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異世界恋愛系(短編)

旦那さまが欲しければかかっていらっしゃい。愛人だろうが、妾だろうが全力でお相手してあげますわ。

「みいつけた!」


 私は夫の部屋に隠されていた女もののアクセサリーを取り出した。自身の瞳の色に合わせたのだろう。めったに流通することのない大ぶりな石を惜しげもなく使用したペンダントが、小箱にしまわれていた。一歩間違えば下品になりそうなところを、ぎりぎり豪華と言える範囲で踏みとどめている絶妙なデザインだ。教育の甲斐があったようで大変嬉しい。


「今回のは結構素敵じゃない! ね、そう思うわよね」

「はい。ご結婚当初に比べますと月とスッポンかと」


 歯にきぬ着せぬ物言いの彼女は、実家から連れてきた侍女だ。何でもはっきり言ってくれる性格を気に入っている。ちなみに夫の部屋を漁っていることに関して、彼女は何も言わない。夫側の使用人に対しても彼女が話をつけているのか、注意を受けることもない。何か言われても、言い負かしてやるけれどね? やはり持つべきものは有能な侍女である。


 彼女も言っていた通り、結婚した当初の彼は、びっくりするほど趣味が悪かった。何をどう間違ったらこんなものを買う羽目になるのか。悪徳商人のカモにされているのではないか?と疑いたくなるような代物を何個も自室に溜め込んでいたのだ。行動の端々から何やら隠し事をしているらしいと気が付き、様子を探ったあげく、ゴミのような代物を見つけてしまったときの悲しさと言ったらない。


「お金を使うなら、美しく使えが我が家の家訓。たとえ愛人相手への贈り物であろうが、お金をドブに捨てるような真似はこの私が許しません」

「ごもっともです」


 政略結婚の相手が愛人を抱えているなんて、掃いて捨てるほど聞く話だ。ありきたり過ぎて、涙も出ない。何だったら同じ敷地内で愛人を囲う馬鹿男だって少なくないのだ。妻の実家の金で、愛人への贈り物を買うことくらい目をつぶろう。だが、我が家の財産があんなダサ過ぎる装飾品に変わることだけは許せなかった。


「ほほほ、さあ、今夜はこの宝石をつけて夕食に出ることにいたしましょう。どんな言い訳が聞けるか、今から楽しみだわ」

「さようでございますね」


 夫をつつくための良いネタが見つかったと私は、手に入れたペンダントに似合うドレスを選ぶべく侍女と共に自室へと引き上げた。



 ***



 私には前世の記憶がある。

 日本というこことは異なる世界で、ごく普通の女性として暮らしていた記憶だ。もしも特筆すべき部分があったとするならば、生きている間中ずっと夫の浮気に悩まされていたということだろう。


 スーツのポケットを探れば他の女に贈ったプレゼントのレシートや、私とは行った覚えのない高級レストランの領収書が出てくる。車のシートにはピアスが残っていることが当たり前。おかげで手元には、片方だけのピアスのコレクションができてしまった。長生きしていればコレクションたちは、サグラダファミリアのように増え続けていたのかもしれない。


 友人たちの話を聞くと、子どもの洋服のポケットには大量のダンゴムシや砂場の砂、どんぐりが入っていることが多いのだそうだ。夫のポケットとは違って夢がたくさん詰まっていて、羨ましいばかりである。まあ夫のポケットにも男の夢がたっぷり詰まっていたのかもしれないが。


 それでも私は別れずに、そのまま暮らしていた。いくら好きになって結婚した相手だからと言って、あそこまでないがしろにされた状態で我慢する必要はなかっただろう。子どもが生まれなかったことへの負い目がなかったと言えば噓になる。今になって思えば、感覚がマヒしていたのかもしれない。けれど、そんな結婚生活はある日突然終わりを告げた。


 出張に行ったはずの夫が会社の手帳を忘れていることに気が付いたのは、クリーニングに出かけるための用意をしているときだった。前日とは異なるスーツを着て行ったので、上着の中に入れっぱなしにしてしまったらしい。事前に聞いていた新幹線の出発時間には間に合うはず。とるものもとりあえず慌てて駅に届けに行って、そこで私は見てしまったのだ。見知らぬ女と腕を絡ませ、楽しそうに歩く夫の姿を。


