02. 宇宙と大事件
ステーションを飛び出して3時間経ち、時刻は夜になった。
ツアー船は続々と集合し、まわりには同じようなサイズ感の船が20ほどだろうか、一定間隔で進んでいる。先頭には聞いていた通りの超巨大船。その全様はまったく見えない。
テントは最初の1時間で、ホタルと共に部屋を散策した。
メインとなるリビングには立派なキッチンがあり、IHヒーターに電子レンジなど調理もしっかりできそう。隅には小さな部屋があり、食料が溢れんばかりに詰まっていた。ここで1か月ぐらい生きていけそうなほどである。隣には寝室、贅沢にもダブルベッドが2つ。それらを置いても余りある広さで、壁には歩いて入れる巨大な収納の入り口が。ほかにも洗面所やゴミからエネルギーを取り出すダストマシンなどすべてが高機能で、地上暮らしが長いテントは感動していた。
壁や天井も触ると弾力があり、おそらくお高いやつだと思われる。
ステーションや宇宙拠点ほどではないが、それぞれの船にも小型の人工重力機が搭載されている。よって、物が飛んで行ってしまうことはないし、跳ねるように歩くこともできる。だが慣れるまでは勢いを殺せずによく壁や天井にぶつかってしまうため、初めて宇宙に出る地球人は怪我の治療から宇宙生活がスタートすることが多いそうだ。
2人は宇宙生まれ、この感覚は身体が覚えていた。すぐに宇宙空間にも船の環境にも慣れ、修学旅行のようなテンションで遊び始めた。
大きくでふかふかなベッドに腰かけ、壁に映したゲームの画面を真剣に見つめている。
――結果はテントの勝ち。さっきまでの雪辱を果たす時がきた。
「はいっ私の勝ちー。あらー弱いですねお姉さん? 大丈夫ですか、お子様用のハンデ、お付けいたしましょうか?」
「うるっせえーーーたまたま運が良かっただけでそんなに喜ぶとか、もしかして接待プレイした方がよさそうです?」
散々ホタルに煽られてきたのだ。こいつはずっと手より口の方が動いているし、こういう時は余計に活き活きとしていやがる。
ホタルはふひひ、とその綺麗な目を細めて笑った。
小さい頃から2人でこうしてふざけまくって遊んできたので、今さらしっとりと遊ぶことはもはや不可能なのだ。
ちなみに今やっているのは最新の携帯ゲーム機。名前は忘れたが、車に乗ったキャラを操作してレースをする、太古の昔から続くとても有名なやつである。
「はー次で決着つけよう。これで勝った方が勝ち! 異論はないね」
「いいだろう、そのか弱い心、粉々に打ちのめしてやろう」
「いざ勝負!」
「はっ!」
3回戦って、合計ポイントが多い方が勝ち。
実はこの手のゲームは2人とも下手で、だからこそ実力が均衡して面白いのだ。そう、常に下位争いである。
結果は僅差で、ホタルの勝利。
勝負がついて即、ホタルがこちらへ振り返り、手を差し出す。
最後はスポーツマンシップに則り握手をするのが私たちの恒例だ。勝った方が深く頷き渋い顔でひとこと、「よい勝負であった」と存在しない髭を撫でるまでがお約束である。
若干本気で悔しいが、まあいいだろう。手を強く握り返し、そろそろ一区切り、夜ご飯でも食べよう。
「はあ満足。たまにこういうのやると案外おもしろいね」
「そうねー、けどやっぱあたしはみんなで協力するやつの方が好きだなー」
「それはそう。なんか食べたら別のゲームもやる?」
「やるやるー! せっかく梅ちゃんいっぱい用意してくれたもんね」
そう言いながら、ホタルがゲームを片付け始め、テントが食料を漁りに行く。何も言わなくてもなんとなく連携が取れる、もはや長年連れ添った夫婦のような居心地の良さかもしれない。
こんなに自由で楽しい時間が1週間も続くなんて、一緒に2人の故郷にも戻れるなんて。嬉しくて、楽しくてしょうがない。テントは笑みが零れ続けるのであった。
・・・・・・
時刻は朝の10時。
体内時計が狂わないように、宇宙船内は地球と同じタイミングで明るさが変わっていく。つまり、今船内はとても明るいのだ。
「ん……まぶしい」
普段太陽とともに起きるタイプのテントは、薄く目を開けて、また閉じて、そしてやっと伸びとともに身体を起こした。
