9.「言ってる場合か!」
「なあ」
「どうしましたか? レオンさん」
「お前はこういう事態を予測しなかったか?」
「あ、はは。ちょっとだけ思いました」
視線を泳がせるリアに同調するように、諦めの吐息をひとつ。
「リアっちに同じ、なの」
しれっとそんな答えを返すサキの額には、ベシッと裁きの拳をぶつけた。
「お前、とんでもない有名人らしいな」
"紅き守護天使"とかいう大層な二つ名持ちのそいつが、惚けた顔で反論する。
「向こうが勝手にそう呼んでいるだけなの。私はそんなこと知らない、なの」
お前が知らなくたって向こうにはお前のファンが沢山居るんだよ。タダでさえ目立つ赤い髪を堂々と晒しているのに、お前自身がそんな有名人じゃ敵に発見してくれって言ってる様な物だろうが。
昨日は堂々と街中を歩いていたのに騒ぎが起きなかったので大丈夫だと思っていたんだが、サキのファンは兵士に限って圧倒的に多く存在していたらしい。今朝になって王に会うためノコノコと城に出向いた俺達は、次の瞬間には一斉に追われる身になっていた。
薄い壁を挟んだすぐ向こう側でまた罵声が通り過ぎていく。午前中に宿を出た俺達の頭上には既に太陽が昇りつめていた。
数に頼ったしらみつぶしの捜索は確実にその範囲を広げ、このままチンタラしていたら見つかるのは時間の問題だった。ただの様子見のつもりが見事に騒動の中心に巻き込まれた格好になっている。
まあそもそも計画がいい加減すぎるんだけど。
「大体、何なんだそのふざけた変装は!?」
今に至る要因の10割を占めるそれを詰問するが、本人にはちっとも反省の色が見えない。
「変装だなんてコソコソした作戦は性に会わない、なの」
髪の縛りを少し変えて帽子を深く被っただけの変装に飽きが来たのか、サキは帽子すらポイと投げ捨ててしまった。
「そもそも、もうバレてるって昨日言った筈なの」
「今朝ノープロノープロ言っていたヤツは誰だ!」
「はいっ」
……そうか、お前だったな。
「一応聞くが、その根拠は?」
「皆私たちを探していて、今のお城にはもう殆ど兵士さんは居ないはずです。今が王様とよく話し合えるチャンスだと思います。」
「……なるほど?」
ホントにこいつは頭が良いのか悪いのか良く解からないが、確かに言われてみればその通り。
「でもどうやってそこまで行くんだよ? 一歩でも外に出たら即見つかるぞ?」
「私に任せてくださいっ」
リアが自信ありげに俺達の腕を取ると、何やら詠唱を始めた。俺とは書式が異なる印を結んだ途端に光が溢れ思わず目を窄ませる。
こいつこんな事もできたんだっけ、と思う間に転移術が発動。気付けば俺達は王城の屋上に立っていた。
* * *
代々受け継がれた武人の魂のような無骨な造りは、城というより砦を思い起こさせる。余計な装飾がなく機能だけを求めた造りは王の志向なのだろうか。12歳にしては渋すぎるから先代の趣味かもしれない。
騒がしさから一転した音の無い世界。静寂が支配するここハイグレイ王城は、確かにリアの言う通り兵士達の気配が希薄だった。
「ふっ、作戦通りなの」
しれっと嘘つくんじゃないよ。どう考えたってお前何も考えていなかっただろ。
「バカなこと言うヒマがあるならさっさと用件を済ませようぜ」
今回の目的は王様と一度話をするって事だよな? さっきの騒ぎで俺とリアまでサキの仲間だって知られた以上、今更簡単に事が運ぶとは思えないんだけど。
「あはは、なんとかなりますよ。」
「なの。レオっちは心配しすぎ、なの」
その根拠をぜひ聞かせてもらいたい。こら二人とも、目を逸らすんじゃない。
「あの王様って、お前から見てどんなヤツなんだ? 確かグレイス四世って名前だよな」
昨日聞いた話ではまだ12歳の子供で、ジャイノスってヤツに唆されて色々問題起こしそうなんだっけ。これだけ聞くと、その子供はとても素直にお喋りに応じてくれそうにないんだけど。
「半年前に前王様が亡くなる前までは、主様が教育係みたいになっていた、なの。」
じいさんの護衛として常に傍に控えていたサキも、グレイスを良く知っている。我侭を言うことも確かにあったけれど、グレイスが最も信頼していたのはじいさんだったという。
