03. もうひとつの星
地球圏の、外。
地球からの通信が途絶えても、通信機器がすべて壊れても、圏外という言葉は出てこない。それぞれ別のアラートが出るはずで、そういった故障の警告は、一切出ていない。
さらに、近くに拠点すらなくとも、データが残る、つまり誰かによる調査済みの場所では、地球圏外にはならない。この宇宙船が情報を拾えるかなりの広範囲の中に、一致する星が全くない。
俄かには信じがたいが、今テントたちの船は地球から遠く遠く、はるか遠く、人類がたどり着いたことのない場所にいる、ということである。
「ホタル、私たち、生きてるよね?」
「えっと、うん。どこも痛くはないかな……」
お互いに、状況を呑み込めていない。
なんとなくで、操作盤を触ってみる。現在地と、周りの環境スキャンくらいなら、できるはずだ。
隣ではホタルが、静かに左手のリストをつつき始めていた。
地球の表示は非アクティブ。宇宙拠点も1つもない。
周りには……星を1つ発見。この距離でエネルギー警告が出ないのをみると、太陽のような恒星ではなさそう。ほかには、大小さまざまな隕石が、多数画面に表示されているだけ。
現在地からこの船のスキャンで拾える情報は、これがすべて。もっと進んでいけば他の星がとか、高速で動く星が偶然近くに来て、とか増える可能性はあるが、今はこれが限界である。
詳しく見ようとしても、当然この星のデータはNULL、と表示されるのみ。
「えっと、地球はなくなってて、代わりに星が1個あるくらいだってさ」
「リストの通信も、まったくつながらない。この船から電波自体は飛んでるけど、その先のネットワークが全部存在しないみたい」
感情が追い付いてこない。2人は早口で、見えている情報を口に出していく。
この状況を整理すると、1つの現象が頭に浮かぶ。
「これってさ、もしかしてさ、私たち、瞬間移動したかな」
「たぶんそう、かもね、うんうん」
私たちは何を言っているんだ。脳が状況の理解を拒む。
実は寝ぼけててまだ夢の中とか、誰かによる盛大なドッキリでしたとか、そんな結末でも私は怒らないよ。
「とりあえず、なんか飲もう。キッチン行ってくるね」
「あーうん、あたしも行く」
なんとなく1人になりたくないのだろう。2人で立ち上がり、歩き出した。
操縦がマニュアルモードとは言っても、移動する先もない。今はエネルギーの出力を一切やめ、慣性のみで動いている。衝突なら自動で回避するだろうし、この場を離れても問題ないだろう。
キッチンには、さっきまでBBQをしていた形跡が残っていた。なんだか妙に現実味を帯びていて、これは夢じゃないと教えられているようだ。
横に置いていた水のペットボトルを手に取り、2人で飲む。
長い時間、考え込んだ。
この船の周りのものが、消えた。地球もたくさんあった船も、全部ない。通信もつながらない。なのにエラーは出ないし、船の状態はいっそ平和である。もちろん、衝突もしていない。
いっそ頭がおかしくなったと思いたいが、ホタルも同じ状況で普通に会話ができる。
瞬間移動なんて、現実に起こるのか。なぜ、この船が。マルファが、やったのだろうか。
昔、マルファの瞬間移動は負の空間を生み出している、進みたい方向の空間を極限に縮ませてどうたらこうたら、みたいな情報を見た気がする。誰も信じていなかったが、あれは現実の出来事だったのか。
本当に、うまく状況が呑み込めない。
マルファの仕業で、マルファがいないなら、もうこの船は。
「これはさ、もしかしたらさ」
「うんうん」
ホタルが言わんとすることが分かる。
「あたしたち、助からないのかな」
言葉にされると、こみ上げてくるものがある。ぐっと飲み込み、テントは答えた。
少し冷えた頭に浮かんだ考えを、ゆっくりと言葉にする。
「わからない。けど、とれる行動が2つある。1つは、誰かが助けに来る、もしくは何かが起きてまた瞬間移動することを信じて、このまま待つ」
「何も起きなければ、食料とかなくなって、そのまま死ぬんだよね」
ホタルは腕を組んで深く頷いている。緊張感や焦燥などは感じられず、ただここにある事実をなぞっているようだ。
