氷の皇帝の秘密⑵
「一体誰がこの者を送り込んだのでしょう。隣国の風の国カルディア? あ。フ、フルラ国ではありませんからね?」
かえって怪しいと思いながらも言いわけしていると、リアムは苦笑いを浮かべた。
「フルラ国は俺の第二の故郷だよ。疑ったりはしない」
リアムはミーシャの前で片膝をついた。胸に右手を置くと顔をあげた。
蒼い瞳を向けられて、ミーシャは動けなくなった。
「あいさつが遅れました。初めまして、ミーシャ・ガーネット公爵令嬢。リアム・クロフォードです」
「陛下。おやめください。畏れ多いです!」
一国の帝が、ただの娘に跪いて最大限の敬意を現わすなんてありえない。驚いたミーシャはあわてながら礼節を断ったが、リアムは姿勢を崩さなかった。
「あなたはわが師、クレアの血縁者。礼を慮るのは当然です」
「お会いしたかった」というリアムの言葉に胸が締めつけられ、痛んだ。
彼の想いは知っているつもりだったが、いざ本人の口から聞くと嬉しいというより戸惑うばかりだ。
「リアム陛下。お願いです、立って……あれ?」
胸に当てている彼の手と右頬に霜が降りているのに気がついた。
「どうして、霜が発生しているんです?」
空気中の水蒸気が氷に昇華する条件は、零度以下に冷やされた物体にくっついたときだ。生きている人の表面に霜は降りない。
「魔力の暴走はよくあること。大丈夫」
リアムは呟くと、瞼を重たそうに閉じた。吐く息が空気中でさらさらと凍っていく。呼吸は浅くて早い。よく見ると、さっきから反応も緩慢だ。
ミーシャは「失礼します」と断ってからリアムの手に触れた。氷を直接触ったみたいに冷たい。彼の身体がすごい早さで冷たくなっていく。
「炎の鳥! おいで」
傍のかがり火から炎の鳥をありったけ呼ぶ。
低体温症は温かいお湯に浸かるのが一番いいが、沸かしている猶予はない。
「お願い。あなたたちの力を貸して」
炎の鳥は一度両翼を広げた。そしてゆらりと原型を崩し、そのままミーシャの腕の中に溶け込んだ。肘から先が内側からほのかに朱く輝き出す。こうすることでひとときだけ火を操れる。内に留めていれば、長時間体温を高くしていられる。
片手をリアムの背に、もう片方の手でリアムの胸に触れた。低温火傷を起こさないように注意しながら温める。
「陛下、なぜです? 寒い環境の耐性があるはずでは?」
なにもないところから氷の剣の生成と、手から吹雪を発生させた。並の人間からすれば、腰を抜かすほど十分すごいことだが、幼少期のリアムの力はもっとすごかった。瞬時に建物一つ凍らせても本人はけろりとしていた。
「なぜ暴走したんですか?」
氷の皇帝が、敵二人倒したくらいで魔力のコントロールができなくなるなんて信じられない。普通じゃないことが彼の身体に起こっている。
「このままでは内側から凍って、心の臓が止まってしまいます!」
「そうかもな……」
リアムは目をゆっくり開けると、薄く笑った。
「きみは、魔力がほとんどないと聞いていたが、知識は、あるんだね」
「ガーネット家は魔女の家系ですよ。このくらいわかります。魔力は、使いすぎると身体に影響が出る。耐性と、魔力量は必ずしも比例しない」
「そうだ。力は使いすぎるとやがて、その身を滅ぼす」
魔力は諸刃の剣。大きな力に人の身体は保たない。そのため魔力を持つ王族は短命で、世代交代が早い。リアムの父親は七年前、すぐにあとを継いだ兄クロム前皇帝も一昨年前、身罷られた。
「私のせいで、決着を急いで魔力を使ったんですね?」
リアムはミーシャを庇い、敵を氷漬けにした。
いてもたってもいられず加勢してしまったが、大人しくしていればこのような状態にならなかったと自分を責めた。
「……ありがとう。少し、楽になった」
「まだ、動かないでください」
胸に当てているミーシャの手に、リアムは触れた。近い距離で目が合う。
「温かい。ガーネット公爵家はすごいな。炎のような高温でも耐えられる……」
「炎への耐性には自信があります。きっと、太陽に触れても平気ですよ。触れたことはありませんが」
リアムは目を見開き、言葉を失った。
治療のためとはいえ、尊い王の身体に無遠慮に触れている。あとで不敬だと罰せられるだろうかと不安に思っていると、リアムが息を吐くように呟いた。
「……寒くて、眠い」
「それは、よろしくないですね。この状態が、いつもなんですか?」
訊き返すと、リアムは目を細めた。
「ところで令嬢は、病弱で引きこもりと聞いていたが、ずいぶんと、ようすが違うようだ」
真意を探るように、まっすぐな目で見つめられた。
「話を逸らさないでください! 私が先に質問しているんです。この状態がいつもなら、私生活でも支障があるのではないですか?」
「突発的に魔力を使わなければ、私生活に支障はないよ」
ミーシャは険しい顔をリアムに向けた。
少し魔力を使っただけで容体が悪くなるということは、身体へのダメージが蓄積しているということ。
――どうしてここまで酷いのか根本原因が気になるけれど、解明と対応はあとね。
今は応急処置に専念しようと思った。
「なにか、暖まる物を探してきます」と伝え傍を離れようとしたら、彼に右手をつかまれた。