「ジャイノスが来てから王は変わっちゃった、なの。」
やっぱりジャイノスか。昨日も言っていたけどサキはジャイノスを何とかすれば解決すると思っているらしい。俺達の中で唯一事情を知るサキの意見だから、多分正しいのだろうけれど。
「王様とちゃんとお話をする為には、その人をどうにかして王様から離す必要がありそうですね」
そうだよな。ってコトは、それなりに面倒なコトになりそうだよな、やっぱり。
* * *
屋上での会議に区切りが付いたところで、俺達はいよいよ本格的に探索を開始した。城の内部構造を知るサキが先頭に立ち、俺とリアはその小さな背中についてゆく。
「やっぱり、レオンさんが言った通りになりそうですね」
気配を殺して進む最中、何故か上機嫌なリアが俺にキラキラとした目を向けてきた。
「何が?」
「ほら、レオンさんが仰っていたじゃないですか。争いの影にはきっと、悪いことを企んでいる誰かが存在するって」
あー、ちょっと前にそんな戯言を言ったような気がする。
「? 何の話、なの?」
ひそひそ話す俺のそばにサキが寄ってきた。どんな説明をすれば良いのか考えるのが面倒なので、適当に誤魔化すことにしよう。
「えっとですね、レオンさんは魔お」
しれっと妙なことを口走りそうになったリアの口を問答無用で塞いだ。
「むぐ?」
ちょっとこっちにおいで。とリアの首根っこを掴んでサキから距離をとる。
「今何を説明しようとしましたか貴女」
「あ、あの。レオンさんそんな、恥ずかしいですっ」
何を言っているんだリア。お前が今何を想像したか知らないけど絶対それ違うよ。
「別に俺達が何者なのかなんて情報、今説明する必要ないよな?」
勇者であることを隠す必要は無いかもしれないが、俺は違う。この世界で魔王だとバレて得したことなんぞ一つも無かった。というか俺はそのせいで約1000年程酷い目に遭ったんだよ。
「サキちゃんならきっと大丈夫だと思いますけど」
まだそんなことを言うわからずやの頬をつまむ。
「にゃ、にゃにふんのれふか、」
「い・い・な?」
思い切り顔を近くして懇願する。祈りが通じたのかそれでようやく頷いてくれた。
「…………あぅ」
「なんだか二人だけで楽しそう、なの」
サキが何の話か知りたそうな顔をしていたが、これちっとも面白い話じゃないからな?
* * *
「ここにも居ないぞ」
第一候補の玉座の間、第二候補の王の寝室、第三候補の大広間(ここで食事が行われるらしい)すべて探したが、俺達は王らしき人物をまだ見つけられないでいた。兵は出払っているとはいえ最低限の人間は配置してある。見つかれば厄介な展開になるのは間違いなく、かといってここで逃げ帰ってはわざわざこの国に来た意味が無い。
「あとはどこが怪しいと思う?」
残る可能性は、城の関係者ならば誰でも入れるような場所しか残っていない。護衛の兵以外にも人が居る可能性が高いので危険度が上がるが、目的を達成するまではサキもリアも絶対に帰りたがらないだろう。さっさと見つけて早く終わらせたいし、少しくらいのリスクは覚悟しよう。
いいか、お前ら絶対に騒ぎを起こすんじゃないぞ。いいな?
「それでは少々危険ですけど、それらしい部屋を一個一個探しましょうか」
3桁に達しそうな部屋数を誇る城だ、一体どれだけ時間が掛かるやら。
…………。
「ここにも居ない」
ってな具合に地道に丁度10部屋目を探し終えた時だった。
「うにゃーっ!! なのっ」
早くもサキが音を上げた。その気持ちはすごく良く解る。もう帰りたい。
「これ以上こんな事してても埒が明かない、なのっ」
何を思ったかサキは躊躇無く物陰から飛び出した。抜刀してから言う。
「そこの男とっ捕まえて聞いてくる、なの」
何故かグッと親指を地に向けて爽やかに出て行った。
止めろなんて無理な相談だった。神速で忍び寄られて鋼鉄すら両断するであろう刃を目の前に突きつけられた男は、サキの出現に驚愕しつつもひと言ふた言喋ったかと思うとアッサリ首を切断された。
「最初っからこうすればよかった、なの」
「ちょっと待てよおいっ!?」
何だ、何故そんなに冷静なんだお前は! 死んだ? 死んでるだろアレ!? 刀が間違いなく首を抜けたようにしか見えなかったんですけど!
