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地下宮殿・音のない白い世界⑵

「私は特別なおまえを助けたかった。クロムも死なせたくなかった。兄ルイスも民のために死ぬ必要などなかったはずだ」

「助ける? 俺を殺そうとし、師匠を死に追いやったのはおまえだ!」


 マグマのように熱く暗い感情がふつふつと湧き上がる。怒りにまかせて、剣の柄を強く握っていた。


「あれはおまえが魔女に傾倒し、周りが見えなくなったのが悪い」


 淡々とした口調で言うオリバーを、リアムは睨んだ。


「悪い魔女もいい魔女もいる。自分で見て知って、判断しろと言ったのはあんただ」

「その判断が間違っていたと言っている。誇り高き我がクロフォード家の者が、魔女の犬になりさがった。だからおまえの処分を決めただけだ」


 頭の中でなにかが弾け、切れる音がした。

 次の瞬間、リアムは魔力を最大に解放していた。先が鋭い氷柱が無数、オリバーに襲いかかる。

 彼はノアを素早く抱きかかえると、後方に飛び退き、氷柱をすべて避けきった。


「おい。ノアに当たったらどうする。それにおまえも凍化が進む」

「うるさい。本当は心配などしていないんだろ。やさしいふりはもういい、やめろ。反吐が出る!」


 眼の前の男を八つ裂きにしたい。だが、ノアにそんなものは見せられない。代わりに声を張った。


「王家が短命なのは、民のせいではない。力に自惚れ、他国を無下にし、脅かし、侵略し続けたからだ。政略結婚を繰りかえし、支配した。その揺り返しならば、受け入れる!」


「先代たちのように早死にを選ぶか、リアムよ」


 オリバーは、哀れむ声で言った。


「大事な人に先立たれる哀しみなら知っている」


 冷たくなった父の亡骸にすがりつき、泣き叫ぶ母の声を、リアムは今でもはっきりと覚えている。


「だが、それらすべてを受け入れたうえで俺は生きる。大切な人のためにも、死なない。最後まで足掻くと決めた!」


 自分がいなくなれば悲しむ人たちがいる。残される者のつらさや悲しみはよく知っているのに、それを大切な人たちにさせるところだった。


 幸せになる未来をあきらめるのは簡単だ。だが、追うことこそが、大切な人たちを幸せにする。リアムはミーシャを愛したことでようやく大事なことに気がついた。


「そうか。……おまえは、生きたいんだな。……よかった」


 小馬鹿にして否定すると思っていたが、予想と反してオリバーは眉尻を下げると、嬉しそうに笑った。


「よかった? 散々、俺を殺そうとしておいて」


 オリバーは「そうだな」と言ったあと、リアムを鋭い目で見た。


「リアム。魔女は殺せ」


 叔父の碧い瞳には、仄暗い怒りの炎が灯っていた。


「断る。俺があんたの指示に従うわけがないだろう」

「魔女に、惚れているからか。我々は氷の王族だ。相反する炎の魔女となんか、うまくいくわけがないだろう」

「おまえには関係ない」

「関係あるさ。炎の魔女はいずれ、この国を滅ぼす。そういう宿命だ。悪いことは言わない。この国を守りたければ、あの女はあきらめろ」


 オリバーは自分の手を見て、呟いた。


「私は、守れなかった。だからこそリアムは氷の精霊獣のように、これまでとおり気高く、孤高の王となれ」

「守れなかったって、なにを?」

「……殺せないなら、王位を俺に譲れ。私がやる」


 ――ミーシャが国を滅ぼす? ミーシャをあきらめて、王位を譲れ……?


「あんたは、クレアだけじゃなく、ミーシャも殺すと言うのか?」


 ――ふたたび、大切な人を奪うというのか……


「…………ふ、ざけるな」


 煽られている。ミーシャが国を滅ぼす意図がない。根拠のない()れ言だと頭ではわかっている。それでも内側から怒りの碧い焔が飛び火して、大火にとなってリアムを突き動かす。


「リアムよ、流氷の結界も解け。そして俺の右手となっ……、」


 もうがまんならなかった。

 リアムは一足飛びにオリバーと距離を縮めると、体重を乗せて氷の剣を振り抜いた。

 オリバーは顔に余裕を残し、リアムの剣をぎりぎりで交わしながらどんどん後ろへ下がって行く。


「ふ。怒りで動きが単純で雑だ。洗練さを欠いている」

「……だまれ。……黙れ、黙れッ!」

「陛下。待って!」

「ノアはそこから動くな!」


 リアムはノアに向かって手をかざすと大きな氷の箱を作り、彼を中に閉じこめた。


「陛下!」


 オリバーを大きな氷の壁に追いこむと、リアムは突き殺そうとした。だが、これも交わされてしまった。氷の剣がオリバーの外套を貫き、氷の壁に深く突き刺さる。


「リアム、剣技がどんどん乱れていっているぞ」

「うるさい。いい加減に黙れ」


 リアムが優位で押しているのに、まだ余裕を見せるオリバーが気にいらない。


「リアムは冷静で冷酷な氷の皇帝と聞いていたが、やれやれだな」

「…………………殺す」


 オリバーの首を前から鷲づかみした。ぐっと力を入れて叔父を睨むが、返ってきたのは静かに自分を見つめる瞳だった。


「俺が、憎いか、リアム」

「ああ。この世で誰よりも憎い」


 リアムは答えながら首に回した指先に力を込めていく。なのにオリバーは抵抗をしない。


「……それで、いい。憎いなら殺せ。早く!」


 オリバーはほほえむと右手をあげた。手にはサファイアでできた魔鉱石が握られていた。

 そのまま氷を生成している。作られた物がナイフだと気づきリアムが警戒するのと、ナイフが振り下ろされるのは、ほぼ同時だった。


「陛下――ッ!」


 氷の箱を溶かし、抜け出してきたノアが駆け寄ってくる。

 こっちに来るなと、リアムは思ったが声が出ない。すべてがゆっくりと、動いているように見えた。


 雪がきらめきながら舞う。

 自分一人だけの、音のない白い世界が好きだった。

 そこへ突然、幻の美しい鳥がふわりと舞い降りる。


 ――ミーシャ。


 美しい炎の鳥でもなく、幻覚でもなく、愛しい人だとわかった次の瞬間、白い世界は、朱い世界に色を変えた。


 オリバーのナイフがミーシャの身体に突き刺さっていく。膝から崩れていく彼女を、リアムは両の手で抱きとめた。


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