夏至の婚礼祭〜恋の空騒ぎにスライムを添えて〜
(侍女のロビンside)
これは私の主人、ハーミア・イージニアスお嬢様が、婚約者の関心を得た小娘から、その心を奪い返す物語でございます。
我ら従者は影法師。
皆様方のお目が、もしお気に召さぬなら
ただ、夢を見たと思ってお許しを。
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第二王子ライサンダー殿下の婚約者、ハーミアお嬢様といえば、美女の中の美女でございます。
左右対称の造作、まっすぐな姿勢、ゆるいカーブを描くブロンドの髪、隙のない美しい所作。神が作った奇跡と言って過言ではございません。まさに侍女冥利につきるご主人様でございます。
見目だけでなく、頭脳にも優れていらっしゃいます。
淑女らしく発言は控えめですが、どなたの言葉にも深い理解を示す御方。
年齢も身分も、なんなら国籍も問いません。
習得言語はなんと20カ国! 特に古代演劇の論文の評価が高く、20ヶ国語で翻訳されております。ちなみに翻訳者もお嬢様でございます。
ハーミアお嬢様は美しいですが、どこぞの意地悪令嬢のようにそれをひけらかしたり、マウントをとったりはなさりません。
あまりの美貌が他の追随を許さなさすぎて、勝負にならないからでございます。
お嬢様に並んで霞まない美貌の持ち主など、婚約者であらせられるライサンダー殿下だけでしょう。
くりかえしますが、我がお嬢様は稀代の天才でもあります。ですが、その叡智をひけらかしはしません。
教皇や大学長が平伏して知を求めるレベルです。ひけらかす必要さえございません。
人外すぎて、「昨年までの首席より優秀なのに、万年次席」なライサンダー殿下が、拍手喝采されています。
お人柄ももちろん、未来の王子妃として完璧でございます。
お嬢様は、平等、公平、平穏を、対人関係のモットーとされています。全ての人民を愛しにし、特定の人物や事象に執着したり嫉妬したりしませんの。
そんな完璧なハーミアお嬢様ですが、近頃では人生初の敗北を、その辛酸を舐めさせられてございます。
勝者の名は、ヘレン・フェアリー子爵令嬢。
数年前の大飢饉で崩壊しかけた領地を、燃料石貿易で立て直したフェアリー男爵の娘です。男爵は功績を讃えられて上爵。貧窮で里子に出したヘレン嬢を貴族籍を戻されたという美談は、記憶に新しいところです。
ああ、学園の廊下に響く、軽やかな靴音。
ライサンダー殿下と並んで歩くハーミアお嬢様の、肩がわずかに震えました。
無理もありません。敗北の茶番が始まるのですから。
「ライ様、ご機嫌よう」
弾けるような笑顔、甘く軽やかな声、まっすぐなストロベリーブロンドを靡かせ、パタパタと駆けてくる子どものような令嬢。
「ヘレン嬢。廊下を走ったら危ないよ」
お嬢様と並んでいたライサンダー殿下は自然にエスコートを離れ、彼女に向き合います。
「えへへ。ごめんなさい。またやっちゃいました。はしたないですよね。ハーミア様」
ヘレン嬢は、白い歯を見せて笑いました。
目上であるハーミアお嬢様やライサンダー殿下に対して、完全なるアウトでございます。
「はしたない上に、不敬だね。ディミトリアス、ヘレン嬢をマダム・ティターニアの説教部屋に案内して」
「は!」
乳兄弟のディミトリアス様は殿下に一礼し、ヘレン嬢の手を優しくとりました。
「えー?! ダメだったの?! ライ様にちゃんとご挨拶できたのにー! ハーミア様、このカーテーシー、ダメ???」
……このヘレン嬢、人間関係が奔放な地方の豪農に預けられていたせいか、他者との距離感がちょっと、だいぶ、絶望的に、よろしくありません。報告書によると、男性からは甘やかされ、女性からは煙たがられていたとか。同性のハーミア様には、ナチュラルに喧嘩売ってますしね。彼女。
「全くできてませんよ。さ、マダムに報告しますから、絞られに行きましょう」
「はあい」
「返事が違います。僕は嫡男ではありませんが、侯爵家の血族。あなたの目上にあたります。この場合は、『かしこまりました』ですよ。レディ」
「かしこまりました」
「よろしい。マダムの授業を終えたら、迎えにあがります」
「てことは、さっきのはお昼までかかっちゃうレベルのやらかしだったのね!」
「敬語を使いなさい。定食のプティングをさしあげますから、頑張ってください」
「う。か、かしこまりました」
と、睦まじく語る声が、だんだん遠のいていきます。
かように、ヘレン嬢の貴族らしからぬ所作や発言が、全て見逃されているわけではございません。
学園編入時は、荒ぶるイボイノシシでしたもの。今は山猿。徐々に人類に近づいてきてはいるのです。
さらに、悪びれないというか、あの通りの性格です。愛嬌があるというか、甘え上手というか。
世話係を押し付けられるディミトリアス様は、以前はハーミアお嬢様に憧れていらしたのですが。今はすっかり過去。まんざらではないご様子。主人の婚約者の次は、結婚するには身分の合わない御令嬢ですか。……婚期、逃しますことよ?
