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11.執行の日・1


 死刑執行の日は、少し汗ばむくらいの快晴だった。


 見事に晴れ渡った空は何処までも青く、さわやかな風が吹き抜けてゆく。こんな格好じゃなければきっと良い気分だったろう、と目の前で鈍い光を放っている手枷を見ながら思う。


 幸い手枷に大した仕掛けは無さそうなので、すぐに抜け出せる筈だ。この手枷を壊して何時でも飛び出せるように軽く手首を捻って具合を確かめる。俺の背中には、スキンヘッドを操ってまんまと奪還したエク公と朧姫が出番を待っていた。


「貴方はお父上の何を見てきたのですか。ハイグレイの力は抑止力ですぞ、加害になど使って良いものでは無いのです!」


 罪人として連行された俺達4人は、処刑の場である闘技場で仲良く身柄を拘束されている。そんな俺達の代表として発言を許されたかつての家臣が、王に最後の説得を試みていた。


 しかし事態はのっけから不穏な空気に包まれている。王がじいさんの説得を途中で切り捨てたばかりか、この場で他国を征服すると宣言したのだ。


「これだけの力、眠らせておく父上が馬鹿だったんだ。僕はそんな無駄な事はしない。この武力があれば我が国は更なる発展を遂げられるのだ!」


「そのような暴挙で富を手に入れても人の心は集まりませぬ。いずれ更なる大きな暴力によって飲み込まれてしまいますぞ!」


「ばーか、ボクが負けるとでも思っているのか。ボクにかかれば世界征服だって簡単さ」

「ホントですか?」


「黙っていような、リア」


 話がややこしくなるから。


「何と滑稽な。わたくしごときを捕らえるのに一月も要した貴方が、そうた易く世界をおさめられるとお思いか?」


「何だって――」


 切り返された言葉に今までの余裕顔が一気に沸騰した。本当のこと言われて怒っている姿は滑稽で面白いが、この駄々っ子は一応俺達の生殺与奪権を握っている人物でもある。あまり刺激するのはマズイのでは。


「ゲ。口が過ぎるようですな、ご老人」


 ほら保護者が出てきた。


 思えば声を聞くのは初めてだった。こんなふざけたカエルみたいな声一度聞いたら絶対に忘れないだろう。今まで王の後ろで影のように佇んでいたジャイノスは何かを囁いた後、大人しく下がった王の前に進み出た。


「お主に用はない! 王に――」


「ゲッゲッ、口を慎め。辞世の句を詠ませてやるとの王の心遣いを嘲笑いおって」


 手を掲げたカエル男に従って周りの兵が一斉に弓を構え、矢の先をじいさんに向けて静止した。これ以上の発言は許さない、という無言の圧力。


 それでもじいさんはそんな脅しに屈しない。あくまで王との対話を続けようとジャイノスを無視して語り掛ける。例え幾つもの矢が襲い掛かろうとも、じいさんの隣には守護天使(サキ)が控えているのだから。


「ふん、そんなもので主様は殺させない、なの」


 たった一本の剣をどんな風に使えば全方向からの矢を殺せるのか。俺が手を貸すまでもなく、機械的に放たれた全ての矢が地面に叩き落された。


「ここまでだ。じいさん、下がっててくれ」


 サキに続いて俺が一歩進み出る。手枷など既にぶっ壊した。説得がすんなり行く訳が無いと覚悟していた通りの展開になっちまったが、そうなれば俺達も予定通りにコトを済ませてさっさとこの場を脱出しよう。


「待ってくれ」


 しかし、そんな俺達をじいさんは片手を挙げて制止した。


「頼む、待ってくれ。ここを逃したらもうチャンスは無いかもしれぬのじゃ」


「ゲッゲッ。幾らほざこうとも無駄だ。偉大なる王の考えは変わらぬわ。……たった三人の護衛で何が出来る?」


 拘束を破った俺達を見てもジャイノスにまるで驚いた様子は無く、それどころかますます高慢に笑う。呆れるくらい耳障りな音を撒き散らす男を、じいさんは正面から睨みつけた。


「もう一度言う。お主に用は無い、そこをどけ」


「……ゲッゲッ。殺せ。」


 号令に従い、狙いを定める兵士の手が機械的に矢を放つ。シュルシュルシュルっと空気の中を泳ぐ音が幾重にもなって一点に向かう。当然、サキがそんなものを見逃す筈も無く、地面に新たなゴミが増えただけだが。


「じいさん、俺にちょっと任せてくれないか?」


 再び進み出た俺が確認を取ると、憎憎しげにカエルを睨みつけていた顔が悔しげに下を向いた。諦め切れないのかもしれないが、これ以上この場での説得は無駄だ。あの子供王は恐らく意識を上から塗り替えられている状態――平たく言えば操り人形になっているのだから。


