第3話 身体の変化
柾木さんが退出してしばらくした時だった。
「すみませーん。新しく入った人の世話をする者です。入ってもいいですか?」
扉をノックする音がしたすぐ後にそんな言葉が聞こえた。
(確かに、この身体の状態だとお世話してくれる人がいたほうが助かるよな…)
「はい。どうぞ。」
「失礼します。」
(やっぱり知らない人と会うのは緊張する…考えたら昨日結構頑張ったな…)
「おはようございます。私の名前は『戈星 葵《ホコボシ アオイ》』、あなたの短期的なお世話をする者です。よろしくお願いします。」
「は、はい。星鴉 浹です。よろしくお願いします。え、ええと、ちょっと質問いいですか?」
「ええ、いいですよ。」
「あなたも転生した方ですか?そ、その、短期的な世話とは?」
「はい、私も転生者です。この世界に来て軽く慣れるまでお世話…補助の方が合っていますかね。期間はだいたい1カ月ぐらい、生活に慣れるために補助します。」
「なるほど。ありがとうございます。あのそのはこは何ですか?」
人が来ることに意識を持っていかれて、小さい台車で運ばれる箱に気づかなかった。
「この箱は時計です。この世界の時間感覚とか慣れがいりますから、新しい人全員に配布しています。一応元の世界の時計も入っています。」
「え、ということは時計職人みたいな人もいるんですか?」
「ええ、意外と職人の方も転生されている様です。」
(しかも、部品も多分1から作らないとだよな。言語系の人から時計職人まで居るとは、凄いな。)
そう考えていると1つ疑問が生じた。
「そういえば、航空機ってこの世界にあるんですか?」
もっと疑問に思うことはあるだろう!と、かなりの人がツッコむと思うが、浹はこの質問がとても重要だった。
「いえ、飛行機は無いです。そういう計画とかも聞いたことが無いですね。」
その回答に、喜びと不安が同時に生じた。この世界で初めて航空機を飛ばす人になるのではなるかもしれない、という喜びと、前任者がいないため、研究ともし失敗したときの責任への不安である。
「この質問をされるということは、元の世界では飛行機系の職に就かれていたのですか?」
「いや、その、ただ航空機が好きっていうだけですね。その、将来的にはそういう職に就きたいな。とは考えていたのですが…」
「つまり、学生だったということですか?」
「いえ…その…えっと…浪人してました…」
「そうだったんですね、この話はこの辺でやめておきましょうか。では、この世界で何とするにもまず、身体を動かさねばなりませんから、私達の様な体格になって頂きます。」
「えっと、その、どうやって?」
「薬を飲んでもらいます。もし嫌だったら、自分で無理やり立つか、寝たきりか、ですかね。」
(この身体が変わる覚悟…まぁ寝たきりよりマシかな。)
「わかりました。薬飲みます。」
「では、この薬を。」
出された薬は、真っ黒でなかなか匂いが強烈な丸い薬だった。まず飲もうとは思わない、ヤバそうな雰囲気をまとっている。
「これを飲むと、すぐ眠気に襲われすぐ眠ると思います。そして、変化が終わった頃に目を覚ますでしょう。」
「その、この薬でなんか大変な事になった人とかいませんよね?」
「いません。そこはご安心ください。」
「わかりました…よし。では飲みます。」
口に含むと、匂いはキツイが苦いということもなく、飲み込むまでに時間はかからなかった。その時、扉をノックする音が聞こえたが、睡魔に負けて眠りにつくのだった。
∶
∶
∶
何分、いや、何時間経っただろうか、意識が覚醒し、ぼやけた視界が焦点を定めた。どうやら薄暗いらしい。
(もしかして、夕方になったかな?)
頭の方にある締め切ったカーテンの下を見るに、その考えは正しそうだ。ただ、色は緑色という夕方と相性が悪そうな色をしている。
(そういえば、太陽の色変だったな…夕方ってこの色になるのか…)
そう考えていると、戈星さんが歩いてきた。
「体調はどうですか?」
その質問に大丈夫ですの一言を返そうとしたとき、ジワジワと思い出してきたかのように、全身が鈍く重く、張ったような初めて経験するような痛みに襲われた。全身から汗が噴き出し、頭は重く、身体は動こうとしてくれない。
「見るからに体調が悪そうですね。ですが、大丈夫です。皆さんだいたい同じ感じになってますので。」
(皆が同じ経験をしたって言われたところで、このキツさは改善されないよ!)
戈星さんが頭に氷嚢を置いてくれたおかげで、頭の痛さは少し緩和されたが、まだ痛いところは山ほどある。眠ってしまいたいが、痛さで眠れない。
「星鴉さん、手を見てみてください。」
そう言われて手を見てみると、手が小さくなっている。頭では理解していたが、実際体験するとかなり驚いてしまう。
何気なく手を顔の前まで持ってきたが、先程までの全身への痛みはどこへ行ったのか、かなり落ち着いた。氷嚢で緩和されていた頭の痛みも、今は氷嚢の冷たさで頭が痛くなりそうである。
「え、あれ?」
「もう大丈夫そうですかね?では布団は洗いますので。」
ビッチャビチャの布団が剥がされると、そこにはダボダボになった服の上からでもわかる筋肉感と長ズボンに隠れた足があった。
「これ、すごいですね。なんか、いろいろと。」
「落ち着いたら、こちらに着替えがありますので、お着替えください。私は布団を移動させますので、その間に。」
「わかりました。」
戈星さんが家から出て、とりあえず服を脱いでみた。本当にそのまま縮んだという感じで、その他の変化といえば、筋肉がムキムキになったようだ。恐らく、筋肉量は変わっていないだろう。
(とりま、着替えますか。)
ちゃんと足元を確認しながら、ベットから降りる。元の感覚で降りると転びそうだ。
着替えは、すこしザラザラしている布が使われているが、着心地はあまり悪くない。サイズもあまり違わない。考えてみると、今まで会った人達はあまり身長差がなかったので、恐らく皆同じような身長になるのだろう。
(あ、そういえば時計あるじゃん。)
片方の時計は、馴染みのあるアラビア数字で描かれた時計で、もう片方の時計は、数字か分からない文字が描いてあり、時間の示し方もすこし異なるようだ。いつもの時計は、6時50分を示している。どうやら夕方ではなく朝方のようだ。
そんなふうに時計を眺めていると、戈星さんが帰ってきた。
「身体の調子はいかがですか?」
「違和感はありますが、他に悪いところとかはありません。」
「そうですか。では、いきなりですが街に出てみますか?ご案内しますよ。」
「そうですね…外に出てみます。案内をお願いします。」
「では、ついてきてください。」