それが貴族の結婚システム
貴族の結婚というのは、本人の自由意思によって決まることは稀です。
恋愛ではなく、利害関係や家同士の結びつきで決まることが大多数。本人不在のところで、親が勝手に動いて決めてしまう場合もとても多い。
私はそんな貴族の結婚システムを
マジで最高だな、って思っています
だってね、娯楽小説の主人公や平民の方がなさっているように、ゼロから知らない相手と交友を深めて、恋に落ちて愛を育むとか、陰キャの私にはハードルが高いんですよ!
スタートの「面識薄い殿方と、とりとめのない雑談をして盛り上がる」っていう時点でもうギブアップです。正直結婚までこぎつけられる気がしません。
ならいっそ、一生独身でいいんじゃないかって?
そういう価値観もカッコイイと思いますが、私は嫌なんです。
ずっと一人はさみしいですし、血のつながった子供も欲しいですし……実をいうとおすけべなことにも興味があるんです。
そこで貴族の結婚システムですよ!
「はい君たち、明日から夫婦ね」からスタートして、結婚生活をうまくいかせるために協力する中でお互いの人柄を知っていき……のほうが、望みがある気がします。実際、わたしの両親もそれで夫婦仲良好ですし。
両親は私のことを大切にしてくれていますから変な相手との縁談にはならないでしょうし、物語に出てくるような悪い貴族やお金持ちなんてそうそういないのです。
申し遅れました。私は男爵令嬢のリアン・ラ・イブラ。昨年、王立学院の高等部を卒業しました。現在は花嫁修業と並行して社会勉強のために国立図書館で司書として働いています。
まだ働き始めて1年程度ですが、私はこの仕事が天職ではないかと思っています。
なにせ私は本が好きです。大好きな本に囲まれての仕事、そして……おっと、書架の点検中でしたが、あちらに困っていそうな利用者様が。
ちょっと声をかけてみましょう。
「こんにちは、なにかお手伝い出来ることはありますか?」
男性の利用者様ですね、年は……私と同じくらいでしょうか。肩のあたりまでの伸びた茶髪と柔和な目つきが特徴的な青年でした。
めずらしいですね。この図書館の蔵書は難解な専門書がほとんどで、年配の利用者さまが多いのです。
「ああ、司書さんですか。すみません、実は調べ物をしたいのですが、目当ての本がなかなか見つからず……」
「でしたら、どうか私にお手伝いさせてください」
ビンゴでした。利用者さん望みの本を探す「レファレンス」は私が一番好きな仕事です。
本好きの知識を生かしてお役に立ち、感謝の言葉をもらえたりした日はとても楽しい気分で寝床につけるので。
◇
「ありがとうございます。大変勉強になりました」
「いえいえ、お役に立てて良かったです」
希望は「お茶について深く色々と調べたい」と言っていたので、料理本や貿易資料といったメジャーどころに加えて、お茶を髪の染料として使ったことが茶色の語源だと分かる言語歴史学の書籍や、100年前から現在までの茶畑の分布が分かる地形測量図などをご紹介したら大変喜ばれました。お求めになっていた資料を提供できてよかったです。
ご利用は初めてのとのことだったので、貸し出し用に図書カードもお作りさせて頂きます。
ふむふむ、お名前はフォレン・アザーカンさん、年は二十歳で私の同い年、職業欄は……おお、凄い。超エリートの集まる王立大学の学生さんでしたか。
きっと地方の学校で飛び切り優秀な成績を収めて特待生進学した平民の方なのでしょうね。この国の貴族にはミドルネームがありますし、王立学園でお会いした記憶もありませんので。
「しかし、貴女はすごいですね。利用者の質問を的確に理解し適切な資料を導き出す能力とでも言うのでしょうか……お陰で知りたい情報に加えて、関連するほかの本や知識にまでアクセスできました」
めちゃくちゃ褒めてくれますやん……
でもそれ、貴方の質問の仕方が良くて、聞き上手でもあるお陰だと思いますよ。いつもは自重できているのに、最後の方はついうっかり、早口本好きオタクトークしちゃいましたし。
「それが司書の仕事ですから。私にとっても楽しい時間でした。御用の際は、ぜひまたご用命ください」
本心からの言葉です。
◇
その後、フォレンさんは週一度程度の頻度で図書館を訪れる常連さんになりました。大きな机がある学習スペースで様々な資料を広げで学問に勤しむ様子が見られます。また、レファレンスも良くご利用くださいます。
