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四畳半聖女の楽しい引きこもり生活 ※たまに鎧騎士が訪問します  作者: 彩瀬あいり


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08 異文化コミュニケーション


「なるほ、ど?」

「無理に理解しようとしなくて大丈夫ですよ。ただ、私は『聖女』という役に就職しただけの一般人なのだと認識いただければ」

「ですが一般人ではないでしょう。貴女が聖女として魔素を安定させているのはたしかです」

「でもそれはべつに私自身の能力ではなく、神さまパワーを仲介しているだけでしょうし。聖騎士さんとはちがいますよ」

「それこそ誤解というもの。過去はともかく、現在の聖騎士はほぼ世襲制です。兄が家を継ぐため、私が聖騎士になっただけです」


 しかも、スランの聖女は短期間で入れ替わり、定着していなかった。

 聖女? どうせまたすぐ辞めるんでしょ? 的な扱いになっていたにちがいない。せっかく教育した新入社員がどんどん辞めていくアレと同じだ。イラっとするだろう。


「まあ、そんなわけで。私が新たな聖女になりました。いまのところ、ここを去る気持ちはありません。嫌なこともありませんし」

「本当ですか?」

「ええ、とくに不便はないですね」

「しかし、お話を聞くに、外へ出ることも叶わないようですし」


 沈痛な面持ちを浮かべられるが、成美は否定する。


「これが不思議と平気なんですよね。我ながらビックリです。欲しいものは通販で買えますし」

「つーはん」

「通信販売といって、直接お店に出向いて買うのではなく、頼んで届けてもらうやつです。さっきお出ししたお菓子も、それで買いました」

「あの美味なる菓子を」

「お悩み相談も扉越しにやってますし、今回、とんだアクシデントがありましたけど、これまではずっと扉を隔てて話してたじゃないですか」

「――たしかに、聖女さまとの交信は、そういうものだと思っておりました」

「なので、問題はないです」


 言い切って、成美はコーヒーで喉を潤す。つられたように相手もコーヒーを呷り、コップを机に置いて言った。


「承知しました。聖女さまが良いのであれば、そのようにいたしましょう。しかし」

「はい」

「領主である父へ報告させていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞどうぞ、むしろご挨拶しないと失礼ですよね」


 これまでの聖女がすみませんでした、と。新たな聖女は引きこもりなので、天岩戸の中でも平気です、任期いっぱいまでここで過ごします、と。

 ところで聖女って何年やるのだろうか。年齢制限なしなら、定年まで働けるのか。

 銀太郎を通じて神さまに確認しなければと成美は決めた。



     ◇



 結論から言えば、領主との対面はできなかった。

 扉越しに話はできたけれど、顔を見ることはできなかったのだ。

 聖堂こと成美の部屋に入ることができるのは、聖騎士であるデュランだけだった。過去の文献を探してみますと言って、領主さまはお帰りになり、成美は今日も聖騎士と面談をおこなっている。


 以前と変わったことは、鎧騎士ではなくなったこと。

 玄関先で脱いでもらい、普通の服で過ごしてもらうようになった。

 中に服を着ていてよかったと思ったのは秘密だ。パンツ一丁だったとしたら、メンズ用のスウェット上下でも購入して渡そうと思っていたが、事なきを得た。


「デュランさん、今日はなにを飲みますか?」

「では紅茶で」

「ちなみに今日の茶菓子はシュークリームです」

「こちらも焼き菓子を持参した。我が家の料理人が作ったものだ。くちに合えばいいが」

「合いますよ、こないだのも美味しかったし。いつもありがとうございます」

「礼を言うのはこちらのほうだ。ナルミの用意する物はどれも珍しく、我が家も助かっている」


 変わった点、その2。

 聖女呼びをやめてもらった。

 話をしているうちに、じつは同い年であることが判明し、成美は『聖女さま』から、ただの『ナルミ』になった。異性に呼び捨てされるのははじめてで面映ゆい。

 成美のほうは未だどうにも呼び捨てができず、デュランさんと呼ばせてもらっているところだ。



 異世界転生、ないしは転移といえば、やはり日本に流通している物品を使った新商品開発。

 デュランの実家に物資を渡し、いろいろ試してもらっている。

 貴族のお抱え料理人はやはり舌がよいのだろう。完成した料理を食べて、きちんと再現する手腕はお見事といっていい。

 なんとかシェフ監修の名がついた料理を取り寄せ味見。

 美味しいと思ったものはデュランが来たときに一緒に食べて、彼が頷いたものを持ち帰ってもらい、検討してもらう。そんなサイクルである。


 異文化交流は食の世界だけに留まらない。

 デュランは、成美の持つデジタル媒体にも興味を示した。

 神さまから支給されたタブレットは、会社の支給品であるうえに、中身はこの世界そのものの情報が詰まっている。一般人が知っていいものではないと思うので、さすがに見せていない。


 けれど、成美が個人的に所有していたノートパソコンは別である。

 神殿職員から持ち込まれるお悩み相談の助けとなっている、異世界の英知を見せて種明かし。幻滅されるかとも思ったけれど、逆に崇められた。グーグル先生は世界を超える。


 動画も一緒に見た。テレビのない時代のひとが未来に来て驚く定番のやつを目の当たりにしたが、デュランはとても賢いひとだったので、あっという間に馴染んでしまった。いまでは銀太郎と一緒になって時代劇を鑑賞している。悪代官はこの世界にもいるらしく、成敗されるところを楽しんでいた。


 成美が大人買いした漫画を読んだりもしていて、なんだかすっかりくつろいでいる。

 ポテトチップスの袋もパーティー開けで広げて、ペットボトルのコーラを脇に常備。駄目な大人の休日そのものだった。聖騎士とはなんだったのか。


 そう思いつつ、成美自身も『聖女』なんてキラキラした肩書きがありつつ、この四畳半で自堕落に過ごしているのだ。ひとのことは言えない。



「ナルミには悪いが、ここはとても落ち着くな。俺の逃げ場所のように使っていてすまないと思っている」

「べつにいいですよ。自由にしてください。狭くてすみません」


 物語によくあるではないか。お金持ちの人物が庶民の家に訪問して「ここは小屋か?」とか失礼なことを言うアレ。

 このスランは田舎らしいけれど、デュラン自身は貴族――つまりセレブ、お金持ちのひとだ。貧乏暮らしで搾取子だった成美とちがい、広々としたお邸で暮らしていたにちがいない。

 成美にとって四畳半の部屋は馴染み深い広さだが、彼にとってはどうなのか。

 明言されるとさすがに落ちこみそうなので、はっきりと聞いたことはない。


 つい自虐してしまったが、失言だった。

 デュランは優しいひとなので、こんなことを成美が言えば、否定してくれるだろう。その優しさは逆につらい。


「環境はひとそれぞれだ。とくに家は、自分だけで決定できるものではないから、論じても意味はないと俺は思う」


 ひどく真面目な声色でそんなことを言われて、成美は思わずデュランをじっと見据えてしまう。その気配を感じているだろうに、デュランは成美を見ずに、視線を床に落とした。


「俺は生まれた瞬間から聖騎士になることが決まっていた。聖堂がある地区の領主一家はそういう習わしで、次男の俺は、いずれ現れる聖女のための騎士だった」

「いやでしたか?」

「……そうだな。正直なところを言えば、苦痛に思っていた。両親や兄はともかく、それ以外の者の視線がいやだった」


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