言わなきゃ解かんないかなぁ。
「魔王が生きてたらこの世界は魔族に征服されちゃうんだぞ? そうなったら平和もなにも無いだろ? ほら、これだと勇者が困っちまう。戦って倒さないと平和はやって来ないぞ? 俺達は言わばコインの表と裏みたいなモノなんだよ、絶対相容れない存在なんだ。そんなのが一緒にいるなんてまずいと思わない?」
「思いませんっ」
なんでだよっ。
ああもう何だか混乱してきた。ここまで自信満々に言われると、俺が間違ってるような気がしてきて困る。
「わたしの事、嫌いですか?」
勇者を好きになる魔王がいると思っているこやつは、ひょっとして大物なのか。
いや、嫌いってワケじゃないけどさ。……そんな顔するなよ。ね、頼むから涙目にならないでよ俺思いっきり悪者じゃんか。魔王だけど。
「ぐすっ……はい、やっぱり魔王さんって優しいです」
どこをどう取ればそういう考えになるのでしょうか。それにしてもこの勇者魔王に対して敵対心ってものが皆無だよ。なんだか調子が狂う。
いかん、気を取り直そう。この問題は当面置いておいて質問その4へGOだ。
「ところでそれ、何て名前の剣? 見た所魔法がかかっているみたいなんだけど」
さっきからプレッシャーを掛けてくる剣を睨む。すると余計に頭痛が酷くなった。
聖剣の類だろうとは思ったけど、よく考えたらこんな世間知らず勇者が持ってる剣だ。旅の序盤で手に入れたチャチなシロモノなのだろう。けれど、妙にプレッシャーがあるんだよなその剣。
「エクちゃんですか?」
「エクちゃん? ……正式には何て言うんだ?」
俺は未だに来ない注文のせいで飲み飽きつつある氷水を口に含む。
「エクスガリオンのエクちゃんです。以前洞窟で見つけたんです」
「ブふぉ!?」
「ひゃあっ! 魔王さんひどいですっ」
思い切り顔が水浸しになった勇者の非難も耳に入らない程ビックリした。
「もの凄いの見つけてるじゃんかよ! まさかもう旅は終盤で、俺ここで死ぬのか!?」
「エクちゃんをご存知なんですか? この子凄いんですか」
「お前知らんのか!?」
もうどこからツッコんでいいのか解らなくなっても、これだけは言わねばなるまい。
「あのな、エクスガリオンといえばかの有名な勇者アレキザイドが持っていたとされる最上級の剣で、勇者は魔王を打ち倒す為にこの剣を求めつつレベル上げするのが王道パターンなんだよ。それをもう見つけちゃってるじゃんかお前」
道理で嫌な汗が出るワケだ。
「……でも私は、そんなすごい剣を持っていたって何も出来ませんでしたから」
「な、なんだよ。急にしょげて」
突然の落ち込みっぷりに驚く。ちょっと強く言い過ぎたか? と思ったが、どうやらそうではなかったようだ。
「世界を平和にする為に、色々なところへ旅に出ました。魔物も一杯倒しました。王様からも沢山感謝されてご褒美もたくさん貰いました。けれど、それだけじゃ世界は平和になりませんでした」
どういう事だろう。魔王である俺はいなかったわけだし、その剣があれば大抵のイザコザはすぐに一掃できそうなんだけど。……さっきから話が脱線し放題だな。
「魔物さんが原因じゃないんです。確かにその、魔王さんには申し訳ないんですけれど、沢山魔物さんを倒したおかげで、魔物さんから被害を受けるということは無くなりました」
それで良いんじゃないでしょうか。あと魔王に謝る勇者って見たこと無いんですけれど、ツッコミするだけ無駄みたいだからもう良いや。
「でも、魔物の問題が解決したと思ったら、次は人間同士で争いを始めてしまったんです」
詳しくは言わなかったが、なんでも生まれ育った国が滅んでしまったらしい。結構あっさりと話しているけれど、かなりキツイ話だ。
「……。」
詳しい事情は分からないが、酷いことをする人間もいたもんだ。
「ひょっとして俺を閉じ込めやがったやつの末裔か? そいつ」
「そ、それはわかりませんけれど、とにかく皆が言っていた魔王さんを倒せばそれで世界は平和になるっていうのは間違いの様な気がしたんです」
なるほどね。そう考えるのは何となく解かる気がする。
でも、だからといって俺がお前と一緒に旅立つという流れには結びつかない気がするんですけれど。魔王は居ないに越したことはないと思うなボク。質問3の答えが解からない。
「どうして俺を助けた? いや助けてくれたこと自体はものすごく感謝してるんだけど」
俺を助けてどうしたいのだろう。ただ旅をご一緒すれば良いのだろうか。
「お前はこの世に平和を築きたいんだろ? 俺助けたら災い呼ぶとは思わなかったのか。魔王だし」
「一緒に世界征服しちゃいませんか?」
迸るシャワー攻撃再び。
「ふええぇ……」
すまん。いやしかしこの無邪気さに騙されてはいけませんこの娘言いやがりました。
「おっ、おまっ。ちょっとそこ座りなさい!」
「さっきから座っていますけど……」
うるっさい! そんな細かい話なんてどうでも良いんだよ!
「お前さ、自分がなに言ってるのか解かってる? お前勇者様よ?」
「でもっ!わたし、世界を平和にしたいんです!」
「いやさ、だからお前がそんなことしたら」
あれ? 勇者だから良いのかひょっとして……でも世界征服に良いも悪いもあったっけ。
「私達がこの世を平定した暁には、絶対に世の中を平和にして見せます!」
こんな所で所信表明されても困る。
「そしてその為には、是非とも世界征服の先輩である貴方にご指導して頂きたいと思いまして」
「本気で言ってるのか?」
「おお真面目ですっ。道中征服の手解きをお願いします!」
「どうしても?」
「どうしてもですっ!」
……全くブレない瞳で見つめてくる。傍から見たらきっと奇妙なその光景が何分続いたのか知らないが、先に折れたのは俺の方だった。
「わかった。わかったから」
そんなに顔を近づけるなって。
「やった! 有り難うございますっ!」
良いのだろうか、本当に。
「私頑張りますね!」
平和な街の一角で世界征服を宣言する勇者。気分が高揚しているのか、ほんのりと上気した肌に染み一つ無い事まで良く見える程に、顔がすごく近い。
「分かったから落ち着いてくれよ」
「……あ、ごっ御免なさ」
真っ赤な顔でぺこぺこしていた勇者がテーブルに頭をぶつけた。
「ああほら泣くなよ、飴やるからさ。これ体にすごく良いらしいぞ」
「おいひいです」
そりゃよかった。
ところで俺の"ジャンボデラックススーパー"まだ?