この想いは、しまっておくもの
*ミーシャ*
「どうしよう……。頭の中にリアムがいる」
リアムとの早朝の散歩から帰ってきたミーシャは、深いため息を零した。暖炉の前に座って頭を抱える。
「それは、今さらではありませんか?」
侍女のライリーはあきれ顔で主を見た。ユナやサシャなど他の侍女は席を外している。二人きりなのもあって辛辣だ。
「フルラで引きこもりしていたころからミーシャさまは、リアム殿下を思い出して『かわいいのに賢いの!』って、褒めちぎっていましたよ? なぜかリアム陛下のことは、見ようともしておりませんでしたけれど」
「今は師弟関係ではなく、私では不釣り合いだし、今生では会うつもり、なかったから……」
――そう。会いたくなかった。自分は彼の人生の邪魔にしかならない存在だとわかっていたから、関わらないようにしていた。
「ところで、精霊獣は見られましたか?」
ライリーはミーシャに温かい紅茶を出しながら訊いた。
「うん。遠巻きで見せてもらったわ。触ることはできなかったけれどとても大きくてかっこよかった。ライリーも一緒に見に来ればよかったのに」
「陛下とご一緒するなんて畏れ多い。それに、そんな野暮なことはしませんよ」
ライリーは「陛下と仲睦まじいようすでよかったです」とほほえんだ。
「愛弟子と仲よくするのはあたりまえです」
答えてから、紅茶を口に含む。
「あら、たった今さっき、もう師弟関係ではないと仰っておりましたよ?」
揚げ足を取られたミーシャは、紅茶を口から零しそうになった。
「状況が、変わったのよ……」
「そうですね~」
「私たち、立場がすっかり逆転しているの。リアムは『ミーシャ』を、子ども扱いしている。ううん。きっと、妹ね」
「は? 誰が誰の妹なんですか?」
ライリーは目を大きく見開いた。
「私が、陛下の妹?」
「そんなはずないでしょう。ミーシャさま、しっかりなさってください。あなたさまは、氷の皇帝の婚約者です!」
「仮の、婚約者ね」
彼のことが好きだと自覚したが、このまま、恋に浮かれていいわけがない。
リアムのやさしさや言葉は、どれも彼の本心だとわかっている。けれど、そこに恋愛感情が含まれているのかというと、とても微妙だ。
「リアムはやさしいし、待遇もよくしてくれる。自分をさらけ出してくれている部分もあると思う。だけどそれは、私がクレアの親族だから。それ以上でもそれ以下でもない。身内への愛情みたいなものだと思う。本当の恋人にはなれないのよ」
自分が放った言葉が胸をえぐる。
リアムの何気ない言動でいちいち胸はときめくが、現実問題、二人の関係は脆い。漠然とした不安と痛みがミーシャを苦しめた。
「陛下のお気持ちは、期待してもよろしいと思いますよ?」
ミーシャは首を横に振った。
「この想いは、彼の足枷になる。だから、しまっておくの」
下を向いていると、ライリーが心配そうに覗きこんだ。
「陛下のことが、お好きなんですね?」
彼女を見つめながら、ミーシャはこくりと頷いた。
「だったら、がまんする必要なんてありません」
「だめよ。私は、白い結婚期間が終われば、フルラに帰るの。あなたともそう約束したでしょう? 私は、前世の罪を償う身。本来、あの人を想うことすら憚られるわ」
「しまっておくって、そんなの無理でしょう。だいたいしまっておく必要がどこにありますか? 好いた人の傍にいたいと思うのは、普通です」
「私たちは普通じゃない。彼は氷の皇帝で、私は悪魔女クレアの生まれ変わりよ?」
グレシャー帝国では魔女は倒すべき敵で、フルラ国でも魔女は悪だと広まりつつおる。
「クレアの私は、幸せになる資格が……」
「いいえ、あなたさまはミーシャ。クレアではございません」
ライリーはぴしゃりとミーシャの言葉を切った。
「私は前にも言いました。ミーシャさま。どうか幸せになってくださいと。陛下への想い、しまっておく必要はありませんよ」
向けられているまっすぐな瞳と心からの言葉。ライリーの気持ちが伝わってきて胸を焦がす。
しまっておくべきだと思う一方で本心は、芽吹きはじめた気持ちに蓋をしてしまうことに抵抗があった。
誰かに肯定してもらいたかった。それが心から慕っているライリーからだったのが嬉しくて、ミーシャは、ぐっと唇の端を噛むと小さく頷いた。
コツンと部屋の外で物音がした。侍女が戻ってきて訊いてしまったのかと思い、ミーシャは急いでドアを開けた。
「待って」
立ち去ろうとしている人を呼び止める。振り返った相手は、ナタリー・アルベルトだった。