「2つ目。さっき言った星、届きそうな距離にある。どのくらい時間かかるかは分からないし、たどり着いても空気が、地面があるかも分からない。そこに一か八か、向かう」
「奇跡的に地球みたいな星だったとして、そもそも着陸できるかもわかんないよね」
「そうそう」
2人で、窓の外を眺めた。
遠くに、とりわけ大きく光る白い点が2つ。どちらかが例の星だろうか。だとしたら、恒星と、その光を反射する惑星の可能性もあるのではないだろうか。専門家ではないので、想像の域でしかないが。
ふたたび黙って考え込んだ。そして、テントが重い口を開く。
「さて、ホタルはどう思います? 餓死するか、爆死するか」
自分で言っておいて、あまりの救いのなさにもはや笑ってしまう。
「ふふっやばすぎ。……あたしはね、何もしないのが一番嫌いなの。だから、あの星、行ってみたいな」
「やっぱ、そう思う? じゃあ最後にひと旅、行きますか!」
そうと決まれば、さっそく操舵室に戻る。
2人はこの小さな小さな希望を選んだ。
生きて、生き延びて、家族のもとに、地球に帰る。
できることを全部やって、それでもだめなら、そこが自分たちの寿命かな。来世でまた会おうな。
「目標、あの星! 全速前進、すすめぇー!」
操作盤を指でいじり、星にむかって動かす。
真っ直ぐ進むだけ、操縦の必要もない。これでやるべきことは終わった。
「よっしゃ、じゃあ……女子会でもはじめるか」
「おーう」
威勢のいい声が、静かな船内に響く。
ここから何日、何週間、どのくらいかかるだろうか。食料も水も、大量にある。どうかせめて、あの星にたどり着けますように。
2人はリビングに戻り、少しの間のあと、堰を切ったように泣き、それから話し始めた。
・・・・・・
あれから何日が過ぎただろうか。
遊んで、食べて、寝て、たまに泣いて、遺書なんかも作って、それでも笑って、覚悟を決めるだけの時間はたっぷり過ごした。
たぶん、もうすぐ終わりがくる。最後に2人で笑いあえたなら、それで幸せだったのかもしれない。ほかの人間じゃなく、ホタルと一緒にいられて良かった。
なんてほぼ諦めてはいるけど、この間に希望が増えていた。
まず1つ。この謎の星、惑星で確定である。
この星自体から強いエネルギーは出ていないが、確実にどこかの恒星から影響を受けている。
近づくにつれ、星の周りのエネルギーの動きが見えるようになるのだ。強いエネルギーをもらっている側なところは、地球と一緒である。
2つ。おそらく、陸地と雲っぽいものがある。
遠目からの拡大写真だし、2人は素人なのでほかの情報は1ミリもわからないが、なんとなく着陸ができそう。地球とは違い、色が少しピンクがかっているが。少なくとも、ガス星ではなさそう。
3つ。大きさが、たぶん地球と類似している。
もう希望的観測ってやつかもしれないが、大きさも地球そっくりに見える。
ホタルによると、「だからなんだって思うかもだけど、地球に生命が生まれたのだって絶妙なバランスだよ! 1つでも似てるのはいいことでしょ!」だそうだ。それには同意だ。
あとは、水があって、生命が存在して、重力がいい感じで、気温も適温で、酸素があって。そんな星だったらいいな。
まあ今わかっている類似点だけでも、この果てしなく大きな宇宙の規模を考えれば奇跡としかいいようがないのだ。瞬間移動先で即恒星に飲み込まれて死亡、ではなかったことに感謝しよう。
操舵室でなにやら作業していたホタルが、大きな声で喋りながら歩いてきた。
「テント、到着予想でたよ! 最後に船のエネルギー使い切るように進んだら、9時間後に着けるって!」
おお、ついにこの時がきたのか。
今までは温存していたエネルギーをぶっ放して、速度を飛躍的に上げる。これでもう、この旅は終わりを迎える。
短いようで長かった。死の影がちらつくこの閉ざされた環境は、1人ならとっくに発狂していただろう。私たち2人で、最後の賭けに進むのだ。
「ナイス! じゃあ今から脱出ポッドの確認して、備えよう。ホタル、2人で、生きるぞ」
「えいえいおー」