横を見ると、布団を蹴り散らかした友人はバンザイの体勢ですーすーと寝息を立てている。テントは優しいのでさっと布団をかけておいた。
さあ今日は何をして過ごそうか。
枕元のリストを左手首に装着し、時計、予定表、現在の船の位置などを寝ぼけながら流し見する。
とりあえず水でも飲んで、軽くストレッチでも始めようかな。なんて思い、ベッドを降りて食料室に向かおうとする。
すると。
ゥウーーーー
突然部屋中のスピーカーからアラームが鳴り響き、心臓が跳ねた。
テントはその場で固まる。ホタルも飛び起き、目を見開いていた。
『緊急、緊急。前方に未確認の特大船が接近。全船、全速避難を開始してくださいっ!』
切羽詰まったような男性の声が、アラームの上から流れてくる。
その間にも、訓練でしか聞かないような無機質な音が、部屋に響き渡っている。
なにか、起きたんだ。
焦ってはいけない。わかってはいるが、いざこの状況では頭が回らない。
「なにっなんて言った、避難!? なにが起きてるのっ」
「お、落ち着こ! 操縦はセンターでしてるんだし――」
早口のテントが言い終わる前に、スピーカーから別の声が聞こえてきた。
『こちらセンターです。聞こえますか、どなたか、応答をお願いします』
「は、はいっ」
ベッドの上から大慌てで声を張り上げる。
ホタルがすぐ近くに移動してきて、テントにぴったりとくっつく。涙が出そうなほど心強い。
少し落ち着いたところで、2人は顔を上げ、声に集中する。
『船団の一番前、その先千キロ、おそらく敵性物体が現れました。すでに避難は開始していますが、船の操縦の優先権をそちらにお渡しします。……どうか、なるべく遠く、敵から逃げてください』
「な……操縦ですか? 私、したことないです!」
『大丈夫です。この通信を、繋いだままにします。すべて教えます。基本はこちらで動かし、敵が急に迫ってきた場合などに、現場の判断を優先するためです』
なんということだ。
敵性物体? 避難? これは訓練ではなく、本当に現実に起きていることなのか。
操縦なんて、母ではあるまいし……宇宙船の船長、豪快に口を開け笑う、優しいテントの母の顔を思い出して、呼吸が乱れてしまった。返事をしたいのに、言葉が出てこない。
そんなテントを見て、ホタルが代わりに大声を出す。
「同乗者です、私がやります!」
驚いて横を見ると、ホタルもこちらを見てパチンとウインクした。触れる腕には、かなりの力がこもっている。
テントが恐怖に震えていると思い、覚悟をきめてくれたのだろう。
本当に、この親友は頼りになる。だからこそ、私も前を向けるのだ。
緊張は解けた。テントは深く息を吐き、ホタルの柔らかな手を握って顔を上げる。
「2人とも動けます。やり方を教えてください」
テントが言うと、ほっとした顔をして、ホタルが強く手を握り返してきた。
『わかりました。お二人とも、操舵室に向かってください。船内スピーカーから、リストでの通信に切り替えます』
スピーカーから鳴り響いていたアラーム音が消え、テントの左腕から声が聞こえるようになった。
すぐにホタルと一緒に、寝室のさらに奥、操舵室の大きな扉を目指し歩き出した。
移動しながら、テントは思案する。
敵。誰もが知る――地球外生命体マルファだ。教科書の黒っぽい挿絵が浮かぶ。
マルファは人類が宇宙進出を果たしてすぐの頃から度々巨大船で現れており、数百年おきに現れては、人類の宇宙船を謎の技術で攻撃するらしい。
その存在の解明はほとんどできておらず、人間と同じような姿をしていて、文明が数段先の生命体である、というのが学説の主流。
要するに何もわかっていない、勝ち目がないということ。
80年前に宇宙拠点ヒデヨの連絡船が接敵しており、その時は被害者0。そして、そこから大体200年は最低でも安全だろうというのが、学校で習う常識だった。
いや、わからない。専門家でもないし、テントの記憶はおぼろげだ。
今はそれより、ホタルと2人で逃げ切ろう。テントは軽く頭を振り、思考を切り替える。
操舵室に入った。