まあ、ディミトリアス様の失恋体質はどうでも良いのですが。
ライサンダー殿下がヘレン嬢を盗み見る眼差しも、熱を帯びているのが遺憾でございます。
殿下にしては、微妙に隠しきれていませんもの。
そうでなくても、愛する男性の心に気がつかないお嬢様ではございません。
今も、王子としては、ハーミアお嬢様の婚約者としては、正しい対応をとられています。
再びエスコートをされて、教室でもご歓談されて。
咎められる態度はひとつもありません。
ですが、殿下のお心は、離れていくディミトリアス様とヘレン嬢の会話を追いかけていらっしゃるのでしょう。
憐憫であれ、庇護欲であれ、口にしてはならない恋心であれ、ヘレン嬢に向けるほどに、お嬢様に向ける関心はないように見受けられます。
ライサンダー殿下にとってハーミアお嬢様は「才色兼備で完璧な婚約者」「未来の王政を共に支える同志」なのでしょう。
尊敬しているし大切な人だけど、恋愛感情はない。
政略結婚ですから、殿下の思いに非はございません。
ライサンダー殿下自身も、ヘレン嬢では側妃どころか、愛妾にも満たないと、情を与えてはならない女人だと、わかっていらっしゃるのでしょう。
不適切な関わりは、一切ございません。
流行りの恋愛小説みたいに、「真実の愛(笑)」からの、財産使い込みからの、いじめ捏造からの婚約破棄を決めこみはしますまい。
全校生徒に配る焼き菓子を選ぶ時の方が、お嬢様に贈るドレスを選ぶ時より熱が入ってるんじゃないかなーってくらいで。
「お菓子、ありがとうございました!」って生徒会室に突撃してきたヘレン嬢を「無外者は立ち入り禁止だよ。ディミトリアス、マダムの説教部屋へ」と襟首を掴んで引き渡す程度にはわきまえていらっしゃるのです。
それでも、そんなヘレン嬢だからこそ、かわいらしく思われているのでしょう。優しく諌めるだけで、近寄ることを拒否されはしませもの。
次は何をしでかすか、内心では楽しんでいらっしゃるというか。
声を聞くと心が弾む。
姿を見かけたら、無意識に目で追ってしまう。
清く、淡い思い。
卒業したら風化するであろう、青春の1ページといったところでしょうか。
そのご心情、全く理解できないとは申しません。
顔金身長に恵まれた品行方正なるスパダリが本命でも、脳筋で素直なワンコ騎士にもときめく乙女心のようなものでしょう。
ライサンダー殿下の周囲は「完璧」という名のコンクリで固められていますもの。「おもしれー女」に関心を持つのも、さもありなん。いわゆるファーストインパクトでございましたね。
とはいえ、ハーミアお嬢様に「完璧に見えて実はおもしれー女」を狙わせるのは得策ではございません。
優秀すぎるお嬢様は「おもしれー女」をマジで極めてしまわれかねないからです。
幼少時にお嬢様が考案された「髭ダンスをしながら、顔にパイをぶつけあう芸」を、今やられたら公爵家とお嬢様の評判はフルダメージです。
なお、10年前から領内の子どもたちの間で流行っている「悲しむ子どもが笑顔になるおまじない」の「うんこちんちん」の発案者も、誰とは言いませんが公爵家の長女にございます。
野放しにしたら、淑女に許される「おもしれー女」の範疇を、K点超えしてしまいます。
あれらは、お抱え道化師のシムケンとカトチャに伝授させて、ことなきを得ましたが……。
結局、ディミトリアス様はヘレン嬢とランチをご一緒して、約束通りプティングを差し上げたそうです。
放課後の生徒会室でその旨、伺いました。
「なんかこう、あまりに番犬に向かなくて室内犬にしたチビを思い出すんですよね」という言葉に、ライサンダー殿下は「なるほど」と笑みを浮かべています。
ハーミアお嬢様は、いつもと変わらない微笑みを浮かべています。
ですが、このロビンめにはわかります。表情筋を完璧に支配した、渾身の作り笑いでございます。気付け! このボンクラども!
