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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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黄金週間の大逆転と、嘘つき鑑定士

 四月二十九日。「昭和の日」を皮切りに、世間は大型連休、通称ゴールデンウィークに突入した。あかね商店街のアーケードには、安っぽい金ピカのビニールテープで飾られた「ゴールデン大売出し!」の旗がはためき、スピーカーからはなぜかサンバのリズムが鳴り響いている。

「……五月蝿いな。サンバを聴いて豆が美味くなるわけなかろう」  

 弦は、いつにも増して低いトーンで呟きながら、カウンターの中でネルフィルターを絞っていた。

「ええやん、弦ちゃん! お祭りやもん。見て、うちの『辰巳屋』も、デッドストックの掘り出し物セール始めたんよ。おばちゃんたちがバーゲンセールさながらに戦ってるわ!」  

 陽菜が、埃を被った古い木箱を抱えて店に飛び込んできた。

「……掘り出し物? どうせ、先代が仕入れて売れ残ったガラクタやろ」

「失礼な! 中には凄いお宝が眠ってるかもしれへんやん。……あ、これとか見て! 商店街の倉庫の大掃除で見つかったんやけど、なんか凄そうな皿じゃない?」

 陽菜が箱から取り出したのは、厚い埃に覆われた、直径三十センチほどの大きな皿だった。弦が、ふと手を止めてその皿を凝視した。「湊流」の家元として、幼少期から国宝級の茶器や古美術品に囲まれて育った彼の目は、その皿が放つ「異様な気配」を逃さなかった。

「…………陽菜。それをどこで見つけた」

「え? 商店街の集会所の地下倉庫。茂雄さんが『邪魔やから捨てとけ』って言ったんやけど……」

 弦は無言で皿をひったくると、カウンターの清潔なクロスで、その一部を丁寧に拭った。現れたのは、息を呑むような深い藍色と、鮮やかな金彩。繊細な筆致で描かれた、海を渡る異国の船の模様。

「……古伊万里。それも、江戸時代初期の『金襴手』か……?」  

 弦の呟きが、静かな店内に響いた。

 その時、カラン、コロン、とドアが開いた。


「ほう……。こんな掃き溜めのような場所に、これほどの名品が眠っていようとは」

 入ってきたのは、白いシルクのスーツに身を包んだ、異様に姿勢の良い男だった。片眼鏡をかけ、白手袋をはめたその姿は、まるで古いミステリー小説から抜け出してきた「怪盗」のようにも、あるいは「インチキな手品師」のようにも見えた。

「……誰や。うちは仮装パーティーの会場やないぞ」  

 弦が冷たく言い放つ。

「失礼。私は西園寺。古美術鑑定士をしております。……お嬢さん、そのお皿、少し拝見してもよろしいかな?」

 西園寺と名乗った男は、陽菜から皿を奪うように受け取ると、懐からルーペを取り出し、皿の裏の「銘」を確認した。数秒の沈黙の後、西園寺が芝居がかった仕草で天を仰いだ。

「……オー・マイ・ゴッド。……これは、現存すれば一億円は下らないと言われる、幻の『蒼海金龍皿』だ!!」

「「……いち、一億円ぇぇぇ!?」」  

 陽菜と、ちょうど店に入ってきた茂雄の絶叫が重なった。

「間違いない。これは美術界を揺るがす大発見だ! ぜひ、明後日の『商店街お宝鑑定大会』に出品しなさい。私が責任を持って、全世界にこの価値を証明しましょう!」

 一億円。その魔法のような言葉が、あかね商店街に「黄金の毒」を撒き散らした。


 それからの二日間、商店街はパニックに陥った。一億円の皿が見つかったという噂は瞬く間に広がり、人々は家の物置や天井裏をひっくり返し、「お宝」を探し始めた。

「弦! 見てくれ、うちのじいさんが戦地から持ち帰ったというこの水筒! 一千万くらいにならんか!?」

「マスター、この古いリカちゃん人形はどう!? プレミアついて一億いけるやろ!」

 「夕凪」は、鑑定依頼という名のガラクタを持ち込む住民たちで溢れかえった。弦は、コーヒーを淹れる暇もなく、それらを「ゴミや。捨てろ」「それはただのプラスチックや」と一蹴し続けていたが、商店街の熱狂は止まらない。

 そんな中、陽菜だけは浮かない顔をしていた。

「……弦ちゃん。あの西園寺って人、ほんまに信じてええんかな? 一億円って、なんか怖いわ……」

「……当たり前や。世の中に、そんな美味い話が転がってるわけがない」  

 弦は、カウンターの下に厳重に保管された「一億円の皿」を睨みつけた。

「……あの皿、確かに出来は良い。だが、何かが決定的に『欠けている』んや。……湊流の審美眼にかけて、あの西園寺の目は節穴か、あるいは……」

 そこへ、茂雄が血相を変えて飛び込んできた。

「大変や、弦! 西園寺さんが、『鑑定の手数料と、オークションの登録料として、商店街から三百万の供託金が必要や』って言い出したんや!」

「三百万!? そんな大金、どこにあるんよ!」  

 陽菜が叫ぶ。

「……あいつ、いよいよ本性を現しよったな」  

 弦はエプロンを脱ぎ捨て、鋭い瞳で茂雄を見た。

「……茂雄さん。その金、払ったらあかん。……あいつは鑑定士やない。ただの『嘘つき』や」


「商店街お宝鑑定大会」当日。特設ステージの上には、仰々しくベルベットの布が敷かれ、例の皿が鎮座していた。西園寺は、マイクを握り、集まった群衆に向かって滔々と演説をぶっていた。