 ずっと目を逸らしていたものを突き付けられて最初に思ったことは、「面倒くさい」だった。やっと親を安心させてあげられたのにだとか、再構築しなくちゃならないのかとか、離婚するにあたって弁護士をつけたらいくらになるのだろうとか、いろいろ考えたけれど、それらは瞬間的に「面倒くさい」に集約する。とりあえず、見なかったことにしよう。そう思って逃げようとしたところで間の悪いことに、相手にも私がいることに気が付かれてしまった。


『ちょっと、待ってくれ』


 慌てて逃げようとして足を滑らせ……、次に気が付いたときには私は地べたに転がっていた。ヤバい、立ち上がらなきゃ。ただでさえ駅での痴話喧嘩なんて目立つのに、離婚するにしろしないにしろ、ひとに見られたらなんと言われるか。そう思ったのに、身体が動かない。あれ、どこかぶつけちゃったっけ? でも何となく、マズい感じがする。こんな簡単なことで、人間って死ぬこともあるんだなあとどこか他人事のように考えながら、私はゆっくりと意識を手放すことになった。


 そして気が付いたときには、成金男爵家のご令嬢に転生していたのである。



 ***



 転生先は、何と言ってよいものやら、転んでもタダでは起きない人間ばかりが集まった家だった。転生前の私は生真面目なだけが取り柄の、陰気くさい人間だったと思う。相手の迷惑にならないかをただひたすら気にして、夜寝る前にその日の会話を振り返り、もっとこう言えばよかった、もっとこんな反応をすればよかったと、気にしても仕方のないことを反省し続けるようなタイプだったのだ。


 あっけらかんとして失敗しても気にせず前に突き進む家族に囲まれていると、夫の浮気にうじうじと悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。さっさと浮気の証拠ともども夫をゴミ箱に捨てなかったことを後悔しているくらいだ。そしてそんな家族から、私はどんな逆境であろうと楽しむ術を叩きこまれたのである。おかげで今世の私は、前世とはかけ離れたちょっとばかりイカれた女に成長してしまった。人生楽しいので、別に気にしてはいない。


 そんな私の結婚相手は、もちろん政略で選ばれたものだった。相手は我が家とは異なり、建国の時からある名門貴族の嫡男である。相手には金がなく、我が家には歴史がない。よくある話の、ちょうどいい感じにお互いの欠けた部分を埋めるための結婚だった。テンプレで非常によろしい。


 ちなみに結婚式当日に初めて会った新郎は、真っ青な顔で今にもぶっ倒れるのではなかろうかと思われた。そういうのは、か弱い女性である私の役割として残しておいてほしい。けれどぷるぷると震える彼の姿は、私の大好きな小動物によく似ていて私は一目で気に入ってしまったのである。人間嫌いで社交を苦手とする夫だったが、領地経営の手腕は優れていたし、農業への造詣も非常に深いものだった。貧しかった領地は彼に代替わりしてから、ずいぶんと良い方向に変わってきており、私の実家からの評価も高い。これで夫も私のことを好いてくれれば万々歳だったのであるが、まあ世の中そううまくはいかないのだろう。


 だが、あの線が細く気が弱そうに見える夫が結婚早々、女への贈り物を部屋に溜め込むような人間だったとは。まったくひとは見かけによらないものだ。ちなみに初夜は涙目で固まっていたので、こちらで引導を渡してやった。翌日、顔を真っ赤にして私の元から逃げ去った旦那さまは非常に可愛らしかったので満足している。


「おーほほほほ、まったくふてぇ野郎ですわ!」

「お嬢さま、か弱い女性は『ふてえ野郎』だなんて言葉は使いません」

「あら、褒めているのよ。結婚式当日に子鹿のように震えていたくせに、新婚早々妾を囲うなんて面白過ぎるわ。一体、どんな女性なのかしら。やっぱり、私みたいな派手な女じゃなくって、おしとやかで風が吹けば倒れるような可憐な女性なのかしらね」


 前世クソ真面目に生きてきた反動からか、今世の私はとんでもなく派手な女である。だって、派手でケバい格好が似合うのだから仕方がないのだ。叶姉妹みたいなゴージャスな身体付きをしていたら、見せびらかしたくなるのが普通なのである。


