10 神さまとweb会議
デュランとのあれこれはひとまず置いておいて、成美はタブレットを手に取る。
どうやら内蔵されているメッセージアプリで連絡してきたようだ。会社員時代、何度か使ったことがある、web会議もできるタイプのアプリである。
「も、もしもし。スラン地区聖女です」
「あ、聖上さん? こうして会話するのははじめてですね、異世界カンパニー代表取締役を務めております、神です」
「――はい、聖上です。お世話になっております」
「かしこまったあいさつは無しでいいですよ。いつも差し入れをありがとう。美味しくいただいています」
「こちらこそ、聖女費用で購入させていただいて、申し訳ないです」
「いいのいいの、聖女ごとにいろいろやってもらって、変化を起こしてほしいんだよね」
カメラは使っていないようで、丸いアイコンにはただ『創世神』と表記されている。
うん、胡散臭い。
「タイミングがちょうどよかったみたいだね。聖騎士と過去を共有できたみたいでよかったです」
「あ、あああ、あの。そのことについて詳しく知りたいんですが、ご説明いただいてもよろしいでしょうか」
「そうだね。聖騎士デュランもいるのかな? 一緒に聞いたほうがいいよね」
「は、はい!」
成美はタブレットを持ってデュランのもとへ戻り、テーブルの上に立てかける。
デュランは眉間に皺を寄せてはいるものの、ノートパソコンと同等の物だと判断したようで、疑問は挟んでこなかった。
ただ、相手が『名もなき神さま』であることに動揺している。
ふたりで並んでいると、アプリの向こうで神が言った。
「聖上成美さんは聖女です。彼女が生まれることがわかりましたので、東地区の神殿に事前に知らせを出しました。いずれスラン地区に聖女が来るので、聖騎士を任じてください、と。そこで東の辺境伯コールフィールド家に近々生まれる予定の男児が、聖騎士となることが決定しました」
「――え?」
成美が呟く隣で、デュランがくちを開く。
「直答をお許しください、神よ」
「いいよ、聖騎士」
「つまり私は最初から、ナルミのための聖騎士であったということでしょうか」
「そういうことになりますね」
「これまで、聖女の兆しが現れるもののすぐに消失していたのは、正しい聖女ではなかったせい」
「聖上成美さんが来るまでの臨時のつもりだったんだけど、その中継ぎすらできなくて、申し訳なかったです。これはこちらの選定ミスです」
この世で一番偉いであろう創世神が謝罪する。
よく考えたらすごいことだが、デュランはすんなり受け止めた。大物だ。
「いえ過ぎたことです。今となっては逆によかったとすら思えます。私は、正しく『私の聖女』とだけお会いすることが叶ったのですから」
「わー、あつい男だねえキミ」
「恐縮です」
「よかったね、聖上さん」
神に声をかけられ、フリーズしていた成美の頭がようやく動き出す。
「はあ!? え、聖女が生まれるから神殿に通達しましたとか、え、ちょ、あれ、え?」
「どしたの成美ー?」
「わ、私、日本で生まれた瞬間から、スランの聖女になることが決まってたってことですか??」
「そうですよ。そういう定めですので」
「定めですって、そんなアホな」
目の前に神がいたら、胸倉を掴んで文句を言いたい気持ちでいっぱいである。
子ども時代、『本当の親はどこかにいるんだ』という、物語のような夢想をよくしたけれど、最初から聖女だったなら、もっと早く異世界に行ってもよかったのではなかろうか。
だって成美はもうすぐ三十歳だ。
選ばれし聖女なら、十代のうちに呼んでほしかった。
苦労は買ってでもしろ、なんて、もう時代遅れ。逃げられるなら逃げればいいのが、昨今の考えだろうに。
「それがね、なぜか上手く繋がらなかったんだよね。近いところまではいっていたんだけど」
「神よ。それがあの扉越しの邂逅であったということだろうか」
「聖騎士の言うとおり。君たちは子どものころ、きちんと交流していた。一枚の扉を隔てた状態ではあったけれど」
幼稚園から小学校の二年生ぐらいまで。
成美は、子ども部屋の押し入れに向かって、声しか聞こえない男の子と会話をしつづけた。
「あれが、そういうこと、だった、の?」
「事前学習しておいたから、こちらに来てもわりとスムーズだったでしょう? 言葉の壁とか感じなかった」
「言葉の壁? 異世界召喚特典の自動翻訳的なアレではなく?」
たしかに最初から、神殿職員さんの言葉は理解できていたけれど。よくあることだと思って、成美は深く考えていなかった。
そんな成美の隣で、デュランは考えこんでいる。
「俺が成美の所持している書物を読むことができたのは、そういう理由なのか?」
「そういえば漫画を普通に読んでましたね、日本語なのに」
「ナルミも、こちらの文字を読み書きしていただろう」
「――そういえば?」
お悩み相談に寄せられる手紙。
思い返してみたら、たしかに日本語ではなかった気がするし、成美の返事もまた、漢字と平仮名ではなかった、かもしれない。まったく無意識だったが。
改めて意識して考えると、成美は聖女になってから、二種類の言語を使いこなしている。
すごい、じつはバイリンガルだったらしい。日本ではまったく役に立たなかったけれど。
成美は頭がクラクラしてきた。
うっかり意識を飛ばしそうになっていると、隣に座っていたデュランに肩を掴まれ、体を向かい合わせにされる。
「ミーが生きていてくれてよかった。ずっと心配していたんだ。急に声が聞こえなくなってしまい、もしやあの男にひどいことをされて、今度こそ本当に死んでしまったのではないかと」
「大丈夫ですよ。父はたしかにモラハラ野郎ですけど、外面はいいんです。子どもに暴力をふるってるとか、知られるようなことはしませんから」
「いくら外面がよかろうと、内側にいる者に牙は向けられるだろう」
「……まあ、そういうひとなので」
「神よ。彼女はもうあちらへ帰らずともよいのだろうか。ずっとここにいると考えていいのか」
「本人次第ですね。本当に嫌なら逃げてもいいです。聖女をないがしろにして加護を失った土地は多いでしょう?」
社員である聖女が、社長の創世神に「もうムリ」と助けを求めたら、部署異動も転職も認めてくれるらしい。
たしかにここはホワイト企業だった。