 注意深く観察しても微かにしか感じられないからよっぽど上手く隠したんだろうが、俺の目は誤魔化せない。犯人は勿論あの変な声のカエルなんだろう。巧みに王の意識をコントロールして、自分は最も王に近い立場に収まっている。カエルの狙いが国の乗っ取りなのかどうかは知らんが、どうであれコントロール下にある相手を説得しても徒労に終わるだけだ。


「……と思うんだけど、お前はどう思う? リア」


「わたしは意識操作の術を使えないのでハッキリとは解りませんけれど……でも、確かにあの王様の呼吸が不自然に見えます。息を吸うのも吐くのも、タイミングがあまりにも一定すぎて逆に違和感がありますね」


 言われてみれば確かにその通りだった。傀儡師の見習いがよくやる初歩的な失敗だ。やっぱり思った通りで間違いないと思う。


「そんな事が……すまんな、こんなことに巻き込んでしもうて」


 俺達の話に愕然としつつも得心したのだろう。結果的に自らの行為が無駄になってしまったと思ったのか、申し訳なさそうに丸めた背中。それを俺がぺしっと小突いた。


「そんなもうすぐ死ぬみたいな顔するなっての。リア、サキ」


 兵士共の輪が出来上がりつつあるのを横目に、背中を預けている2人に問う。


「結局これからどうする? なの」


「喜べ、解かりやすいぞ」


 と、カエルを指す。


「要するに、後はあいつをぶっ倒すだけだ」


 そうすればきっとあの子供も目を覚ます。その後じいさんにたっぷり説教でもしてもらえばこの騒動も解決するだろう。


「その前に、この兵士さん達を何とかしないといけないですけどね」


 リアがエク公を構えながら周りを見渡す。俺達はじいさんを囲むように背中を合わせた。


「俺は魔術師の連中を相手する。そっちの鎧着た暑苦しいのは任せていいな?」


「任された、なの」


「私はサキちゃんのサポートに回りますね」


 頷きを返して言う。


「よし……行くぞ」

 

 

 

* * *

 

 

 

 数多の呪詛が一斉に吐き出され、数多の剣が殺到した。


 俺の向いた先からは幾多の炎が燃え盛る。しかし慌てる必要は無い。生まれた炎同士が融合して巨大な炎になろうとも、所詮は烏合の衆が生み出すモノ。全て受け止めたって痒くも無い。


「かっかっか。温いわ、こんなチンケな火で俺を焼こうなんぞ片腹痛い」

 

 俺が今までどれだけの炎を浴びせられてたと思ってるんだ。俺の鬼畜両親が繰り出す灼熱地獄に比べたら、こんなの焚き火にあたっている様なもの。


 勝ち誇ったような顔をしていた魔術師どもの表情が凍る。もう遅いけどな。

 

「ひいいいいっ!?」


 魔術というのは要するに自分の体内に持つエネルギー、俺は魔力と呼んでいるが、それを体外に放出することで色々な現象を巻き起こすモノだ。その手順は千差万別で、例えばリアと俺が全く同じことをやろうと思ってもその過程は異なる。

 

 一般に良く使われている方法は、自分が何か道具を使っているイメージをそのまま投影してしまうやり方だ。

 

 例えば小さな火を起こしたいなら、火打ち石を打つようなイメージをしながら指を鳴らすと初心者は結構出来るようになるらしい。生まれた火が指先から垂れ流れていた魔力に引火してしまい小火を起こして怒られる、なんて失敗はちょっと魔術師に話を聞けばいくらでも出てくるだろう。


 精度や発動速度は練習と経験を積み重ねる程に上がってゆく。複雑なもの、特殊なもの程難しいが、成功すれば様々な現象を巻き起こすことが可能だ。例えば今俺がイメージする物は、鏡だ。


 そっくりそのままお返しして差し上げるのだ。


「ぎゃああああっ!?」


 俺の目の前で頑張って燃え盛っていた火を全て弾き返す。連中に当たる直前で地面に触れた炎の塊が火柱を巻き起こし、悲鳴もろとも吹き飛んでいった。




「余所見なんて随分ナメてる、なの」


 火柱に目を奪われていた最前列の兵士は自分が斬られた事に気付く前に昏倒していた。目の前で仲間が倒れた2列目の兵士がサキを追おうとした直後に膝を屈する。


 届いていない筈の刃が斬られていない筈の鎧を切断する。そうして次々と意識を刈り取る様は何度見ても不思議だ。大層な二つ名に恥じない力をありありと見せ付けるサキへ、さらに待ち構えていた兵士が一斉に剣を振り下ろしても結果は変わらない。


「100まんねん早い、なの」


 別空間を跳躍するかのように淀みなく大群の間を駆け抜けるサキにたった一太刀すら浴びせられない。兵士が姿を認めて身構えた時には、もう終わっているのだ。


「――え?」


 そう漏らした兵士が最後に見た光景は、既に最後列の兵士すらも同じ道を辿る姿だった。


「あの、私することないです」


 戦場のど真ん中で、仕事の無かった勇者が一人で拗ねていたのは放っておこう。


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