1年も経つ頃にはすっかり顔なじみになり、図書館が閑散としたときには少しずつ、お互いのことも話すようになりました。彼ときたら、本当に聞き上手でもあるんです。陰キャの私ですが、何故か彼の前ではスラスラと話せてしまいます。
そしてですね……なんと先日、お茶に誘われてしまいました。「一度落ち着いたところでゆっくり話してみたい」ですって。
キャー!これはもしかして、人生初のモテキというやつでしょうか……いや、流石に自意識過剰ですよね。
カフェに行く時はどんな格好をするか悩みました。普段、仕事では動きやすさ重視の服を着ますし、メイクは薄く、髪はまとめてお団子です。楽でいいのですが、今回は殿方とのお出かけですからね。
結局、自分では決められずお洒落なメイドさんの力を借りて盛りに盛りました。こういう時、素人が自力でやると碌なことにはなりません。
私一人なら失敗しても「いい経験になった」といえますが、クソダサ芋女がそばにいることでフォレンさんに恥をかかせてはいけませんからね。
待ち合わせ場所で開口一番にフォレンさんは言いました。
「図書館で見かけるお姿とはガラッと雰囲気が変わっていて驚きました。プライベートではとてもオシャレなのですね。いつもの恰好も素敵ですが、今日は特段美しい」
お、「オシャレ」に「美しい」ですって。
今まで言われた事のない言葉です。
多少の社交辞令はあるでしょうが、真っ赤な嘘や心にもないお世辞を言う方ではないことは、これまでの付き合いでわかっています。なんだか口元がもにょもにょしてしまいますね。
メイドさんに感謝です。でも、プライベートでオシャレっていうのは過大評価なのでそこは否定しておかなくては。いろんな物語を読んで、見栄っぱり女はだいたい碌なことにならないと知ってますからね。
「いえそんな、普段はもっと抜けた格好をしていますよ。今日だけ特別なんです」
あれ、フォレンさんってばお口元がもにょもにょしています。
せっかく褒めたのに否定されて、どう返そうか迷っているんでしょうか。バッドコミュニケーション……
でも、その後の時間は素晴らしいものでした。
とてもいいお店で、お茶も軽食も美味しかったですし、会話もとても弾みました。彼の会話からは深い教養が感じられて、それについていけたのは沢山本を読んだ学生時代のお陰かなーと思ってみたり。あの時間は無駄では無かったよ、日陰者時代の私。
それに、フォレンさんは終始紳士的で、エスコートも完璧でした。他の細かい各種マナーだって、この国では少々マイナーな様式が混ざりつつも、大きなミスなくこなされていました。平民の方がこのランクの店を使うことは少ないと思いますのに……きっと今日のために上流の作法をよく勉強されてきたのでしょう。嬉しくなります。
別れ際には「今度は、もっと長い時間付き合ってもらってもいいですか」、「ぜひ、お待ちしています」なんて会話をして別れました。
ここまでくると、もしかしたら脈ありではないでしょうか。ええ、私は鈍感系ヒロインではありませんからね。
将来、我が家はお兄様が継ぐので、私は適当な相手に嫁ぐことになります。そして今までそんな機会はないだろうと忘れていましたが、以前に「もしワシが縁談を持ってくる前にお前が自力でいい相手を見つけてくれば、そのまま結婚してもいいぞ」と父から言われています。
私は貴族の中では下級の男爵令嬢なので優秀な平民の方も嫁ぎ先の選択肢に入ります。そしてフォレンさんは王立大学に通うエリート。これは……恋の大波がきているのではないでしょうか。
と、思っていましたのに。
食事をした翌日からフォレンさんがパッタリ図書館に来なくなりました。あれぇー?
彼は勤勉な学生でよく本を借りに来ていたのに、これはおかしいです。もしかして私、避けられている?いやいやまさか。
でも、あの日、出鼻にフォレンさんが口をもにょもにょしていた時に「じ、実は私、オシャレにはあまり興味がなくて、今日はフォレンさんのため綺麗な格好をしたいと思っただけなんです」と慌てて付け足したのが、言い訳臭くてよくなかったのかも。
それか、食事の際にうっかり何か失礼なことをしてしまったりとか。
もしそうなら、今度会えた時に謝らないといけません。で、でもまあ彼は心が広く理性的ですから、悪意が無かった事が伝わればきっと和解できるでしょう。
……できるよね?
