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選びの祭壇

“選びの祭壇”は、山の頂にあった。


 そこはもはや自然の中ではなかった。空の色も、風の匂いも、世界のそれとは違っていた。

 周囲に浮かぶ石柱群は、いずれも古の言葉で刻まれ、中央の祭壇には三つの光が浮かんでいた。


 ひとつは白。

 癒しと浄化の象徴。世界を救う力をアリシアに与えるという。


 ひとつは黒。

 呪いの力を受け入れ、それを完全な“破壊の力”に変える選択。誰も近づけない孤高の存在になる。


 そして、もうひとつは無色透明。

 何の力も得ず、ただ“人として生きる”選択。ただし烙印は残る。


 アリシアは、その場に静かに立ち尽くしていた。


 選ばなければならない。

 この旅の果てに、自分の人生を“形づける”選択を。


 祭壇の光が、語りかけてくる。


「お前が望んだのは、穢れのない未来。

ならば、白を選べ。世界は祝福し、お前は英雄として名を残すだろう」


 もう一つの声が割って入る。


「だがその力は、代償を伴う。失われるのは――“感情”。

お前は痛みも、喜びも、愛も、抱けなくなる」


 アリシアの背筋に冷たいものが走る。


 「……それじゃ、私はもう、レオンの顔を見て笑えなくなるの?」


 沈黙の後、第三の光が囁いた。


「黒を選べば、誰もお前を傷つけられぬ。

だが、お前も誰にも近づけぬ」


「無を選べば、何も変わらぬ。ただ、お前は“自分のまま”でいられる」


 選ぶ。


 それは、願いを叶える行為であると同時に、何かを手放すということ。


 アリシアは、これまでの旅を思い出した。

 泉で見た自分。封印の谷で見た母の幻。そして、レオンの過去――


 彼の傷ついた魂に、寄り添いたいと思った気持ち。

 その温かさを、永遠に失うくらいなら。


 「……私は、“無”を選ぶ」


 その言葉は、光たちに衝撃を与えたようだった。


「力を望まぬか? 人のままで何ができる?」


 「私は、力が欲しかったんじゃない。ただ、“否定されない自分”を、求めてたの」


 アリシアは祭壇の中心に進み、無色の光に手を伸ばす。


 「私は、痛みを抱えても、喜びを知っていたい。

 誰かの手の温かさを、忘れたくないから」


 光が、彼女の手に吸い込まれるように消えていく。


 瞬間、背中に刻まれていた烙印が、金の光に包まれた。

 その紋様は、完全に消えることはなかった。

 だが、もはやそれは“呪い”ではなかった。


 それは、選んだ者の証――


 選び、受け入れ、なお生きるという決意のしるし。


 ◆


 レオンが待つ山道へ戻ると、彼は驚いたような顔でアリシアを見た。


 「……お前、何か……変わったな」


 アリシアは微笑んだ。


 「ううん。何も変わらなかったよ。

 ただ、自分で“そう決めた”だけ」


 レオンは言葉もなく、しばらく彼女を見ていた。そして、そっと呟いた。


 「それでいい。いや――それが、一番強いんだと思う」


 二人は、山道をゆっくりと下り始めた。

 世界は何も変わらない。だが、彼女の心はもう、誰かに否定されることはない。



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