08 聖上成美の新生活
「……これ、もしかして」
「ミーがくれたお守りだ」
「お守り、ではないんですが」
「俺にとっては大切なお守りだった」
デュランの手にあったのは、かつて成美が『うーくん』にあげた折り紙だった。
奮発して銀色の紙を使用してつくった兜がそこにあった。
小学生の自分に再会したような気持ちになって、泣きそうになる。
成美にとって、『うーくん』は大事な友達で。
会ったこともないし、顔だって知らない。
実在するのかどうかすらあやふやな存在だけど、成美の絶対的な味方で在り続けたひと。
引っ越しをして、声が聞こえなくなっても、ふと思い出したように部屋の襖を見つめてきた。つらいときは心の中で語りかけてきた。
デュランもまた同じような時間を過ごしてきたのだとわかって、胸が熱くなる。
うれしい。
お互いにちょっと病んでいるような気もしなくもないが、結果オーライということで。
「これで聖堂への行き来も問題はなくなった。この部屋は聖域として、立ち入る人間は制限することとしよう。危険だからな」
「それについては同感です」
なにしろ許可なき者は『パーン』だ。
「母上に頼んでソファーやテーブルを入れよう。カーテンももっと明るいものに変えたほうがいいな。過ごしやすい環境をつくろう」
ちょうどそのタイミングでモルヴァーリが部屋を訪れた。
デュランがクローゼットが聖堂への道となったことを告げると、彼女もまた感慨深そうな面持ちとなる。
この方は息子が『扉の向こうに女の子がいる』なんてことを言いだしても受け入れ、妄言だと馬鹿にすることもなく信じてくれた。いいお母さんだ。
「では、次は貴女のお部屋に案内するわ。空いているデュランの隣にしておきました。いいわねデュラン、くれぐれも粗相のないようになさい」
「承知しております母上」
「では参りましょう」
デュランに手を取られ、モルヴァーリが先導。廊下を歩いてそのまま進み、二階の端――階段を挟んで子ども部屋と逆側の部屋に案内される。
子ども時代と同様に兄弟が隣合う形で部屋を使っていたらしいが、オルターは結婚と同時に離れへ引っ越しをした。そのためずっと空き室だったようだ。
そのわりに内装はどこか女性的で、娘さんでも居たんですか? と問いたくなるような雰囲気だった。成美の疑問を読み取ったのか、モルヴァーリが説明をくれる。
いつか聖女をお招きすることがあるかもしれない。そのときのために、女性が寝泊まりできる部屋を整えておいたらしい。
使わなければそれはそれで、オルターのところに娘が生まれたら与えるのもいいだろう。親に反抗したくなったときの逃げ場所に使えばいいのだと、モルヴァーリは笑う。
「でも、無駄にならなくってよかったわあ」
「お借りしていいのでしょうか」
「ちがうわ。だってここは貴女のために用意した部屋なのだから、借り物ではなく、貴女のお部屋よ、ミーちゃん」
モルヴァーリはそう言って壁に手を当てる。
「ちなみにこの向こうがデュランの部屋なの。ぶち抜きましょうか?」
意外と物騒なことをおっしゃる。
固まる成美に対し、デュランは言った。
「必要ない。ミーはもうこちらにいる。手の届くところにいる。いつでも会える。もう扉は開いたんだ」
「そう? ならこのままにしておきましょう」
◇
こうして成美の新生活は、半ば流されるままに開始した。
普段は聖域と称されることになった、聖堂と繋がった部屋で過ごす。
聖獣パワーの魔改造により、聖堂へ誰かが訪ねてきたらチャイムが鳴る仕様となった。
あっちの玄関に取りつけたインターホンカメラ映像も確認が可能。どうせ聖女は人前に姿を現さないし、みだりに声を発しないのだ。なにもずっとあちらにいる必要はない。
デュランは聖騎士として、聖女へ御用聞きに伺う必要がある。
家にいるのでいつでも話ができるのだが、対外的パフォーマンスのため、いつもの鎧姿で出勤し、成美はこちらで彼を出迎えるという、なんだかよくわからないことをやっている。
便利な家電は成美の部屋にしかないので、聖堂で過ごすことも多い。
動画を見たり本を読んだり、各自好きに過ごすのだ。
自堕落極まりない暮らしであった。
こちらの世界の物品を目にする機会もぐんと増えた。
成美は顔を知られていないとはいえ、黒髪はこの辺りにはいないらしく、少々目立つ。辺境伯家の客人という体で外出し、モルヴァーリやサラーナと一緒に買い物をしたりする。
もちろん、デュランと出かけることもある。
聖騎士であるデュランと一緒にいたら、聖女バレするのでは? という成美の懸念は、問題にならなかった。
「俺はずっと鎧姿だからな。古い馴染みの者や神殿関係者以外では、顔を知られていないんだ。俺が聖騎士だとはわからないよ」
鎧が目立ちすぎて、中身だけだと正体が知られていない。
ヒーローだね! とは銀太郎の弁。
日曜朝の変身ヒーローは、たしかに外見のヒーロースーツを脱いでしまえば一般人だ。
ただ、その一般人の容姿がとんでもなく整っているので、それなりに騒ぎになる。
聖堂へ礼拝にきたどこかの貴族家、親に無理やり突き合わされた都会暮らしのご令嬢たちに出くわすと、彼女たちは色めき立つ。隣にいる成美なんてただの置物にしか見えないのだろう、こぞってデュランへ声をかけアピールを繰り返すが、彼は微笑みとともにばっさり切る。
「俺には愛しいひとがすでにいるのだ、貴女には貴女に相応しい男がいることだろう。祈れば神が叶えてくれよう。なあナルミ」
「……そうかもしれませんね」
異世界カンパニーの社長こと創生神さまは博愛主義なので、たしかに等しく願いを叶えてくれるかもしれない。
ただ神へ願いを届けるためには聖女の仲介が必要で、その聖女へつなぎを得るためには聖騎士に申し出ることになる。
その聖騎士が「俺は貴女なんてどーでもいい」と言っているのだ。遠回しに、それとなく、麗しい微笑みで。
この男は正しくモルヴァーリの息子だと成美が思ったのは言うまでもない。
聖上成美の四畳半生活は継続中。
だけど、ちょっとだけ行動範囲が広がった。
それを楽しいと思えるのだから、きっと幸せにちがいなかった。
思っていた以上に長くなりました。
結局また、「酔ったデュラン」の話が書けませんでしたね……。