狭い部屋には大きなモニターが広がっている。壁沿いのカウンターには操作盤のようなものがぎゅうぎゅうにくっついている。前に並ぶ頑丈そうな2つの椅子に隣り合って座り、右の席にだけ長く突き出す操縦桿をテントが握る。
他がどれだけハイテクでも、船が揺れても踏ん張れるようにと、ここだけは大昔も今も変わらない仕様なのだ。
座るとすぐに、男性の声が聞こえだした。
『左右に傾けて方向を指示します。手前に引くと上昇、押すと下降です。足はしっかりと踏ん張ってください。ハンドル左上、赤いロックを外すと操縦開始です。軽く動かしてみてください』
リストから情報が入るのだろう。声の主は、的確に指示を飛ばしてくる。
テントが少し左に力を入れると、ぶわんという音とともに、身体も傾いた。
そのまま手前、右と試していき、元に戻る。
「テント、上手じゃん! この雄姿、お母さんにも見てもらおうね」
横でホタルが囁いてきた。だいぶ緊張が解けた様子で、この状況も楽しんでいるようだ。
よく考えると、テントたちの船は巨大船の後方。敵の真意はわからないが、わざわざ狙われることがなければ、こっそり逃げるだけである。
一時はパニックに陥りそうだったが、大丈夫。しっかり冷静に、地球へ戻ろう。そして、家族に笑い話として届けるんだ。
気を引き締めて操縦桿を握りなおしたテントからは、もう恐怖など感じなかった。
その後、センターからの声の主に助言をもらい、順調に逃げた。
先頭にいた巨大船の進路を遮らないように、小型船団は3グループに分かれて進んでいる。
グループの中では最後方に、テントたちの船はいた。古い型式で、出力が弱い。単純にスピードが出せないのだ。
敵はほぼ静止状態で、攻撃の予兆すらないらしい。
『現在ステーションが緊急受け入れ態勢に入っています。このまま進めば、避難完了です。センター側で一括操縦を開始します。操縦の優先権は最後までそちらにありますので、誤って操作しないようご注意ください。これから帰還まで、完全自由行動になります。何かありましたら、リストの最優先通信に繋げてください。お疲れ様でした……よく、頑張りましたね』
業務連絡のような固い指示のあと、声の主も地球でほっとしているのだろう、柔らかな声色に変わった。
「了解です。本当に、ありがとうございました」
「助かったあ、お兄さんありがとう!」
ずっと繋いでいた通信が切れると、2人の緊張の糸もぷつんと切れた。
その場から動かない。ふうぅぅぅと長い長い息を出し、力なくにへら、と笑う。
「びっくりしたね、どうなることかと思った」
「本当に。敵ってあれでしょ、マルファでしょ? 教科書で散々見たやつ」
「たぶんそうだよね、地球戻ったらインタビューとかされちゃうんじゃない?」
「やば、今日はメイク盛らなきゃ」
「ね」
体感5分ほどだろうか。気の抜けた会話を続け、非日常から戻ってきたのを実感する。
今回は宇宙拠点ユキチには行けず、いったん全員ステーションに戻ることになる。少しだけ残念だが、誰も異論はあるまい。残りの時間を、できるだけ楽しもう。
「よしっじゃあまずは、腹ごしらえでもしますか!」
「はーい! そういえばさっき、BBQセットみつけたよ。蓋つきの、でっかいやつ」
ホタルが身振り手振りで、大きさや材料の豪華さを教えてくれる。
俄然、やる気が出てきた。テントは大人数で大量の肉を焼くBBQに数回行ったことがある程度だ。本格的な大人のBBQとやら、楽しませてもらおうじゃないの!
2人ともストレスを感じてもそれはそれ、これはこれ。食欲には問題ないタイプである。意気揚々と操舵室を後にした。
目の前には、4脚の黒い簡易コンロ。軽々と覆いかぶさる大きな丸っこい蓋。その中でじゅーじゅー音を立てるとびっきりの肉や魚。ほんの少しの野菜。
宇宙では空気の循環に少し時間がかかるため、焼き物をするときは蓋が必須なのである。宇宙でのBBQは大人気だが、準備が大変で機材にお金もかかる。まさかここでできるなんて、地球に戻ったら船の持ち主、梅さんに盛大に感謝を伝えよう。
ホタルがそろそろかな、と呟き、蓋についた取っ手に手をかけた。
「それじゃ、いくよ! 3、2、1……じゃーん!」
「うおおおお」
なんて、なんていい匂いなんだ!