騒ぎを起こすなってどれだけ口を酸っぱくして繰り返したと思ってんだお前は!
「王様朝から出かけてるらしいの」
そうか。そうなのか。ならいくら探しても見つかるわけ無いよな残念無駄足かー、って
「言ってる場合か!」
渾身のノリツッコミにも、ぶんっと刀の錆を落とす仕草をするこいつはちっとも意に介していない。
「つんつん。……あ、だいじょぶです。ちゃんと息していますから」
「当たり前だ、生きて……何で生きているんだよ?」
ハッキリと斬っちゃった現場を目撃した者としては、俄かには信じがたい。しかし改めて見てみると確かにそいつは死んでもいないし首をちょん切られてもない。見る限り全くの無傷だった。
「わかりやすく言うとこの剣のおかげ、なの」
俺が訳わかんない、という顔をしていたからだろう。すらりとした刀身の背を手に乗せて、犯人が凶器を自慢げに見せてくれた。
サキの刀を間近で見るのはこれが初めてだった。朧姫と名付けられた細身の刀は、曇り一つ見当たらない赤銀の輝きを静かにたたえている。良く見たら刀身には微かな意匠が掘り込まれていた。……なんだろうこれ。羽根、のように見えるけど違うかもしれない。
俺はそんなに武器には詳しくないが、見れば見るほどこれに斬られて無事である理由がわからない、それくらいにこの得物には迫力があった。
「斬ったと見せかけて斬っていなかったのか?」
そうじゃないと説明がつかない。目で追えないほどの一閃だったから、見間違いの可能性なら否定はできないけれど。
「ん? 思いっきり殺ったなの」
頼むから不穏当な言い方をしないでほしい。
「詳しく説明すると長くなるし私も良く知らない、なの」
そこは威張るところじゃねえよとツッコむ前に、サキが朧姫を壁に突き立てた。
普通はどんなに良い刀であってもそんな事をすれば刃毀れの一つもあって当然だ。なのにサキの刀は、まるで水の中に差し入れたような気楽さで音も無く壁を裂いてしまったのだ。とんでもない切れ味――いや、これは。
「この子の刀身には実体が無いの。マボロシ、なの」
神刀朧姫。製作年は不明、製作者も不明。ただ、これを創った者は人間ではないらしい。代々ラインハルト一族を守る刃の筆頭に貸し与えられていた業物だそうだ。
間近で観察しても実体があるようにしか見えないのだが、実体ある物が突然消える筈が無い。おもしろい武器だが相手からすれば厄介だろうな。俺もかなり戦りづらかったし。
ところで、刀身が幻だといっても確かにその刀にはモノを斬る力がある筈だ。まだ出会って間もない頃こいつは音も無く木を切断して見せたことがあるし、何より今目の前で壁を切り裂くというアホな事までやって見せたのだ。その切れ味なら人間が斬れない筈が無いのに、どうしてそこで倒れている人間は無事だったんだろう。
その答えはごくごく簡潔なものだった。
「この子はヘンなヤツなの。人間には当たらない様になっている、なの」
そう言われて昨日の酒場での出来事を思い出した。鎧だけ斬られて驚愕に目を剥いた男は確かに無傷だったのだ。一体どんな理屈なのか興味があったが、サキは詳しい原理なんて知ろうともしていないらしい。変なヤツで片付けられてしまった朧姫にちょっとだけ同情した。
サキが言うには、この刀は神が授けた守るための力なのだそうだ。かつて魔王と呼ばれた存在が人間に恐怖を振りまいていた時代、迫り来る魔物の脅威から身を守る為に朧姫は生まれたらしい。その力が人同士の争いに使われない様、人間を斬れないという一種の封印を施したのだとか。
不思議なもので、そうすることによって対魔の力がより増幅されたらしい。エク公とは違うけど、これも伝説レベルの武器なのかもしれない。
「まさかとは思うけど、それ喋ったりしないよな?」
「?」
うん、違うならいいんだ。忘れてくれ。
「"人間"には効かないのか」
「斬られても体には一切傷がつかないの。その代わり、その人間に流れている“気”を一時的に断ち切ることによって無力化できるの。それがこの子の攻撃、なの」