そして、それより心配なのはケガや病気です。無事でいてくれればいいのですが。
なんだか最近、彼の事ばかり考えてしまいます。
◇
「リアン、お前の縁談が決まったぞ。相手は隣国の貴族だ」
父から言われた言葉に耳を疑いました。
渡された釣書には銀の短髪男性の細密画が添えられています。
それを眺めながら「ああ、この人が私の夫になるのか―」とか、「そこはかとなくフォレンさんっぽいけど、あの方は茶色い長髪だったよなー」なんて他人事の様に考えます。
これはきっと衝撃の余り脳が半分フリーズしていますね。釣書きに色々書かかれていますが、目で追っても全然内容が頭に入りません。活字を読むのは得意なはずなのに。
父から話を聞くと最近、交易・交流がどんどん増えている隣国と、「さらなる関係強化のために一つ、貴族同士で政略結婚でも結んどきましょう」って話になったみたいです。
それで、どういったわけか国から我が家に打診がきたとのこと。なら、我が家みたいな下級貴族には断る選択肢などありません。
いや、心情的には爵位返上し家抜けする覚悟でお断りしたいのですが、国同士で一度決まった話となれば私の問題だけでは済みません。
それに、今まで国税でいい暮らししてきたのに、私情で義務を放棄するわけにもいかないでしょう。
相手の方が家格は上なので、今後、私はすぐに隣国で暮らすことになるそうです。
その後は引っ越し準備で慌ただしく、職場にも数回しか顔を出せませんでした。それでも先輩や同僚には何とか全員挨拶ができ、惜しみながら祝福もしてくれてとてもありがたかったのですが……結局フォレンさんには最後まで会えませんでした。
初恋に区切りをつけるためにも、最後にお話しして、綺麗にお別れしたかったのですが……
まあ仕方ありませんよね。私はフォレンさんをお慕いしていましたが、恋人でもありませんでしたし。
貴族の結婚というのは、本人の自由意思によって決まることは稀なのです。
恋愛ではなく、利害関係や家同士の結びつきで決まることが大多数。本人不在のところで、勝手に話が決まる場合もとても多い。
以前、そんな貴族の結婚システムを「マジで最高だな」なんて考えていた私ですが、無責任なことに今は、
マジで最低だな、なんて思ってしまいます。
◇
「っていうのが当時の私の心境だったんですよ」
異国に嫁いでから2年が経ちました。新しい生活にも慣れ、過日辛かったことも今では笑って話せます。
にこにこ笑ってそんな話を聞いているのは、銀の短髪と柔和な瞳を持つ私の旦那さま。
「いやー、まさかそんなことになっていたとはね。執事から『奥方となる方はどうやら深く落ち込んでいるご様子です』と聞いた時は焦ったものだよ」
「それは……本当に申し訳ありません」
私の言葉に「いや、いいんだよ」と答える彼は昔から変わらず優しく紳士的な方です。
「それだけその『平民のフォレンさん』を好きだったんだろう。異国の貴族に嫁いじゃって、今どんな気持ち?」
「もう、やめてくださいませ」
前言撤回。嫁いで一年たった頃から、こうやってイジワルを言うことが増えた様に思います。あと、夜はベッドヤクザになることもありましたね……
「だいたい細密画の姿が図書館で毎週見ていた貴方と違い過ぎたんですよ、フォレン。茶髪長髪が銀の短髪になっていたら、同一人物とわからなくても仕方ないでしょう」
「それはまあ、縁談を纏めるために国に帰った時に、あの国に馴染めるように茶で染めていた髪を戻して、男らしく見えるようにバッサリ切ったものね。紛らわしくてごめん」
そう、フォレン・アザーカンさんは平民ではなく隣国の貴族でした。
隣国式の名付け方だと、貴族もミドルネームはないんですよね。盲点でした。
それで、交易が盛んな我が国に短期留学していたところ私に出会い、結婚したいと思うくらい気に入ってくださったそうです。
しかし、国際結婚というのは本来、なかなか成立しないものです。平民の方ではそもそも他国の方と出会う機会がないですし、国を股にかける大商会の方などでも、法や文化的な制約が多くあり、すんなりとは決まりません。
しかしお互いが貴族同士なら……
貴族の結婚というのは、本人の自由意思によって決まることは稀なのです……が、逆に言えばや両家の結びつきが国や家の利になれば、すんなり決まることが大多数。
過日、私とお茶した時に「脈あり、少なくとも嫌がられてはいない。そして賢妻となる確かな教養と品性もある」と確信したらしいフォレンは、大学で学んだ知識で縁談のメリットを纏め、聞き上手で話上手な能力をフル活用したプレゼンで国まで巻き込み、あっという間に結婚を決めてしまったのでした。
私不在のところで、と言うところに少々ひっかかりましたが、後日聞いた話だと、私は結婚適齢期かつフリーだったので、他から縁談が来る前に決めたいという事で、早急に事を起こしたそうな。
しかも足元を見られない様に、私にベタ惚れしていることは国の重鎮達には上手く隠しながら行なう必要があり、中々に大変だったというのが彼の談。
でもまあ、それが貴族の結婚システムというものなんですよねぇ。
過日、「最低だな」とさえ思ったその仕組み。
ですが、そのお陰で良縁に恵まれた今では
マジで最高だな、って思います。
ちなみに私は
ポイント、誤字報告、感想を下さる方のことを
マジで最高だなって思っています
書き手になって分かる、この有り難さ
本当に、いつもありがとうございます(*´ω`*)
6/11追記
最新作できました!自信作だから読んで欲しい↓
転生したら山姥でしたが、幸せになってみせますわ!
N6668KI
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