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消えることのない碧い炎

「リアム、いえ、陛下! 離してください」


 ミーシャは、猫が抱っこを拒否するときのように、リアムの胸に両手をあてて突っ張った。


「こんなときにふざけている場合じゃ……、あれ?」


 だが、すぐに彼の身体の異変に気がついた。


「すごく、冷たい……!」


 いつものようにからかっているんだと思っていたら違った。今度はミーシャからリアムに抱きついた。


「さっきまでは平気だったんだが、急に……」

「凍化病が発症したの?」


 リアムは小さく頷いた。彼の頬や耳に霜が降りはじめている。


 ――魔鉱石のせい? でも手に持っているだけで、リアムはまだ使っていない。単純に力の使いすぎが原因?


「普段は白狼が、俺の足りない魔力を補い、凍化を軽減してくれている。傍を離れたせいだろう」

「精霊獣でも、炎の鳥とは微妙に違うんですね」

「あの白狼は特別だ。……眠い」 

「つらいと思いますが、今は寝てはいけません」


 奇襲だったために、すぐに火を起こせる道具を持ってきていない。服や髪は魔力を使って乾かしたが、着込んできているわけではない。ミーシャはリアムをぎゅっと抱きしめた。


「リアム。私に魔鉱石を渡して。それか、自分で炎の鳥を呼んで」

「嫌だ」


 ミーシャは目を見開いた。


「魔鉱石は、自分のために使いたくない」

「こんなときまで、意地を張らないで!」


 本気で怒ると、リアムは苦笑いを浮かべた。


「意地を張っているわけじゃない」

「じゃあなんで使ってくれないの?」

「この魔鉱石はきっと、負担が大きい」


 目を見開き、固まった。


「偽物魔鉱石のように、自我を失い、獣のように凶暴化したら、ミーシャを傷つける。だから、このままでいい」


 力無く呟くと、リアムはミーシャの肩に頭を預けた。

 彼の体温が下がっていくのを肌で感じ、心の底から恐怖を覚えた。


「このままなんて、私は絶対、嫌!」


 ミーシャはリアムの頭を両手で持つと、自分の肩から彼を引き離した。そのまま彼の唇を自分の唇で塞ぐと、魔力を吹き込んだ。

 虚ろだった彼の瞳に光が戻る。


「リアム。お互い相手のためにって、がまんするのはもう、やめましょう」


 ミーシャは冷たいリアムの左手を掴み、自分の頬に触れさせた。


「触れたければ触れていい。湯たんぽ代わり、喜んで引き受ける。もう、離してなんて言わない。拒否したりしない。だからお願い」



 リアムはじっとミーシャを見たあと、手の中にある魔鉱石に視線を移した。彼の肩に手を置いて、説得を続ける。


「あなたのために作ったんだよ、大丈夫。もし、暴走しても私が止めてあげる。受けとめるから心配しなくてい……ちょっと、リアム。なんで笑ってる? 人が真剣に話しているのに!」


 下を向いたまま彼は、肩を微かに揺らし、笑い声を堪えていた。


「ごめん。必死なミーシャが愛しいと思って」

「……一生懸命な人を見て笑っていいなんて、私、弟子に教えてないわよ」


 リアムは楽しそうに「ごめん」と謝ったあと、自分の左手の甲をミーシャに見せた。


「見て。霜がなくなった」

「本当。消えてる……」


 初めて会ったときは、しばらく触れてもなかなか温まらず、暖炉に火を入れて、炎の鳥を呼んでやっと霜は溶け、体温が戻った。今回は短い時間で消えて驚いた。


「俺のために、魔鉱石を作ってくれてありがとう。だが、やはり俺には必要ない。どうやらミーシャがいれば、凍化の進行は止まるみたいだ」

「どういうこと……?」

「今度は俺が『大丈夫』って言う番だね。信じて。本当に今、心も身体も温かくて、満たされている」


 リアムは「確かめてみて」と言って、ミーシャの手を自分の胸に当てた。

 以前触れたときよりも体温は高く、鼓動もしっかりと伝わってきた。


「ここには火も、炎の鳥もいない。ミーシャが俺に気持ちをくれたことで、……ミーシャを想うことで凍化が止まった。これまでなにがあっても熱くならなかった心が、きみを、ミーシャを愛しいと思うたびに胸を熱くする」


 ミーシャはリアムを見た。


「だったら、私のことばかり考えて。憎しみなんてここから追い出しなさい」


 リアムの胸に自分の額を当てた。


「追い出さなくても大丈夫だ。今日、必ず決着をつける」


 顔をあげると、リアムはミーシャの顔に触れ、固定した。そっと、お互いの額を寄せる。


「ミーシャ。お願いだ。力を貸してくれ」


 力を貸すのはいい。だけど、もしもリアムの心がまた、凍りつくことがあったら?

 その考えに及んだとき、胸に痛みが走った。


 クレアの容姿に戻り、二人の元へ飛んで行ったとき、リアムは、本気で血の繋がった叔父を殺そうとしていた。

 静かに熱く燃える碧の炎を、彼の中に見た。


 クレアを失ったこと、父のように慕っていたオリバーの裏切りによって、受けた傷はおそらく一生消えない。

 それだけ、リアムの哀しみは深い。


「心配しないで。私はずっと、リアムの傍にいるわ」

「俺も、きみを離さない」  


 自分を見つめる碧の瞳は、蕩けるほど甘い熱を秘めている。

 頬に触れてくる彼の手は温かく、そっと触れるだけのキスはやさしくて、次々と、消えない火を灯していく。


 やっと温もりを取り戻しはじめたリアムの心が、再び凍りついてしまわないように、必ず守る。


 迫り来る決戦の前に、ミーシャは密かに決意を強くした。



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