………。
なんかこう、ヘレン嬢への関心を塗り替えるようなセカンドインパクトって、ないんですかね。髭ダンスとうんこちんちん以外で。
なくはないんですが、そもそも王子ってひとりにならないから、仕掛けようがございませんのよね。ふぅ。
さて事件は、夏至の夜に起きました。
我が国の大公閣下と隣国王女の婚礼祭も、後夜祭。ヘレン嬢が踊り場の階段から落ちてしまったのです。
ヘレン嬢は初めてのパーティーに浮かれたのか、花で飾られた階段を駆け上がってきやがりました。
壇上にいるライサンダー殿下に、おろしたてのドレスでも褒めてもらいたかったのでしょうか。
階段、走るべからず。
しかも、足の出ないロングドレスで、
勢い余って踏み外した瞬間、小柄な体が後ろ向きに浮きました。
「あぶない!」
手を伸ばしたハーミアお嬢様を引かせ、突き飛ばすような形で護衛に委ね、ライサンダー王子がヘレン嬢を抱きしめます。
そのままふたりは真っ逆さまに。
ふたりの護衛に支えられたハーミアお嬢様は、大きな瞳をさらにさらに見開きました。
無意識にヘレン嬢を庇いながら落下する殿下。
「ライサンダー殿下!!」
「きゃああー!」
令嬢たちの絶叫。
護衛たちが気を失った殿下を取り囲みます。
「ライ様! いやああ!!」
足は折れているかもしれませんが、命に別状なさげなヘレン嬢がすがりつこうとするのを、傍目には抱擁に見える関節技にて引き離してさしあげました。
怪我人に酷い?
頭を打って気を失っている王族を揺さぶる不敬者を確保しただけにごさいます。悪しからず。
こんな時でもハーミアお嬢様は優秀でした。
的確に、冷静に、医者の手配を、パーティーの撤収を指示してくださいます。
私も、舎弟の筋肉妖精たちを指笛で呼び、ショックで動けない者を1箇所に固め、動ける者に適所適材で指示を伝えました。
ライサンダー殿下がハーミアお嬢様を引き留め、護衛にむけて突き飛ばされた判断は、間違ってはいません。
ハーミアお嬢様がヘレン嬢の手を掴めたとして、お嬢様は非力な女性です。筋肉まで人外優秀ではございません。支えきれず落ちてしまっていたでしょう。
ライサンダー殿下はふたりの令嬢を守るため、最適な選択をしたのです。
ぶっちゃけ、誰を犠牲にしようと五体満足を維持せねばならない王族としては、最悪の選択ですが。
そして。
暗黙の了解だった殿下の恋が、公に散った悪手でもありました。
ライサンダー殿下は肩の脱臼、両腕と右臀部の骨折、全身の打身と重傷を負いましたが、一命はとりとめました。
日頃から鍛えていたのが幸いしたらしく、後遺症もないだろうとのこと。
ヘレン嬢は、軽い捻挫だけの軽症でした。
が、事態を重く見た子爵の命令で自主退学されました。
「ライ様に謝ってない! 謝ってから罰を受けます!!」と叫んでいらしたのですが、ディミトリアスさまから「貴女への気持ちを公にしたようなものです。もはや、2度と会わないことが贖罪ですよ」と説得され、自ら尼寺に入ったそうです。
3食昼寝付きの、メイク可の、戒律ゆっるい修道院に。
け! でございますわ!