操舵室の横に移動し、固く閉ざされた小さな扉を開ける。
中には2つ、カプセルのような形をした、ど派手ピンクの脱出ポッドが入っていた。
ステーションでロボが説明していた、緊急用脱出ポッド。
船になにか起きたとき、1人ずつ入って宇宙空間に飛び出し、ほかの船に救出してもらうのを待つためのものだ。不時着時の使用も想定されているため、頑丈である。
開けてみると中は白いふかふかしたシートのようなもので満たされていて、内壁にはよく分からない機材がたくさんある。当然だが、あまり身動きは取れなさそうだ。
酸素ボンベや最低限の水は積んである。あとは、絶望的状況になった時に選べるようにと、薬のセットが簡単な説明とともに入っていた。恐怖を和らげる用、助かるまで寝ている用、そして命を絶つ用の3つ。先人たちの知恵ってやつだ。
「なるほど、これで寝ながら着陸すればいいのか。ちょっと気が楽になったかも」
「そうだね、最後は1人ずつだから。寝てた方が絶対いいや」
そう言いながら薬を手に取ると、ひらりと紙が1枚、落ちてきた。
すぐにテントが拾うと、そこには手書きで、なにかが書いてあった。
「なんだこれ?」
「なになに」
拝啓 旅立つ少年少女たちへ
この手紙を読んでいるということは、相当のまずいことが起きたか、あんたらがとんでもないいたずら者か、どっちかだろう。
安心しな。希望に満ちた若いもんは、まだ死ななくていい。この梅ばあさんが、絶対に助けに行く。だから、大丈夫。
この脱出ポッド、最上位グレード、よく寝れるおくすり付きさね! ぐっすり寝て寝不足解消、ついでに助かればええ。
助かって、したいことでも考えときなさい。この手紙はお守りだ。なんたって梅ばあのご利益たっぷり。
さあ、いったいった。ああ、地球でいっぱい慰めてあげるから、帰ったらうちに寄るんだよ。
おやすみなさい、よい夢を。
タコや 梅子より
「……う、う、梅ちゃあん」
ホタルは手紙を読みながらぐずぐずと泣き出す。
狭い空間、ずっと2人で慰めあってきた。
家族に、友達に、会いたかった。強がってはみたけど、やっぱり怖い。どうして自分たちがと、何度も悔やんだ。
そんな中で、2人以外の人間の痕跡がどうしようもなく嬉しかった。大人の愛情が、大丈夫の言葉が、なによりも心に沁みた。
テントはホタルに寄り添い、背中を優しくたたく。
「ホタルほら、大丈夫って書いてある。私ら助かるんだよ」
「うん、うん」
「だから、時間まで、最後の暇つぶししよう。梅さんがくれたやつ、全部やらなきゃ。地球に帰ったら、感想文持って突撃しないといけないからね」
「ふ、そうだね。梅ちゃんの困る顔見たい」
「じゃあ、いこっか。あと8時間ってとこかな。ラストスパートだ」
「おー!」
2人は泣き笑いながら、リビングで何度目かのゲーム大会をはじめる。
ずっとどこか暗かった表情が、やっと心から晴れた気がした。
ちなみに、2人目用と書かれた似た内容の手紙が、もう1枚出てきた。きちんと別の言葉で書いているあたり、梅さんは本気で毎回書いてくれていたのだろう。梅さんに、何度助けられたことか。心から感謝である。
ついに、この時がきた。
もう星は、肉眼でもはっきり見える距離だ。
宇宙船のすべての安全装置をオフにし、緊急着陸の指示をだした。あとは自動で星に突っ込むので、どこかに落ちるのを脱出ポッドで眠って待つだけ。
それぞれ手紙を握りしめて、最後の覚悟を決める。
「じゃあ、ホタル」
「うん」
「たくさんありがとう、楽しかったよ」
「うん、こちらこそだよ、テント」
「えっと……おやすみなさい」
「うん……おやすみ!」
どちらからともなく、ハグをする。ホタルの匂い、温かさが目頭を熱くする。最後にさらに力を込めて抱き着くと、向こうもやり返してきた。数回繰り返した後に笑いながら離れ、やっと背を向ける。2人はそれぞれポッドを開け、中に入った。
起動ボタンを押すと、小さな振動の後、扉が閉まる。中は小さな明かりで照らされていて、寝心地は良さそうだ。手元の薬が入った箱を開ける。
3つあるうちの真ん中を手に取る。はやく飲まないと、心臓がドキドキして、今にも感情が溢れだしそう。
