03 聖女のお仕事
支給されたタブレット端末は、おもに会社の情報が詰め込まれていた。
異世界カンパニーという会社がどういったものか、派遣先として登録されている世界の情報、各世界の地図や世界観、情勢等も網羅されており、膨大すぎて読むのはあきらめた。ひとまず成美は自分がこれから働くことになっている世界について情報収集する。
グラスランド王国。東西南北に区分けされ、各地を王族の誰かが治めているらしい。
成美が聖女をするスラン地区は国の東部。コールフィールド辺境伯領の一角にある本当に小さな地区らしい。
聖堂というのはどこにでもあるわけじゃなくて、大陸を流れる魔力の吹き溜まり的なところに置かれることが決まっていて、スラン地区もそのひとつ。魔力の素――魔素は濃くなると体に毒となるため中和しなくてはいけない。そのために聖堂があると説明されていた。
「つまり空気清浄機みたいな」
「成美がそれでいいなら、べつにいいけど」
画面から飛び出してきた小型犬サイズの聖獣に、ほぐした鶏ささみ肉を与えながら成美は納得する。
この肉は、タブレットに内蔵されている購買カタログから購入したものである
スランの聖女用に割り当てられた費用コードを使うことで、成美自身のお金は使わなくて済むようになっているようだ。
もちろん、自分の趣味で使うものは自身のパソコンを使って購入している。
聖獣に相談してゴーサインが出たものは、納品書や領収書を添付してタブレットのほうで処理をすればいいらしい。便利。
◇
「聖女さま、デュランです。不自由はございませんか」
「問題ありません」
「なにかあれば遠慮なく申しつけてください」
成美が返事をすると男は一礼ののちに去っていく。解像度の高いカメラ映像は会社経由で取り付けられたものである。カメラ付きインターホンなんて洒落たものはついていなかったが、いちいちドアコスープから覗くのが面倒だとぼやいたところ、聖獣パワーで改造してくれた。
定期的に訪れるのはデュランと名乗った例の甲冑スタイルの男。全身武装はあいかわらずのため、成美は未だに彼の顔を知らない。
シュレーディンガーの猫。
顔を見るまで彼はイケメン。
「鎧さんは真面目だよねえ」
「聖騎士は聖女の護衛だから当然だね」
鎧はコスプレではなく、制服――いや作業服と呼称したほうが合っているのだろうか。魔素が溜まるところ魔物の発生あり、ということで、スランには騎士隊が常駐している。デュランはその中でも別枠の特殊任務があり、それが聖女と対になる『聖騎士』という役割。
タブレットに収録されている用語集によれば、聖騎士は神の啓示により決定する役職。聖騎士の任命が下る、それすなわち聖女の降臨に他ならない。
スランの神殿は大騒ぎ。
いつ聖女さまがいらっしゃるのかとワクテカで待っていたけど、待てど暮らせど現れない。
正確には、それっぽい兆しはあったけど応答がなかった。応答があってもすぐに途絶えること多数。ここ十年ほど、その繰り返しだったそうな。これはスラン地区の行政報告書的なものを参照している。
「この期間が、どの聖女も居ついてくれなかったころだねー。みんな、思ってたのとちがう! とか言ってさあ」
「事前の説明が足りてなかったんじゃないの?」
「書いてあってもみんな読まないんだもん」
「あー……」
なにかの登録をする際に表示される要項をすべて読んで、同意ボタンをクリックするひとはたぶんいないだろう。成美だってそうだ。ひとのことは言えない。
歴代の転移聖女たち曰く。
異世界転生先が貴族令嬢じゃないとかおかしい
これ〇〇の世界じゃないの? その世界のヒロインがいいんだけど
スローライフは好きだけど、最低限コンビニないと生活できないじゃん
お金はそっち持ちって言うけど、そもそも買い物する場所ないんですけど
聖女というキラキラした言葉とは裏腹に、交通機関も整っていなさそうな地方で四畳半の聖堂にこもって独り暮らしをしなさい、という生活に堪えられなかっただけではないだろうか。
一番の幸せは、部屋で好きなだけ本を読んだり動画を視たりすること、という成美のような人間ならともかくとして、強制的に隔離されている生活がストレスになってしまうタイプには、この聖女生活は向いていないと思われた。
ゴトン。
背後から音がした。押し入れを開けると、通販サイトのロゴが入っているダンボールがひとつ。注文した商品が早くも届いたらしい。
これまでは置き配なんてできる環境ではなかったので、クール便で配送されてくるものは利用がむずかしかったけれど、いまはちがう。有名なスイーツのお取り寄せだってし放題である。
「それ、このまえ一緒に見たやつ? ぼくのもある?」
「あるよー、冷蔵庫で解凍しておいて、おやつの時間に食べようねー」
「わふ!」
よほどうれしいのか、足踏みをしながらしっぽをブンブンと振り、時々くるくる回っている。
聖獣の正体はよくわからないけれど、ふさふさの犬っぽいかんじの動物。光の加減によって毛並みが銀色のように見えるので、成美は彼に銀太郎と名付けた。
犬や猫を飼うのは小さいころからの憧れだったので、これもちょっとうれしく楽しい生活だ。
(犬がまわるって本当なんだなあ……。じゃあ、猫も丸くなるのかな)
テンション爆上がり中の聖獣をのほほんと見ていると、玄関からまた「聖女さま」と声がかかる。デュランの声ではない。もうすこし落ち着いた声色。
カメラを見ると白い神官服を着た男性が立っていた。
銀太郎ですが、犬種でいうとポメラニアンをイメージしています。