両思いと確信を得たから、満足したのでしょうね。
身分差に引き裂かれた悲劇の恋人たち、みたいな?
修道院で良い子にしていれば、学園で媚びをばら撒いた令息の誰かが迎えに来てくれるかも⭐︎っていう、ヒロイン願望ですかしら?
あー!キモキモ! エンガチョでございますわ!
一方、我らがハーミアお嬢様は、愛するライサンダー様を甲斐甲斐しくお世話をされ、夜遅くまで王城に通い続けています。
私も、お嬢様に付き従っておりますが、心の中指は立ちっぱなしにございます。
だって、誰からも尊敬されていた完璧令嬢が、憐憫のまなざしを受けるようになったのですよ?!
「完璧だけど、愛されない令嬢」と。
あの恥知らずな令嬢と、このボンクラのせいで。
ああ、はらわたが煮えくりかえりそう。今のロビンめの五臓六腑は、地獄の釜と直結しているかもしれません。
でも、お嬢様の表情は優しく、美しい唇から醜い言葉が紡がれることはなく。一介の看護師よりも優れた包帯技術を駆使し、ライサンダー様に一途に寄り添われています。
さすがのライサンダー様の心にも、うっすい罪悪感が芽生えたのでしょうか。
「口が塞がらない者たちが礼を欠いているようだ。ハーミア、すまない。僕のせいだ。君には苦労ばかりかけている」
それは、殿下にしてみれば浮気の懺悔にあたるのでしょう。
そこ、浮気じゃないし、本気だし。
このバカ、「僕は貴女と結婚します。でも、心は彼女を愛しています」って言ってんのと同じじゃんか!!!!
あ。
お嬢様の目から
ハイライトが消えました。
ぎええええええ!!!
なんでこいつ、押したらいけないスイッチ押すかな?!
お嬢様の行間読み取り能力を舐めるでない!! 自害モードになったらどうしてくれるんじゃあああああ!!!
どうしましょう。惚れ薬、盛りまして?
盛っちゃいまして?
多分ですが、殿下も殿下で「初恋の淡き思い」以上の情は、ないと思うんですよね。せいぜい「うっかりパンツを見ちゃったクラスメイトが他の女子よりやたら気になるからはじまる、身分違いの両片思い」的な???
だって、やろうと思えば、時間をかければ、お嬢様との婚約を解消してヘレン嬢と結ばれることもできなくはございませんもの。
兄君の王太子殿下には3人の王子がいらっしゃるから、第二王子に継承権が回ってくる可能性、めっちゃ低いですし。
それでもまあ、荊の道ですが。
何が荊って、殿下に耐えられてもヘレン嬢にはムリ!ってとこでしょうか。
「王子妃はお妃様になるわけじゃないのに、なんでハーミア様ってあんなガリ勉なんですか?」とかほざいた時点でもう、でございます。
恋はままならないものとはいえ、なぜこんな女に惚れたのでしょうか。忘れて正解案件では???
……とはいえ、惚れ薬を盛られたとバレましたら、お嬢様はさらなる闇に落ちて男性不信になるやもしれません。
男性不信→百合→タチは侍女……ヨシ!
いや、待て私。
それは全ての証拠をフルハウスした末に訪れる楽園! スリーペアごときで焦ってはなりません。
お嬢様が、侍医様に呼ばれました。
はからずして、病室には私と殿下がふたりきり。
なんと、これは千載一遇のチャンス! でございます。
お嬢様、お許しを。
今からロビンめは、お嬢様の恋の成就の為に、お嬢様の秘密を打ち明けさせていただきます!!!
レッツ セカンドインパクト!!!