中央には大きな赤身肉が2つ。ほかにも肉、キノコ、エビ、とうもろこし、お互いの大好物のみ乗せた。
適当に食材を並べても、自動で一番美味しい状態に焼いてくれる。いい時代である。
蓋は完全には取れず少し浮いたところで留まり、続けて保温や吸煙をするようだ。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
準備しておいた小皿にタレを入れ、一目散にお肉を取りに行く。
かぶりつくと、肉の旨味と香りが口いっぱいに広がった。目尻が下がり、幸せを目一杯噛みしめる。
ホタルも横で似たような顔をしていた。
「これ、うますぎる……!」
「はぁなんて贅沢、無限に食べたい」
会話もそこそこに、どんどん食べ進めていく。
テントは魚介多めに頬張り、ホタルは意外と野菜もお気に召したようだ。肉と交互に食べている。
みるみるうちに、網いっぱいに広げられた食べ物がなくなる。また追加で焼き、またなくなる。6回繰り返し、ほぼ同じタイミングでお腹がいっぱいになった。
最後に、残しておいたマシュマロを長い串に刺して焼き、デザートまで完璧である。非常に大満足だ。
そんなこんなで、朝食兼昼食兼、労いを終え、2人は満足そうに部屋に戻っていこうとした、のだが。
ブォンという小さな音と、ほんの少しの衝撃だろうか、身体に違和感を覚えた。
「なんかいま、変な感じしなかった?」
「んーなんか、ボンって感じ? 重力発生機壊れそうとか?」
重力はないと不便なだけで、短時間なら特に問題ない。特によく壊れる部位なので、そうなった際の過ごし方は宇宙にくる全員が習っている。まずは整理整頓。飛んで行っちゃうからね。
「そっかあ、じゃあ先に水とか片づけてくるね」
「あたし寝室のごちゃってるの行くわ」
テントは歩く向きを変え、キッチンの方に戻っていく。
途中、窓がある。なんとなく、目をやった。
黒。
宇宙の黒ではない。星も見えない。何か、堅そうな黒が、見える範囲すべてを覆っていた。
「んええぇぇ、ちょっとホタル、外! みて! 窓!」
テントの焦る声を聞き、大慌てでホタルがやってくる。
「なになになに、なにこれ、え」
誰も理解できないまま、窓の前で固まっていると、もはや聞きなれたアラームが部屋に響き始めた。
『警告、衝突予測。緊急回避をはじめました。操舵室にきてください』
先ほどとは違う、機械的な声。おそらく、船自体に備わっている緊急機能だ。
つづけて、左腕からも声がする。
『緊急です! すぐそばに、マルファが、瞬間移動してきましたっ! ぶつかります、逃げてください!』
迷う暇はない。敵は目の前にいた。
テントとホタルは操舵室に走った。
『左です、あと上! 全力で!』
テントが操縦桿を持ち、言われた方向に思いっきり身体ごとひねる。
瞬間、身体に衝撃がくる。が、素人の2人でも全然耐えられる程度だ。
この船の最大の弱点、ダサい外観でも旧式モデルなことでもなく。エンジンの、瞬間的な出力。
曲がり始めるまで、時間がかかるのだ。
冷や汗が出てくる。
目の前にあったのは、マルファの特大船。ぶつかったら、テントたちは塵も残らないだろう。
ホタルの前の操作盤に、おそらく敵との距離が書いてあるのだが、数値がすごい勢いで減っている。
「なんとか! なって!」
「あああだめだめだめ、ぶつかっちゃう、おねがい、ママ――!」
ありとあらゆる警告が出てくる。色んな音が聞こえてくる。
もうだめだ。そう思い、目を瞑った時だった。
ボゥゥン
気の抜けた音がして、首を傾げる。
衝撃が、こない。
やかましかったアラームも、一気に鳴りやんだ。
急に静かになった船内。テントは目を開け、隣のホタルと顔を合わせた。
「え、どういうこと……?」
リストからの声も途絶えた。
目の前のマルファも、消えたようだ。
呆然としていると、機械音声でスピーカーからひとこと、衝撃の言葉が流れる。
『地球圏外です。マニュアルモードに移行します』