「お嬢さまは、旦那さまに振り向いていただきたいのですか?」

「全然? 涙目でこちらを見つめてくるあの顔を見られたら満足だわ」


 部屋に戻り、見つけたペンダントをもてあそびながら力説すればやんわりと侍女にたしなめられた。さらに驚くべき質問を受けて、目を瞬かせる。


「では、どうしてわざわざ当て擦りのように、家探しをしてまでそのように贈り物を探し出すのです?」

「いや、隠されているとわかったら、探してあげるのが礼儀かと思って。ほったらかしにしておいて、部屋の隅で腐ったりカビが生えても困るじゃない?」

「お嬢さま、旦那さまは犬ではありませんから、すぐに腐ったりするようなものは部屋に隠さないと思いますが」

「あら、それもそうね。いつまで経っても相手の女性を見れないのはつまらないし、はっきり聞いてみましょうか。いつになったら、あなたの秘密の恋人を紹介してくれるのかしらって」

「旦那さま、泣くでしょうねえ」

「本当よね。泣くくらいなら最初から白状するか、きっちり隠し通せばよいのにね」

「お嬢さま、わたくしが言いたかったのはそういう意味ではないのですが」

「じゃあどういう意味?」

「それはお嬢さまご自身が気づくべきことですので」


 私から聞いて前世の話を知っている侍女は、困ったものだと肩をすくめつつも私のやることに付き合ってくれている。さあ、楽しい夕食の始まりだ。



 ***



「旦那さま、素敵なペンダントをありがとうございます。私、嬉しくて、さっそくつけてしまいましたわ」


 私の揺さぶりに、旦那さまは顔を青ざめさせるかと思いきや、ほんのりと嬉しそうに微笑んだ。うん、なぜだ? なぜ少女のようにはにかむ。畜生、かわいいぞ、こんにゃろう。


「よかった。いつもはデザインセンスがないだの、もうちょっと色の組み合わせはどうにかならなかったのかだの、言っていただろう。僕では、君に似合うアクセサリーを用意できないと落ち込んでいたところだったから、君が気に入ってくれて本当に嬉しい」

「旦那さま、これは旦那さまが私のために選んでくださったものなのですか?」


 愛人のためのものではなく、最初から私のために選んだのか。それを確認するつもりで聞いたのだが、その瞬間、夫はさっと顔を青ざめさせた。


「……やっぱり、君には全部お見通しなのだね」

「……旦那さま。私、こんなことで怒ったりはいたしません。ですが、しょうもない嘘を吐かれるのは好きではありませんの」

「本当にすまない。実は……そのアクセサリーは親友が選んでくれたものなんだ」

「は?」

「僕みたいな陰気で貧乏な男のところに嫁いできてくれたというのに、僕は君のあまりの美しさに固まってばかりで。初夜まで君に頑張ってもらって、本当に情けない。君の喜ぶ顔を見たいと思って、親友に相談したらプレゼントを贈るのが一番だとアドバイスされてね。でも、そもそもプレゼントを買う元手は君のご実家の援助だろう? だからどんな顔をして渡していいかわからないと悩んでいたら、部屋に置いておけば気づいてもらえるから大丈夫って教えてもらったんだ」

「うん?」

「実際、その通りで君はすぐに見つけてくれただろう。でも、僕のセンスが悪いせいか君はちょっとご機嫌が悪くて。何回か頑張ってみたけれど、どうにもうまくいかなくて悩んでいたら、また親友が声をかけてくれて。今度は彼が、そのペンダントを選んでくれたんだ。よかった、やっぱり友人のアドバイスを信用して本当によかったよ」


 普段の陰気な顔はどこへやら、ふわりと微笑む夫の顔はたまらなく可愛かった。なんだこの生き物、可愛さで私の実家の財産を引き出すつもりか。いっぱい使って。


 残念ながら夫のセンスが良くなったわけではないことが判明したが、問題はそこではない。見過ごせないのは彼の親友のことだ。一見、夫を支えるようなことを言っているが、彼のアドバイスはあまりうまいものではない。今回だってたまたま夫が正直に話したからことが露見したのであって、貴族ならではの腹の探り合いの中では誤解に誤解が積み重なり、婚姻関係は破綻していたかもしれない。