「さあ、皆さん! この一億円の皿を今から世界へ送り出します! そのための手数料、三百万を商店街連合から預かり、私は今から飛行機で……」

「……待てや」

 群衆をかき分け、弦がステージに上がった。その手には、一杯のコーヒーが入ったカップがあった。

「なんだね、君。今、神聖な鑑定の儀式の最中だ。コーヒーなら後にしてくれたまえ」  

 西園寺が鼻で笑う。

「……このコーヒーを一口飲め。……それができんのなら、お前にその皿を語る資格はない」

「……何だと?」

 弦は、皿の横にコーヒーを置いた。

「……あんた、この皿を『金襴手』と言ったな。……だが、本物の金襴手は、光の屈折で金の粒がわずかに浮き上がる。……この皿はどうや?」

 弦は、カップから溢れる「琥珀色の湯気」を、皿の表面にそっと吹きかけた。蒸気が皿に付着した瞬間、金の文様が、不自然なほど均一に光り始めた。

「……湯気一つで、金の輝きが死んだな。……これは、江戸の職人の技やない。……昭和の初期に、横浜の輸出用工房で作られた、極めて精巧な『複製品レプリカ』や。……価値は、せいぜい三万円といったところか」

「な、何を馬鹿なことを! 私の鑑定を疑うのか!」  

 西園寺が狼狽する。

「……疑っとるんやない。断定しとるんや」  

 そこへ、陽菜がステージの下から叫んだ。

「そうよ! 私、思い出したん! その皿、昔、辰巳屋でおじいちゃんが『綺麗なレプリカやから、法事の引き出物用に五千円で仕入れた』って言ってたやつや! 倉庫の台帳にちゃんと書いてあったわ!!」

 陽菜が掲げたのは、埃だらけの古い「仕入れ帳」だった。そこには、確かに「古伊万里風・複製品」の文字が。

「……ッ!!」  

 西園寺の顔が、瞬時にして土色に変わった。

「……く、狂っている! こんな街の記録など、何の証拠にもならん! 私は失礼させてもらう!」

 西園寺が三百万の入ったアタッシュケースを掴んで逃げようとしたその時。

 バシャッ!!

 弦が、持っていたコーヒーを西園寺の足元にぶちまけた。

「……あかね商店街の道は、嘘つきが通るには少しばかり『苦すぎる』ぞ。……茂雄さん、捕まえろ!」

「おうよ!!」  

 酔っ払いの若衆たちが一斉に飛びかかり、西園寺をラグビーのタックルのように押し潰した。


 事件は解決した。西園寺は、各地の商店街を回っては「鑑定詐欺」を繰り返していた指名手配犯だった。三百万は無事に戻り、商店街には再び平和(と、いつもの貧乏くささ)が戻ってきた。

 夕暮れの「夕凪」。弦は、カウンターで一人、例の「三万円の皿」を眺めていた。

「……あーあ、一億円の夢、あっけなかったなぁ。弦ちゃん、どうしてレプリカって分かったん?」  

 陽菜が、後片付けをしながら尋ねる。

「……湊流の基本や。……本物は、見る者を『静かにさせる』。……だが、あの皿は、雄弁すぎたんや。……『俺を見てくれ、俺は高いぞ』と叫んどるような品は、大抵偽物や」

 弦は、その皿に、小さな和菓子を一つ置いた。

「……だが、レプリカやから言うて、価値がないわけやない。……お前のじいさんが、近所の人たちを喜ばせようとして仕入れたんやろ。……それなら、この街にとっては、一億円以上の価値があるかもしれんな」

「……弦ちゃん。……たまには、ええこと言うやん」  

 陽菜が、嬉しそうに微笑む。

「……やかましい。……皿の代わりや、その和菓子、食え」

 弦は、陽菜のために、特別なコーヒーを淹れた。詐欺師を追い払った時よりも、ずっと優しくて、透明感のある一杯。

「……はい。……『黄金週間・大逆転ブレンド』や。……苦味の後に、ほんの少しだけ『嘘のない甘さ』がするはずや」

 陽菜が一口飲み、夜空のような深い溜息をついた。

「…………最高。……弦ちゃんのコーヒーがあれば、私、一億円なんていらんわ」

「……当たり前や。……一億円あったら、お前みたいな騒がしい店員、真っ先に解雇しとるわ」

「なんでやねん!!」

 あかね商店街、喫茶「夕凪」。  

 黄金の夢は覚めたが、カウンターにはいつもの琥珀色の幸せが満ちていた。  

 四月の風は、偽りの輝きを吹き飛ばし、また新しい季節の香りを運んでくる。

「……なぁ、弦ちゃん。来年のゴールデンウィークは、本物の一億円、探しに行かへん?」

「……二度と、その話はするな」


(第二十七話 了)

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