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10.「まあ、そうなんだけどさ」


「捕まっちゃいましたねー」


「捕まっちゃったのー」


「捕まっちゃった、なの」


「……」


「困りましたねー」


「困ったのー」


「困った、なの」


「……」


 何だよこのゆるゆるな空気は。


 こんな薄暗くてじめじめした不快指数満点な地下牢で、こんな能天気な会話とか。普段能天気な人間のシリアスな一面が見れるかなー、なんて少しでも思った俺がバカだった。


 当然のように奪われた武器はここにあるはずも無く、リアもサキも丸腰状態だ。魔法が使えるリアはまだしも、サキはただのお子様に格下げである。こんな状況でもてんで動じないとか何を考えているんだろう。


 多分何も考えていないんだろうな。


「今なんか凄く失礼なこと言われた気がする、なの」


「気のせいだ」


 あの後、俺達3人はじいさんを盾に抵抗するなと脅された。じいさんを守ることが何よりも大切だとするサキの強い願いに押されて、結局俺達は抵抗することなくこの牢屋に押し込められる道を選んだ。


「まさかあの状況でアンタが出てくるとは思わなかったよ」


「ほっほ、すまんのぅ」


 こんな状況になっても相変わらず飄々としたじいさんだ。


「どちらにせよもう潮時じゃったからの、この機会に賭けてみようと思ったんじゃ。まさか君らにこんな迷惑をかけるとは思わなかったものでの。」


 じいさんはそう言うと、若干沈んだ顔で今に至るまでを語り始めた。



* * *



 一月以上も続いた暇潰しの付き合いも限界だった。味方は傷つき、もう戦う力が残っていない。これからどうするべきか判断に迷っていたじいさんの潜む森に俺達が迷い込んだのは、丁度そんな時期だった。


「渡りに船とはまさにこのことじゃ、と神に感謝したよ」


 サキを俺達に同行させるという決断には、殆ど迷いが無かったという。サキが王と会う事で事態が好転する切欠が掴めないかと期待していたらしい。


「どうして俺達を信用したんだ? ふつう少しは疑うと思うんだけど」


 俺達がどんなヤツかも良く知らないのに。自分で言うのも変だが、リアはまだしも俺は無害そうな顔をしていると思わないんだけどな。一応魔族だし。


「サキが手放しで誰かを気に入るなど、サキに出会ってから初めての事じゃったからの」


「気に入るって、俺を?」


「リアっちも、なの」


 どうして? と尋ねるリアと俺二つの視線を感じたのか、サキが人差し指を顎に当てる。どうやら考えるポーズらしい。


「なんか、二人とも面白そうだったの」


 何だその理由は。


「あ、私もそれわかります。お二人と一緒に居ると何故か、わくわくしますから」


 リアも直感だけで生きているらしい。お前実はただの直感で魔王を連れ回そうとか思ったんじゃないだろうな。


「ふたりって、わし仲間はずれ?」


 じいさんはちょっと黙っててくれ。




「面白そうって、それだけで仲間にしようって?」


「勿論、実力も凄そうって思ったの。私一人じゃいくらなんでも国にケンカ売れないの。でも二人が助けてくれるなら何とかなりそうって思った、なの」


「ケンカって、お前話し合いをするために此処に来たって言っていなかったか?」


「備えあれば、なの」


 ……まあ敵地に乗り込む以上そういう事態はありえるって考えるよな。見たところサキは対多には向かない能力だと思うし、わらわらと寄ってくる敵を一度に相手は出来ないのだろう。



「で、ろくに話も聞かないまま流されるように俺達はハイグレイに来た訳だが」


 片隅でイジケていたじいさんに話の続きを促した。



「サキから離れるのはせいぜい1日か2日の予定じゃから大丈夫と思ったのじゃがの」


 こういう期待は往々にして嫌な方へと転がるもので、唯一恐れていたことが起こってしまった。今まで最低3日は空いていた襲撃が今回に限り翌日に来たのだ。


「予想外の出来事じゃったが、大軍を目の前にして覚悟が決まってしまったよ」


 派手に燃えてしまった森では結界もロクに作動せず、進軍の妨げになどならない。さほど時間も掛からずに見つかってしまい、結局投降する道を選んだのだという。


「どの道、今までの状態が長く続くとは思っていなかったしの。最後の会話に賭けてみようと思ったんじゃよ。ジャイノスを盲信する王を上手く説得できるかどうかは判らんのじゃが……」