「へえ、あなたの親友が。なるほど、そういうことなの」

「ああ、本当に優しい友人なんだよ。明日の夜会には、彼も来る予定だから一緒に挨拶をしてくれたらとても嬉しい」

「わかりましたわ」


 私はとびきりの笑顔とともに返事をした。



 ***



「お嬢さま、今までの誤解のことについて説明なさらなくて良いのですか?」

「あら、だって可哀そうでしょう。数少ない友人に騙されていたなんて聞かされたら、彼、ショックで倒れちゃうかもしれないわ」


 私の夫は友人が少ない。しかもコミュ障なわりに、善性が強い夫は自分の友人とあれば、多少不思議な指示を受けたとしても実行してしまうことだろう。よく今まで、身ぐるみをはがされずに生き残れてきたものだと思う。爵位の割に屋敷の使用人の数が少ないと思っていたが、もしかしたら夫を守り支えることができるような人間以外は、ふるいにかけられてきたのだろう。家令、グッジョブ。そんなあなたには、私の大切な侍女を娶ってほしいくらいだ。


「お嬢さま、今後のことですがいかがなさいます?」

「そうね、彼の親友とやらが黒幕なのは間違いないでしょう。まったく、ふてぇ野郎ですわ」

「さようにございますね」

「いくら私の夫が可愛らしいからって。浮気疑惑をかけて、夫を自分の手元に置いておこうだなんて言語同断。親友なら、友人の幸せを心から祈るものでしょう。絶対に許せないわ」

「……お嬢さま?」

「決めたわ。私、夫とのいちゃラブ新婚生活を彼の親友に見せつけようと思うわ。それで、目の前で自分の大切なひとが自分ではない他人に愛されて輝いていくさまを見て血の涙を流せばいいのよ」

「…お嬢さま」

「なあに? 何かこの計画に穴でもあるかしら」

「穴だらけですが、最終的に親友さんとやらが苦しむことには変わりありませんので、お嬢さまのお気持ちのまま、実行なさればよいかと」

「ありがとう。あなたなら、きっと協力してくれると思っていたわ!」


 そうして、私は夫の親友をあおり散らかしてやることに決めたのである。


 翌日、私は夫の親友とやらが選んだのだという、センスの良いアクセサリーはつけなかった。代わりに、夫が夫なりに一生懸命選んでくれたアクセサリーをたっぷりとつけた状態で、夜会に出たのである。はっきり言わせてもらうが、夫の選んだアクセサリーはダサい。けれど、私は極上の美女である。その私が似合うように使えば、それなりに見栄えのする使い方ができるのだ。一応弁明しておくが、私は自信過剰ではない。前世の記憶と審美眼から見ても、現在の私は本当に美しいのである。


 夫の親友は、確かに夫から聞いていた通りの色男だった。一体どういうところで繋がりを得たのかと不思議だったが、私との婚約が決まったところで向こうから声をかけられたらしい。私の実家との繋がりを求めてのことかと警戒していたが、非常に気のいい人間だったらしく、すっかり仲良くなってしまったのだそうだ。


 旦那さま、騙されておりますわよ。本当に気のいい人間であれば、政略結婚した新妻の誤解を招くようなアプローチを親友のあなたに教えることは致しませんわよ。ツッコミたくなるのを必死でこらえながら、私は夫から情報を引き出した。


 なぜかわからないが、夫の親友を見るとひどく腹が立った。こちらの世界にありがちな女性蔑視発言や、セクハラ親父発言などなにひとつないにもかかわらず、非常に気に食わない。たぶん、私は夫の親友が細胞レベルで嫌いなのだと思う。理由? あの男が私を排除しようとしている。それだけで十分なのではないだろうか。


「旦那さま、ご挨拶に行くのでしょう?」

「ああ。だが、これで本当にこのアクセサリーで良かったのだろうか。僕の親友が選んだアクセサリーの方が絶対にセンスが良かったはずだ」


 ええい、ちまちまちまちまといつまで経ってもうじうじして!

 まあ、その陰気なところが可愛いのだけれど!