腕を切り落とすように切れば腕が動かなくなり、首を切り落とすように切れば意識が落ちる。
「お前が普段遠慮なしに刀を振り回すのは、どうせ切れないって思っているからなんだな?」
「そなの。だからレオンとこないだ遊んだ時も本気だった、なの」
強そうなのを見るとウズウズするの、などとマニアックな発言をするサキに対し、今更ながら嫌な汗が流れた。
"人間には"。その言葉を聞いて、若干の不安が鎌首をもたげてニタッと笑う。
「……人間以外は?」
「ふつーに斬れる、なの」
「例えば魔族なんかは」
「効果バツグン地獄行確定、なの」
ですよねー。
改めて目の前が暗くなった。あの時サキの刃を避けられなかったら、俺は今頃死後の世界だったのか。
……いやいや落ち着け。目の前のこいつはこれでも仲間みたいなものだ。今更俺に向かって振り回すようなクレイジーな行動はしないよなそうだよな信じるぞ? ……でも念のために言っておこう。
「あのな、サキさん。それもう二度と俺に向かって振るんじゃないぞ」
「こんな風に? なの」
「振るなって言っただろーが!!」
何気ないように見えて少しも手加減のない一閃をギリギリでかわした結果、万歳の格好でそのまま倒れる俺。
「大丈夫、痛くないの。最初は誰でも怖がるの」
コイツは一体何を言っているのか。どうやら今まで誰にも剣を避けられた事が無かったらしいサキは、怪しげな微笑を振りまきながら俺に歩み寄る。
「やめっ、止めろおいバカこのっ、うわっ!!」
* * *
………………。
10分後。俺には10時間くらいに感じられた洒落にならない運動が終了した。
「まあ過ぎたことを気にしてもしょうがない、なの」
前にも言ったが、それはきっと加害者が言ってはいけない言葉だと思うんだ。
「いやいや、まさかレオンが魔族でしかも王さまだったなんて、なの」
結局正直に事情を話して事なきを得た(?)んだけど、棒読みでそんな事を言われると余計に腹が立つのは俺の度量が狭いからなのだろうか。
ふぅっ、と一つ大きな息を吐く。
激しい運動と恐怖で暴れていた心臓がようやく落ち着いてきた。
結局サキは、俺が魔王だからといって即座に切りかかって来るような真似はしなかった。それどころか、
「ん、ごめんなさい、なの」
しおらしく謝るこの姿を見ていると毒気も抜かれるわけで。
「もう解かったよ、だからもう俺に向かって振り回さないでくれよ」
「うん。……それにリアッちも、なの。まさか勇者様だったなんて、なの」
それはきっと誰にも解らなかったと思うから気にしなくていい。
「わ、様なんて付けないでよサキちゃん。お願いですから」
普段のリアを見ていると勇者という肩書きに若干の疑問の余地があるのだが、そこは黙っておいた。まるでついでとばかりにカミングアウトしたけどいいのか? 一応秘密だったんじゃ。
「……ま、とにかく」
周囲をぐるりと見回して一言。
「これからどうするかだよな」
当たり前といえば当たり前なのだが、あれだけ騒いで兵士に見つからないというのは幾らなんでも虫が良すぎる。そこまで気の抜けた警備である訳もなく、俺達三人は大量の兵士に囲まれていた。
「結局こうなるんだよな……」
おおよそ前から数百人、後ろからも同程度。じわり、と円を形成しながら迫ってくる。逃げるどころか出口すらみえない混雑具合だった。
「どうする?」
「どうしましょうか」
「取り合えずレオンを生贄にしてみる、なの」
「却下だッ!」
「か弱い女の子達に戦えっていえない筈、なの」
そのか弱いお前に殺されそうになった経験を持つ俺は、一体何て形容されればいいのだ。
「あーもう、とりあえず包囲を突破するぞ。いいな?」
異論は無いようなので「せーの」で息を合わせて一気に突破しようとした俺達。
しかし、予想外の人物がそれを遮った。
「そこまでだ! 愚か者共め」
この場に似遣わないソプラノ声。全ての視線を集めるそこには、これ以上ないってくらいに得意げな子供、もとい王の姿。
そして、背後には何故か拘束されたじいさんがいた。
「……もしかして私達、ぴんちですか?」
返事をする気にもならなかった。