 大罪を犯した者に対する刑の執行は、王の御前で行われるしきたりなんだそうだ。そこでもう一度だけ、王と話す機会が与えられる。


 命を賭けたラストチャンス。それに全てを賭けようと言うのだ。


「そんな、危険すぎます。……こんな事考えたくないですが、もしも駄目だったら」


「うむ。その時は、別行動をとっていたサキに助けてもらおうかと思っておったんじゃがのぅ」


 前言撤回、命賭ける気ゼロじゃねえか。


 ここで会話は振り出しに戻る。


「困ったのー」


「困りましたねー」


「困った、なの」


「何か他人事のように心配しているけど、俺たち全員死刑っぽいよな」



 ……なんだこの沈黙は。



「やっぱりそう思います?」


「何の為にこんな所に入れられてると思ってるんだ。立派な罪人として認められたからこんな歓迎を受けてるんだろ? 大反逆者ラインハルト卿に与した不届き者として」


「照れるのー」


 ホメてねえよ。


「でもでも、悪い方にばかり考えても仕方が無いですよ」


 良いこと言うね。流石は前向きで純真な勇者様だ。


 微妙に視線が合っていないのがどーいう意味か知らないけどさ。


「ひゃっ!?」


 何気なく肩に手を置いたことがそんなに意外だったのか、リアの体がそんな悲鳴と共にぴくんと震えた。大袈裟な反応に不可解なものを感じながらも、一応謝っておく。


「悪い、脅かすつもりは無かったんだ」


「あれ? ……あ、そっか……」


 一人で驚いて一人で何やら納得していた。


「セクハラ大魔王、なの」


 そういうことをぼそっと言うんじゃない。誰かに誤解されたらどうすんだ。


「あ、え、と違うんですっ。ごめんなさい変な声出しちゃって」


 なんでもないんです、と笑うその表情はいつものリアだった。しかしあの驚き方はちょっとヘンだなと思う。俺が肩に手を置いたのがそんなに意外だったのだろうか。


「大丈夫か? 色々面倒ごとが重なって疲れているんじゃないか」


「大丈夫ですっ。牢屋なんて日常茶飯事ですから」


 何処の世界に牢獄が日常にある勇者が居るのだというツッコミはもう面倒だからしない。結局押し切られたような形でうやむやになったリアの話は、そのまま忘れられていった。

 

 

* * *

 


 頭を切り替え、これからの事を考えようとした頃。

 

 随分と真面目な顔をしたじいさんが、俺とリアに笑いながら言った。

 

「こうなったのもわしの責任じゃからの。君らだけでも何とか助かるように、サキに付いてもらうつもりじゃ」


 ワシという荷物さえなければ、脱出も不可能ではないじゃろ? とじいさんが言う。


「まあ、そうなんだけどさ」


 それだとじいさんを守る役が誰もいなくなる。


 俺の隣にいる勇者を見ても、同じことが言えるか? じいさん。


「わたしは残ります。このまま見ぬふりなんて出来ませんから。ぜひお手伝いさせてください」


 時折見せるガンコな声でそう言われて、流石のじいさんも言葉に詰まる。再び俺の方を向いたじいさんには肩を竦めて見せるしかない。


「心配してくれるのは有難いけど、俺もリアも自分の身くらいは守れるつもりだ。説得が上手くいくか判らないけど、じいさんの思うようにやってみればいい。駄目だった時の逃げる手伝いくらいはしてやるよ」


 ここまで首を突っ込んだんだ。今更結末だけ知らないというのも気分的にスッキリしないしさ。


「……ほっほ。サキ、本当にワシらは幸運じゃの」


「はい、なの」


 じいさんは、サキと一緒に「ありがとう」と頭を下げた。


 改めてそんなことをされると妙に照れくさいけど、そんなに悪い気もしない。


 散々リアのことを勇者っぽくないと言っている自分も、相当変なヤツだと思う。自分の事ながら。

 

 

* * *

 

 

「そろそろ、明日に備えて休みませんか?」


 ちょっと周りがうるさいですけど、とリアが不満そうに牢の外を見ながら言う。


 俺達が捕まったとの知らせは既に全軍に届いており、城の警備体制は未曾有の人口密度に膨れ上がっていた。ちょっと耳を澄ませば暑苦しい鎧同士の擦れる音が聞こえてくるような状態だ。そこまでしなくても逃げないってのにご苦労な事だ。


「おうおう、いい様だなてめえら」


「…………。またお前か。」


 定時の見回りなのか、例のスキンヘッドが勝ち誇った笑みで近づいてきた。昨日サキが蹴散らして以来忘れていたが、ひょっとしたらサキの情報を知らせたのはこいつかもしれない。


 ちょっとムカついた。


「ここでただ座ってるのも飽きてきた、なの」


 癇に障るそれを目の端に留めたサキが言う。


「んなこと言ったってお前、何か策あるのかよ」


 ぽん、と俺の肩をたたく紅きなんとか。


「おねがい、なの」


 100%丸投げだった。


 仕方ない、わざわざご登場頂いたコレに手伝ってもらうことにしよう。

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