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16.宝玉の間・2

 初撃はナイフのような武器に防がれた。それがただのナイフでない事は、愛刀が貫通しなかった事からも明白だ。少なくとも何らかの祝福を受けたマジックアイテムの類でなければ、そのナイフごと相手を刈り取るはずだった。


 数個の蜀台のみが闇を照らすこの薄暗い空間で、相手をはっきりと見定める事は困難だ。受けに回るよりも攻めきった方が有利に傾くと判断したサキは、受け止められた反動をものともせずに二撃目を放つ。


 キィ……ン、と澄み切った音を残しながら双方の刃が影を残して踊る。リーチで勝るサキと手数で上回る相手の攻防は互角の状況が続いた。


「驚いたよ」


 ひとつ大きな金属音を残して男が後退る。サキとの打ち合いで傷んだナイフをくるりと回したかと思うと、まるで手品のように無傷のナイフが現れた。


「こんな使い手がまだ居たんだね、ここのセキュリティも満更穴だらけじゃ無いらしい」


 どうやらサキのことを警護の人間だと勘違いしているようだが、正してやる義理などない。早くケリをつけないと、本当の守護者に見つかってしまうのはまずい。非常にまずい。


「――うん?」


 攻防の最中、2人よりも背の高い蜀台越しに対面した。普通はそれを避けて剣筋を走らせる。しかし、サキが持つ神刀にとってそれは障害にならない。眼の錯覚かと思わせるほどの一瞬刀身が掻き消え、蜀台をすり抜けた刃が相手の死角を突く。男の笑みが初めて驚きに変わった。

 

(よし、利き腕を奪った!)


 ポタッ……ポタッ。


「……え」


 驚きに眼を見張ったのは、サキも同じ。


 虚を突いた筈だったが浅かった。驚嘆すべき反応速度だが、問題はそこじゃない。刃が微かに捕えた腕から鮮血が流れている。人間には当たらないはずの朧姫が腕を裂いたのだ。


(つまり、こいつは。)


「……ク、クク」


 モンスター、にしてはあまりにも人間に酷似している。


 相手の正体について思い巡らせていたサキに冷たい汗が浮かぶ。金の頭髪と闇のように暗い瞳、人に比べやや小さい耳を持つ姿は、太古に絶滅した筈の伝説の存在と余りにも似ていたのだ。


「鬼……鬼族、なの」


 返事をしない相手はぺろりと自らの鮮血を舐め取り、ニィッと笑った。


「――? ……っ!?」


 不気味な笑みに眉を寄せるよりも早く、サキの体に異変が生じる。


「……な、どうなっている、の」


 何が起きたのか理解できなかった。何もされていない筈なのに体が重い。見えない何かに急速に自由を奪われている。


(こんなの、まるで呪い――呪い?)


「ま、さか」


 まるで水中に放り込まれたようだった。サキにとって周りのスピードが倍に感じる程に動きを封じられた今、相手の動きは絶望的なまでに速かった。防ぐよりも速く鬼の手がサキの首を鷲掴む。


「っぐ! ……!!」


 コイツは本当に、ただ相手を睨むだけで術を完成させるのか。

 

 それ以外の可能性が、幾ら考えても思いつかない。普通は大なり小なり何かアクションをしなければ魔術だろうと呪いだろうと成立しないはずなのに――


 ググッ……


 掴まれたサキの体が徐々に上へと吊られてゆく。伸びきった脚が苦しげにもがく様を鬼がせせら笑い、鋭く伸びた牙が口から覗いた。


「……っ……ぐぅっ!」


「苦しいかい? 苦しいだろう? 今楽にしてあげるからね?」


 相手の右手に持つナイフが不吉に光る。


 狂気を宿した闇色の瞳で覗かれると、まるで心を直接踏みにじられるような酷くおぞましい錯覚に襲われる。頚動脈を圧迫され続けるサキの握力が徐々に失われてゆき、柄を握る手が震えだした。


「ぐ……ぅあああああっ!」


 それでもサキは必死に掻き集めた力で刀を振った。掴まれた腕を狙った刃はあまりにもトロい速度だったけれど、なんとか首は解放された。

 

 クラリとする意識を無理矢理取り戻す。呼吸の度に血の巡りが戻ってゆく。掴まれた喉が焼けるように痛くなっていた。


「ゲホッ、ッハ、はぁっ、はぁっ……!?」


 空気を求めるサキの腹に爪先がめり込む。


 悲鳴すら上げる間も無く、サキは数メートル背後の壁に叩きつけられた。




「こんなモノじゃ済まなさない……さあ、立ちなよ」


「……く……ぅ」


(――強い。)


 近接戦闘においても互角、さらにあの呪いのような能力は厄介どころの話ではない。相手を見るだけで術を完成させるなんて非常識も甚だしいが、そんな反則技も鬼族なら有り得る話だ。実在自体が疑わしい魔眼の類も、鬼という伝説の存在なら持っていても不思議ではない。


(本当に、不幸だ。)


