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メランコリックコインランドリー

作者: しふぉんぬ
掲載日:2026/02/10

ぐるぐる回るコインランドリーのドラムをぼーっと見ていると肩をぽんぽんと叩かれた。

「邪魔です。そこ通れません」

ここは下町にある寂れたコインランドリー。細長い通路は人1人しか通れないほど狭く入口もひとつで入ってすぐのところに人が立っていたら通れない。声をかけてきたのは背が低い若い女の子だった。かごに入れた洗濯物を片手に2個提げている。

「ごめん」

おれは通りやすいよう壁際にひっつくと「どうもありがとう」とその子は細い身体でおれの前を通っていった。

「あ、どうしよう」

しばらくして、その子はぶつぶつ呟きながら洗濯物を床に置き、なにやら困ってるようだ。

「お金、ない?」

コインランドリーに来て困った経験としてはドラムが空いてない、お金を忘れたくらいで消去法からお金を忘れたんだろうということに至った。

「お金はあります」

じゃあなんだろう。首を傾げているとその子は少し控えめに笑った。

「あなた、怖そうな見た目なのに全然違う」

「え?」

「”邪魔です”って言われてもむっとしないし、わたしの言葉ひとつひとつに反応してくれた」

「それはあんなところでぼーっとしてたおれが悪いし」

「男の人に優しくされたの初めて」

蕾がひらくようにふんわりと微笑むその子はこんな下町のコインランドリーには少し異端でやけに馴染んでみえた。

「わたし、ちほ。千円札の千に稲穂の穂で千穂」

千穂はおれに向かって手を差し出した。

「……おれは、ゆずる」

握り返した千穂の皮膚は硬くごわごわかさついていた。

それからというものコインランドリーに行ったときに千穂と他愛のない話で盛り上がった。千穂は話し上手でおれはうんうんと頷くのがほとんどだったけど、それでも気持ちが明るくなった。

2ヶ月くらい会えない期間が続いたある日、ふとコインランドリーに立ち寄ると千穂がいた。

「千穂ちゃん」

久しぶりに見た千穂は前以上に手足が小枝のように細くなっていて、おれが声をかけても気がつかない。

「千穂ちゃん」

外は大雨でこのオンボロのコインランドリーごと吹き飛びそうな程風が強く吹いている。風のせいかたまに照明がチカチカ点滅を繰り返していた。

肩をぽんぽんと叩くと我に返ったように千穂がやっと振り向いた。

「……どうしたの?」

千穂の目元は腫れて唇の端切れて血が出ていた。顔中殴られたような青黒いあざが広がっている。

「久しぶり、ゆずるくん」

何事もないかのように明るく振る舞う千穂は

「……あぁ、私邪魔だったね」と言って木から落ちていく葉っぱのように音なく壁際に寄った。

「……顔、どうしたの?」

ドラムの中に洗濯物を入れながら何気ない風を装って再度問う。

「なんでもないって言ったら嘘になるし、あったとしても話したくないの」

千穂はそれっきり黙ってしまった。おれも何を話していいかわからずにお互い回るドラムをただ見つめる。

「雨、やまないね」

少し時間が経ち、千穂がぼんやりとおれに話しかけてきた。

「台風がきてるから」

「もうそんな季節かあ」

おれの乾燥はあと残り8分。

千穂はもう終わりそうだ。

「千穂ちゃん」

ここでなにか言わなければ永遠に千穂と離れ離れになってしまう気がして咄嗟に声をかけた。

「なに? ゆずるくん」

千穂はいつもと変わらずふんわりと笑う。その顔にはあざが広がっているけど、あざも魅力の一つなのではと思わせるなにかが千穂にはあった。

出会った時からそうだった。

千穂はこんなところで過ごしていたら汚れて干からびて正体不明のなにかに生気を吸い取られてしまうような気がする。千穂はもっと華やかで煌びやかな世界が似合う。だから……。

「千穂ちゃん、行こう」

「……え?」

千穂のかさついた手をとり、出口へと向かう。

「ちょ、ちょっと待って。どこに行くの?」

「置いていこう、全部」

「全部って……」

「千穂ちゃんとおれのもの全て置いて新しい場所で一緒に生きよう」

腫れて半分しか開かない千穂の目が不安そうに揺れる。そして唇をぎゅっと噛んで意を決したようにゆっくりおれと向き合った。

「……ごめん、行けない」

タイミングよく乾燥の終了を知らせるブザーが鳴り千穂はおれの手を振り解いて洗濯物をかごに入れていく。

宙に浮かんだままの腕をどうしていいかわからずにいると千穂が近寄ってきて笑いながら腕を下ろしてくれた。

「ゆずるくんはもっと楽な人と一緒になるといいよ」

「千穂ちゃん……」

「話ができて嬉しかった。ありがとう」

千穂は洗濯かごを傘がわりにして外に飛び出した。雨は先ほどより強く強く降っていた。これでは当分止みそうもない。

ほどなくしておれの乾燥終了のブザーが鳴ったけど、もうどうでもよくなってその場に座り込んだ。まるで千穂と出会う前のように、すべてが振り出しに戻った気持ちだった。

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