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家族旅行  作者: 和奏
1/2

コテージ


 高校が夏休みに入る直前のことだった。

 父が家族旅行にと、コテージを予約してくれた。

「去年は、真帆(まほ)が受験で夏休みに出掛けることができなかっただろう? だから、今年はちょっと奮発したんだ。外にバーベキューコンロがあって、シャワーも、冷蔵庫もキッチンも全部ついている広い戸建てだよ。空いていた最後の一戸だったんだ」

 森林浴をしながら昼はバーベキューをして、夜は部屋でゆっくりしようと、得意顔で父は言った――。



「ここ?」

 車から降りた私は、父に尋ねた。

 白い壁に赤い屋根。洋館風のコテージ――。コテージというよりも大きな別荘といったその家は、鬱蒼とした森の中の濃い緑に囲われていた。

 周りに生えている木々の背が高いせいか、コテージには薄影が落ちて、昼間なのにほの暗い。

 別棟のコテージとの間隔はゆうに30メートルほど。高低差もあって、木々に遮られているから誰かと視線が合うようなことはないだろう。


「そうだよ。中に入ってごらん」

 父に促されて、私は幼稚園児の弟、拓海(たくみ)の手を引いてコテージの玄関扉をくぐった。

「わぁ……!」

 入ってすぐの部屋は広いリビングで、正面には森の中の戸建てらしく暖炉があった。部屋の左奥には高さのあるシングルベッドが二台。その横には薄型の大型テレビ。テレビを見ながらくつろげるL字型の大きなソファは、とても魅力的だ。

 部屋には、いくつかのフロアライトがあって、片隅に一つの黒い固定電話が備え付けられてある。

 中二階にはキッチンとダイニング。高い天井にはプロペラファンがくるくると回っている、お洒落な造りだった。

 ぐるりと室内を見回した私は、すぐに違和感を覚えた。


「すごくきれいだけど……、あれ? 思ったよりも狭くない?」

 外から見たコテージは豪邸を思わせる大きさだったのに、玄関から見回した家の中は、その半分もないように思えた。

 不思議がる私の後ろに立った父が、苦笑いをする。

「一軒の家なんだけど、半分以上がA棟。うちが泊まるのはB棟で、壁で仕切られているんだよ。多分、別荘みたいな造りで、家族が住むメインがあっちで、こっちはゲストルームなのかな」

「へぇ……。隣とは行き来できるの?」

「う~ん、どうだろう……。あ、そこの壁の扉」

 視線を彷徨わせた父は、A棟との境にある壁を指差す。

 そこには、大きな扉があった。

 けれど、扉の前には開閉の妨げになる形で、ソファが置かれている。

「施錠されているだろうけれど、位置的にもそこからA棟と行き来できるのかもしれないね。予約の時にネットで写真を確認したら、庭は共有でテラスも隣と一枚で繋がっていたし。真帆、折角だから、外をぐるっと見て来てごらん」

 

 父の言葉に、着替えなどの荷物を整理していた母が、顔を上げた。

「真帆、外へ出るのなら拓海も連れて行ってくれる? お母さんは、今からお父さんとお昼の支度をするから。ただ、よく熊が出るらしいから、家の周りから離れないでね」

「わかった。……た―くん、おいで。外へ行こう」

 L字型のソファに座っていた拓海に手を伸ばす。

 拓海は、くたくたの柔らかなキリンのぬいぐるみを片腕に抱え、もう片方の手で私の手を握った。


 コテージの周りを探索すると草がぼうぼうに生えていて、あまり手入れが行き届いているように見えなかった。

 真夏の森は草の勢いが強くて、こんなものなのかもしれない。

 辺りはどこも草が深くて、これといって拓海と遊べるような場所はない。かといってコテージから離れて散歩するのは、熊が怖かった。

「ね、たーくん。隣のA棟にも誰か泊まっているかな……?」

 予約で埋まっているのなら、隣にも誰か来ているはずだ。

 他に行けるところがないのなら、敷地の中。

 興味が湧いた私は、共有の庭に入り込んだ。

 父が言っていた通り、B棟の一階の庭にあるテラスとA棟のテラスは繋がっていて、そこからA棟の窓が見えた。

 ……庭には、人気がない。


「あれ?」

 テラスに張られているウッドデッキは屋根と同じ赤い色。だが、所々ペンキが剥げ落ちて傷んでいる。だからなのか、床材が大きく剥がされていた。

 それも、A棟の部分だけ。

 テラスに面した窓の、内側に垂れ下がるカーテンは、一部が引っ張られたようにフックから外れて、だらしなく弛んでいる。

 ウッドデッキの床の穴を避けて、中途半端に開いているカーテンの隙間から、私は、そぅっと室内を覗き込む。

「……誰もいない」

 一言でいうと、荒れ果てていた。

 壁紙は一部が剥がれて、床や机の上には使ったままなのか、鍋や皿、布が散乱していて人が宿泊できる状態ではなかった。

 それこそ、熊が入って荒らしていったような、酷いありさまだった。

 窓辺に目を落とすと、ぽつぽつと黒いもの。鼠か何かのフンらしい物まで落ちている。

 人が、いるはずがない。

 熊も怖いが、こんな荒れた家の中に人がいて、目でもあったら尚怖い。

 がらんとした部屋の様子から、私はつい、そんな想像をしてしまう。

 ぞわりとして、身体が竦み上がった。


 ――上は……?