テントはカプセルを口に入れ、水で飲み込んだ。
すぐには、眠くならないのかな。ホタルは上手く飲めただろうか。会うはずだった母は、父は、今頃心配しているかな。小さい頃はたくさん褒めてもらえたな。たしか、あれはホタルと初めて料理を作ったときで――
テントの意識は、いつしか消えていた。
自分の呼吸の音が聞こえる。
なんだかふわふわして、頭が上手くまわらない。
手足にも、力が入らない。
あれ、私、なにをしてたんだっけ。
ここはたしか……
急に意識が覚醒した。耳が周囲の音を拾い出す。心臓が強く打ち始め、呼吸が早くなる。
ここは、脱出ポッドだ。浮遊感はない。宇宙ではないのか。着陸したということか。
ホタルは、無事なのか。そもそも自分は、生きているのか。
とんでもなく重い瞼を開けると、記憶と変わらぬ狭いポッドの中だった。
唯一違ったのは、『離脱』の警告が出ていること。ここがもう、宇宙船の中ではないことを示している。
「……ぅ、あ」
声が枯れている。喉が渇いた。水のボトルを取り、豪快に飲み干す。
とにかく、外に出よう。
内壁にとりわけ明るく光るのは、扉の開閉ボタンだ。これを押せばいいはず。
だが、もしも、空気がなかった場合。開けた瞬間に、終わる。
少しの逡巡の後、まあ進むしかないよねと、指を伸ばした。
ぷしゅう
空気の抜けるような音とともに、ゆっくり扉が開き、光が入ってくる。
テントは覚悟を決めて、思いっきり息を吸い込んだ。
「すぅ――――は、げふっごふっ」
勢いが良すぎてむせてしまった。
落ち着いてふたたび呼吸をはじめる。
息が、できている。
苦しさもないし、空気におかしな匂いもない。身体の方も、おそらく薬の影響により動きづらいだけで、異常は起きていない。
何度も何度も大きく呼吸をし、生きていることを実感した。
あとは、星の環境。
テントはゆっくりと立ち上がり、地に足をつける。
表面に柔らかな草のような感触。その下には、しっかりと身体を支える堅い地面があった。
1歩踏み出し、眩しさに眩んだ目を凝らす。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
はるか頭上には、淡いピンク色の空が広がる。なんとそのピンク色の空を、大部分が透明でガラスのような……あれはクジラだろうか。大小さまざまな魚そっくりの生き物がきらきらと空を泳いでいる。
太陽もあった。もちろんあの太陽とは違うだろうけど、そうとしか思えない、そっくりな光。柔らかいけれどしっかり強い日差しが降り注ぐ。
少し肌寒い空気に弱い風が吹き、テントはまるで春の始まりのような感覚になった。
どうやらここは開けた原っぱのような場所で、着陸の衝撃か、テントの周りだけ地面がえぐれていた。
少し離れたところには、背の低い植物が、優しく光っていた。見慣れた緑ではなく、少し透き通っていて、風に揺れている。
遠くには森だろうか。木の幹っぽいものは茶色、紫、赤などさまざまあるが、葉っぱの部分はこれまた少し透けている。きらきらしていて見えづらい。
地球とは全然違う。なんだか、綺麗でかわいらしい、とても神秘的な光景に、テントはしばらく目を奪われていた。
ふと我に返り、少し歩きながら、辺りをしっかり見まわす。近くにホタルは……見えない。離れた場所に降りたのだろうか。
少し冷静になり、頭を使いはじめる。
こんなに生きるための条件が揃っているなんて、ありえない確率の奇跡が起きたのだろうか。実はここは死後の世界とか――脱出ポッドスタートなのでたぶん違うだろう。
そもそも違和感がなさ過ぎて考えもしなかったが、重力すら地球と同じ。いや少し小さいのか、なんだか身体が軽い。
あとはなんだろう、生きていくのに必要なのは。
「水、さがさなきゃ」
わざと少し大きな声で呟き、自分に発破をかけた。
どの方向に進もうか、なにかヒントがないか顔を上げた時。
なにか、うっすら、聞こえる。
遠くから、風を切るような、なにかが迫ってくるような音が、猛スピードで近づいてくる。
もしかしたら、この星の野生動物とか?