 ドラゴンをやり過ごしたかと思えば鬼が居た、なんて三流以下のひどいストーリだ。


「……ひとつ、聞きたい、なの」


 この状況を打破する手段を、サキは一つしか持っていない(・・・・・・・・・・)。それを実行する前に、どうしても確かめておかなければならない事があった。


 サキが問う。極力冷静に努めた声色は、怒りが滲むのを隠せなかった。目の前の相手をどうしても許せそうになかったから。


「……無理だね。もうあのジジイは助からないよ。本当さ、零れた水が二度と返らないのと同じようにね」


 果たして得た回答は最悪だったけれど、その言葉に安心感を得たのも事実だった。


「そう……わかった、なの」


 何故なら、これで心置き無く戦えるから。

 

 不倶戴天の敵というべきコイツを、許さずに済むから。


(今はただ、コイツを、倒す。)


 サキは体を沈み込ませるようにして、ゆっくりと構えを変えた。




* * *




 呼と吸。人は息を吸って吐く。全ての人間が行うこの動作は、やり方によって身体に多大な影響を与える。"呼吸法"と呼ばれるその技術は一般人の生活の中にも存在し、例えば痛みを和らげる効果などは良く知られているが、身体の機能を一時的に活性化させる方法も存在する。


 その効果の程は微々たるものに過ぎないのだが、ある物と併用するとその効果が爆発的に跳ね上がる事は、あまり知られていない。


 それは体内を常に巡っているもので、サキは"気"と呼んでいる。


 錬度によるが、気を併用する事により呼吸法は一気にその威力を増す。高めれば高めるほどにまだ先が有り、どこまでも強化できるように思えるほどだ。


 今、サキの身体は目の前の鬼によって動きを半分程に封じられている。解除法は解からない。仮に解かったとしても本当に相手が睨むだけで発動する能力ならば、すぐさま同じ目に遭わされる。この状態をひっくり返す方法は一つしかない。


 そう、身体をそれ以上に強化してやれば良いだけの話だ。呪いを跳ね返せるほどに。


「……ッ、ッ……」


 微かに漏れ響く吐息の間隔が短くなってゆく。サキを囲む空気が歪んで見えるようになる。まだだ、まだ足りない。強化の度合いは"段"で数えるのだが、今までに実戦で経験した強化限界は(さん)段まで。


 恐らく今必要な段数は――最低でも()


 ()段以上をまだ試した事がないのは、肉体の限界を超えた途端に体内に収まり切らない力が激痛を引き起こすからだ。限界を超えた途端に襲い掛かる激痛は耐えがたい苦痛だった。


(けれど、例え身体が壊れたって構わない。私の大切な人を傷つけられた、その痛みに比べたら大した事じゃない)


 目の前の敵を、絶対に許さない。

 

 必ず主様を救ってみせる。

 

 その決意が力となってサキの体内に宿ってゆく。

 

「ッ……」


 肆段。時の速さがマイナスからプラスに転じた。


 痛い。

 

 手も腕も胴体も脚も関係なく全部が痛い。体中が一斉に悲鳴をあげている。気を抜けばすぐにでも気絶してしまいそうだ。


 それでも止める訳にはいかない。

 

 歯を食いしばる。余計な事は何も考えるな。


(アイツを倒す。アイツを倒す。アイツをぶっ倒す!)

 

 最後に大きく吸い込んで、気合と共に一気に吐き出す!!



「カクゴしやがれっ、なのッ!!!」



 伍の段に到達した身体が、踏み出した足が、痛みに絶叫するのを黙殺して敵の傍まで一足で跳ぶ。地脈を縮めるが如くの速度は完全に相手知覚を凌駕した。


 相手の動きが突然跳ね上がれば対応も当然遅れる。短剣で防ぐより早く自らの体をつき抜けた刃を見て、恐怖に顔を歪める鬼の様を、サキには確認する余裕があった。



「なん……だって……」



 何の躊躇もなく赤銀が胴体から抜けた。



 サキが手にする神刀のもう一つの名は"赤羽根(あかはね)"。その異名が示すように噴出した鮮血が羽根のように辺りに舞い、周囲を赤く染めた。



 何の手応えも感じなくなっているサキの腕が刃の血を振り払い、微かな水音が静寂の中に生まれて、また静かになる。鬼の体がゆっくりと、ゆっくりと沈んでゆく。


「バ、カな。こんな、」


 ことり、と地面に音をたてて転がった宝玉をサキが拾う。


 主の命ともいうべきそれを両手でそっと包む。


 まるで放心したようにじっと見詰めたまま、サキは強く強く宝物を握りしめた。

 

 

 

「せ……て。破……しない……と……」


 だからサキには聞こえていない。限界を超えて全てを運動能力強化に充てたツケは聴覚にまで障害をもたらし、さらにこれで終わったという油断が、泣きたくなるほどホッとした心理が、この後とるべき行動を遅らせた。


「消え……諸とも……終わ……」


 鬼の体が地面に染み込むように、呪詛を残して消えてゆく。


 仰向けの唇が微かに動いても、もう声は出ない。


「……ッ」


 サキの身体が揺れを感じた。絶望のリズムを刻む足音の主がここに向かっている。何よりも恐れていた守護者が、罪人を裁きに来たのだ。


 ニィッ


 相手を陥れたことに満足した、狂った笑みを浮かべながら、最後まで残っていた唇は溶けるように消えていった。


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