重かった自転車と小さなプライド
まだ明るさの残る夕方、私は一人ブランコに乗っていた。それは何十年も前、多分小学5年生当時仲良しだった子が住んでいた団地の中庭にあった。何故そこにいたのか覚えていないけれど、不在だった友達を一緒に遊ぼうと待っていたのかもしれない。時間帯のせいなのか記憶の世界だからか人影は無くとても静かだった。敷地内の道に車がやってきて停まるのが見えた。止められた一台の自転車が道をふさいでいたのだ。荷台には新聞が積まれていた。止められた自転車の前の棟に配達中らしくどこにもそれらしき人はいなかった。私は車が通れるように端に寄せてあげようと思いつき、ブランコを降りて自転車に向かった。しかしハンドルを持ちスタンドを外した途端、荷台に積まれた新聞の予想外の重さによろめいて自転車を倒してしまった。運転手が慌てて車を降りてきて自転車を起こしてくれたが新聞は大きく荷崩れして、一生懸命揃えてはみたけれど見るからに乱れてしまっていた。運転していた男性は自転車を軽々と端に寄せると、通れるようになった道を運転して行ってしまった。私は余計な事をした後悔と乱雑な新聞の束にどうしようという気持ちでブランコに戻った。もうすぐ戻ってくるであろう配達の人は乱れた新聞の束を見てどんなに怒るだろう。どうなるのかという不安とどうすればいいのかわからないまま私はブランコの上に立ち竦んでいた。暫くすると配達のお兄さんが建物の階段から出てきた。荷台の新聞を見て、怒りを含んだ様子で私の方に向かって来た。「誰があんな事したか見てない?」私は泣きそうな気持ちで謝りながら事の顛末を話した。お兄さんは仕方無いな~という感じで、「じゃ、お詫びにそこの階段の分だけ配ってくれる?」と茶目っ気たっぷりに言った。私はほっとして言われた数軒分を配った。罪悪感をスッと軽くしてくれた数軒だけの新聞配達と、ブランコに立ち竦んでいた時の指先が冷たくなるような不安な気持ちは数十年たった今でもはっきりと覚えている。そして逃げたりしないでちゃんと謝れたことは、本当にささやかだけれど自分に対する信頼のよりどころの一つになっているように思える。