猫くらいなら勝てるかもしれないが、チーターとか熊みたいな、大型だったら一巻の終わりだ。
どうしよう。走って逃げる? どこか、近くに隠れる場所は――
「脱出ポッド!」
いったん隠れて、相手の姿を見よう。
大急ぎでさっきまでいた場所に戻る。中に入り、扉を、ほんの少しの隙間を残して閉める。
息をひそめて、隙間から外の様子を窺った。
少し経って現れたのは、なんと。
テントは目を丸くする。
「隊長、見つけました。色はピンク、おそらくシリケンのものです」
女の子の声。日本語。
人間だ。
ありえない。あまりの衝撃に、テントはその場で固まってしまった。
人間がいる。数メートル先に、この扉の向こうに、女の子がいる。
とりあえず呼吸を整え、じっくりとその姿を見る。
年齢はテントと同じくらい。透明感あふれる整った顔立ちで、手に持ったなにかを操作している。
髪は黒に、赤っぽさがしっかり入った綺麗な色。それを片方耳にかけ、なにやら光る石のついたピンで留めてある。口元は、黒っぽい頑丈そうなマスクに覆われている。通常使いのものというより、ガスマスクの方が近い印象かもしれない。
目も、髪と似た色をしている。うっすらと赤。見慣れないはずのその色は、持って生まれたものなのだろうか、とても馴染んでいる。
その子の恰好はまるでゲームで見た戦闘服のよう。黒を基調にした、がっちりボリューミーなショート丈の上着に、白のウエストラインに沿った服が覗く。下半身は少しだけだぼっとした黒のパンツ。その裾は、重そうな黒いひざ下までの靴に入れられている。全身に数々のベルトがついていて、腰にはナイフと、ポシェットが付けられている。
全体的に、ごつごつ、ごわごわした感じ。しっかりした、重そうな生地が使われている。
いや、観察している場合じゃない。ここに隠れていても何も始まらない。なにがどうなっているのか全く分からないが、とにかく外に出よう。
テントは扉を力いっぱい開けて、声を出した。
「あの!」
「ん、え、あ……た、隊長――!」
「あ、ちょっと」
女の子はテントと目が合うと、赤味がかった髪を振り乱して一目散に走って行ってしまった。
取り残されたテントは、呆然とする。
1人残され、追いかけるか迷ったが、自分は不審者だ。だれか呼びに行ったに違いないと思い、その場に留まることにした。
すぐに先ほどの女の子が、誰かを連れて戻ってきた。
長身の、男性。恰好も似ている。所属が同じなのだろう。
少し離れた位置でとまり、マスクをずらして口元を見せつつ、大きな声でテントに優しく話しかける。
「ええと、こんにちは。こちらは、開拓団です。大丈夫ですか、所属を教えてもらえますか」
テントとは一定の距離を保ち顔色を窺いながらも、心配が表情に色濃く出ている。
単語の意味はともかく、言語自体は聞き慣れた日本語のはずなのだが、頭に入ってこない。なんだか呼吸も荒くなってきた。
なぜだ。喋ろうとするのだが、口が動かない。そのまま、テントの身体がぐらついていく。
冷や汗が止まらない。音が遠くなっていき、2人の声が焦りはじめる。視界が白く染まる。
あ、やばい。倒れそう。
安心したからかな。この星、なんか人間いるし。あとはもう、どうにかなるかな。なんて、思考もうまくまとまらない。
そのままテントは、意識を手放してしまった。