「もう、ダーリンったらそんなことばっかりおっしゃって、可愛すぎますわ♡ 愛しい旦那さまが選んでくださったものが一番嬉しいに決まっているでしょう?」


 とはいえ、いずれそのトンチキなセンスは矯正させてもらおうかと思っておりますけれど。


「わ、わ、急にくっついたりしたら、胸が」

「やーん、ダーリンったら。ベッドの中ではもっとすごいものを見ているでしょう。でも、そんな風にお顔が赤くなるところがとっても可愛くて、大好きですわ」


 うろたえまくる旦那さまが可愛らしくて、私はご機嫌でくっついて回る。そう、私はべたべたに構い過ぎて、たいていの動物に嫌われる女。小さく震える旦那さまのことだって、可愛らしくて大好きだ。だから相手が、ちゃんと自分の身の程をわきまえているのであれば、妾を持つことだって許してやろうと思っていた。前世のときみたいに、こそこそ浮気されたあげく殺されるなんてたまったもんじゃないから。


 そこへ顔を引きつらせた夫の親友がやってきた。なんだ、自分はもっとすごいことを普段からそこらの女としているんだろうが。なんでそんなに慌てているんだか。やはり、この男、私の夫を狙っているということで間違いないらしい。色男風の行動は、夫の警戒を解くための作戦か。


「き、君たちはいつの間にそれほどまでに仲良くなったのかい。参考までに、わたしにも教えてくれないか」

「うふふふ、新婚ですもの。身体の境目がなくなりそうなほどに一緒に過ごしていれば、仲良くなるのも当然ですわ」

「そ、そ、そんな。君は、わ、わたしは何のために……」


 夫の親友が真っ青な顔で、崩れ落ちる。気の良い私の夫は、私の発言に顔を赤くしたり、親友の様子に顔を青くしたりしながら、右往左往している。


 おほほほほほほ、悔しいでしょう?

 親友という隠れ蓑で押し殺した恋心。それをぽっと出の政略結婚の妻に盗られたあげく、目の前でいちゃラブされたなら、髪の毛が抜け落ちてしまうほどに歯がゆいのではなくて?


 私もひとを愛する気持ちを知っています。愛している相手に愛されない辛さも知っています。だからこそ、想いは正々堂々と告げていただきたかったのです。夫が別に女を囲っているかのように見せかけるような卑怯な真似をする奴になんか、私は負けません。それでも旦那さまが欲しければかかっていらっしゃい。愛人だろうが、妾だろうが全力でお相手してあげますわ。



 ***



 その頃、屋敷の中では侍女と家令が頭を痛めていた。


「正直に申し上げまして、旦那さまのご友人とやらは、旦那さまではなく、お嬢さまのことをお好きなのではありませんか?」

「そうでしょうね。どうして奥さまは、ご自分ではなく旦那さまが狙われていると思ったのでしょう」

「お嬢さまは、以前にとても悲しい経験をなさっておりますので。今だって、旦那さまへのお気持ちを恋だとは認識しておられません。旦那さまからのお気持ちも、愛だとは思ってもおられないでしょう」

「あれほどまでにあからさまなのに?」

「ええ。旦那さまにはこれまで以上に頑張っていただかなくては。とりあえず、お嬢さまに押し倒されるのではなく、お嬢さまを押し倒す気概が欲しいところでございます」

「申し訳ありません」

「これは旦那さまの責任ですから。それから、旦那さまの親友がお嬢さまを諦めてくださるとは思えません。今後の接近には気をつけなければ」

「確かに。彼は厄介そうな相手ですからね」


 そんなふたりの会話なんて、これっぽっちも知りはしない私は、夫の親友対策のためさらに濃厚ないちゃラブ新婚会話集を繰り出すのに余念がないのであった。



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i000000 バナークリックで、 『駆け落ち予定という妹の脅しで、婚約者を交換しました。代わりに呪われ公爵さまのお飾りの妻になりましたが、推しのお世話係は完全にご褒美です』に飛びます。 2024年1月31日より一迅社様から発売されます、「婚約破棄されましたが、幸せに暮らしておりますわ!アンソロジーコミック 6巻」収録作品です。 何卒よろしくお願いいたします。
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