表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/100

夜明けの女神

 諸外国含め、皇族、貴族の中には一般人と関わらず、表に出ない人がいる。まさに雲の上の存在で、名前だけが知れ渡り、どういう顔と人柄なのか人々は好き勝手想像し、噂する。


 しかしリアムは違う。国を救った英雄として幼いころから有名で、顔は知れ渡っていた。


「え……! 陛下?」

「陛下がどうしてここに?」

「もしかして、助けに来ていただけた?」 


 どよめく声、そしてみんなが一様に冷たい雪が積もっている地面に、膝と手と額をつけた。リアムに向かって平伏している。そのようすを上空で旋回しながら見守る。


「みんなよく避難した。これから帝都の水を排除する。もうしばらく耐え忍んでくれ。凍えて死なないように頭をあげて身体を起せ。そして聞け。ここに『炎の鳥』を置いて行く。ミーシャ、おいで」


 上空を仰ぎ見るリアムと目が合う。ミーシャはゆっくりと、彼のもとへ舞い降りた。


 頭をさげたままの者、顔はあげたが声は出さずにじっとようすを見るものと、さまざまだった。

 リアムはミーシャを出迎え手を取ると、みんなに向き直った。


「みんなに紹介する。我が唯一の妻、ミーシャ・()()()()()()だ」


 一番驚いたのはミーシャ本人だった。口元を手で抑え、彼の横顔を見つめる。リアムは、「式はまだだが」と小さな声で付け加えた。

 問題はそこじゃないが、とりあえず黙る。


「みんなも承知のとおり、彼女はフルラ国の公爵令嬢、炎の魔女だ。だが、魔女はみんなを傷つけない。炎を恐れるな」


 たくさん人がいるのに、静かだった。リアムの声だけが雪原に響く。皇族に向かって許可なく口をきいてはならないからだが、そんな中、一人だけ発言する者がいた。


「……偉大なる氷の英雄、皇帝陛下。畏れ多くも発言の許可を、いただいてもよろしいでしょうか?」

「許す。話せ」


 髪は白く、痩せ細った男性は震えながらゆっくりと面をあげた。その老人は口を開く前に、ミーシャをちらりと見た。緊張が走ったが、平静を装いごくりと唾を飲む。


「洪水の原因は、()()()()()()と聞きました。しかも、()()()()()()()()()()()と。本当でしょうか?」


 リアムはミーシャの手をぎゅっと握った。彼も予想外だったらしいが、動揺は見せずに「誰に聞いた?」と老人に尋ねた。


「トレバー公爵ご子息で騎士団長の、イライジャ卿です」


 ミーシャに目を見張った。

 ――イライジャさまがどうして? 皇帝の健康面をたやすく話すのはご法度。しかも『恐ろしい魔女が来る』と声をかけながら避難誘導してと、お願いしたのに。


「宮殿地下の氷は先々帝が張ったもので、崩御なさってから少しずつ溶けはじめた。これまでリアム陛下が無理して凍らせ続けていたがしかし、病で限界がきたと。洪水が起きるから逃げろと仰いました」


 氷が解けるのを阻止しているのは事実だが、洪水を起そうとしていたのはオリバーだ。彼の企みだけ外して本当のことを話したらしい。


()()()()()()()が、陛下の病を治そうとしている。帝国民を洪水から守ってくれようとしていると、聞きました」


「僕は日中、川の流れを堰き止めている流氷を、炎の魔女が溶かすのを見ました」


 老人に続き、若い男性が発言した。すると、別の女性も声を張った。


「私は助けてもらいました。氷の狼のせいで川を渡れないでいると、狼の注意を引き、避難する時間を作ってくれました」


「私も見た」「俺も助けられた」と、次々に声があがる。リアムとミーシャは周りを見まわし、声をひとつずつ拾う。


「我々は陛下をお慕いしております!」

「陛下と、魔女を信じます」

「ミーシャ・クロフォード皇妃を支持いたします!」


 ここにいる人は魔女を恐れて避難したのではなかった。信じて、待っていたのだ。


「俺の気づかいは不要だったな」


 ミーシャは思わず彼の手をきつく握った。そんなことはないと、首を横に振る。


『悪い魔女』だと、恐れ嫌われるのはしかないと思っていた。ところが自分に向けられるたくさんの眼差しはやさしく、自分を慕うものに変わっていた。奇跡が起きたと、胸が喜びで熱くなっていく。


 ミーシャの頬を伝う涙を、リアムは眉尻をさげてほほえみながら、何度も手で拭ってくれた。


「良かったな。俺がしてきたことは無駄にならなかった。俺を凍化の病から助け、ここにいる人たちを救ったのはミーシャだ。誰も魔女を恐れていない。だから泣くな。胸を張って、笑え」


 ミーシャは呼吸を整えると、顔をあげた。大きく頷くと、リアムの碧い瞳を見てほほえんだ。


 人々の方へ振りかえり、右手を前へ伸ばす。

 手のひらにある涙型のガーネット魔鉱石が朱く強い輝きを放つ。


「みなさまのことは、私と陛下で守ります。炎の鳥よ。みんなを、温めて!」


 魔鉱石がひときわ強く光ると、今までで一番大きな炎の鳥が現れた。翼を広げ空高く舞い上がると、そのまま帝都へ向かった。


 そのあとも魔鉱石からは幾つもの炎の鳥が産まれ、次々に羽ばたき飛んで行く。


 人々が暖を取っていたか細いたき火は、より強く勢いを増した。

 ミーシャたちを中心に灯りが和となって、どこまでも広がっていく。


 炎の鳥が、避難していた人たちのあいだを飛びまわる。


「うわあ、温かい。寒かったから助かる」

「不思議だ。炎を掴めないが、触れても火傷しない!」

「見て。夜なのにすごく明るい!」

「朱い鳥さん。きれいだねぇ……」


 避難していた人たちは怖がることなく、その顔に笑顔が咲く。炎の鳥が低空で飛ぶと雪の結晶が舞い上がり、きらきらと輝きながら、夜空に消えていく。


「ミーシャ、このまますべての氷と雪を溶かせ。俺も手伝う。できるか?」

「リアムがいるから、絶対できる」


 ミーシャが頷くと、リアムはサファイア魔鉱石を握った。少し離れた場所にある流氷の結界が青白く発光する。


 遮る雲がない空には銀色に輝く満月と、儚く煌めく星々。人々が集う夜の雪原には、天にあるはずのオーロラがあった。朱い光と碧い光が揺らめき混ざりながらいつまでも輝き、人々を、夜が明けるまで魅了しつづけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