「殿下、少々お耳に入れたいことが」
「ロビンか。ハハ、苦言かな? かまわぬ。聞こう」
重症でも美形って色っぽいですわね。
この荒療治がきかないなら、舎弟の筋肉妖精たちに下げ渡してさしあげましょう。ウホッ。
私は身をかがめ、殿下の耳もとで囁いて差し上げました。
「お嬢様のお胸のパットは、スライムでございます」
「は、い?????」
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(ライサンダー王子side)
心を与えるなんてしようとも思わないが、婚約者ではない少女に惹かれていた自覚は、ある。
階段で足を踏み外した彼女を、庇って怪我をした程度には。
幼少期に婚約を交わし、公私共に支えてくれてきたハーミアは、悲しんでいるだろうか。呆れているだろうか。
優しい人だとは思う。ただ正直、何を考えているのかわからない。僕をどう思っているのかも。だけど、今回のことでプライドを傷つけたのは間違いあるまい。
悪いことをしたと思う。でも僕は愚かだから、何度あの場面に戻っても同じ選択をするだろう。
ロビンの筋肉妖精たちが両手を広げていたら、しないかもしれないけれど。
公に責められることではない。不貞の事実もない。
父や兄に言えば、火遊びですらないと笑われるかもしれない。
だけど、褒められる恋ではない。
お嬢様至上主義のこの侍女には、寝首をかかれても不思議じゃないな。
だから、件の発言には耳を疑った。
「は、い???」
ロビンは赤目黒髪のスレンダーな美少女で、愛想はないが有能なテイマーで、一部の紳士諸君からは絶大な人気を誇る。
高位貴族の側使えらしく、一切の感情を排した表情、平坦なトーンで、もう一度同じことを繰り返した。
「お嬢様のお胸のパットは、スライムでございます」
いや、待て。
今のこの状況で、この情報をもたらす意味って何???
「デビュタントの頃は、調整のために2匹ずつ入れさせていただきました。現在は殿下の掌サイズに成長されたので、薄いのを1匹ずつ」
ちょ、待てよ! 待て待て待て!
僕の掌サイズて。
めっちゃ気になるけど、どうコメントしろと?????
「もちろん、お嬢様は痴女ではございませんから、睡眠中のスライムにさらに睡眠薬を盛ったものを、入れさせていただいています。美容液をふんだんに与えたスライムのパットは、美しき乳房の育成に最適なのでございます」
スライム虐待???でもないのか。狭いところで寝るの好きだし。いやなんだ、うらやまけしからんな。
「ですが、スライムは生き物ですから。たまには起きます。突起をなぶりもします。まあ、私めが睡眠中のものと速やかに交換いたしますが」
「ぇ」
「自慰も知らない生娘からしたら、ちょっとくすぐったいかしら? 程度みたいですね」
「ぶ!」
背中、ゴキって鳴った! 立ててはいけない円塔が、いてええ!!!
「では、ご機嫌よう。一日もはやい回復をお祈りしますわ」
テイマーな侍女は、魅惑の笑みを浮かべながら、去っていった。
いやいやいやいや、何がしたかったよ?!
胸にスライム常駐とか。
自慰を知らないとか。
美女のスライムを美少女が素手で交換とか。
ほんとその情報、今、要る??????
あの、清廉とした完璧令嬢ハーミアの胸元に、スライムって。
学園にいる時も、公務でも、夜会でも、あのぷにぷにのぷよぷよが常駐してるって。たまに動くって。僕の掌サイズって。思ってたより……
『あらあら。スライムさんが起きてしまいましたわ。ちょっとくすぐったいですわ。ロビン?』
『ただいま、睡眠中のものと交換いたします』
みたいな??? いや、こっちの妄想か。むしろ日常か???
………僕の婚約者、けしからなくないですか?!?!?!
こうして、僕の療養生活は、思っていたのとは違う方向に悩ましいものとなった。
なにしろ、脱臼+骨折+石膏で腕がほとんど動かない。
動かないから、いろいろが大変なことに。
侍医たちには、「若いですなー」と、生ぬるく見守られているが。
いたたまれんわ!
「もっと婚約者に関心をお持ちください」って話だったかもしれないが、これ?! これなん? こういうことなん????
なんていうかこう、ちょっと、かなり、違わなくないかー?!
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参考文献 Wシェイクスピア「真夏の夜の夢」