 何か見えるだろうかと、拓海の手を引いて庭から出て、コテージ前の道からA棟の二階の窓を見上げた。

「……柱?」

 三角の屋根の、洋館の一番高いところにある大きな窓から見える壁際には、いくつかのよくわからない荷物が積み重なり、材木のようなものが立てかけてある。

 自分たちが宿泊する、同じ一軒の家とは思えなかった。

 A棟は、まるで廃屋のようだった。

 

「お父さん、お母さん。A棟だけど、凄く荒れているの。……熊、じゃないよね?」 

「え……?」

 玄関脇のバーベキューコンロで、昼食の支度をしている両親にA棟の様子を伝えると、母は眉を寄せて父の顔を見た。

「ちょっと見て来る」

 父は険しい顔をすると、コテージの周りをぐるぐると回り始めた。敷地の外からもコテージを眺めると不安な顔をする母と私の所へと戻って来て、曖昧に笑った。

「予約をした時に何も言われなかったし……。見たところ窓が割れているわけでもないから、あっちは改装中かもしれない。気にしなくていいんじゃないかな」

 

 え、気になる。

 そんな言葉が咽から出そうになるも、『奮発した』という父の言葉を思い出した私は、あわてて口をつぐむ。

 あまりしつこく言えば、コテージを予約した父ががっかりしてしまう。折角の旅行で空気が悪くなったり、気まずくなるのは嫌だった。 

 結局。熊が出たら怖いからという母の一声で、昼食はコテージの中で食べることになった。 



 夏でも、森の中は日暮れが早い。

 夕方を過ぎるとあっという間に暗くなって、久しぶりに夜を長いと感じた。夕食を終えて、ソファでゴロゴロしながらみんなでテレビを見てくつろいでいた。――時間は、九時頃だったろうか。

 街灯もない窓の外は真っ暗で、もう何も見えなかった。

 ただ。

 離れた所にある別棟のコテージの明かりが一つ、木々の間から小さく漏れて見えて、あそこには人がいるんだと、なんだか安心した。


「ねぇ、お母さん。ベッドは二台しかないけど、どうやって寝るの?」

 ベッドはシングルが二台だけ。家族四人では窮屈だ。

「ベッドに二人、後の二人はソファベッドね。お父さんは運転して疲れているから、ベッドで寝かせてあげてくれる? たーくんはこの高さだと、ベッドから落ちたら怪我をしちゃうかしら……」

 そうなると、私か母が拓海と一緒にソファベッドで寝ることになる。

 私は別に、どちらでも構わなかった。

「うん。じゃあ、私はたーくんとソファベッドでいいよ」

 母に、答えた時……。


 プッ――。

 ……プルルルルル。


 テレビやL字型のソファの近くにある、黒い固定電話が鳴った。

 ワンコール、……ツーコール。


 電話に一番近い所にいたのは、父だった。

 ソファから立ち上がって、だけど電話を眺める父は、口許に手を当てたままその場から動かない。

「……お父さん、電話鳴ってるよ」

「え、ああ。……いや」

 答えに詰まる父は、明らかに動揺していた。

 電話の音が気になりながらも、私の意識は父へと向いた。

 

 スリーコール――。

 

 ぴたり、と電話が鳴りやんだ。

 電話を取らなかった父も、父を見つめる母も、私も。すぐに誰も言葉を発しなかったからか、部屋の中がやけに静かになった。

「どうして電話に出なかったの? ……コテージの管理事務所じゃないの?」

 部屋に備え付けの電話なのだから、と母が不審そうに尋ねた。

 ぎこちなく、口許だけ笑った父は、ゆっくりと振り向いて、

「こんな時間だし、すぐ切れたんだから、きっと大した用じゃないよ」

 することもないしそろそろ寝ようか、と急に変なことを言う。


 ――なんだろう。


 父の声はいつもと違って強張り、少し緊張しているように聞こえた。

 妙に胸がざわついた私は、父の言う通り早く寝てしまおうと思った。


「私とたーくんが寝るソファベッドって、ベッドの近くにあるL字型の?」

 訊くと、父の視線は私を通り越してずっと後ろの方にあった。

「いや、そっちの。……扉の前の」

「隣のA棟と繋がっているかもしれない、扉の……?」

 昼間は何でもなかったのに、隣と繋がっているかもしれないということが怖くなって、私の声は消えそうに小さくなる。

 扉一枚隔てた隣は、無人の廃屋。

 夜中に変な音が聞こえてきたら、どうしよう。

 扉が向こうから開きそうになったら……? 嫌な想像が頭を過って、背筋がひやりとする。


「みんな同じ部屋に寝るんだから、大丈夫。何もないよ」

 大丈夫だという父の声は細く揺れて心許なく、不安感を煽った。


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